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「自己責任」という檻から抜け出そう

「自己責任」という檻から抜け出そう

第13回 flier book labo オープントークセッション 【イベントレポート】

スペシャルコラム

フライヤーが主催するオンラインコミュニティflier book laboでは、さまざまな会員限定コンテンツを提供しています。その魅力をちょっとだけ体験していただける、無料のランチタイムセッションが2021年10月18日に開催されました。 今回のゲストスピーカーは、flier book labo内の企画で、読書の学びを深める参加型講座「laboゼミ」の11月からの講師を務める、教育者/哲学研究者の近内悠太さんです。第29回山本七平賞・奨励賞を受賞した『世界は贈与でできている』の著者である近内さんに、ビジネスと利他、贈与、ケアとの関係について語っていただきました。 株式会社フライヤー アドバイザー兼エバンジェリストの荒木博行さんのファシリテーションにより、話題はビジネスにおける「自己責任論」へと向かっていきます。本記事では、当日の様子を再構成してお届けします。

ライター・石田翼

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意味を探す人間

荒木博行(以下、荒木):

近内さんは哲学者なので、今日は私は悩める一ビジネスパーソンに位置取って、ビジネスにおける利他、贈与とは何かを伺っていきます。

ご著書である『世界は贈与でできている』という本のなかで近内さんは、生きる意味や大切な人とのつながりは他者から贈与してもらうことでしか手に入らない、ということをおっしゃっていますね。そこには、利他、他人の幸福のために行動する人が必要になります。

近内悠太(以下、近内):

そうですね。それに、贈与、利他、ケアは、あったらうれしいというものではなくて、それがないと生きていけない、というものです。いわば人間のこころにとってのインフラのようなものだと思います。これらは生きる意味に直結しているからです。

利他や贈与については、人間の営みのなかでなぜ宗教が生まれたのかを考えてみると見えてくるものがあるでしょう。

社会学者のピーター・L・バーガーは『聖なる天蓋』(ピーター・L・バーガー、薗田稔(訳)、筑摩書房)において、人間が社会をつくる理由を書いています。人間は言葉も話せないし歩けない、いわば不完全な状況で生まれる。人間を除く動物には生まれた環境があって、それに適応して本能で動けます。でも人間にとって環境はデフォルトではないので、脳の基本的な構造は同じだとしても、育つ環境や教育によって変わっていく。このような状態を指して、バーガーは「仕組まれた不定性」と書いています。だから、社会的秩序を必要なのだとバーガーは言うんですね。

宗教は、社会的秩序をもたらすものとして、ぼくらに“意味”を与えてくれます。かなしいことが起きても宗教は必ずしも救済を与えない。ただ、なぜそんな不条理なことが起きるのか、その「意味」の説明をしてくれるのです。

荒木:

贈与や利他はそれと同じで、贈与する相手の存在が自分に生きる意味を与えてくれるということなのですね。

近内:

ビジネスでもそうですよね。これだけやったのにどうして結果が伴わないのかと、意味が見出せないときに人は苦しくなります。いつか意味が見出せる、報われるはずだ、というものがないと、しんどさに耐えられない。宗教が生まれた時から、そういう意識がぼくらの認識上にあるのではないでしょうか。

荒木:

いまビジネスの枠内で意味を与えている“宗教”は、「自己責任教」でしょうね。結果が出ないのは自分が努力していないから。成功したら、自分は努力できたということ。でもそこにある因果はかけ離れています。よくわからない不条理な部分を「自己責任」という言葉で埋めていく。それが健全なビジネスパーソンの成長だと考えられています。自分に責任を帰すると、それがモチベーション、ドライバーになることもあります。でも、そのロジックが破綻したときに病んでしまうんです。

聖なる天蓋 (ちくま学芸文庫)
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Berger,PeterLudwig(原著) バーガー,ピーター・L. 稔,薗田(訳)
筑摩書房
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自分だけが足りないのか?

