日本は明治維新以降、欧米列強に対抗するため「富国強兵」「殖産興業」をスローガンに、ひたすら「ボリューム国家」を目指した。結果的にはその「帝国主義モデル」で第二次世界大戦に惨敗し、日本は工業国家モデルを独自にアレンジした「加工貿易立国モデル」に転換した。このパラダイム転換は世界のどの国よりもうまくいった。
しかし、今や日本の産業競争力は衰退の一途をたどっている。衰退の原因は、政府と経済界が、アメリカの言いなりになって安易な妥協を繰り返したことにある。日本は加工貿易立国モデルが大成功したがゆえに、その成功モデルから抜け出せていないのだ。
2010年代に入って、新興ボリューム国家のBRICsの成長は曲がり角に来ている。しかし、そうした時代であるにもかかわらず、依然として着実に成長し、高い国際競争力を有し、一人当たりのGDPの高さを維持している国々がある。それが、私が「クオリティ国家」と呼んでいる国家群だ。
クオリティ国家の特徴は、経済規模が小さく、人口・労働力のクオリティが高く、高コストの人件費をカバーする付加価値力、生産性の高さを持っている点だ。新しい国家モデルへの転換が必要な日本の将来の方向性を探るためには、クオリティ国家の研究が欠かせないのだ。
クオリティ国家の代表格は、世界経済フォーラムの国際競争力ランキングで1位のスイスと2位のシンガポールだ。中でもスイスは最強のクオリティ国家といえる。世界からヒト、モノ、カネや企業、そして情報を呼び込む吸引力と、グローバル市場で勝てる競争力。そのどちらも高水準で持っているのだ。
スイスの国際競争力が高い理由には、大きく三つの特徴がある。一つ目は、「国が企業を支援しないこと」である。企業に対する補助金は全くない。もちろん倒産しかかった企業を政府が救済することはなく、弱い産業は潰れ、結果的に強い産業だけが生き残るのだ。二つ目は、「クラフトマンシップ(職人芸)」だ。スイスの人たちが猫も杓子も大学に進学するのは、クラフトマンシップを失って国際経労力を弱めるやり方だと認識している。三つめは、「移民」である。スイスでは移民が人口の三割を占めている。移民は新しい産業を興し、その中で強くなった会社が世界に出て行って発展しているため、移民が生み出す活力は非常に重要であるとスイスの人たちは認識している。
スイスと逆に、日本は潰れそうな企業を国が支援し、大学進学率が高まるにつれてクラフトマンシップを軽んじるようになり、移民は受け入れようとしない。つまり「スイスの常識」は「日本の非常識」なのである。
私はシンガポールを「事業戦略国家」と呼んでいる。最近はほぼ五年ごとに国家戦略をモデルチェンジしてきている。興味深いのは、街の人に聞いても、タクシーの運転手に聞いても、みんなが「現在の国家戦略はこれです」とはっきり答えるのだ。それほど国家戦略が明確に国民の意識の中に刷り込まれているわけである。
また、シンガポールは、国家の中にさまざまな「ハブ拠点」を作ることによって、戦略的に世界からヒト、モノ、カネ、情報を吸引している。具体的には、金融ハブ、空港ハブ、港湾ハブ、教育ハブ、医療ハブ、データマネージメントハブ、R&Dハブ、コンベンション・ハブを作り出し、アジア諸国だけでなく、インド、欧州、イスラム圏からもヒト、モノ、カネ、情報を吸引している。
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