書籍の向こう側にある著者の魅力 本のプロデューサーが語る名著の裏側
第6回 flier book labo オープントークセッション 【イベントレポート】

ご好評いただいているフライヤーの無料オンラインセミナー、今回のゲストスピーカーは、フライヤー主宰のオンラインサロン「flier book labo」で第2期のパーソナリティを務めてくださった 音声メディアVOOX編集長で、プロデューサー/編集者の岩佐文夫さんです。
岩佐さんが教えてくれるのは、「書籍の向こう側にある著者の魅力」。著者と書籍の関係に想いを馳せると、読書がもっと楽しくなります。
株式会社フライヤーアドバイザー兼エバンジェリストの荒木博行さんのファシリテーションで、議論は「考える」ための読書へと進みます。本づくりのプロセスをのぞき見しながら、本との新しい付き合い方を探しにいきましょう。
荒木博行(以下、荒木):
こんにちは、フライヤーのアドバイザー兼エバンジェリストの荒木博行です。今日は、flier book laboで第2期のパーソナリティを務めてくださいました、岩佐文夫さんにお越しいただいています。岩佐さんにご担当いただいた音声コンテンツ、「書籍の向こう側にある著者の魅力」ではフライヤーの要約をベースに本について語っていただきましたね。
タイトルの通り、本の内容自体よりも、著者との出会いや著者の持つ魅力のお話が中心でした。数ヶ月に渡る岩佐さんのお話から、僕は本との新しい付き合い方や楽しみ方を教えてもらったような気がします。まずはご自身についてご紹介いただけますか。
岩佐文夫(以下、岩佐):僕はもともと、ビジネス書やビジネス雑誌の編集者として30年以上働いてきました。編集者として培ってきた編集力で新しいことに挑戦しようと決意して、2017年、DIAMONDハーバード・ビジネス・レビューの編集長を最後にフリーランスになり、事業開発や組織開発の分野に飛び込みました。いくつかの企業のプロジェクトに関わっていますが、メディアの開発が多いです。
最近では、2月にリリースされた新しい音声メディア、VOOXの立ち上げに関わり、今も編集責任者として働いています。
荒木:VOOXはとても注目が集まっているアプリですね。まだ使ったことがない方がいたら、いろんな方のお話が聴けるのでおすすめです。
岩佐:チャットで「聴いている」とコメントをくださっている方がいますね。ありがとうございます。
あとは、本の編集はもうやらないと決めていたのですが、こういう本があるといいなと思うと血が騒いでしまって。今では出版社の編集者の人と組んで、プロデューサーとして本作りに関わっています。編集は緻密で細かい作業が多いのですが、僕はそれよりも企画やコンセプトを作るのが得意なタイプです。
最近では暦本純一さんの『妄想する頭 思考する手』という本にプロデューサーとして関わりました。暦本さんは、ソニーコンピュータサイエンス研究所副所長と、東京大学大学院情報学環教授という二つの顔を持っています。20年前に、まるで未来を予測していたかのようにスマホのピンチ操作で使われるスマートスキンの技術を開発した、コンピュータヒューマンインタラクションの世界的な第一人者です。この本の中では、暦本さんが発想法である頭で妄想し、手を動かしながら考え、アイデアを実装していくプロセスを紹介しています。イノベーションや新規事業に注目が集まっている今、ぜひビジネスパーソンに読んでもらいたい一冊です。
著者を知れば、読書はもっと楽しくなる
荒木:
flier book laboのコンテンツでも、暦本さんについて言及されていましたよね。他にもたくさんの著者の方についてご紹介いただきました。僕も本を書くことがあるのですが、岩佐さんのお話に出てきた、安宅和人さんの本に向き合う姿勢には驚かされました。
岩佐:文字通り、命を削っておられますね。『シン・ニホン』を書かれた安宅さんは、睡眠時間を削ってでも、自分のメッセージを世に発することに意味があるのではないかと信じながら書かれています。ただ読者の方は、「安宅さんが書けば売れるに決まっている」と思うかもしれませんが、執筆段階ではご本人も編集者もプロデューサーの僕もまったくそんなふうには考えていません。売れるかどうかはわからないけれど、自分のメッセージが社会にインパクトを与えて、変化を生み出せるか。そして、ウケるためにではなく、どうやったら正しく深く伝わるかと考えておられます。そのプロセスを間近で見られる僕のような立場は役得ですよ。知れば知るほど、どんな本でも読む姿勢は変わります。
『イシューからはじめよ』や『シン・ニホン』の執筆は、安宅さんの孤独な作業です。でも、生み出したものは時代を超えて、著者の手が届かないところにも届き、知らないところでも影響をもたらすものになります。そう考えると、本を書くというのはスケールが大きい、ダイナミックな知的作業だとも感じます。
荒木:岩佐さんは『シン・ニホン』の制作に関わり、出版後は普及活動もされていますよね。形のないものを生み出すプロセスと、生み出した後の展開にはどのような違いがありますか?


