なぜ中間層は没落したのか

アメリカ二重経済のジレンマ
未読
なぜ中間層は没落したのか
なぜ中間層は没落したのか
アメリカ二重経済のジレンマ
未読
なぜ中間層は没落したのか
出版社
慶應義塾大学出版会
出版日
2020年06月05日
評点
総合
3.8
明瞭性
4.0
革新性
4.0
応用性
3.5
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おすすめポイント

「アメリカ=格差社会」という認識は広く浸透しており、新聞や雑誌、書籍などでもしばしば論じられるところである。しかし本書ほど、その格差の現状や歴史的起源、暗澹たる行く末についてうまく整理している本は多くない。

アメリカには明確に分断された2つの部門が存在する。その成り立ちには人種やジェンダーなどの要素が絡みあっており、部門間の移行は極めて難しい状況だ。こうした事実を、本書はさまざまな研究結果を背景にしながら、重層的に語っていく。

著者のピーター・テミン氏はマサチューセッツ工科大学の名誉教授であり、アメリカ経済学会をリードした著名な経済史家だ。要約では、本書の前半部分である「経済と政治」に関する部分を中心にまとめたが、これだけでも著者の静かな怒りが感じられるだろう。また、本書は現状分析にとどまらない価値を持っている。とりわけ最終章で提案される「未来のための5つの行動指針」を読むと、そのまっとうさ・純粋さに胸打たれるはずである。

読み進めていくにあたり、アメリカの歴史についての知識が要求される場面も少なくないが、その都度事典などを参照しながら読み通すことを強くおすすめしたい。アメリカに対する印象が大きく変わるに違いない。そして本書を読み終えたとき、「これはアメリカだけの問題だ」と、はたして考えることができるだろうか。

著者

ピーター・テミン (Peter Temin)
1937年生まれ。米国マサチューセッツ工科大学名誉教授。著書に『大恐慌の教訓』(猪木武徳他訳、東洋経済新報社)、共著に『リーダーなき経済』(貫井佳子訳、日本経済新聞出版社)、『学び直しケインズ経済学』(小谷野俊夫訳、一灯舎)がある。

本書の要点

  • 要点
    1
    アメリカには「二重経済」とも呼べる分断がある。所得分布の上位20%を占めるFTE部門(金融・技術・電子工学)と、それ以外の80%の多くを占める低賃金部門の分断である。
  • 要点
    2
    低賃金部門からFTE部門へ移行するためには、教育が重要である。しかし費用や社会的資本の問題があり、部門間の移行は非常に難しい。
  • 要点
    3
    政治における投資が、選挙や政策決定に大きく影響している。その結果、民主主義は力を弱め、一部の富裕層による金権政治がそれに代わっている状態だ。

要約

二重経済

中間層が消えつつある

アメリカの中間層が消えつつある。アメリカの総所得に占める中間層のシェアは、1970年から2014年の44年間で30%減少した。何が起きているのか。

1970年に起きたのが、実質賃金の上昇の停止だ。第二次世界大戦の終結以来、賃金は経済とともに上昇していた。しかし国民総生産は1970年以降も増加し続けたが、賃金はそうではなかった。経済成長から、賃金が乖離していったのである。では国民経済の差額の部分はどこへ行ったのかというと、それは上層集団に向かったのである。

所得分布で上層にいくほど、ここ数十年の所得の増加は急激だ。このことを踏まえると、「アメリカには二重経済が存在する」と考えるべきである。上層部門を形成する上位20%と、残りの80%が該当する中間層および下層部門である。

FTE部門と低賃金部門
drante/gettyimages

マンチェスター大学教授であったW・アーサー・ルイスは、発展途上国の経済を分析する際、そこに二重経済構造を見出した。ひとつの国に2つの部門があり、異なる発展水準、技術水準、需要のパターンによって分断されているとき、この二重経済構造は発現する。この分析モデルを「ルイス・モデル」という。

ルイス・モデルはもともと発展途上国を分析する際に用いられたものだが、現在のアメリカ経済の2つの部門への分断は、そのモデルの趣旨にかなり沿っている。一方の部門は、熟練の労働者と経営者からなり、大学の学位を持ち、まずまずあるいは極めて高い給料を得ている人々である。金融(Finance)、技術(Technology)、電子工学(Electronics)からなるこれらのグループを、ここでは「FTE部門」と呼ぶ。他方は、グローバル化の負の側面に苦しむ未熟練労働者からなる集団で、「低賃金部門」と呼ぶ。

FTE部門には人口の約20%が含まれ、低賃金部門には約80%が含まれる。FTE部門は概ね白人だ。低賃金部門の場合は白人が半分で、残りの半分をアフリカ系アメリカ人やラテン系移民が占めている。

教育の重要性とその困難
SDI Productions/gettyimages

現代において、二重経済の部門間を移動させられる可能性があるのは教育である。しかし、そこには困難が待ち受けている。大学を卒業してもFTE部門に入ることが保証されているわけではないし、教育には長期にわたる支出と資源が必要になる。だが低賃金部門にいる人々は、そうした余裕を持っていない。

そもそもFTE部門は、移行が高くつくようにしてきた。

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要約公開日 2020.11.06
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