
NetGalley Japan
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今回は、ブレイディみかこさんの『リスペクト R・E・S・P・E・C・T』をご紹介します!
ライター・NetGalley Japan


序章 オープニングスピーチの「あたしたちが求めているのは少しばかりのリスペクトなのです」その言葉にまず心を動かされた。彼女たちの求める「リスペクト」とはいったい何か。読んでいて何度も自分に問いかけた。
2014年にロンドンで実際に起きた占拠事件をモデルとした今作。私はその占拠事件を知らなかった。あの華やかだったロンドン五輪が開催された地域でこのような運動があったのか。まずそれに驚いた。
占拠した女性たちの行動力や発信力がこの物語を前に前にと進ませる。そこに訪れる日本人ジャーナリストの史奈子。史奈子の視点から見た占拠する女性たちが描かれることにより、占拠した女性たちを客観視でき彼女たちの抱える問題点が他人事ではないのだと捉えることができた。
生きていくために彼女たちが必要としたのは「パンと薔薇」なのだろう。そして私は自分達の居場所を勝ち取った女性たちにリスペクトを送りたい。そして自分自身にもリスペクトを。
理不尽に住居退去を迫られたシングルマザーたちの尊厳を守るための闘い。
ジェイドたちのように、政治や運動というものに馴染みが薄く、史奈子のように、日本のシステムを海外にも重ねて考えていた自分には、彼女たちの視点に共感を抱きやすく、社会問題を扱った作品とわかっていても、とても読みやすい内容でした。
もともと、読書に現実逃避を求める自分に、現実と真っ向から向き合うこの作品がちゃんと読めるのか不安なところがありました。それでも、ストーリーのもとになった占拠事件を知らない読者へ、「本書をぶち投げる」と書かれたその力強さに惹かれ、文字通りクリーンヒットを受けた身として言えるのは、自分のように現実から目を背けている人にこそ、広く知られてほしい本だということです。
恥ずかしながら、モデルとなった占拠事件を知らない自分でしたが、占拠事件の背景にある現実は、読み味ほど軽く流せないぐらいに重く鬼気迫るものがあり、この事件を下地にした本作は、生半可な気持ちでは書けないものだと強く感じ入りました。
日本では運動のイメージがかなり薄いですが、運動の始まりというものは、本書のように何をどこに向けてどう訴えていきたいのかが明確でなくても、感情の爆発から始まっていくのだろうと思わされる瞬間があり、心の叫びをあげることは、解放への貴重な第一歩でもあるのだろうなと考えさせられます。
本書でも言及があるように、生きていくなかで一番楽なのは、支配に従うことだと自分自身思います。国が示す理不尽に見て見ぬふりをして荒波を立てない。従順な奴隷になることが、苦しい生活をさらに苦しくしないための楽な方法なのだと。それでも、声をあげることに意味があるのか。なんのために、運動をするのか。
立場が違っても、同じ目的のために闘える。とても素敵な言葉だなと思います。
特に、占拠事件に関わる人々の多くが子を持つ親であり、もうすぐ親になる自分としても切り離すことのできない話でした。路頭に迷うことが許されない状況下、自分のためだけだけではなく、子どもの未来も考えて闘った彼女たちは、正に尊敬に値します。
子どもを大事にしない社会に未来はない。
日本においても、子どもが明るく生きられる未来であってほしいと強く願います。
はじめのページのスピーチから、私には驚きでした。
「あたしは社会運動家でも労働組合員でもありません。20歳の母親です」 とあります。
私の認識では、ただの母親に20歳はふさわしくないというか、そうそう20歳の母親に出会えるものではないと思っています。
これは『R・E・S・P・E・C・T』の中で誰も言及をしませんが、こうして明記されないところで、この小説『R・E・S・P・E・C・T』ではたくさんの問題が溶接されているように感じました。
日本的感覚からの疑問を『R・E・S・P・E・C・T』の読者に解説してくれるのが、史奈子さんの役割でしょう。
彼女が同じようなことを言っていて、「なんだかその日本的感覚もわかる」というような文体で描いてくださることで、自分の認識は間違っていなかったことと、文化の違いがこんなところにも現れてくるんだということを教えてくれます。
実際に史奈子さんはかなり日本寄りの思想の持ち主であることが最後にもよくわかりますが、彼女がこの物語『R・E・S・P・E・C・T』の中にいてくれたことで与えられた影響がとても大きかったと感じています。
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日本の学校教育で、「尊敬」と訳すように教わった日本人読者たちへ。
さあ、あなたは「リスペクト」をなんと訳す?
この小説を読んで答えてください。
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自分の人生の中において、死守するべきリスペクトは何かを考えさせられました。
文化の仲介者のような登場人物がいて、自分の心を顧みながら読むことができる。
なんてお上手に、読者を誘導してくれる小説なんだと思いました。
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「いまだ彼女たちがしたことを知らない日本の読者にこの本をぶち投げます」
物語に入る前のこの一文からドキドキさせられた。そして、「いまだ彼女たちがしたことを知らない日本の読者」である私は、読み終えた今、恥ずかしい気持ちでいっぱいだ。
知ろうとしなかったこと、見ようとしなかったこと、聞こうとしなかったこと。
「世の中ってこんなものだよね」と受け流してきたこと、深く考えようとしなかったこと、狭い枠の中に留まりつづけていたこと。
何より、抵抗しようと思うことすらなかったこと。
アナーキーや抵抗、反対運動、占拠……。
これらの言葉に対してどこか禍々しい、暴力的なイメージをもっていた。
だけど、今は違う。もちろん、暴力的なものには反対だけど、自分が自分であるための抵抗は、人からのリスペクトを勝ち得るためだけでなく、自分自身が自分をリスペクトできるための戦いでもある。決して簡単なことではないけれど、人はそのために抵抗しなければならないんだ。
そう感じました。
この本を読んだ人の数だけ、社会がいい場所に近づくのではないかと思っています。できるだけたくさんの方に広めたい本です。
本作のモデルとなっている、2014年にロンドンで実際に起きた、反ジェントリフィケーション運動を、初めて知り衝撃を受けました。
理不尽で横暴な社会に、声を上げ、働きかけ続けることがどれだけ大変なことなのか。
ページをめくる指先から、人間の尊厳を求め懸命に戦う人々の、熱い想いや、息づかいが伝わってくるようでした。
個人の権利と自由をあきらめない、大きな力があふれています。
そして、物語の隅々まで、強い勇気と信念がひしめいていました。
まさに、未来を切り開く、人生の矜持のような物語。
読み終えた後、心身共に大きなパワーがみなぎりました!
このシングルマザーたちのエネルギーに圧倒された。
多くの賛同と応援を得られたとしても、それまであのような運動とは全く無縁だった人たちが、どうしてここまで戦えるのだろうか、と。
「リスペクトのないところに尊厳はない。尊敬のないところで人は生きられない」(作中より)
人としての権利を守るための戦い。
そんな戦いをせずとも、お互いに尊重し合って生きられる社会にならないものだろうかと考えさせられる。