【本からのぞくグローバル・トレンド】
移民について考える
『シリア難民 人類に突きつけられた21世紀最悪の難問』/『自分とは違った人たちとどう向き合うか』/“Letters to a Young Muslim”

現在、欧米、とくにヨーロッパの政治を動かしている台風の目は移民問題である、といっても過言ではないだろう。シリアやアフリカから大量に押し寄せる移民たちは、各国で相次いだ総選挙では重要な争点となった。また、そうした地域からの移民の多くが信仰する、イスラム教に対する偏見は、社会に衝突や摩擦を生んでいる。

今回は、移民問題を考えるために役に立つ3冊の書籍を紹介したい。

移民たちの素顔

シリア難民 人類に突きつけられた21世紀最悪の難問
シリア難民 人類に突きつけられた21世紀最悪の難問
著者
パトリック・キングズレー 著 藤原 朝子 翻訳
出版社
ダイヤモンド社
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今、「移民」と呼ばれている人たちは、どんな人たちなのか、なぜ必死でヨーロッパを目指しているのか。そして、どんな旅をしているのだろうか。『シリア難民』は、ガーディアン紙のジャーナリストが、「移民」たちの生身の姿を伝える1冊だ。

本書の主要な登場人物である、シリア難民(難民条約の定義を簡単にまとめると、難民は「迫害を逃れてきた人」である)、ハーシム・スーキは語る。「私は自分の命よりも大きなもの、もっと大きな夢のために命の危険をおかすんだ」。「うまくいけば、私は3人の子どもたちの夢を叶えられるかもしれない。子供たち、そして孫たちの夢を」と。ハーシムはデスクワークの日々を送るごくふつうの公務員で、3人の息子の父親だった。しかし、シリアの内乱が始まり、無実の罪で拷問を受け、自宅は破壊されてしまった。休日にピクニックに出かける家族の日常は失われた。

国内にとどまれば、自分も家族も命の保証はないし、息子たちは教育も受けられない。長期的な未来は何も描けない。そこで彼は、単身ヨーロッパを目指すことにした。永住権を獲得し、家族を呼び寄せて安全な暮らしをするためだ。

ただ、ヨーロッパへの道のりは厳しい。検問所で殺されるかもしれないし、地中海を渡るボロ船が沈むか、船内で圧死するかもしれない。密航業者の用意する待機所では虐待やレイプが日常化し、砂漠を横断するルートでは脱水症状や熱中症でどんどん人が死ぬ。それでも、ハーシムはじめ、本書に登場する人々は、「ほかに選択肢がないから」、一筋の希望を求めて移動をやめない。

本書刊行時27歳という若さである著者は、移民たちのルートを、移民たちと共に歩き、取材した。本書では、迫真のレポートとともに、ヨーロッパ政府がいくら移民を制限しようとしても、彼らがやってくるのを止めることはできないことが繰り返し示唆されている。

対話の重要性

自分とは違った人たちとどう向き合うか ―難民問題から考える―
自分とは違った人たちとどう向き合うか ―難民問題から考える―
著者
ジグムント・バウマン 伊藤茂 著
出版社
青土社
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大量の移民がなだれこむヨーロッパの、新聞やニュース、政治演説は、「『移民危機』関連のもので溢れ」、人々の間に不安や恐怖心が広がっている。そのような書き出しで、本書『自分とは違った人たちとどう向き合うか 難民問題から考える』は始まる。

著者は、見知らぬ人々への不安が、外国人排斥や人種差別、ひいてはナショナリズムの台頭を許している現状を構造的に解き明かす。そして、政治家たちが、一握りのテロリストのための強硬政策を打ち出し、選挙民の支持を得るために難民や移民を「政治利用」するさまを指摘している。いつのまにか、「移民」や「イスラム教徒」は、「テロリスト予備軍」というふうにすり替えられてゆく。

そうした問題について、著者は表層のみにとらわれることなく考察する。そもそも、地球の人口密度は大昔に比べて増大しており、私たちはこれから、見知らぬ人々と関わることからは逃れられないのだ。私たちに欠けているのは、新たな状況に対応するための新たな認識である。著者は哲学者ハンス・ゲオルグ・ガダマーの言葉を引用しつつ、対話の重要性を強く訴える。

本書のすみずみまで脈打つ著者の圧倒的な知性にふれることは、移民について意見を持つための大きな力になることだろう。原書タイトルは“Strangers at Our Door”。著者ジグムント・バウマンは『リキッド・モダニティ――液状化する社会』(大月書店)などで知られる。今年初めに惜しまれつつ亡くなった、世界的な社会学者である。

イスラム社会の内側から

Letters to a Young Muslim
Letters to a Young Muslim
著者
Omar Saif Ghobash
出版社
Picador USA
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現在、西欧世界にはイスラム教徒への一面的な偏見が広がり、皮肉なことに、ジハードに加わるよう促すイスラム国のプロパガンダは、拠り所を失くした若者たちに一定の効果を及ぼしているようだ。そのような時代に、イスラム教徒の若者はどう生きるべきか、宗教をどうとらえていくのか、父親が息子に宛てる手紙というかたちで著されたのが“Letters to a Young Muslim”だ。著者は、アラブ首長国連邦の外交官であり、駐ロシア大使を務める人物である。

著者の父親は、テロリストに殺害されたという。イスラム社会にはびこる暴力は、著者にとっても長年の疑問であり、決して容認できないものである。こうしたことについて、イスラム教徒として生きる次世代の人たちに考え続けてほしい、という強い願いが著者を執筆に向かわせたことがうかがえる。

本書を構成する27通の手紙は、どれも平易な言葉で、あたたかく、ときに厳しく語りかけるように書かれている。イスラム教の宗派について、また、イスラム社会の慣習や考え方について、イスラム社会の内側からの目線で解説されていることは、私たち日本の読者にとってたいへん興味深く読めることだろう。

全編に込められているのは、自分で問いを立てること、宗教を通じた平和を実現するために責任を持つことというメッセージだ。イスラム社会、アラビア文化圏の人々も、この混みあった世界で他者と協調していかねばならない、という著者の言葉は、前述のジグムント・バウマンの提言と響き合う。

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文責:熊倉 沙希子 (2017/06/28)
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