アップルにはiPhoneが考案される以前から、ユーザーインターフェースのデザインに関するラボがあった。そこは「新しくてリッチなインタラクションの探求(exploring new rich interactions: ENRI)」に特化していた。
ENRIチームの目的は、人間がコンピュータを扱う方法について根本的に考えなおすことだ。若きデザイナーやエンジニアたちは、デジタルなものを操作するうえでなにか新しい方法がないかを考え、テーブルサイズのMacやプロジェクター、タッチパッド、紙とのハイブリッドなど、利用できるものはなんでも利用した。それは徐々にマルチタッチのフィンガージェスチャーなど、新しくて生き生きとした操作方法としてシステムに落としこまれていく。現在ではズームや回転、スクロールの際に2本の指を使うことはほとんど当たり前のようになっているが、当時はほとんどのスクリーンで不可能な操作であり、先進的なアイデアであった。
こうしてできたプロトタイプをスティーブ・ジョブズに見せたところ、最初は受け入れられなかったものの、最終的にジョブズもその骨子となるアイデアを絶賛するようになる。こうしてENRIチームは規模を拡大することになる。
最優先課題は、デバイスを使えるサイズに落としこむことだった。そのためにQ79と呼ばれるハードウェアチームが、タブレットサイズのタッチスクリーンを作るべく組織された。またハウジングをデザインするチームが組まれたり、カスタムチップのデザインをするチームが結成されたりもした。だがこうしたプロジェクトは秘密裏に動いていたため、社内には混乱が広がった。
一方でENRIチームは、楽しめるデザインと意味のあるUIアクションを開発しつづけた。彼らにいたっては、自分たちがなにを作ろうとしているのかもよくわかっていなかった。だから電話を作ることに決まった2004年、ほとんどのメンバーは落胆したという。電話が革新的なデバイスになるとは、とても思えなかったからだ。だが後に、この高度でさまざまな技術を組みこんだ小型のデバイスの作成が、大規模な事業になることが判明する。
いまでは当たり前のものになった、アプリを選択する際のダッシュボード。しかし開発当時は、アイデアもアプリ自体もまだ道半ばの状態にあった。2週間に渡る不眠不休の開発により、UIチームはアプリをうまく結びつけ、電話を使うという体験を特別なものに変えた。そこにはなによりも物語があった。ジョブズもこうしたアプローチを気に入り、後に有名となるプレゼンテーションでも、物語性を強調したスピーチをしている。
すると今度はiPodでの成功体験にとらわれていたことが障害となった。主に持ち上がった議題はこうである。「既存のiPodのハードウェアをベースに設計するべきか、それともMacのタッチタブレットを電話にも対応させるようにするべきか」。iPodのようにすると、クリックホイールのためタイピングに難があったし、Macのようにすると、今度は不調が多くなるうえに遅くなってしまう。
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