本を広めるという点では同じですが、真逆のことをやっているような感じがあります。本を書く孤独な作業から一転して、出した後はコミュニケーションの場を作っています。『シン・ニホン』アンバサダー制度は、読者が読者を広げる活動を目指して作りました。本書に共感した読者をコミュニティ化し、一人のアンバサダーが10人でも20人でも『シン・ニホン』を知る人を増やしていく。そんな活動で現在では80名をこすアンバサダーが集うコミュニティとなりました。コミュニティでは、ルールを作って統制を取るのではなく、むしろそこに来た多様な人たちが思う通り力を発揮できる場作りを目指しています。
荒木:本を中心に場を作ってるんですね。
岩佐:中心に核になるものがあるからこそ、集まる人には多様性が生まれるんです。本はその核としては強力です。アンバサダーコミュニティには、高校1年生から還暦過ぎの方までいらして、住んでいる地域も職業もバラバラです。でも、みんな『シン・ニホン』に共感しているので、そんな人たちが一つになれるんです。運営ポリシーやコミュニティのルールも本の内容や考え方をベースにしているので、骨太の方針がすぐに決まります。先日もアンバサダーの一人が言い出して高校生向けの『シン・ニホン』読書会を大々的に開催されたのですが、告知はみんなが協力するし当日の運営も20人近くの人が参加していました。そして忙しい安宅さんも引っ張り出してきた。それら全てをアンバサダー自身がされたのを見てちょっと感動しました。
荒木:中心があるからこそ、そこから広がりが生まれるんですね。
著者と読者は書籍を介してつながっているわけですが、僕はこれまでの読書では読者と書籍の関係だけを意識していたんです。そして、書かれたテキストを自分の文脈に引き付けて解釈していました。岩佐さんに教えてもらったのは、著者と書籍の関係に想いを馳せる読み方です。この視点が加わることで、読書ライフはよりリッチになっていきますね。
読者が本の世界を広げてくれる
岩佐:
舞台や映画とも同じですが、披露されたものが作品のすべてですよね。表に出ているところだけで勝負するものであって、裏話をするのは格好悪いという感覚があるんです。でも、flier book laboは、裏側を語るのにちょうどいい場だと感じていました。それは、ここにいるのは本に興味がある人たちだという前提があったからかもしれないですね。
荒木:ショーペンハウアーは『読書について』(光文社古典新訳文庫、鈴木芳子訳)で、「思想本来の息吹は、言葉になるぎりぎりの点までしか続かない。その時点で思想は石化し、あとは死んでしまう」と言っているんです。そこからは、「自分の生を歩み始める」んです。
つまり、著者が書籍に込めた想いは、言葉にした段階で著者固有のものではなくなりますよね。何か切実な想いや、そこに至るまでの文脈があったかもしれないけれど、言葉にしたらそれは失われてしまう。ところが、読者が違う文脈でその言葉を読むと、まったく違う命が吹き込まれるわけです。たとえ読者には知る由がないとしても、著者がその言葉に込めた息吹を想像することによって、いろんな膨らみが生まれると思います。このショーペンハウアーについてもさまざまな解釈があると思いますが、すごく深い言葉だと思いました。
岩佐:やや自虐的に言うと、僕が裏側を語る必要もないんですよね。語らなくてもきっと伝わっているはずです。
