リスペクト――R・E・S・P・E・C・T
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リスペクト――R・E・S・P・E・C・T
出版社
出版日
2023年08月07日
評点
総合
4.0
明瞭性
4.0
革新性
4.5
応用性
3.5
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おすすめポイント

貧しい地域の再開発が進むと、地価や家賃が高騰し、そこに住む貧困層の住民が追い出されることがある。ジェントリフィケーションと呼ばれるこの現象は、2012年にロンドンオリンピックの舞台となった地域でも起こっていた。若いホームレス向けのホステルに住んでいたシングルマザーたちは、突然退去を迫られ、生まれ育った街を捨てて家賃の安い地域へと引っ越すことを勧められる。だが、ロンドンの公営住宅には600戸の空き家があった。この理不尽に憤った女性たちは、公営住宅を占拠し勝手に住み始める——。

これは2014年に実際に起きた、占拠事件のあらましである。本書はその事件をモデルにした小説だ。

日本でも、商業施設建設のために宮下公園からホームレスが一掃された際、批判の声があがった。一方で、きれいになることは良いことではないかという声もあった。路上生活者を目立つ場所から排除してしまえば、多くの人の暮らしは良くなるように見えるかもしれない。だが、それは単に困難な状況にいる人を視界の外に追いやっているにすぎない。「見えないところへ行ってくれ」と、助けを求めることすら許さない姿勢は、社会的に弱い立場に立たされた人にも守られるべき尊厳があることを忘れてしまっているのだ。

草の根から「リスペクト」の大切さを訴える本書は、ジェントリフィケーションという現象の渦中にいる、生身の人間たちへのリスペクトを要求する。読み終われば、遠い地にいる人から自分自身まで、あらゆる人へのリスペクトを起動するきっかけとなるだろう。

ライター画像
池田友美

著者

ブレイディみかこ(ぶれいでぃ みかこ)
ライター・コラムニスト。1965年福岡市生まれ。音楽好きが高じてアルバイトと渡英を繰り返し、1996年から英国ブライトン在住。ロンドンの日系企業で数年間勤務したのち英国で保育士資格を取得、「最底辺保育所」で働きながらライター活動を開始。2017年、『子どもたちの階級闘争 ―― ブロークン・ブリテンの無料託児所から』(みすず書房)で第16回新潮ドキュメント賞受賞。2018年、同作で第二回大宅壮一メモリアル日本ノンフィクション大賞候補。2019年、『ぼくはイエローでホワイトで、ちょっとブルー』(新潮社)で第73回毎日出版文化賞特別賞受賞、第二回Yahoo! ニュース―本屋大賞 ノンフィクション本大賞受賞、第七回ブクログ大賞(エッセイ・ノンフィクション部門)受賞。著書は他に、『花の命はノー・フューチャー DELUXE EDITION』『ジンセイハ、オンガクデアル ―― LIFE IS MUSIC』『オンガクハ、セイジデアル ―― MUSIC IS POLITICS』『ワイルドサイドをほっつき歩け――ハマータウンのおっさんたち』(ちくま文庫)他多数。

本書の要点

  • 要点
    1
    低所得者の住む地域が再開発されると、住宅価格や家賃が高騰して、貧困層が追い出されることになる。「ジェントリフィケーション」と呼ばれるこのような現象は、オリンピックに伴う再開発をきっかけにロンドンでも起こっていた。
  • 要点
    2
    ロンドンでホームレス用のホステルに住むシングルマザーたちは、突然の退去通知を受け取り、生まれ育った街から出ていくよう促された。彼女たちは社会運動を立ち上げ、無人の公営住宅を占拠し、生活を始める。

要約

それはオリンピックの翌年に始まった

もはや路上に寝なさいと言われているも同じだった

ジェイドがロンドンのホームレス専用ホステルの退去通知を受け取ったのは2013年8月のことだった。ロンドン東部のこの地区は、もともと廃棄物処理場や倉庫が立ち並ぶさびれた地域だったが、2012年のロンドン五輪でオリンピックパーク用地として大掛かりな再開発が進められ、一大ニュータウンに生まれ変わった。小ぎれいになった街から貧乏人を追い出して地域社会を浄化する。こういうことは「ソーシャル・クレンジング」と呼ばれるらしい。

政府が始めた緊縮政策のせいで、区は福祉予算を削減し、生活保護受給者を締め付けにかかっている。行政はもうお金を出さないから自分たちで何とかしろということだ。それができないからホステルにいるというのに、いったいどうしたらいいのか。

数日前、区役所の住宅課では民間の賃貸住宅を借りるしかないと言われた。同じホステルにいるギャビーとシンディとフラットをシェアしたらなんとか借りられるかもしれない。物件に片っ端から電話してみたが、生活保護を受給していると伝えると、見学すら受け付けてもらえなかった。もはや路上に寝なさいと言われているも同じだった。

あたしはもう黙らない
Discha-AS/gettyimages

ジェイドとギャビーとシンディが次に区役所を訪れたとき、それぞれが別の地区の賃貸物件を勧められた。住宅課はついに、母親たちにロンドンに住むことを諦めさせ、家賃の安い地区に引っ越しさせようとし始めたのだ。家族も友人もいない地区でシングルマザーが子どもを育てられるだろうか。

新聞をよく読んでいたギャビーは、家が不足していると言われているロンドンは、じつは空き家だらけだという実態を知っていた。投資家が転売用に購入した家を、空き家にしたままにして値上がりを待っているのだ。

低所得の人々が住んでいた地域が再開発された結果、住宅価格や家賃が高騰し、もとから住んでいた貧しい人は追い出されていく。「ジェントリフィケーション」はここでも始まっていた。

「ファック・ジェントリフィケーション!」

ギャビーがFワードを放つと、職員がぞろぞろ出てきて「虐待的」な言動をやめるよう警告した。じゃあ、ホームレスをシェルターから追い出すことや、シングルマザーを別の地区へ引っ越させるのは、虐待的ではないのか? そう問いかけても、「リスペクトに欠ける言動は許しません」と突っぱねられた。

生活保護の世話になっている人間として、ジェイドはいつも「社会へのリスペクト」を迫られてきた。生活や待遇に不満があっても、不平を言ってはいけない。そんな態度は「わがままでリスペクトが足りない」と。

ジェイドがもとのように保育士として働けたとしても、ロンドン東部の部屋を借りて暮らしていくほどのお金を稼ぐことはできない。ジェイドのような人間は、仕事をしていようがいまいが、生まれ育った街ではもう生きていけないのだ。「リスペクトしろ」と言うが、それは「身分をわきまえて沈黙しろ」の言い換えじゃないのか。

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要約公開日 2023.08.05
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