

麻雀20年間無敗、“伝説の雀鬼”の異名を取る桜井章一さん。その強さはどこからくるのでしょうか? なぜ20年もの間、勝ち続けてこられたのでしょうか? 本記事では桜井さんの著書『「勝負強い人間」になる52ケ条』(三笠書房)から、勝負強い人間になる秘訣をお伝えします。
強い人間とは何か――。
どうすれば強くなれるのか――。
勝負とは何か――。
私の人生は、結局、それを問い続け、追い求め、実践しようとしてきたことに尽きる。
私はひょんなことから、麻雀の裏プロの世界に足を踏み入れたのだが、そこで20年間、勝ち続けたのは、もちろん運がよかったということもある。
若い頃は「勝つ」ことにこだわりを持っていたが、そのうち「勝つ」とか「負ける」とかいうことはどうでもよくなった。それからは「勝つ」ことでなく、勝敗を超えた本当の「強さ」を求めるようになった。
高度成長や、バブル景気というのは、誰でも勝てる時代であった。たとえば10本のうち8本が当たるクジだったのだ。対して今や、10本のうち1本や2本しか当たりクジがない時代になった。
ということは、これからの時代、考えたり情報を集めたりするヤツよりも、勘が鋭いヤツのほうが勝てる。ではその勘ってやつはどう鍛えればいいのか。
それは感性を鍛えればいいのである。
しかし教育現場では「よく考えなさい」と教え、実社会では「情報戦争に遅れをとるな」と喧伝している。その結果、人間の感性はどんどん退化してしまった。

考えることを偏重する知識過剰社会、高度情報化社会の渦に巻き込まれているうちに、人間の本来的な感性をすっかり失ってしまったのだ。この他にも、生活を便利にする「経済的豊かさ」をはじめ、今の世の中には「人間が弱くなるための要素」が無数にある。
つまり、そうしたことをできる限り排除していけば強くなれるし、勝つこともできるのだ。
言ってみれば、私が20年間無敗だったというのはこうした「強くなるための要素」をひとつひとつ積み重ねた結果なのだ。
そして、私はそのすべてを本書で明かし、今回はその一部をここで紹介したいと思う。
麻雀は、ムダな動作や思考が出てくれば出てくるほど負ける。
強い人ほど瞬時に気づき、瞬時に判断することができる。
瞬時に判断するためには、思考よりも感性が大切だ。
しかし、弱い人ほど、あれこれと思考し、感性で麻雀を打つことができない。
一般的に麻雀は「数合わせ」のゲームだと思われている。けれども私は、牌(はい)に書いてあるのは「文字」ではなく「絵」だと認識している。だから、感性で麻雀が打てる。
数字合わせだと思って麻雀を打つと、人はどうしても考えて立ち止まってしまう。数に執着してしまうのである。麻雀全体を絵としてとらえることができれば、まったく考え込むこともなく瞬時に判断することもできるようになる。
私は学生時代、はじめて麻雀牌を見たとき、「なんてきれいな絵だろう」と思った。「東」は剣を持って構えている宮本武蔵に見えた。「西」は戦車、「北」は飛行機。それらの絵をきれいに並べるゲームだという感覚をそのときに持った。

この話は絵画にたとえればわかりやすいだろう。壁にかかっている絵画を観るとき、誰でも一度、絵の全体像を眺めるはずだ。
同じように麻雀も絵心でとらえれば、広く全体が見えてくる。そうすれば、数などに執着することなく、感性を働かせて瞬時に判断することもできる。つまり、点や線ではなく、円の感覚で全体をとらえるのだ。
こういう話をすると、「桜井さんは右脳で麻雀を打っているのですね」と、よく言われる。
論理の組み立てで思考するのが左脳、画像やイメージで判断するのが右脳。つまり、私は右脳で麻雀を打っているというわけだ。
ただし、麻雀でも他のことでも「右脳を使いなさい」と言ったところで、右腕と左腕を使い分けるように脳を使い分けることはできない。じゃあ、どうやって右脳型の打ち方を身につけるか、あるいは勝負の判断力を養うのか。
それは、瞬時に考えることだ。
そして、瞬時に判断するためには、ムダな思考をどんどん削ぎ落とさなければいけない。そのためには、考える時間を短縮させる訓練が必要だ。考え込んでいると余計にわからない方向にいってしまう。
大切なのは適度に考えて、適度に考えるのをやめることだ。それは「踏ん切りをつける」とか「割り切る」ということとは違う。
「感じる」ということだ。「感じる」という心の動きは、0コンマ何秒の世界だ。
その瞬間に感じ、感じた瞬間に判断する。そういう訓練をして判断の速度を上げていけば、短い時間の中でいくつものことを判断できるようになる。

