
しくじり人生も肯定してくれる、日本人の心の避難所
ひどい出来事に遭って「なんで自分だけ」と嘆きたくなること、ありますよね。そんなときは「落語」の力を借りてみませんか? ダメだけど愛おしい人間がたくさん出てくる名作落語には、あなたを勇気づけ、笑顔にしてくれる力があります。 本記事では『落語を知ったら、悩みが消えた:無理せず、ほどよく、ありのまま』(三笠書房)を上梓した落語家の立川談慶さんが、悩める現代人に愛と笑いをお届けします。
ライター・立川談慶
「人間関係がうまくいかない」
「仕事がつらい」
「お金が欲しい」
「なんだか生きづらい……」
現代人が抱えているような悩みに、江戸っ子たちもたくさん苦しんできました。
現代社会でそんなしくじりをしてしまうと生きていけないほどの“ドジ”を、落語の登場人物たちは惜しげもなく披露してくれます。
「バカだなあ」「あり得ねえ」と笑いながら聞きつづけていくと、いつの間にか悩みが消え去っていた。
そんな日本人にとっての“緊急避難場所”として機能しつづけてきたのが、落語なのです。
屋台のそば屋がそばを売りに来たので、呼び止めた男。
注文したそばをさんざん褒めながら食べ終え、そば代の16文を支払おうと、1文銭をそば屋の亭主の手に載せていく。
「1つ、2つ、3つ、4つ、5つ、6つ、7つ、8つ」
ここまで数えたところで、男はそば屋に尋ねる。
「いま、何時だい」
「はい、9つ(午前0時)です」
すぐさま「10、11、12……」と続け、男は1文かすめ取ってしまった。

その一部始終を、たまたま近くで見ていた男。
「俺もやろう」と翌日、そば屋を呼び止めて、昨日の男が言っていたことをそのまま真似してそばを褒めるのだが、すべて的外れ。
しまいには、最後の銭をかすめ取る段になって、
「1つ、2つ、3つ、4つ、5つ、6つ、7つ、8つ……いま、何時だい」
「へい、4つ(午後10時)です」
「5つ、6、7、8……あれ?」
言わずと知れた、落語らしいネタの一つであります。
要するに「付け焼刃は剥げやすい」もので、失敗した男はすべて受け売りで、しかも功を急ぐがあまりに、昨日より2時間早く「犯行」に及んで失敗してしまいました。
落語は、江戸という人口過密地帯で花が開きました。
そこで描かれているのは、笑いによる戒めでした。
「人間は、こういう失敗をするものだよ」とドジ話を列挙することによって、江戸の人々は笑いながらも気をつけていったものでしょう。

そして何よりすごいのは、その普遍性です。
江戸時代の人々も令和の我々も、失敗や悩みの根源はそんなに変わっていないのだと気づかされ、我々までも「いつか、こんな失敗をやらかすかもしれないな」と思えるところに落語のすごさがあります。
この『時そば』という落語からは、「マニュアル通りは痛い目に遭うよ」という真理が浮かび上がってきます。
得てして、マニュアルは“杓子定規感”をもたらすものです。
以前、ファーストフード店で「トイレお借りします」と言ったら「お持ち帰りですか?」とアルバイトの女の子に言われたことがありましたっけ(笑)。
「状況判断のできない奴がバカ」と立川談志師匠は定義しましたが、「目の前の現場こそが、マニュアルのすべて」と考え直して、一瞬一瞬を大切に愛でていくしかありません。
求めるべきは「正解」ではなく、その場に応じた「最適解」なのですから。
そのためには、成功体験のみならず、失敗をもきちんと積み重ねていくしかなさそうです。
仕事がなく、どんなことも長続きしない男が、「昼食・昼寝つき1日1万円」の仕事を紹介してもらった。移動動物園で虎の皮を着用して、うろうろするだけでいいという。人気の虎が死んでしまったので、虎の毛皮をかぶって虎になりすましてほしいとのことだった。
「こりゃ楽だ」と、男は簡単に引き受ける。

いざ開園時間になり、多くの観客が虎の檻にやってきた。
男は、子どもをからかったりして時を過ごしていたが、やがていつもの癖で退屈になってきた。
そんな中、いきなり司会者が現れた。そして「虎とライオンの猛獣対決ショー」を開催すると告げられる。
「そんなアホな、そんな事聞いてやへんぞ!」
慌てふためく男の檻に、大きなライオンが入ってきた。
ライオンは、余裕の足取りで男に近づいてくる。
「もはやこれまでか……」
と思っていると、ライオンはうなり声を上げながら男の耳元でささやいた。
「心配するな、俺も1万円で雇われた」
この落語はなんといっても、オチが“救い”となっています。
人生において「もはやこれまで」というセリフを吐きたくなる場面はいろいろあるはずかと思いますが、このオチこそ「自分と同じ境遇や悩みを抱えている人はたくさんいるよ。君だけじゃないから」という天からのメッセージではないでしょうか。
このオチに触れるたび、「どうして自分だけ」という考えは捨ててしまおうと思えるのは、私だけでしょうか。
人間はいくつになっても「君は一人じゃないよ」と、あらゆる角度から言われたがっている生き物なのかもしれません。

過酷な目に遭ったら、一人で背負い込むのではなく、「ひでえよ、俺こんな目に遭っている」と周囲に気を遣わず憂えてみましょう。
すると「まじか、おい、シャレにならねえな」「わ、本当だ」と言い合える仲間が増えてくるはずです。
コミュニケーション力とは、そういうときに生かすべきものです。
背負い込むのではなく、巻き込む感覚です。
そんなとき、同じ落語で笑える仲間、そしてその後打ち上げで一緒に飲める仲間は、きっとあなたの力になってくれるはずです。
「もうだめだ」と思ったら、ライオンの着ぐるみを着た友人が近づいてきて、励ましのメッセージを授けてくれるときだと思いましょう。
苦しいのは、あなただけではありません。だから、打ち明けていいんです。
そして、誰かが悩みを打ち明けてきたとしたら、この落語のオチのように「心配するな。俺もそうだよ」とつぶやいてあげましょう。
立川 談慶(たてかわ だんけい)
落語家。立川流真打ち。1965年、長野県上田市生まれ。
慶應義塾大学を卒業後、株式会社ワコールで3年間の勤務を経て、1991年に立川談志18番目の弟子として入門。前座名は「立川ワコール」。二つ目昇進を機に2000年、「立川談慶」を命名。2005年、真打ちに昇進。慶應義塾大学卒で初めての真打ちとなる。
著書に『ビジネスエリートがなぜか身につけている 教養としての落語』(サンマーク出版)、『落語で資本論』『なぜ与太郎は頭のいい人よりうまくいくのか』(以上、日本実業出版社)、『古典落語 面白キャラの味わい方』(有隣堂出版部)、『「めんどうくさい人」の接し方、かわし方』(PHP文庫)、小説家デビュー作となった『花は咲けども噺せども 神様がくれた高座』(PHP文芸文庫)など、多数の“本書く派"。