著者の想いと読者の解釈は必ずしも一致しません。著者の意図とは別の文脈を読者がつけて、そんなふうに読めるんだと思わされることがあります。出版した段階から本は著者の手を離れて、社会のものになるという感覚があります。それがパブリッシュ(publish)という意味かもしれません。一人で動き出した本の解釈が膨らんでいくと、自分が作り手の一員として見えなかった世界を読者が広げて見せてくれるようです。
荒木:ショーペンハウアーの言葉を借りるなら、出版されたことで一度死んで、そこから新しい息吹が生まれているわけですね。
岩佐さんは、著者の意図とは違う文脈で本を読む読者に、何か言うべきなのかいなかと考えることはありますか。
岩佐:それは難しい問題ですし、答えは出ないですよね。でも、出版すると、コンテンツが著者の手元から離れる感覚はあります。執筆の段階では著者は自分の想いを誤解を生まないように書かれる。編集者もどうすれば伝わりやすいかを考え抜きます。それでも異なる文脈で読まれることがあり、それは仕方ありません。
僕の経験で言うと、新しい解釈が広がったことは悪いことばかりではありません。著者や編集者が気づかなかった新たな解釈も生まれる。それはコンテンツが豊かになることでもあるんです。
荒木:古典を読むときは、なおさら著者の視点を意識しなければいけないのかもしれませんね。本単体で見れば、当時の時代背景や著者の立場や心情、そうした文脈がごっそり抜け落ちて、テキストだけが残っているわけですよね。それを読んだとき、今の私にはこう読めると自分に引き付けて読むのも古典の楽しみの一つだと思います。一方で、著者自身や、著者が生きた時代、そこに潜む試練を理解することによって、読み方が深まるのではないかとも感じます。
岩佐:古典を読むことを通して時代の文脈がわかることもありますよね。その著者の心情まで読み取れることもある。今の社会では当たり前に思われるような考え方を「ここまで詳細に言わなければならなかったんだ」と思うこともあって、当時の様子が推察されます。
荒木:僕たちは『シン・ニホン』が書かれた時代背景をリアルタイムで知っているからこそできる読み方をしていますよね。10年、20年後の若者がこの本を手にとったとき、今の時代の空気感はどこまで生きていて、「風の谷」というコンセプトはどんな想いで読まれるんでしょうね。
岩佐:「今は逆の方向にいっちゃったな」と読まれるかもしれませんし、「風の谷」のような場所がたくさん実現していて、「当たり前のことだ」とか「まだ実現していない時代はこんなことを考えていたんだ」と読まれるかもしれませんね。そういう楽しみもありますね。
考え、行動するまでが本当の読書
荒木:
「要約の立ち位置はどうなんだろう」というコメントをいただきました。要約は、書籍への誘いではないでしょうか。「これは自分にとって読むべき本だ」と思う人がその本を知ることができるように、要約を通して情報を発信するのが、フライヤーの一つの役割です。要約で完結するのではなく、そこから本を手に取って、著者に向き合っていただきたいですね。
岩佐:「知る」「理解する」「考える」は全部別のものですよね。そういう意味では、フライヤーの要約と本が提供するものは違うのだろうと思います。「知る」がないと始まりませんから、「誘う」ことの大切さはよくわかります。要約を読んでから、本を読んで理解し、考えることにつながっていくはずだと、容易に想像できますね。
荒木:ショーペンハウアーは「本を読むとは、自分の頭ではなく、他人の頭で考えることだ」と、『読書について』という本を書いていながら、読書なんてやめてしまえとも言っています。本ばかり読んでいると、他人の思想に支配されてしまうから。
