日本でたったひとつの新語・新知識年鑑、『現代用語の基礎知識』(自由国民社)。「2018ユーキャン新語・流行語大賞」では「そだねー」が大賞になりましたが、年末恒例行事の候補も、毎年この本の収録語から選ばれています。
1948年から毎年出版され、71周年を迎えた『現代用語の基礎知識』。長きにわたり読み継がれている、その魅力は何なのでしょうか? 編集長の大塚陽子さんに、新語・新知識年鑑という独自の世界を切り開いた背景、ビジネスパーソン向けの活用法をお聞きしました。
──『現代用語の基礎知識』は1948年創刊と長い歴史を誇りますが、創刊の経緯は何ですか。
『現代用語の基礎知識』を創刊した1948年は、第二次世界大戦直後で、日本の政治体制や文化が大きく変わりはじめたときでした。時代が動くときというのは、外来語も含めて新語が一気に増えるんですね。
当時、時局月報社(1949年に自由国民社に改組)の雑誌『自由国民』に、新しい言葉の解説を集めた本を発刊するという予告を掲載したところ、大反響がありました。10月に創刊号が出ると、「今度はこういう分野の用語も取り上げてほしい」といった投書が相次いだといいます。戦時中・直後は読み物に飢えていた時期。日本全体に活字欲求が高まっていたのでしょう。
── 当時はどのような用語を掲載していましたか。
最初に多かったのは政治経済、国際情勢に関する用語。創刊号の巻頭を飾った言葉は「民主主義」です。奇しくも71年が経った今でも、民主主義とは何かが問われている。時代を越えて人々が考えるべき重要な概念だということが、掲載された用語の変遷からもわかるといえるでしょう。
創刊から数年経つと、主に女性の読者から「生活に密着した言葉も入れてほしい」というリクエストが増えました。こうした読者の声を聴きながら、時代に合わせて、社会の核心を突いた新語を毎年加えて更新しています。
── 他の事典とは違った特徴は何でしょうか。
50音順の事典が多いなか、創刊当初から体系別、ジャンル別の並びにしていることです。ある用語について調べると、その前後に並んでいる関連用語が自然と目に入ります。たとえば「働き方改革」を調べたら、「時短ハラスメント」「副業/兼業」「社二病(※注1)」の解説が並んでいるというように、一語から周辺知識が手に入り、興味が広がっていく。ジャンルを一通り読めば、その分野をだいたい理解できるようになります。
『現代用語の基礎知識』のターゲット読者は、ビジネスパーソンはもちろん、社会の動きを追いかけ続けている方全般。知識を体系立てて得たいという読者のニーズに、こうしたスタイルがフィットしたのかもしれません。
(※注1)社二病とは、社会人2年目くらいの社員が、勇ましい、先輩からみると生意気にも映る言動に走る行為のこと。中二病の社会人版。
この体系別を考えたのは、本書の創刊者で自由国民社(当時はサラリーマン社)の創業者である長谷川國雄氏。創刊時には、ジャーナリストたちなど権威ある人を集め、各ジャンルの用語解説を誰に書いてもらうかを相談し、彼らの協力のもとで完成させたと聞いています。
──『現代用語の基礎知識』は、毎年移り変わっていく「社会の縮図」という面もありますが、どのように制作されているのですか。
本来なら何年もかける辞書の改訂を1年で行うというとイメージしやすいでしょうか。年間を通じて、新聞からこれぞと思う単語を日々スクラップして収集していきます。
もちろんテレビや雑誌、ネットも情報収集ツール。スイッチインタビューや情熱大陸などの番組は必ず録画して観ますし、普段乗らない路線に乗って車内で見聞きする言葉にも目を配っています。ただ、新聞は幅広い読者層向けに書かれているメディアということもあり、大事な情報源だととらえているのです。SNSなどでの一部での流行が、新聞にも掲載されることで広まっていくとも考えられますので。
── 24時間情報収集されているって大変ですね!
