
今回お話を伺うのは、ニューヨークのマウントサイナイ医科大学に所属する老年科医の山田悠史先生です。
新著『最新科学が覆す 体にいいのはどっち?』 (サンクチュアリ出版)では、多くの人が気になる健康神話を、食事・健康・運動・睡眠・民間療法などといったジャンルごとに、最新の論文をもとに「本当に正しいのはどちらか」を解説します。
インタビューでは、30代、40代のうちから知っておきたい「健康診断やがん検診」「睡眠」などの新常識を伺っていきます。若くから認知症を予防するために大事な習慣とは?
── 山田先生の新著を読んで、エビデンスに基づいた「正しい医療情報との向き合い方」がいかに大事なのかを感じました。本書を通して、山田先生が一番伝えたかったメッセージを教えていただけますか。
1つは、30代、40代の方に向けて、選択の積み重ねが将来の健康をつくるということに気づいてもらいたい、というものです。私がニューヨークで老年科医として高齢者を診る中で強く感じてきたのは、高齢者の姿は、30代、40代の人たちの「未来の姿」だということです。
もう1つは、健康情報が「完全に正しい」か「完全に間違い」かではなく、全てがその間のグレーゾーンにあるという点。本書の100の質問に対する回答は、身近に感じられるよう〇×クイズ形式にしましたが、実際は100か0かではなく「確率論」の世界です。これが一番伝えたいことかもしれません。
ソーシャルメディアには、はっきり確定的なものの言い方をして人を間違った方向に導く情報も多くあります。そうした情報をうのみにしないようにと、それぞれの問いに対し、現時点での科学的根拠をひも解き、最も確からしい答えを提示しています。
── 本書の帯に「人生はすべての選択の総和である」と書かれていて、胸に刺さりました。
70歳や80歳で病気を発症すると後戻りできないことも多いですが、40代・50代で健康につながる選択をすれば、将来の後悔を防ぐことができます。100の質問は非医療者の方々から集めたもの。その一つひとつに答えたものを出版社がビジネスパーソンに届く形に編集してくれました。

── 健康診断やがん検診に関連して、「40歳前後の人が押さえるべき検査」や「見ておくべき数値」などのポイントがあれば教えていただけますか。
大前提として、科学的根拠に基づいたがん検診をきちんと受けることが重要です。厚生労働省やがんセンターが推奨している検診ですね。人間ドックに含まれている場合もあれば、含まれていない場合もあります。
40歳以上なら、乳がん検診や子宮頸がん検診にくわえて、大腸がん検診も大事です。40代は大腸がんのリスクも無視できない年代なので。
一方で、人間ドックは提供者によって項目がさまざまで、根拠のある検査と、そうでない検査が混ざっている「玉石混交」の世界です。そんな中で大事なのは、結果が出た後の行動です。人間ドックや健康診断は、ざっくりとしたスクリーニングにすぎません。「医療機関を受診してください」という結果が出たら、その先の精密検査を受けてはじめて病気かどうかがわかる。健康診断は、「受けたから安心」ではなく、その次のステップとセットで初めて意味を持つんです。
LDLコレステロールはその代表例です。数値が高くても、本人には何の症状もありません。ですが、私たち医師は、LDLが高いと5年、10年後に心臓の病気が増えることを知っています。そして数値を下げる治療をすれば、そのリスクを減らせます。つまり、LDLコレステロールの治療は「未来への投資」。後戻りできない病気になる前に手を打てるチャンスでもあります。

── 人間ドックでは、バリウム検査など受ける目的が疑問な検査もあります。
日本の健診制度は、まだアップデートが追いついていない部分があります。たとえば、一律の心電図など、受ける根拠が乏しい項目が含まれているのが現状です。アメリカやイギリスだと、30代の人に、「性交渉に関連する感染症」以外で一律の血液検査をすることはほとんどありません。
ただ、2023年から厚生労働省が科学的根拠に基づいて健診項目を見直し始めているので、今後は改善されていくはずです。
── 目の検査も気になっています。視力と眼圧は測っていますが、それで十分でしょうか?
