
「伝える」と「隠す」のあいだ
本の要約サービスflierは、1冊10分程度で読める要約を提供しています。1つの要約の本文は約4000字。その制作を支えるのは、5人の編集部員と、多数の外部ライターです。
今回は、編集部員が要約作成に込めた想いを、座談会形式でお届けします。要約づくりの舞台裏、本との向き合い方、AI時代になってもなぜ人の手で要約しつづけるのか——。flier編集部が一つひとつの要約に込めた想いについて語ります。
ライター・池田友美

池田(聞き手):
編集部員はそれぞれ自分なりのプロセスで要約を書いていますよね。それぞれの人がどのように要約を作成しているか、制作工程に注目してお話を聞いてみたいと思います。

松尾:
要約を作るときは、まず本の表紙や目次を見てから、導入部分を読んで、ポイントや主張をつかもうとします。本にもよりますが、その本の読者候補が、何を知りたがっているのかを調べることが多いです。本を読みはじめる前に、テーマに期待されていることを想像して、場合によってはリサーチの時間を長くとることもあります。それをもとに、要約の仮構成案を作って、それを見取り図にしながら本を読んでいきます。私は本は大好きなのですが、ただ読むだけでは頭に入ってこないので、読むときは毎回線を引いたり付箋をつけたりしていきます。
書籍から大事な箇所を抜き出しながら本文を作っていくとだいたい5000〜6000字になるので、そこから推敲しながら字数を調整していきます。
池田:
本に書かれていない情報も調べながら、本と読者の接点を探っていくんですね。
矢羽野:
私も、著者の言いたいことと、読者の知りたいことの接点を探しながら本を読んでいきます。
制作プロセスとしては、まずは目次の構成を確認して、要約の構成はどうしようかと考えます。だいたいのライティング計画を立てた後に、本全体に目を通して、大事なところに赤線を引いていきます。この段階で、最初に計画した構成で良いかを確かめて、文書ファイルに大見出しと小見出しを作って、それぞれの見出しが何文字くらいになるかのあたりをつけておきます。それから、再度本を見て、赤線を中心に文章を抜き出しながら本文を書いていきます。
池田:
2人の制作プロセスは似ていますね。原稿に向かう前にライティング計画を立てて、事前に本を読み、本に印をつける。
石田:
私は目次を見て本の構成をとるところまでは同じですが、本を頭から読みながら並行して原稿を書いていきます。最初は字数を気にせずに、自分が面白いと思ったところや多くの人の興味を引きそうなところを中心に、要約箇所を選んでいきます。それが終わると7000〜8000字になるので、そこからは頭を編集者モードに切り替えて、目標の4000字まで字数を減らしていきます。
池田:
ライターの自分が書いた文章を、編集者の自分が削っていくんですね。私(池田)の制作プロセスは石田さんのやり方と近いです。原稿計画のプロセスは目次を見たときに頭の中で行って、最初に本を読むときに並行して原稿を書いていきます。細かい制作プロセスは異なりますが、読者の興味を意識した制作という点は共通していますね。
庄子:
私も読者が求めていることと、著者が言いたいことのバランスをとって、どこを取り上げるかを決めることが多いです。まずは表紙やオビを見てどんな本かを想像してから、一度本を通して読み終えてしまいます。それから改めて本を開いて、要約の構成を考えながら、取り上げる可能性のある文章を文書ファイルに書き写していきます。この段階では紹介したいところをすべて書き出すので、多いと5万字くらいになります。そこから目標である4000字に向けて、推敲しながら字数を削っていきます。
私の場合は、本と文書ファイルを見比べながら、読むことと書くことを往復して作業するという形式が苦手なので、こうした制作スタイルに落ち着きました。読むなら読む、書くなら書くに集中して作業したいんです。見出しをつけるのは、本文が全部できてからです。
池田:
生成AIの登場で、有名な書籍の要約であれば手軽に出力できるようになってきました。
それでもやはりflierは人間の手作業での要約にこだわっています。人の手による要約の魅力はどんなところにあると思いますか?