荒木:

体育会系出身のぼくの経験では、自分のマインドに帰着することが清く、正しいのだ、という刷り込みがあったように思います。試合に負ければ、自分のふんばりが足りないから勝ちにつながらなかったのだという仕舞い方になる。

これがビジネスのフィールドにくると、やっぱり自分のマインドに集中するんです。営業をとれないことには運の要素もたぶんにある。でも、そういうのを全部すっとばして一人のマインドに帰着するところに大きな病巣があります。

「利他」という言葉は、その距離感を引き戻す、あるいは緩衝材の役割を担ってくれるんですよね。

近内:

ラグビーをやっている高校生が、「ラグビーは一番チーム力が出るスポーツです」と言っていたんです。個人がいくら素晴らしくても、ラインの上げ下げの呼吸が合っていないとすぐに突破されてしまいます。ボールを持っている人を見ながら、チームのラインが上がっているか下がっているかを感じている。これはとても「ケア的」で「利他的」だと思うんです。

ラグビーやサッカーといった集団競技は、自分から離れて俯瞰的に周りをモニタリングする能力を鍛えられるスポーツではないでしょうか。

荒木:

なるほど、面白いですね。

ビジネスのフィールドでも、個人が努力したから成果が出たという側面はもちろんあります。ただ、その努力ができる環境があった、自分がクロージングできる立場にいた、ということもありますよね。いろんな「パス回し」があったから、成果を出せた自分がいる。

そうして考えると、自分が関与できる部分はほんとに小さいところなのだと気づけるはずです。


「評価」の功罪

近内:

ビジネスの場面でどうして「利他」が阻害されるのか、なぜチームのパフォーマンスよりも個人のプレイが重視されるのか、という問題には査定や評価が関係していると思います。臨床心理学者の東畑開人さんは「アカウンタビリティ」という言葉で説明していましたが、なぜこの評価なのかが一個人とひもづけられている。評価システムが変わるだけでかなり風通しは変わるはずですが、そんなに変えられないものなのでしょうか?

荒木:

そこには分配のルールも関係してきますよね。会社に出てきた利益をどう分配するか。そこに説明責任が出てくる。旧来型のロジックだと、年功序列です。それはおかしい、となって成果主義が導入された。でも、先ほどからお話ししているように、そこにはいろんな意味での息苦しさがある。じゃあ、どう分配すれば納得できるのか。

予防医学研究者の石川善樹さんは以前こんなことを言っていたんです。売り上げを上げる、パイを大きくするためのイノベーションはよく出てくるけど、分配についてのイノベーションはあまり出てきませんね、と。社会のなかの複雑な因果をどう勘案したうえで分配していくのかは、難しい課題です。

ビジネスにおいて責任論が出てくるのは、成果にひもづけられているから。ここの“たが”を外していく方法を探さないといけない。ティール組織のようなコンセプトは、分配そのもののイノベーション、数字を追わないイノベーションを起こそうとしていると考えられるかもしれません。

近内:

評価の仕組みを相対化してみることからしか始められないと思うんです。昔から連綿とそういうシステムでやってきたわけではありませんしね。そうではない世界も当然あり得て、たまたま自分の周りのシステムはこうなっているだけ、というか。


異なるルールに触れる大切さ

近内:

『ギフトエコノミー』(リーズル・クラーク、レベッカ・ロックフェラー、服部雄一郎(訳)、青土社)という本の中で、ヒマラヤの奥地にある村を訪れた際、著者が知ったある慣習が紹介されています。

40世帯ほどの村でお世話になった著者たちは、お礼として、大量の冬服を住民たちに贈ることにしました。そこで、子どもがいる世帯には子ども服、というようにそれぞれのおうちごとに服の種類を分けていました。しかし村の女性リーダーは、服をもらえるのはありがたいのだけれど、区別せずに均等に分けてほしい、とお願いしたのです。

子ども服を子どものいない家にあげても意味がないと思うかもしれません。でも、それをもらった家は、子どものいる家にあげることができます。自分には不要なものであっても、それを必要とする他者が存在している。だからこそ、その他者に手渡すことができる。そうしてギフトによる交流、エコノミーが生まれる。だから、最初から分類せずに均等に分配してほしいと言ったんですね。

資本主義的に近代化された社会とは異なった分配ルールが、そこにはあったのです。

先ほど「評価の仕組みの相対化」という話をしましたが、ここでも、相対化されることで、自分たちのルールが当たり前のものではないということが見えてきます。

荒木:

いまおっしゃられたような「相対化」はとても重要ですね。Aという「宗教」が普通な世界に生まれて、そこで生きていると、Aはすべての行動原理になっているので、メタ思考をするにしてもAのなかでしかできない。そこにBという違う「宗教」があれば相対化できます。

Aがすべてになっている人は、疲弊するとやりきれなさしかありません。我々はAという世界にいるけれど、Bという世界、時間軸もあることがわかっていれば、その視点に立つとAはどう見えるかという問いも立てられます。