40代からは「眼底検査(目の裏側を見る検査)」も大切です。緑内障は眼圧が正常でも起こることが多く、日本人は特にそのタイプが多い。視力・眼圧にくわえて眼底を見ることでリスクを拾えます。これは将来の視力だけでなく、認知症リスクにも関係するポイントです。
── 認知症にはアルツハイマー型など色々な種類がありますが、やはり完全に治すのは難しい病気なのですね。予防のために効果がある習慣を教えていただけますか。
2024年に『The Lancet』という医学誌が、認知症予防の最新レビューを出しています。そこでは、認知症の最大45%までは私たちの選択で防げるとされている。どんな選択が重要かというと、運動、視覚や聴覚のケア、大気汚染への対策、社会的つながりなどです。前著『認知症になる人 ならない人』に詳しく書きましたが、体と脳を同時に守る行動の積み重ねがカギになります。
── 「家の中の換気が認知症の予防においても大事」という話は衝撃でした。
実は室内のほうがはるかに空気が汚れていることが多いのです。特に揚げ物をした後は、PM2.5(目に見えない微粒子)の濃度が、山火事で外が真っ白な日より高くなることもあります。室内は容積が限られているので、PM2.5の濃度が急激に上がるんですね。換気扇だけでなく、窓を開けて外気と入れ替えないといけません。
実はガスコンロでの調理による大気汚染は、認知症のほかにもリスクがある可能性があります。現時点で、若い女性の非喫煙者の肺がんが増えていることとも関連している可能性が指摘されているのです。
また、目と耳は脳に信号を送るアンテナです。アンテナが鈍ると、脳に届く刺激が減り、脳の働きが衰えていく。だから、耳や目を大切にすることが予防につながります。
最近は、イヤホンで大音量の音楽を聞く若い人が増えています。電車内だと騒音を打ち消すために、さらに音量を上げる。これは耳にとって大きな負担で、将来の難聴と認知症リスクを高めてしまう。耳はまるで消耗品のようなものです。すり減ると元には戻りません。
── 若い年代だからこそ、認知症対策として気をつけておいたほうがよいことはありますか。
40代が陥りがちなのは、人間関係が仕事中心になり、仕事以外での友人との関わりが減ることです。すると、引退して70歳前後で急に孤独になり、家に引きこもってしまう人も多い。すると、脳を使う機会が減り、認知症が一気に進むことも少なくありません。今のうちから、仕事以外の友人、近所付き合いなどを大切にすることをおすすめします。

── 最近、若い人のがんが増えていると聞きます。特に気になる傾向はありますか。
世界的に問題になっているのが、若い世代の大腸がんの増加です。20代、30代で特に病気がなかった人に、進行した大腸がんが見つかるケースが増えています。私自身も臨床で感じてきました。
これは、喫煙のようなわかりやすい原因があるわけではなく、私たちがこの数十年で新しく接するようになった何かが影響しているのではないかと考えられています。たとえばマイクロプラスチック。ペットボトル飲料を飲むと微細なプラスチックを摂取していることになります。腸はそれに常に曝露されているので、これが大腸がん増加の一因かもしれないといわれても、あまり驚きません。
もちろん、赤身肉や加工肉の摂取量の増加などの要因も考えられます。まだ決定打はありませんが、「現代的な曝露」が関係している可能性は高いです。
こうした話題は、センセーショナルな仮説と相性がいいので、ソーシャルメディアで色々な説が飛び交いやすいことを懸念しています。たとえば誰かが「小麦が原因だ」などと断定的に言い始める。
問題は、自分の信じたい仮説に合うデータだけを切り取ってしまうこと。ところが、全体のデータを見ると成立しない話は多くある。だからこそ、ソーシャルメディアの情報をうのみにせず、全体像を見る姿勢が自分を守ることになります。
── 「座りっぱなし」ががんのリスクを高めるというのは衝撃でした。
長時間座ることは、肥満や糖尿病、高血圧といった代謝異常につながりますし、その先にがんのリスクがあると考えられています。現に、長時間座ったままのデスクワークは、喫煙と同じく「がんリスクを高める要因の一つ」といわれています。ただし、体を動かすと、そのリスクはキャンセルできます。デスクワークの合間に散歩やストレッチなど、こまめに体を動かすとよいでしょう。
── 慢性的なストレスや睡眠不足は、がんのリスクにどれくらい影響しますか。
ストレスや睡眠不足が「このがんの直接の原因だ」と証明するのは難しいものの、間接的にリスクを高めることは繰り返し示されています。
