幻覚の脳科学

見てしまう人びと
未読
幻覚の脳科学
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幻覚の脳科学
ジャンル
出版社
出版日
2018年03月20日
評点
総合
3.8
明瞭性
3.5
革新性
4.5
応用性
3.5
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おすすめポイント

親しい友人から「最近、こんな幻覚をときどき見るんだ」と打ち明けられたら、あなたはどのような反応を示すだろうか。たいていの人はびっくりして、「なにかの勘違いじゃない?さいきん疲れてるみたいだし」とか「病院で相談してみたら?」と答えるのではないだろうか。もしかすると「あの人、ちょっとおかしくなったかも」と考えてしまう人もいるかもしれない。

しかしあるはずのないものが見え、聞こえ、感じられてしまう幻覚は、じつはそれほど珍しい体験ではないということを本書は教えてくれる。たとえば眠りに落ちるときや目が覚めたばかりのとき、誰かの顔や声、動物の鳴き声などを「見たり聞いたりした」経験のある方は少なくないだろう。その体験はふだんの夢とは明らかに異なる不思議な感じがするものだが、これも立派な幻覚だ。つまり幻覚とは、心の病やスピリチュアルな存在からのお告げなどではない。脳がなんらかのきっかけで、いつもと異なるはたらきをした結果というのが、著者オリヴァー・サックスの一貫した見解なのである。

映画にもなった『レナードの朝』をはじめ、脳神経科医らしい鋭い観察眼とヒューマニズムあふれる筆致で多くのベストセラーを著し、2015年に没したサックス氏。同氏の生前最後の著作が本書だ。医師として、また作家として「人間のありようの根幹」を追い求めた同氏の集大成といえるのではないだろうか。

ライター画像
ヨコヤマノボル

著者

オリヴァー・サックス (Oliver Sacks)
1933年、ロンドン生まれ。オックスフォード大学を卒業後、渡米。脳神経科医として診療を行なうかたわら、精力的に作家活動を展開し、優れた医学エッセイを数多く発表する。2007年~2012年、コロンビア大学メディカルセンター神経学・精神学教授、2012年からはニューヨーク大学スクール・オブ・メディシン教授をつとめる。
著書に『火星の人類学者』『妻を帽子と間違えた男』『音楽嗜好症(ミュージコフィリア)』『色のない島へ』『レナードの朝〔新版〕』『タングステンおじさん』(以上ハヤカワ・ノンフィクション文庫)、『心の視力』『道程――オリヴァー・サックス自伝』『サックス先生、最後の言葉』(以上早川書房刊)など多数。2008年に大英帝国勲章コマンダーを受章。2015年没。

本書の要点

  • 要点
    1
    人は目で見ているのではなく、脳で見ている。そのため脳の一部、とくに視覚をつかさどる領域になんらかの異常が生じると、それが幻覚の原因となる。
  • 要点
    2
    幻覚が生じる原因は、脳の異常だけではない。かけがえのない家族との死別、戦乱や自然災害への遭遇といった強烈な体験もまた、その原因となりうる。
  • 要点
    3
    ふだんは確固なものとして捉えている自分の身体イメージや自己像も、なんらかの拍子で大きく揺らぎ、幽体離脱のような体験や「自分の分身を見る」といった幻覚を生じさせることがある。

要約

全盲者が見え、失聴者が聞く

視覚障害者に幻の群集が押し寄せる
harshvardhanroy/iStock/Thinkstock

人間の視覚や聴覚といった感覚器官はきわめてデリケートにできているようだ。ふだんよりも刺激の少ない状態、たとえば大海原を航海しているときや、見渡すかぎり青い空のなかを飛行するパイロットは、幻覚を見やすいことで知られている。

それではなんらかの疾患で視覚や聴覚を失ってしまった場合にも、やはり幻覚を「見たり」「聞いたり」することがあるのだろうか? 答えはもちろんイエスだ。視覚障害者が幻覚を見る現象は、これを体験したスイスの博物学者にちなんでシャルル・ボネ症候群と呼ばれる。

患者が「見る」幻覚の多くは、具体的な形になっていない色や模様だ。だが一定の割合で人や動物、あるいは文字や楽譜のように、複雑な幻覚を見る患者もいるし、「何百という群集が押し寄せてくる」といった幻覚に恐怖を感じる患者もいる。

ここで強調するべきは、こうした幻覚を見る患者たちの多くが、正常な精神状態であることだ。彼らにとって、幻覚は現実と区別して認識されているのである。

幻聴は精神障害のあかしではない

正常な精神状態でも幻覚が起こることは、かなり前から知られていた。一方で幻聴は、長いあいだ医学の世界で深刻な精神障害、とりわけ統合失調症を発症した証拠と見なされてきた。なぜなら統合失調症患者のほぼ全員が「声」を聞くからだ。

しかし逆は必ずしも当てはまらないどころか、ごくふつうに生活をしていても幻聴を体験している者がたくさんいることが、近年になってわかってきた。一般の人びとが聞く幻聴は、自分の名前を呼ぶ声や耳鳴りに近い騒音、何かの音楽など、あまり大きな意味をもつものではない。しかし雪山で遭難したときなど、生死を分けるような極限状況で聞く「声」のなかには、重要な指図をしたり、あたかも守護天使からの言葉のように思えたりすることもある。

ある高齢の患者は、聴力を失いつつあるときに音楽の幻聴を聞いたという。その音楽とは、特定の曲だったりラジオのようであったり、断片的な音節であったりとさまざまだったが、かなりしつこく聞こえる場合もあった。どうも音楽幻聴には脳の広い領域が関わっているようで、どこかが刺激されると、まるでオーディオプレイヤーのスイッチを押したときのように「聞こえて」しまうらしい。

人工的につくりだされる幻覚
Orla/IStock/Thinkstock

幻覚や幻聴とはなにか。脳のどのような作用でそれらが見えたり聞こえたりするのか。

1950年代から60年代にかけて、幻覚を人工的につくりだすため、さまざまな実験が行なわれた。健康な男女を防音室に入れてゴーグルをかけさせ、手袋で触角を奪うといった感覚遮断をほどこしたところ、図形や光の模様のように単純なものから、「ジャングルのなかを歩き回る先史時代の動物」といった複雑なものまで、被験者からはさまざまな幻覚の報告がなされたという。

さらに体をお湯の入った暗いタンクに浮かべて、触感や姿勢の変化を感じさせなくする「感覚遮断タンク」も考案された。このタンクに入った被験者の多くは2日目くらいから幻覚を見はじめ、「まばゆいクジャクの羽と建物」「美しい夕日の風景」など、サイケデリックな幻覚を報告する者もいた。

近年はこのような感覚遮断が脳におよぼす影響を調べられるようになっている。ある研究によれば、視覚を封じられて異常に敏感になった視神経の興奮が、ボトムアップで脳に幻覚を見せているようだ。

【必読ポイント!】幻覚を引き起こす病

「聖なる」病、てんかん

脳神経系になんらかの異常が生じたことによる病は、その症状のひとつとして幻覚を生じることが多い。

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要約公開日 2018.07.21
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