入場料のある本屋「文喫」が愛されてやまない理由
「本と出会うための本屋」を味わい尽くすには?

ビジネスパーソンの「知の探索」を促し、既存の「本屋」の常識を超えていく。「これからの本屋さん」のコーナーでは、そんな本屋さんと、その場を生み出す「中の人」にスポットライトをあてていきます。
第4弾は、2018年12月に青山ブックセンター六本木店の跡地にオープンした「文喫 六本木」。“入場料のある本屋”として注目され、週末には入場制限になるほど人気を博しています。
文喫が、入場制限がかかるほど注目され、お客様に愛される理由は何か? 文喫の「本との偶然の出会い」を生むための仕掛けとは? ビジネスパーソンが文喫を味わい尽くすヒントを、副店長の林和泉さんにお聞きします。
青山ブックセンター六本木店の跡地で「本屋のアップデート」をめざす

── 取次大手の日本出版販売(以下、日販)とスマイルズが手掛けた文喫。オープンすることになった経緯は何でしたか。
日販リノベーション推進部は、「本と本屋を好きになってもらうきっかけをつくる」というミッションを掲げています。その実現のためにパートナーとなってくれたのが、「Soup Stock Tokyo」でお馴染みのスマイルズさんでした。スマイルズさんの強みは、これまで築き上げられてきた良いものを、現代の文脈に合うようリブランディングして、アップデートさせること。日販、書店のノウハウを蓄積してきたリブロプラスの強みを掛け合わせれば、本屋の可能性を追求できるのではないか。
ではどこに店舗を出すかという話になって浮上したのが、ここ、青山ブックセンター六本木店の跡地。青山ブックセンター六本木店が2018年6月に閉店したことは、ずっと通ってきた私にとって衝撃的でした。それに、38年間この街と歴史を刻んできた書店の跡地が本屋以外の場になるイメージがつかなかった。この場所でなら「新しい本屋」の形をつくり、本屋のアップデートをめざせるのではないかと考えました。

本を選ぶ時間にも「体験としての価値」がある
── 林さんはどんなコンセプトの本屋を思い描いていたのですか。
入場料を払えば、誰でも気軽に、本にまつわる居心地よい時間と空間を楽しめる本屋さんです。まるで博物館や美術館を訪れるような感覚で過ごせる場を思い描いていました。現在は、ネットでほしい本をすぐに買える時代。ですが、本を選ぶ時間や、本屋に身を置くこと自体にも、体験としての価値があると思うんです。
── 選書室や閲覧室など、各スペースの位置づけも興味深いですね。
3万冊の本を並べた選書室と、一人で本と向き合うための閲覧室があります。理由は、本を選ぶ場所と、本をじっくり読む場所は分けたほうがいいと考えたためです。そのほか、複数人で利用できる研究室、飲食を楽しめる喫茶室を併設しています。
休日は家族やカップル、友人同士でお越しになる方も多いですが、六本木はフリーランスが比較的多い立地なので、平日は一人でお越しになるビジネスパーソンが多いですね。読書や仕事に集中できるよう、閲覧室はどの席にもライトや電源を設置しています。




「本を読まなくてもいいの?」と驚かれることもありますが、仕事に没頭してもかまいません。行き詰まったら選書室をめぐってみる。読書に疲れたら喫茶室でご飯を食べてリラックス。そんなふうに一日中滞在して、心地よさを感じてほしいですね。ソファ席ではまどろんでいるお客さんに対しても、店長の伊藤は「閉店になったら起こすのでいいですよ」と笑顔でいっているんです。

文喫があえて「入場料1500円」を掲げた理由とは?
── 「入場料1500円」という形態をとったのは、どんな狙いがありましたか。
本好きな方に限らず幅広いお客さんが来られる開かれた本屋をめざしているのに、あえて入場料を設定する意味は何なのか。金額をどうするかという点を含めて、立ち上げ時からオープン直前まで議論を重ねました。カフェ併設の書店ならすでに数多くあるので、「コーヒー1杯1500円」といった見せ方も可能でした。
けれども、入場料を払うとなると、お客さん側でも「本と出会いに行こう」というモチベーションが高まるんじゃないか。そうした期待を込めて、入場料をとることに決めました。その分、お客さんの期待値は上がるので、私たちの首を絞めることになるのですが(笑)。
── 選書にはかなりの工夫を凝らされていると思いますが、どのように選書されているのでしょう?
書籍は人文科学、自然科学、デザイン・アートなど約3万冊そろえており、雑誌は90種類です。1日新刊が約200点出ているので売るものには困りません。どんな本を仕入れて、どう見せるかの勝負です。選書に関しては、あゆみBOOKS小石川店でキャリアを積んできたブックディレクターの有地和毅、私、数名のスタッフで話し合って決めています。
大事にしているのは、入門書から専門書まで、ある作品の著者の参考文献まで手にとれるようにそろえること。選んだ理由を聞かれたら、1冊ずつそのストーリーを語れるくらい、選書には思い入れがあります。
追求するのは、「恋に落ちる」というコンセプト
── 土日に入場制限の日が続くほど文喫が人気を博している理由は何でしょうか。
ありがたいことに、文喫の「恋に落ちる」というコンセプトに共感される方が多いからでしょうか。普段寄らない棚もまわりやすい規模感なので、徐々に本との関係性を深めていける。そしてあるとき大事な一冊と出会える。それを促す空間や陳列にしています。
本との偶然の出会いを促す仕掛けの1つは、平積みの仕方。同じ本が重なっているのではなく、関連性の高い、異なる本を重ねています。お客さんが上の本を手に取ったとき、違う本と出会えるんです。