反対にひとつのことを長い時間かけて考えていたら、次に行くまでに時間がかかる。それでは局面の変化を感じることができない。
瞬時に考えて瞬時に判断することを心がけていけば、執着がなくなり、変化への対応力が強くなる。それとともに感じる力が養われていくのだ。
相手のために麻雀を打つ。
私は常にそういう心構えで麻雀をしてきた。勝負に生きる者は、相手を大事にする心がなければ強くなれないのだ。
その言葉を聞いて、よくこう質問する人がいる。
「いくら敵を大事にすると言っても、桜井さんの話を聞いていると、まるで敵に『どうぞ、上がってください』とすすめているように見えます。そんなことをしていて、本当に勝てるんですか?」
「勝てますよ」
勝負というのはそういうものなのだ。ウソだと思うなら試してみればいい。
麻雀であれば、「どうぞ、上がってください」
野球であれば、「どうぞ、打ってください」
他の勝負や仕事でも、「どうぞ、あなたが成功してください」
そう思って臨めば、その勝負は勝てる。余裕が出てくるからだ。

反対に、「上がらないでくれ」「打たないでくれ」と思っていると上がられてしまう。
「どうぞ、打てるものなら打ってください」
そういう気持ちで投げたボールというのは、必ず伸びるものだ。
だから私はオープンリーチを好む。
「誰も振らないでくれよ。俺、ツモるから」
そういう余裕があるときというのは、まず負けない。敵に「どうぞ」と言えることが、本当の余裕なのだ。そういうときは相手のことがよく見えるし、全体の流れもよく見える。自分がやるべきことの的も外さない。だから勝つことができる。
「この余裕」というのは、決して相手をナメるのとは違う。若い人たちは、よく「余裕だよ」という言葉を口にするが、そこには「楽勝だよ」というニュアンスが多分に含まれている。それは「余裕」が「油断」につながる危険をはらんでいる。
本当の余裕というのは、自分のことだけではなく、戦う相手のことをも思いやる気持ちなのである。だからこそ「どうぞ」という言葉が出てくるのだ。
もちろんそういう余裕というのは、それなりの鍛錬を重ねていなければ出てこないものだ。まだ鍛錬も実力も不十分なのに、ただ相手に「どうぞ、どうぞ」と言っていれば勝てるというわけではない。
勝つための「準備・実行・後始末」を日頃からしておいたうえで、敵に「どうぞ」と言えるのが余裕なのである。
桜井章一(さくらい しょういち)
東京・下北沢生まれ。昭和30年代後半、大学時代に麻雀を覚え半年でフリーに。以来、「代打ち」として20年間一度も負けなしという無敗伝説を築き、「雀鬼」の異名をとる。現役引退後、著者をモデルにした小説・劇画などで、その名を広く知られるようになる。麻雀を通じて人間力を鍛えることを目的とした「雀鬼会」を主宰し、全国の若者を指導。その教えを学ぶために弟子入りするスポーツ選手も多数。
著書『負けない技術』『人を見抜く技術』(以上、講談社)、『雀鬼語録』(プレジデント社)、『二〇年間無敗の雀鬼老いてもなお吼える』(ユサブル)、『新装版 感情を整える』(PHP研究所)、株式会社サイバーエージェントの藤田晋社長との共著『運を支配する』(幻冬舎)などがある。