庄子:
生成AIは、誤字脱字のチェックや文章表現の提案には便利で、編集過程でも頼れる存在になってきましたよね。でも、AIにまるごと要約を書かせるのはまだ難しいと感じます。そもそもAIが目指している要約と、flierが目指している要約は、基準が大きく異なるのではないかと思います。AIの要約は、内容を網羅的にまんべんなくまとめることを目指しているような印象を受けますが、網羅的であることと単体の読み物として面白いことは両立しづらいんですよね。薄く広く内容が紹介されると「結局何だったんだろう?」という読後感になりがちです。
flierの要約は単体の読み物としても楽しんでもらえるよう、あえて取り上げる箇所に偏りを持たせているので、そこがAIとの大きな違いです。読書好きの人間がこの本をまとめたらどうなるか、という「本読みの視点で本が読める」という体験が、人の手で作った要約の魅力なのではないでしょうか。
池田:
要約に偏りを持たせるための変数のような存在として人間がいるようなイメージでしょうか。人間の視点を介することで生まれる「偏り」こそが人の手による要約の醍醐味なんですね。
石田:
AIに要約を書かせると、本の流れがあまりにまっすぐに出すぎていて、文章を読みたいという欲求に応える文章ではないと感じます。私はプライベートで本を読むときには、本づくりのプロセスすべてに想いを馳せながらゆっくり読んでいきます。本を読む時間自体が好きで、効率は求めていないので、読むのにすごく時間をかけるんです。この本を書いた人はどうしてこの背景の人に取材に行ったのだろう、この人はなんでこんなことをしようと思ったのだろうと、制作のプロセスを追体験しながら楽しんでいます。こうした過程を総合的に味わうことができるのが読書の魅力です。
flierの要約も、「要約者はどうしてこんなふうに要約したのだろう」と、要約のプロセスも含めて楽しんでもらえたらうれしいです。こうした追体験の楽しみは、AIの書いた文章からは得られませんよね。
池田:
「作り手の追体験」はAIの文章には実現できないものですね。
松尾:
私も要約本文をAIに一から書かせるのは難しいと感じています。AIに書かせた文章は、平均点というか、面白みのない文章になることが多いんです。AIが出てきたことによって、文章ににじみでる、書き手の目線こそが人間らしさなのではないかと思うようになりました。
たとえば、「この本を読んで元気が出ました」という言葉は、人間が言ったものでないと心に響かないですよね。「ここが大事だと思った」「こういうふうに役に立った」というのも、人間が書いたものでなければ意味がないと思います。要約ライターが「この本を愛しているんだな」と伝わってくるから、その本が読みたくなってしまう、ということもありますね。
池田:
要約を通して、ライターが見た本の世界を感じられるのも要約の価値のひとつだということですね。身体がある人間にしか書けない文章というのはたしかにあると思います。
松尾:
flierのライターとして活躍してくださっている方は、学術の世界で活躍されている方や、小説家・文筆家などの文章の専門家、企業でさまざまな職種で働く現役のビジネスパーソンなど、さまざまな専門性を持った方がいます。もし同じ本の要約を10人にお願いしたら、10通りの要約ができあがるはずです。私はそれこそが人の手による要約の魅力だと思います。