もうそれが日常になっていますね。大ニュースがきたら「キタ!」と思いますし、常にその後の展開も追いかけています。
こうして集めた資料と執筆者の方々の意見をもとに、載せる言葉を日々の会議で選定していきます。基準は、過去・現在の事象を整理・把握し、次に起こりうる新しい事象に対処するために必要な用語かどうか。そのうえで、メディアでのその語の使われ方や頻度をチェックします。執筆者から原稿を集めては編集、印刷所へ入稿、刷り上がってきたゲラをチェック……というのを何度もくり返します。
1語の解説は300~400字程度。この分量では説明が書ききれない重要な事象については、「ニュースのおさらい」というコーナーで解説します。「そもそも」「どうした」「どうなる」の3ステップで、1事象を1200字程度の解説で掘り下げていきます。
たとえば「安田純平さん拘束事件」は、解放前であっても、その時点での見解を載せておきたいと思い、取り上げる予定でいました。そうしたら、この年鑑の校了直前に解放のニュースが入り、急きょ追記したという経緯があります。ニュースに限らず、講談師として注目されている神田松之丞さんのように、時代のキーパーソンもおさえているのが、このコーナーの特徴ですね。
ニュートラルな解説をめざしているかというと必ずしもそうではありません。執筆者それぞれの個性や意見を大事にしています。もちろん編集部側も「こういう切り口がいいのではないか」などと意見しますし、読者に何をどう伝えるかは議論を尽くします。
── ネット上に膨大な情報があふれかえる現代、この紙の本という形態で毎年新語・新知識年鑑を出すことには、何かしらの思い入れや読者にとっての意義があるのではと思います。この形態で出し続ける理由は何ですか。
現在は、ネットで検索すれば必要な情報がいくらでも目に飛び込んでくる時代です。ニュースキュレーションメディアやアプリも増えましたし、膨大な情報にふれることはもちろん大事です。ただ、情報量が多すぎて整理しきれない、体系立てて理解しきれないという点もあると思います。
その点、『現代用語の基礎知識』の場合は、紙面の制約があるからこそ、必要な知識を交通整理して読者に届けられるというメリットがあります。社会について知るうえで「この単語はおさえておきたい」というものに絞って、そのエッセンスを端的に伝えていけるのだと考えています。
── ビジネスパーソンにおすすめの「現代用語の基礎知識」活用法はありますか。
ビジネスでの雑談に役立つネタを仕入れるのに役立ててほしいですね。たとえば最新の2019年版では、「人生100年時代、日本人の『食』はこれでいいのか?!」という総力特集を組みました。「食」は年代を超えて万人に興味をもってもらいやすいテーマ。最近はビジネス・実用書でも食や睡眠など健康のテーマの本が多いですし、食への関心は高まる一方。特集では、食にまつわるブームとその真相などを時系列で直感的に追えるようにと、ビジュアルも多用しました。
今年は平成最後の年。そこで、平成を振り返る保存版という位置づけで、平成の30年間を振り返り、1年1ページで、当時の流行語やキーワードを掲載しています。新語・流行語大賞の35年におよぶ全記録もあります。こうした記事から、リソースが信頼できる情報を仕入れて雑談に盛り込めば、話題の幅が広がるし、取引先や上司との会話が弾むのではないでしょうか。
『現代用語の基礎知識』はカタい本ではなく、「役に立って面白い読み物」。もっと幅広い読者に手に取っていただきたいという思いから、年鑑にまつわるリアルなイベントなども開催し始めています。
毎年アップデートされる確かな知識を得ていきたい。そんな読者のニーズに応えるという創刊当初からの指針は貫きながらも、より多くの方に親しんでいただける年鑑をつくっていきたいですね。
プロフィール
大塚 陽子(おおつか ようこ)
1998年に自由国民社入社。『おとなの楽習』というシリーズや絵本、料理本、ライフスタイル本などを手掛ける。2008年版から『現代用語の基礎知識』の編集に携わり、2018年より編集長。