

「学校の授業で習う古典」の印象が強い百人一首ですが、今風の言葉に置き換えて解釈することで、歌人たちの思いをぐっと身近に感じることができます。 予備校の人気古文講師・富井健二さんは、百人一首を現代に合わせて “エモく”訳した新解釈の百人一首を提案。本記事では、著書『超エモ訳 百人一首 恋も仕事も友情も1000年前から私たちは大忙し!』(三笠書房)から、厳選4首をご紹介します。
《難波(なには)江の 葦(あし)のかりねの ひとよゆゑ みをつくしてや 恋(こ)ひわたるべき》
これは百人一首の88番に収録されている歌です。
直訳すると、
「難波江(現在の大阪湾のあたり)の刈られた芦の一節(ひとよ)ではないけれど、たった一夜の仮寝だけで、船の目印となる澪標(みおつくし)のように身を尽くして愛してしまいそう」
となります。
切ない女心を見事に詠っていますが、直訳のママではイマイチ親しみが持てません。そこで今どきの言葉をつかい、百人一首が秘めている“エモさ”を引き出しつつ訳してみました。
超エモ訳《彼と過ごしたワンナイト 本気の恋に落ちたかも》
いかがでしょうか。かなり大胆に訳してみましたが、“超エモ訳”で味わってみると、いにしえの人の気持ちもダイレクトに伝わってきませんか?

ちなみにこの歌を詠ったのは、皇后にお仕えしていた皇嘉門院別当(こうかもんいんべっとう)というトップ女官です。いわゆるバリキャリですね。
「難波江」とは遊女が多くいたとされる場所なので、バリキャリの彼女が遊女になりきって詠んだ歌なのです。『百人一首』の中で最も色っぽいと賞賛する人もいますよ。
超エモ訳《人生ガチでツラすぎる 鹿でさえもサゲな声⤵》
続いては、百人一首の83番・藤原俊成の歌を超エモ訳してみました。俊成は百人一首の選定者である藤原定家の父親です。
当時の歌壇の重鎮であり、「幽玄体」という和歌の一つのスタイルを確立した人物でもあります。幽玄体とは簡単にいうと、「なんか言葉にはできないけど、しみじみといいわあ~!」という感じでしょうか。現代の「エモい」に通じるものがあると感じています。

本来の歌はこのようなものです。
《世の中よ 道こそなけれ 思ひ入る 山の奥にも 鹿ぞ鳴くなる》
直訳すると、
「世の中の辛さから逃げる道はないかと、山奥に隠遁したが、そこでも悲しい鹿の鳴き声がする。こんなところにやってきても悲しみから逃れるすべはないのだ」
というような内容になります。
俊成が生きた時代は、権力争いを通じて貴族や武士が血で血を洗うような闘争が繰り返されていました。俊成はそんな世の中に嫌気がさしていたようです。しかしながら、山の奥に逃れたとしても、そこも鹿が切ない声で鳴く寂しい場所であるのだよと詠んでいるのです。
ボクには俊成が、
「逃げてもいいんだよ。けれど悲しみはついてくる。踏ん張るしかないよね~」
などと現代社会を強く生きる方に、世代を越えて語りかけているように思われるのですね。
超エモ訳《ガールズトークはもう終わり あの子はサッと帰っちゃった すぐに隠れる月みたい》
ちょっと寂しそうなこの歌は、あの紫式部による一首です。元歌と直訳はこのようなものです。
《めぐり逢ひて 見しやそれとも わかぬ間に 雲隠れにし 夜半の月かな》
「久しぶりに逢えたのに、あなたかどうかも分からないような一瞬の間に帰ってしまった。まるで雲に隠れてしまう夜中の月のように」

久しぶりに幼馴染の女の子に会うことが叶ったのだけど、彼女は用事があってさっさと帰っていっちゃったのよと詠んだ歌です。
紫式部は夫の死後、一条天皇の中宮である彰子(藤原道長の娘)に仕えました。自身の日記において「人間関係に悩むことが多かった」と記されています。この幼馴染とは、何かとコミュ障がちであった彼女にとって、唯一気を使わなくてもすむ人物であったと思われます。
「月」と「めぐり」が縁語で、「月」をやっと会えた愛しい人に見立てているのです。
幼馴染との再会と別れを月にたとえることで、しみじみとした情趣が加えられていますね。
最後に、恋のせいで乱れる思いを詠んだ一首をご紹介します。
超エモ訳《乱れる心、誰のせい? なにを隠そう君のせいだよ》
詠み手の源融は嵯峨天皇の皇子でしたが、臣下にくだって源の姓を賜りました。
そういえば光源氏も桐壺帝の第二皇子でしたが臣下にくだって源姓を賜った人物です。このことから彼は『源氏物語』の光源氏のモデルの一人と言われています。

元の歌は、
《陸奥(みちのく)の しのぶもぢずり 誰ゆゑに 乱れそめにし 我ならなくに》
という歌で、この歌に詠まれている「しのぶもぢずり」というのは染物のことです。石に草の汁を塗り付けてつくられる、乱れ模様の衣です。
東北地方の名産物として朝廷へ献上していたといわれ、この歌は「しのぶもぢずり」の乱れ模様を、恋に思い悩む心模様になぞらえているのです。
現代で意中の人に乱れ模様のTシャツを贈り「この模様は君への想いさ!」なんて告ったら、相手の方はおそらくドン引きするでしょうね。
いかがだったでしょうか? 私は普段、予備校で古文を教えていますが、和歌を解釈するためには古典の知識理解というハードルを克服しなければなりません。
しかしながら「正しい現代語訳」では、和歌のもつリズミカルなイメージが薄れ、詠み手がなにを伝えたかったのかが、いまいち伝わりづらいと感じていました。
そこで、若い世代の人たちや古典に苦手意識がある人にもっと歌を楽しんでもらおうと、今までにない観点から“エモい”百人一首の本を作ってみました。
百人一首を改めて味わってみると、1000年前の人たちも私たちと同じようなことで悩んだり、泣いたり、恋をしていたのだと気づくことでしょう。
自分の人生に、古来の歌を重ねてみるのも和歌の楽しみ方の一つですよ。
古来の歌は決して過去の遺物ではなく、現代社会を生きぬく活力を与えてくれるものだと信じていますから。
富井健二(とみい けんじ)
東進ハイスクール、東進衛星予備校で古文を教える人気熱血講師。
軽快かつエネルギッシュな講義で、全国の受験生を志望校合格へと導いている。 基礎から難関大学受験レベルまでに対応する豊富な話題とわかりやすい解説で、受験生たちを飽きさせない。近年、コラムニストとして数多くの執筆も手掛けている。
『百人一首』では56番の和泉式部が推しキャラ。
主な著書は、『富井の古典文法をはじめからていねいに』『富井の古文読解をはじめからていねいに』『古文単語FORMULA600』『古文レベル別問題集1~6』(以上、《東進ブックス》ナガセ)。
監修に『源氏でわかる古典常識』『マンガで味わう源氏物語』『イメージ記憶でスイスイ覚える ゆる語訳古文単語』(以上、Gakken)などがある。