アカウンタビリティから降りて夢を見よう
【近内悠太の推し本】『ネガティブ・ケイパビリティ』

フライヤーのコミュニティflier book laboの目玉は、オンライン上で書籍について語り合う読書ワークショップ「LIVE」です。第10弾のゲストスピーカーは、私塾で数学などを教える教育者であり、哲学研究者の近内悠太さんでした! 初めての著書である『世界は贈与でできている』(通称:セカゾウ)は資本主義に疲れた現代人に希望を与える新しい倫理学として、多くの読者に愛される本となっています。

近内さんがLIVEでとりあげた一冊は、『ネガティブ・ケイパビリティ 答えの出ない事態に耐える力』(帚木蓬生著、朝日選書)。本書は、すぐに正解や目標達成を求めるポジティブ・ケイパビリティに対して、未解決のまま宙ぶらりんの状態で耐え抜く「負の力」の重要性を説きます。これに関連して、近内さんの考えるネガティブ・ケイパビリティ、そして「贈与」との関係について、この本の魅力とともにうかがいました。

アカウンタビリティを乗り越えるために

会社などの組織の中にいるとアカウンタビリティを求められます。期限までに根拠、数値のあるアウトプットをしなくてはならない圧力。そういうゲームが市場経済ではいろいろな場面で行なわれています。

でも、それってもう違うのではないですかという空気が、最近世の中に出てきている気がするんです。斎藤幸平さんの『人新世の「資本論」』や山口周さんの『世界のエリートはなぜ「美意識」を鍛えるのか?』『ビジネスの未来』といった本が売れていますよね。資本主義という市場経済で賑やかにやって成長していく物語ではそろそろダメで、次のステージにいかないとまずいのではないかとみんなが思い始めたことの現れだと思います。その「空気」にあてがわれるべきキーワードとして、山口周さんであれば「資本主義をハックする」、斎藤幸平さんは「人新世」や「コモンズ」という言葉や概念をもってきた。ぼくはそこで、「交換の論理」「贈与の力学」の存在を語りました。

「ネガティブ・ケイパビリティ」という概念も、アカウンタビリティを乗り越えるために出てきたものです。ただ、それがどういう効能を持っていて、どういう意味があるのかはっきりしない概念だと感じたんです。この本は、概念はこうなんですとなかなか着地しないからこそ、flier book laboのみなさんと一緒に考えてみたかった。

世界のエリートはなぜ「美意識」を鍛えるのか?
世界のエリートはなぜ「美意識」を鍛えるのか?
山口周
光文社
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世界のエリートはなぜ「美意識」を鍛えるのか?
世界のエリートはなぜ「美意識」を鍛えるのか?
著者
山口周
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ビジネスの未来
ビジネスの未来
山口周
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ビジネスの未来
ビジネスの未来
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山口周
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ネガティブ・ケイパビリティは学びの必要条件

ネガティブ・ケイパビリティは、これで世界のすべてが変わるという概念ではありません。航海の途中で進むべき方向を見失ったときに僕らの現在位置を知らせてくれる北極星のようなものだと思います。それを見上げればどちらに進めばいいかがわかってくるというような。この概念をもってものごとを考えていくと、まったく違う見え方がしてくるのではないでしょうか。

「勉強すること」について考えてみるとよくわかります。勉強は、ネガティブ・ケイパビリティがないと成立しないからです。超一流の数学者、物理学者がどういうパフォーマンスを出しているかは、専門的に学んでいないぼくらにはわかりませんよね。人類が獲得してきた知的達成としての天文学、宇宙論といったものは、いまから数式を使わずに10分で言葉で説明して、と言われてもできません。それに対して、一流のサッカー選手のすごさは、サッカーができないぼくらでも理解できる。こんな体勢からあんなゴールを決めることができたのか、といったことは観ればわかりますよね。最先端の知のすごさは、自分がそれを身につける以外には味わえないのです。

勉強とは、あのときの私には見えなかったものが見え、わからなかったことがわかることです。人類の知性による知的な遺産を理解するまで、それを理解した自分が未来には存在するはずだという期待とともに耐えるしかない。いまは理解できない。でも半年後、一年後と続けるうちにわかってくるかもしれない。かなりの努力をしても、結果が出るまで手ごたえがないんです。何かを理解することはこんなにも楽しいんだ、これだけ知識が増えるとこんなに見え方が変わるんだということは、そこまでのタイムラグを耐えていないと体験できません。勉強によって自分の認識そのものが変わることは、ネガティブ・ケイパビリティがないと起こらないのです。

それは、「意味がわからないからこれを続行すべきではない」という判断をしない能力です。努力を信じて保留する力。

ネガティブ・ケイパビリティ
ネガティブ・ケイパビリティ
帚木蓬生
朝日新聞出版
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ネガティブ・ケイパビリティ
ネガティブ・ケイパビリティ
著者
帚木蓬生
出版社
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贈与も信じる力

贈与とネガティブ・ケイパビリティの関係を考えてみると、デリダから東浩紀さんに引き継がれた「誤配」、間違って届くことを信じる能力がネガティブ・ケイパビリティだと思います。根拠もエビデンスも無いが、どこかに必ず届くはずだと信じて贈り続ける。

贈与は、意味が確定するまでに時間がかかります。いつかどこかで花が咲いたらいいなというつもりで種を蒔くのが贈与。つまり贈与は費用対効果という概念を無効にします。どういう花が咲いて、それはいくらで売れるかということは、贈与ではまったく出てこない発想です。いつか誰かが気づいてくれる可能性は十分あるけれど、絶対届いてお返しが来る保証はない。贈与はその地点に信じて立ち止まれる能力。そこにネガティブ・ケイパビリティとのつながりがあると思います。