睡眠時間が短い人は、乳がんや前立腺がんのリスクが高い。またストレスを強く感じている人は、喫煙、飲酒、過食など、がんのリスクを高める行動を取りやすい。こうした積み重ねが、結果としてリスクを上げるのです。
── 睡眠の質を上げるためにアドバイスをお願いできますか。就寝前にスマホのブルーライトに気をつけようとはよくいわれますが……。
睡眠で問題を抱えていても、多くの人はその原因を調べずに、解決策に飛びつきすぎるように思います。眠れない原因は人それぞれなのに、一律に枕やパジャマを買い替えることも。たとえばカフェインが睡眠を妨げているのなら、カフェインを減らさないと眠れません。まずは「なぜ自分は眠れないのか」と一日の過ごし方を見直すことです。
不眠で病院に行くと、あまり診察に時間をかけずに睡眠薬が処方されることもあり、それが危険なこともあります。たとえば、カフェインの摂りすぎで眠れない人が睡眠薬だけ処方されていると、カフェインの利尿作用で夜中に何度もトイレに行く。そのとき睡眠薬の影響でフラついて転倒し、骨折してしまう高齢者もいます。このように、真の原因にアプローチしない治療は、問題を悪化させることすらあるので注意が必要です。
また、睡眠不足は乳がんや前立腺がんだけでなく、認知症のリスクを高める可能性も多くの研究で示されています。結論はとても地味ですが、「ちゃんと時間を取って寝る」に尽きます。科学的根拠に基づいた健康のための答えは、往々にしてつまらないもの。ですが、バランスよく食べて、体を動かして、ちゃんと寝ることが肝心なんです。

── 山田先生が医師を目指したきっかけやキャリア観に影響を与えた本があれば教えてください。
実は3歳のときには、医師である父の影響で医師になろうと決めていました。本を読んで導かれたことはないものの、気づいたら目指していたという点で、医師になるのは運命のようなものですし、今も天職だと感じています。
ただ、私が医者として本を書くようになるとは想像していませんでした。子どもの頃は、数学は得意だけれど国語は苦手だったんです。
文章を書くことに影響を与えた本といえば、村上春樹さんの著作が思い浮かびます。学生時代に、当時出ていた村上春樹さんの本をすべて読みました。彼の文章表現そのものに惹かれたんです。たとえば、たった5秒の出来事を20ページもかけて描写する。文字の力でこれほど人を引き込めるのかと衝撃を受けました。
その影響もあってか、大学1年生のときにブログを始めて、2年間、毎日書き続けたんです。そのブログサービスのアクセスランキングで1位になったので、それを維持しようという切迫感が原動力になっていたと思います。あの2年間で「インプットをアウトプットに変える力」が身につきました。その積み重ねが、医師として本を書く仕事につながっています。
── 最後に、多くの読者が悩んでいる「よい医師の見つけ方」についても伺いたいです。
正直トライアンドエラーしかない部分も大きいです。体調が悪いときだと、余裕がないので下調べをせずに近所の病院に行きがち。だから、自分に合った「よい医師」に出会える確率も下がってしまう。
おすすめは、余裕があるときに医師を探すこと。そして診察時に、「なぜこの薬を出すのか」をきちんと説明してくれるなら安心です。
ただ、医師と患者の関係は、恋人や結婚相手に似ています。100点の人を探そうとすると見つからない。70点、80点で「この人となら」と思える相性を大切にすることが大事だと思います。
(編集部より)本記事は特定の医療・健康情報を推奨するものではありません。個別の治療内容についてはかかりつけ医などにご相談ください。
山田悠史(やまだ ゆうじ)
マウントサイナイ医科大学(米国・ニューヨーク)老年医学・緩和医療科医師。米国老年医学・内科専門医、医学博士。慶應義塾大学医学部を卒業後、日本全国各地の病院の総合診療科で勤務した後、2015年に渡米。現在は高齢者医療を専門に診療や研究に従事している。国内ではWEBマガジン『ミモレ』、ニュースメディア『NewsPicks』などで医療・健康情報を発信する他、AIと医療をつなぐ合同会社ishifyの共同代表を務める。アメリカでは、NPO法人FLATの代表理事として在米日本人の健康を支援する活動にも力を入れている。著書に、『最高の老後 「死ぬまで元気」を実現する5つのM』(講談社)など。
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