でも、それは読書そのものを否定しているのではなく、考えることを怠った読書は害悪でしかないと言っているんです。
たとえば、『シン・ニホン』を読んで安宅さんに無条件に賛同するのではなく、自分はどう考え、行動に移すのかを含めて、読書なのだと思います。
岩佐:『シン・ニホン』のアンバサダーコミュニティを作った際に、「この本に書かれていることがすべて正しい」というスタンスはやめようという議論をしました。僕らはこの本に書かれていることに共感して集まったけれど、著者の安宅さんを教祖のようにするのは止めようと皆で話していました。
別の話ですが、僕は、糸井重里さんが大好きなのです。だからこそ糸井さんの本を読むのは躊躇してしまうんです。糸井さんが書いていることが全部正解だと思ってしまうのが怖いんです。自分が思考停止に陥ってしまうのではないかと。だから、とことん考えて自分の意見を固めてから読みたくて。その上で、糸井さんの本に向き合う。読む覚悟が必要ですね。
荒木:僕にとっては若林恵さんの本がそうです。自分がその人の思考に染まってしまう怖さを自覚しておくことは大切かもしれませんね。
僕は古典的名著や哲学書などの、読みにくい本をあえて読むようにしています。そうした本は共感してスッと読めることがなくて、一文ずつ意味を考えて、自分の言葉に置き換えないと前に進むことができません。とても頭を使う、自分の意見を問われる読書だと感じます。
岩佐:本を読むことは、本に書かれていることを自分の言葉に置き換えることに近いかもしれないですね。僕が糸井さんの本を読みたくないのは、言葉が巧みすぎて自分の言葉への置き換え作業ができないからかもしれません。
荒木:小林秀雄も『読書について』という本を書いていて、僕はこれが大好きなんですが、そこに出てくる「文は人なり」という言葉が特に気に入っています。もとはフランスの博物学者ビュフォンの言葉なのですが、文は目の前にあり、人は奥の方にいると、先ほどの話と同じことを言っているんですね。小林秀雄は、人の存在を感じられるぐらいまで読まなければ本当の読書とはいえないと主張しています。
『シン・ニホン』であれば、安宅さんの息吹や、その裏の悩みや葛藤を感じられるまで読み込むことが本当の読書ということですね。
岩佐:文字だけでやりとりしていた人と実際会ってみると、全然印象が変わらないと感じます。直接会わないとわからないと言われますが、その人が書いた文章を読むと、その人らしさは相当伝わるものだと思います。とりわけ本はその人の結晶ですね。
岩佐文夫(いわさ ふみお)
プロデューサー/編集者。新しい音声メディア「VOOX」の編集長も兼任。ダイヤモンド社にてビジネス書編集者、DIAMONDハーバード・ビジネス・レビュー編集長などを歴任し2017年に独立。書籍『シン・ニホン』(安宅和人著)『妄想する頭 思考する手』(暦本純一著)などをプロデュース。英治出版フェローも務める。
荒木博行(あらき ひろゆき)
株式会社学びデザイン 代表取締役社長、株式会社フライヤーアドバイザー兼エバンジェリスト、株式会社ニューズピックス NewsPicksエバンジェリスト、武蔵野大学アントレプレナーシップ研究所客員研究員、株式会社絵本ナビ社外監査役。
著書に『藁を手に旅に出よう』(文藝春秋)『見るだけでわかる! ビジネス書図鑑』『見るだけでわかる!ビジネス書図鑑 これからの教養編』(ディスカヴァー・トゥエンティワン)、『世界「倒産」図鑑』(日経BP)など。Voicy「荒木博行のbook cafe」毎朝放送中。