池田:
制作過程はそれぞれ異なりますが、理想とする要約への想いは編集部で共通しているように思います。flierにとっての「いい要約」とはどんなものでしょうか。
松尾:
要約を読むだけでポイントがつかめて、本を読みたくなるのが理想です。要約にこんなに面白い内容、役に立つ内容があるなら、本を読んだらもっと役に立ちそう、と思ってもらえることを目指しています。
池田:
要約自体が読み物として楽しんでもらえること、それだけで満足せずに本にも興味を持ってもらうこと、この2つの両立がflierの要約の目標ですよね。これを実現するために意識していることはありますか?
庄子:
要約に含める箇所を決める際には、読者の興味と著者の主張のバランスを意識することが多いです。たとえば、著者が一番伝えようとしている、その本の新しいコンセプトだけに触れる要約だと、読者はついていけないという気持ちになってしまうかもしれません。著者にとって一番大事なことは、新しいからこそいきなり言われても受け入れづらかったり、実践のハードルが高かったりもします。
何かコツを紹介するような本であれば、導入にあたるところには触れたうえで、読者が試しやすそうなことと、実践は難しそうだけど効果は高そうなものを両方入れるようにしています。要約だけでも発見のある読み物として楽しんでもらえることを目指していますが、「本にはもっと発見があるかも」「本をまるごと読んでみたい」と思ってもらえたら一番うれしいです。
池田:
たしかに、その本の革新的な部分だけを要約として伝えられても、読者は受け止めきれないかもしれません。要約読者に本に興味を持ってもらいたいからこそ、一番伝えたいことだけを入れるわけではないということですね。
石田:
私は「伝わりすぎない」ことを大事にしています。本の魅力や概要はきちんと伝わる要約でありながら、具体的に理解しようとするとものたりない。要約だけで満足させるのではなく、もっと知りたい、本の情報に直接触れたいと思わせるのがいい要約だと考えています。得たい情報の7割はわかるんだけど、残りの3割のおいしそうなところが見えていないというように、おいしいところをあえて入れないこともあります。
池田:
なるほど、あえて隠すんですね。先ほども「偏り」が大切という話が出ましたが、「それは忠実な要約ではないのでは」と感じる人もいそうです。
矢羽野:
本に書いていないことを要約に書くことはありませんから、内容が本と違っているということはありません。ただ、本のどこを要約に含めるかという判断はあるので、そこにはflier編集部の視点が入ります。1冊の本の内容を、1つの流れのある4000字の要約に再構成するというイメージで要約を作っています。これは、本を均等に圧縮することでは実現できないと思っています。最終的には読者に受け取ってもらうことが大切なので、著者がアピールしたいであろうことをあえて要約には入れないこともあります。
池田:
4000字の要約という形式で伝えるためには、本とは別の伝え方をしたほうが効果的になることもあるということですね。読者の受け止め方を意識して、本の主張だけをまとめるわけではないという点は共通していますね。
石田:
本の中身自体にも、濃淡がありますよね。本には流れがあって、話題が変わる場所には濃淡があって、それに沿って要約を作成していくと、本全体の構成から見ればアンバランスに内容を拾っているように見えることもあると思います。でも、本自体の情報が均一に書かれているわけではないので、要約で「濃い」部分を選んで見せると、本の言いたいことがぐっと出てくるようにもなります。
池田:
本自体の濃淡から判断して要約に取り上げる箇所を選んでいるのだから、偏りはあって自然なのだといえそうです。濃い部分だけを取り出して読めるというのは、要約ならではの魅力ですね。

矢羽野:
要約という統一された形式になるからこそ、たくさんの本に出会えるというのも魅力です。flierでは1日1冊新しい要約が公開されていて、なかには興味のない本もあるかもしれません。でも、そういうものも含めてたくさん読むことを読者にはおすすめしたいです。
私は要約ライターとして働きはじめてから、自分では選ばないような本を読む機会がすごく増えました。そうして指定された本をたくさん読んできたことで、だんだん頭の構造が変わってきたように思うんです。昔は本屋さんに行っても、自分の好きな本しか目に入っていなかったのですが、今ではどの書棚をみても、なんとなく馴染みがある本が並んでいます。要約を通してたくさんの本に触れたことで、世界が広がったことを実感しています。要約は、世界を広げる入り口です。flierのユーザーのみなさんにもそんな広がりを体験をしていただけたらうれしいです。