力みすぎると贈与はうまくいきません。絶対この人に届けなきゃ、あなたのために、と考えると呪いになる。説教くさくならずに、メッセージを着実に届ける書き方は、たとえば小松左京が実例だと思います。SF小説にすることで、ウイルスの怖さ、社会の脆さへの注意喚起を、エンターテイメントとして差し出す。でもそれは賭けなんですよね。面白かった、怖かった、で終わってしまう可能性もある。だから、あえて本心の思いは隠しながら、物語によってメッセージを伝えることは、ネガティブ・ケイパビリティの一個の形なのだと思います。

わかり合えなさのその先へ

人との対話でも、対話相手が自ら答えを出すまで信じてきちんと待つことは大事です。人に話してやっと自分が何を思っていたかがわかるということは、よくありますよね。言葉を一度他者に向けて出してみないと自分の中で何がうごめいているのかはわからない。相手が長々と話しているときは、ぼくと同時にその人自身と向き合っている時間。そう考えれば、がんばれと思って聴けるんです。コーチング、1 on 1といった形式のケア、対話的なサービスに近いですね。

予備校で生徒が数学の質問をしてきたとき、ぼくはめちゃくちゃ反発係数の高い、はねかえしのいい壁になる。生徒が壁打ちでボールをぽんと投げてくれて、ぼくはその球をはねかえすだけ。生徒自身にどこからわからないか説明させるとします。「先生はさっきこの数式でここがこうなると言ったじゃないですか」「うんそうだね」。するとその生徒が、何かを言いかけて動きを止める瞬間がくる。「あ、先生わかりました、ありがとうございました」と。そういうとき、ぼくは何もしていないんですよね。自分のなかにあるものの整理をそばで応援しているだけ。でも、そうした「答え」は、応援してくれる誰かがいないと出てこない。傾聴してくれる人が目の前にいるときのほうが脳がドライブします。

会社などの組織だと、納期やアカウンタビリティが邪魔をする。そこでネガティブ・ケイパビリティというものを知っていると、1 on 1の対話の時間をとろうとなる。

近くにありても遠きひと

では、身近な人とのコミュニケーションではどうでしょう。LIVEでは「心が近い人にはネガティブ・ケイパビリティはいらないのでは」という話も出ましたが、そもそも「心が近い人」はいるのでしょうか。近いと思っていると逆に油断して、相手を理解できていなかったときに急激な破綻が起こる気がします。「そんなのあなたらしくないじゃん」みたいな呪いの言葉も出てきてしまうと思うんです。心が近く見える、といっても実はそんなに近くないのだから、誰かとコミュニケーションをとるときは、たとえ身近な人間であっても細心の注意を払って観察してあげないといけない。

理解し合えていると思っても、たまたまある側面が一致していただけで、すべて自分と一致している保証はまったくありません。だから他者へのリスペクト、節度、礼儀が必要になる。ぼくにとっては、わかり合えないことはスタートでしかない。それを痛いほど理解し、それを前提にして、どうコミュニケーションをとっていくか。そこで出てくるのがネガティブ・ケイパビリティという概念なのだと思います。

親しい間柄でも、何を見ていたのか、すり合わせる努力をしなくてはならない。自分の判断をいったん保留することがネガティブ・ケイパビリティですから、あの人はあのとき何を考えていたんだろう、と立ち止まれる能力であるとも思います。

いい秘密結社をつくる

現代は、同じものを見ることが難しい時代ではないでしょうか。昔の日本の共同体では、身分がある程度固定されていたり、地域ごとの宗教観があったりして、同じ所作、同じ儀礼を共有していたから、いちいちすり合わせる必要がなかった。それがいわゆる「ムラ」ですよね。いまはその「内輪」をうまくつくれない時代になっている。内輪のネガティブな部分ではなくて、安心感のある居場所という意味で。

flier book laboは、そうした居場所の雰囲気をとても感じます。いい秘密結社、古き良き内輪な感覚というか。たまたま趣味が合って、すごく仲良くできたというような。しかも閉鎖的ではなくて、とても開放的なんです。

それは、本を基軸にしていることが大きいと思います。自分が読んでこなかった本について一緒に考え、新しい風がつねに吹いていて空気がよどまない。flier book laboは本当の意味でのプラットホームという感じがします。人は集まるけれど、そこに居続けるわけではなくて、通過したりやりとりしたりする場所になっている。いわゆるオンラインサロンの閉鎖的な空気とも違う。オンラインでもこういうことができるんですね。

本は人間に必要な文化なんだなということを改めて認識しました。本の文化の力強さをますます感じるようになっています。



【編集後記】

flier book laboで近内さんがお届けくださった音声コンテンツは、「世界と出会い直す哲学」です。つねに新しい学び、言葉、人と出会い直す経験を大事にされていることがとても伝わってきます。

不確実性の高い世の中だからこそ、わからないままでも、信じて立ち止まり、期待して待ち続ける。このネガティブ・ケイパビリティの感覚は、LIVEを通して着実に贈与されたのでした。次回のLIVEもお楽しみに!


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世界は贈与でできている
世界は贈与でできている
近内悠太
NewsPicksパブリッシング
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世界は贈与でできている
世界は贈与でできている
著者
近内悠太
出版社
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近内悠太 (ちかうち ゆうた)

1985年神奈川県生まれ。教育者。哲学研究者。

慶應義塾大学理工学部数理学科卒業、日本大学大学院文学研究科修士課程修了。専門はウィトゲンシュタイン哲学。リベラルアーツを主軸にした統合型学習塾「知窓学舎」講師。教養と哲学を教育の現場から立ち上げ、学問分野を越境する「知のマッシュアップ」を実践している。

『世界は贈与でできている』がデビュー著作となる。

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文責:石田翼 (2021/03/29)

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