近内:

たとえば子どもは、ビジネスのルールでなんて生きていませんよね。子どもに対して、「やるって言ったのにやらないのは契約不履行だ」と言ったところで、それならやらない、とくじけるだけです。このように、ビジネスの文法、語法を入れてはいけない場面はぼくらのすぐそばにあるわけです。

そして、ビジネスにおいてもドロップアウトすることはあります。そういうとき、Aというビジネス上の文法ではないBのアプローチが必要になる。具体的には、泣き言を言う、甘えさせてもらうといったことです。仕事上ではたいてい弱音が吐けない。だから心がくじける前に、Bという選択肢、正しく弱音を吐く道を見つけておいたほうがいい。

ギフトエコノミー ―買わない暮らしのつくり方―
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リーズル・クラーク レベッカ・ロックフェラー 服部雄一郎(訳)
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リーズル・クラーク レベッカ・ロックフェラー 服部雄一郎(訳)
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補い合いの精神

荒木:

ビジネスシーンでは、「べき」という語法でよく語られます。「好き」という言葉はビジネスのなかでは成立しにくい。「それをやるべきなのはわかるけれど、こっちのほうが好き」ということはあまり好まれません。でも、「好き」はビジネスでも重要なんですよ。

違う“意味”のチャンネルをもてるといいですね。ヴィーガンの人もいるのでこのたとえが適切なのかはわかりませんが、肉と野菜があったとき肉ばかり食べているのはどうなのか。肉をしっかり食べないといけないときもありますが、どこかに野菜の要素を入れないと体を壊してしまうかもしれない。

会社が倒産しかかっているときには、サバイブするためにも、わかりやすくアウトプットドリブンでのスキルセットは大事になりますが、そのフェーズを抜けてしまうと、今度はそれだけでは時間軸が短いばかりで病んできます。肉と野菜のように、チャンネルのバランスをとらなくてはなりません。

肉がメインになるとしても、野菜の摂り方や、摂るタイミングもわかっているというのが大事なんですね。

近内:

本を読んで思考を準備しておけば、そうしてやり方や語法が違うところに身を置くことになっても大丈夫でしょう。

それに、贈与、利他、ケアの観点から、いざとなったらお互いに楽しく頼りあえる、ということは認識しておきたいですね。そういうセーフティーネットをもっているだけで、周囲の風通しもずいぶんよくなると思います。





いかがでしたでしょうか。少人数制実践型セミナー「laboゼミ」の雰囲気を少し感じていただけましたか? 「laboゼミ」は、書籍を軸にしながら講師自ら実践しているプロセスをシェアしていただくことで、自分のものの見方をアップデートするきっかけとなります。少人数の参加者同士の交流も盛んなので、新しいつながりをつくることもできます。 ご案内は読書コミュニティ「flier book labo」(https://labo.flierinc.com/​​)内で行なっておりますので、ご興味がありましたらぜひご覧ください。

近内悠太(ちかうち ゆうた)

1985年神奈川県生まれ。教育者。哲学研究者。

慶應義塾大学理工学部数理学科卒業、日本大学大学院文学研究科修士課程修了。専門はウィトゲンシュタイン哲学。リベラルアーツを主軸にした統合型学習塾「知窓学舎」講師。教養と哲学を教育の現場から立ち上げ、学問分野を越境する「知のマッシュアップ」を実践している。

『世界は贈与でできている』がデビュー著作となる。

荒木博行(あらき ひろゆき)

株式会社学びデザイン 代表取締役社長、株式会社フライヤーアドバイザー兼エバンジェリスト、株式会社ニューズピックス NewsPicksエバンジェリスト、武蔵野大学アントレプレナーシップ学部 客員教員、武蔵野大学アントレプレナーシップ研究所客員研究員、株式会社絵本ナビ社外監査役、株式会社NOKIOO スクラ事業アドバイザー。

著書に『世界「失敗」製品図鑑』(日経BP)『藁を手に旅に出よう』(文藝春秋)『見るだけでわかる! ビジネス書図鑑』『見るだけでわかる!ビジネス書図鑑 これからの教養編』(ディスカヴァー・トゥエンティワン)『世界「倒産」図鑑』(日経BP)など。Voicy「荒木博行のbook cafe」毎朝放送中。

文責:石田翼(2021/10/22)