── 本との偶然の出会いをこんなふうに演出した、という例もぜひ知りたいです。
たとえばいま私たちがいる研究室は、本来打ち合わせなどを行うスペース。ですが、議論が進まず、突破口になるヒントがほしいときもあるでしょう。そこで、議論を促す刺激になるような本が目に入るような棚をつくることにしたのです。たとえば『自分はバカかもしれないと思ったときに読む本』という本は、自分の常識を疑うきっかけになるかもしれない。『五感』や『体は何でも知っている』は、頭で考えるだけでなく、身体の声にも耳を澄ませてみよう、というメッセージになるかもしれません。


文喫が「1タイトル1冊ルール」にこだわるワケ
── 他の書店にはまずない、「1タイトル1冊のみ」というルールも思い切った決断だったのではないですか。
売上目線に立つと、人気作家の本や話題書を積み上げたほうがいいでしょう。けれども、それでは他の書店さんと同じになってしまう。今、この瞬間だから出会えた本という「一期一会感」は大事にしたいですし、その軸はブレてはいけないなと。
もちろん、「1タイトル1冊」という試みを、出版社の方々にも理解してもらう必要がありました。直接説明する機会を設けましたし、「買い切り」という形をとったのは、本を売っていくという覚悟の現れでした。仕入れの際も、「なぜこの本が必要なのか」「この本がなければ文喫の棚が成り立たない」ということを、丁寧に説明しています。
その結果、現時点で文喫に入場された方の30~40%が本を購入されています。一般的な書店よりも高い数字を維持できているのではないでしょうか。
お客さんに本との出会いを満喫してもらうこと、そして書店で本が売れ、ヒットしていくこと。いずれも大事ではあります。ただ、最優先すべきは、お客さんの「普段出会えない、自分だけの一冊に会いたい」という願いを叶えられる場をつくること。「この本がないと文喫とはいえない」という本をそろえているという矜持があります。
読みたい本の嗜好は人それぞれ。それらを満たすには3万冊では到底足りません。だからこそ、限られた冊数の中で、いかに選択肢を広げるかの勝負。『火花』や『FACTFULNESS(ファクトフルネス)』のようなベストセラーから、何年も書店で売れていないような本まで置いているのは、そうした意図があるためです。

返却ワゴンからお客さんの「欲望」が見える
── ビジネスパーソンが「知の探索」を進めるために、文喫との「おすすめの付き合い方」を教えてください。
意外かもしれませんが、おすすめは返却ワゴンの中身をのぞくことです。文喫の選書室では、図書館のように、購入を検討するためにザッピングしたけれど、購入には至らなかった本を置く返却ワゴンを置いています。これを見ると、同じテーマの本が数冊連なっていて、読者の傾向が読み取れます。「あ、この人は発想・思考法の本を探しているのかな」とか、「リーダーシップのテーマで、こんな本も参考になるのか」というように。本の購入履歴と違って、これまで蓄積されてこなかった、お客さんの「欲望」が見えてきます。
これからどんなテーマに関心が集まるのか、文喫を訪れる人たちがどんな風に本を選んでいるのか。そうしたマーケティング的な観点をもつと、面白い発想が得られるかもしれません。

「文喫に足を運べば、面白い本に出会える」という場に
── 今後、文喫をどんな書店にしていきたいですか。
まずは、お客様が滞在する価値をもっともっと高めていきたいですね。選書ももっと深く掘れるし、もっと魅力的な並べ方ができるなと。
文喫ではスタッフによる選書サービスを実施しています。来店3日前までに電話または受付で申し込まれ方に向けて、個々のテーマや好みに合った本を選ぶというサービスです。ありがたいことに、「この選書をされたのは誰ですか?」と尋ねてくださる方もおられるほど、反響をいただいています。文喫という場全体も、訪れる方の悩みやニーズに対し、私たちなりのアンサーを提示していける場であり続けたいと思っています。
「最近うまくいかない」「アウトプットに悩んでいる」といったときに、「文喫に足を運べば、面白い本に出会える」と信頼していただけるよう、全力でアシストしていきたいですね。
「文喫」には「文化を喫する」という意味があります。いずれはこの六本木の地以外にも、文化を喫したい人が集う街に、第二、第三の文喫をつくれたらいいですね。

林 和泉さん
2014年、日本出版販売株式会社に入社。首都圏の紀伊國屋書店3店舗の営業を担当。書店の売上改善や販売効率化の施策を行った。2017年より本の楽しみ方を拡大する新規事業の立上げを担当。日本出版販売のグループ会社リブロプラスに出向し、現在、文喫 副店長を務める。
文喫 BUNKITSU | 本と出会うための本屋。
公式サイト http://bunkitsu.jp/
住所 〒106-0032 東京都港区六本木6-1-20 六本木電気ビル1F
アクセス 地下鉄日比谷線・大江戸線六本木駅 3・1A出口より徒歩1分
営業時間 9:00~23:00(L.O.22:30)
電話番号 03-6438-9120
定休日 不定休
席数 90席
入場料 1,500円(税抜)