妄想を形にするには「複数の居場所」をはしごせよ
【渡邉康太郎と読む一冊】『ひとりの妄想で未来は変わる』

フライヤーのコミュニティflier book laboの目玉は、オンライン上で書籍について語り合う読書ワークショップ「LIVE」です。第16弾のゲストスピーカーは、デザイン・イノベーション・ファームTakramでコンテクストデザイナーを務める渡邉康太郎さん。
渡邉さんがLIVEのために選んだ一冊は、『ひとりの妄想で未来は変わる』(日経BP)。戦略デザインファームBIOTOPE代表の佐宗邦威さんが企業内でイノベーションを起こすための道筋を描き出した一冊です。渡邉さんは本書にどんな魅力を感じているのでしょうか? 妄想を形にしていくための秘訣とともにお聞きしました。
「前提を疑う」ことの意味
『ひとりの妄想で未来は変わる』を取り上げたいと思った理由は、僕がflier book laboの音声コンテンツ「数字と物語がうつろう部屋」で扱ってきたテーマと共通するからです。「数字」はロジックや日々の数値目標、再現可能性の価値に相当するもの。これに対し「物語」はミッションやビジョン、一回性の価値に相当するものです。両者の間にある緊張や矛盾をいかにリバランスしていくかをテーマにしてきました。
この構造と同様に、本書では世の中で「常識とされているもの」と、数字では表せない一人の「妄想」の関係が表されているととらえました。いずれも大事だけれど、妄想のほうは統計のような数字で表せない「弱い文脈」だから、「強い文脈」である現在の常識に流されてしまう。でも歴史をたどると、世の中のあらゆる社会運動はもともとスタート時点では「弱い文脈」として生じています。だから、たとえ自分のもつ妄想がまだ大勢から認められないものだとしても、それはやりたいことをあきらめる理由にはなりません。まだ弱いからこそ、妄想を世に問うていくことに意味がある──。また、妄想をスタート地点に、その先に社会と接続していくプロセスを、「妄想」→「構想」→「企画」→「実装」→「経営」のように高い解像度で描き出しているのが、『ひとりの妄想で未来は変わる』の魅力です。


「いまの常識は未来の常識ではないかもしれない」
そもそも、いまの社会における常識が、未来の社会でも通用するとは限りません。いまは相対的に弱い文脈が、後になって強い文脈に変わることがあります。例えば1970年代、環境問題を研究する理系学生は、企業側から「自分たちの事業の生産体制に疑義を呈するのではないか」と警戒されたのか、就職活動では苦戦を強いられていました。でも現代はSDGsの流れもあり、環境問題をないがしろにする企業は存続自体が難しくなりつつある。これほど常識はガラッと変わることがあります。
自分の考えが社会の常識と違っていてもいい。それは他者の目にふれることで、未来へ蒔かれる種になります。その意味で、一人一人の妄想は、一元的ではない、いまとは違う価値観に気づかせてくれるものだといえます。
僕が提唱している「コンテクストデザイン(共に編むデザイン)」とは、人々をいつのまにか縛っている「クリエイティビティの足枷」をはずし、自由に発想・行動できるよう支えるものです。そのモチベーションには、「いろいろな人の妄想を聞いてみたい」という感情があります。
あらゆる人の妄想が、もっと聞かれるようになればいいと思います。そして、人の妄想は応援ができる。方法はさまざまあります。あるミュージシャンを心底応援したいと思ってそのマネージャーになる道もあれば、Patreonのようなプラットフォームで応援する道もある。その人の配信した音楽に視聴回数で貢献してもいい。
妄想を形にするには「複数の居場所」をはしごせよ
自分の「妄想を聞いてくれる場」を見つけるには時間がかかるかもしれません。でも見つかったら楽しいですよね。そうした場を見つけていくために何ができるのか。
「意味のイノベーション」を提唱した、ストックホルム商科大学やミラノ工科大学で教えるロベルト・ベルガンティ教授は、意味のイノベーションは、一人の顕在化していない妄想から育まれるといいます。そこで大事なのが、批判的な対話相手、スパーリングパートナー(パンチの応酬をするトレーニングの相手)の存在です。あなたを倒すためではなく、あなたを強くするために批判してくれる人がいることで、アイディアがさらに磨かれていく。
また、自分なりの「ラディカルサークル」をあたためることも大事です。ラディカルサークルとは、異分野のプロフェッショナル同士が注目するトピックについて率直に意見交換をするグループのこと。芸術家や起業家や学者など、専門が異なる人が集うような場を複数もち、行き来することで、新たな視点が得られます。
Podcastの「超相対性理論」でも次のような話で盛り上がりました。「私たちはそれぞれの人生というパーティーに招待されている。そのパーティーを楽しむためには、楽しむための不断のスキル習得が必要になる」。同様に、妄想を形にする秘訣は、複数のパーティーを「はしごする」ことかもしれません。複数の居場所を行き来して、妄想を語り合う。そして自分の妄想を別の角度から見つめてもらうことで、時に異なる意味を獲得するのだと思います。そんな場のひとつがflier book laboかもしれませんね。
妄想といっても、世界を変えるほどの大がかりなものでなくてもかまいません。世の中には「はかない物語」で満ちていて、そこに耳を傾けることで、その物語がまた語り直されていく。コンテクストデザインを通して、そんなバトンを渡していく一人でいられたら嬉しいです。


【編集後記】
渡邉さんは2021年1月から、TALK「数字と物語がうつろう部屋」を配信してくださっています。そこで展開される渡邉さんの語りと本書との深いリンクを感じ、「まずは周囲の人の妄想に耳を傾けたい」と思わずにいられませんでした。自分の妄想を語るにはその場の心理的安全性が問われます。心理的安全性が担保され、「いいね!」と応援し合える居場所を複数見つけていきたいですし、そんな場をつくる一助になりたいと思いました。
LIVE第17弾以降も、さまざまなゲストスピーカーがおすすめ本を紹介してくださいます。お楽しみに!
渡邉康太郎(わたなべ こうたろう)
Takram コンテクストデザイナー / 慶應義塾大学SFC特別招聘教授
使い手が作り手に、消費者が表現者に変化することを促す「コンテクストデザイン」に取り組む。サービス企画立案、企業ブランディング、UI/UXデザイン、企業研修など幅広いプロジェクトを牽引。J-WAVEのブランディングプロジェクトで、新ステートメントの言語化とロゴデザインを行い、2020年度グッドデザイン賞を受賞。ほか国内外で受賞や講演多数。 著書に『コンテクストデザイン』『ストーリー・ウィーヴィング』『デザイン・イノベーションの振り子』。