【これからの本屋さん】
「文庫X」を生んだ書店員・長江貴士さんが本との出会いを創り続ける理由
書店員の役割は、読者に階段を見せること

「文庫X」を生んだ書店員・長江貴士さんが本との出会いを創り続ける理由

ビジネスパーソンの「知の探索」を促し、既存の「本屋」の常識を超えていく。「これからの本屋さん」のコーナーでは、そんな本屋さんと、その場を生み出す「中の人」にスポットライトをあてていきます。

第5弾は、東京・丸の内KITTEにあるブックカフェ「マルノウチリーディングスタイル」の長江貴士さん。同店では、コーヒーを飲みながら購入前の本を試し読みできるだけでなく、 Wi-Fiとコンセントが完備されているため、店内で仕事などをすることも可能です。

長江さんは、マルノウチリーディングスタイルを運営する株式会社大阪屋栗田に所属されています。以前勤めていた書店では、「文庫X」などといったユニークな取り組みを通して、読者と本の出会いを生んできました。

そんな長江さんに、ユニークな企画を思いつく方法や、今後書店に求められる役割についてお聞きしました。

「文庫X」を企画したワケ

── マルノウチリーディングスタイルは東京駅直結というすばらしい立地ですが、どんなお客様が多いのでしょうか。

男女比率でいうと女性が7割ほど。20代~30代の若いビジネスパーソンが多くいらっしゃいます。そうした方が当店でお買い求めになるのは、重厚なビジネス書というよりは、広く言うと「生き方・自己啓発」ジャンルのもの。たとえば『しないことリスト』(pha、大和書房)は、2015年発売の既刊ではありますが、今でもたいへん多くの方に手に取っていただいている書籍です。

こうした書籍が選ばれる背景には、すぐそばで愛され続けている丸善丸の内本店さんの存在があるのかもしれません。「こんなビジネス書が欲しい」という明確な動機を持っているとき、多くのビジネスパーソンは丸善さんに行くでしょう。一方、当店は、ふらっと寄って棚を見て「こんな本が欲しかったのかもしれない」と感じていただける書店なのかなと思っています。

読書や食事をするビジネスパーソンで大賑わいのカフェスペース


しないことリスト (だいわ文庫)
しないことリスト (だいわ文庫)
pha
大和書房
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しないことリスト (だいわ文庫)
しないことリスト (だいわ文庫)
著者
pha
出版社
大和書房
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── 長江さんはマルノウチリーディングスタイルに転じられる前、岩手県のさわや書店フェザン店で「文庫X」などのユニークなフェアを手掛けられてきました。

2016年に「文庫X」という企画を担当しました。

これは、ある本の表紙をオリジナルのカバーで覆い、タイトルや著者名、出版社名などが見えない状態で販売するという企画です。ビニール掛けしているので、立ち読みすることもできません。

カバーから得られる情報は、値段、ノンフィクションであること、500ページを超える作品であること、購入してくれた人がすでに持っている本だった場合は返金すること。そして、少しでも多くの方に読んでほしい本だということです。

── 思い切ったアイデアですが、なぜこの企画を立てられたのですか。

この本の正体は『殺人犯はそこにいる』(清水潔、新潮社)。とてもすばらしい本なのですが、殺人をテーマにしたノンフィクションで、一般の読者にはなかなか手に取ってもらいづらいジャンルでもあります。だからこそ、タイトルや著者名などの情報を取り払うことで、読者層を広げられるかもしれないと思ったのです。

その結果、さわや書店フェザン店だけで、1日に最大206冊を売り上げました。当時フェザン店では、1日に売れる文庫は300冊ほど。ブームの規模を想像できるのではないでしょうか。

殺人犯はそこにいる (新潮文庫)
殺人犯はそこにいる (新潮文庫)
清水 潔
新潮社
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殺人犯はそこにいる (新潮文庫)
殺人犯はそこにいる (新潮文庫)
著者
清水 潔
出版社
新潮社
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── 長江さんのお取り組みによって、すごい数の読者が生まれたのですね。

実は僕は、「本を買う=読む」でなくてもいいと思っているんです。

特製カバーを巻いた『文庫X』は、全国どこでも手に入れられるものではありませんでした。本を読んでみたいからではなく、話題だから、限定だからといった理由で買ってくれた人もいたはず。

買った人がいつか読んでくれればうれしいけれど、誰かにプレゼントしてくれたっていい。読まなければならないというプレッシャーは捨てて、本を買うという行為そのものを楽しんでもらえればと思っています。



本との出会いを生むことが何より大切

── さわや書店にいらっしゃったとき、さまざまなフェアを手掛けられたとうかがいました。「本との出会いを生みたい」というのは、それらに共通する思いだったのでしょうか。

そうですね。たとえば「帯1グランプリ」。タイトルや著者名を隠し、いろいろな文庫本の帯だけを見せて販売しました。

このフェアを展開していたとき、学生たちが売り場であれこれおしゃべりしているのを目撃しました。彼らが本を買ってくれたかどうかはわかりません。でも、本との出会いがあり、本に関する会話が生まれたなら、それだけでうれしいんですよね。

手掛けたフェアの中には、実売につながりにくいフェアもありました。でも、読者が本に出会うきっかけを生めたなら、成功と言っていいと思っています。

── 先ほどおっしゃっていた『しないことリスト』も、ユニークな取り組みをされていますよね。

売上ランキングの総合1位を獲得するなど、もともと売れていた本だったのですが、カバーの文字をすべて消し、イラストだけを残したカバーを巻いて販売しています。

「しないことリスト」というタイトルなので、「いっそ全部取ってしまえばいいのでは?」という発想から生まれた取り組みです。

パッと目を引く、同店限定のカバー

── 次々とアイデアが生まれるのですね。

「変換」がカギになっています。「この本はこんなふうに見えるけれど、このままでは魅力が伝わらないな」という気づきからスタートして、「どう変換すれば手に取ってもらえるだろう?」と考えるんです。

いま店頭に並んでいる本に、『ぼくは数式で宇宙の美しさを伝えたい』(クリスティン・バーネット、KADOKAWA)があります。タイトルだけを見ると、物理や数学の本に見えるでしょう? でも、子育ての本なんです。だから「変換」して、こんなPOPをつくってみました。

「物理や宇宙の本だと誤解されてしまうかもしれない」という気づきを「変換」して生まれたPOP

ぼくは数式で宇宙の美しさを伝えたい
ぼくは数式で宇宙の美しさを伝えたい
クリスティン・バーネット
KADOKAWA/角川書店
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ぼくは数式で宇宙の美しさを伝えたい
ぼくは数式で宇宙の美しさを伝えたい
著者
クリスティン・バーネット
出版社
KADOKAWA/角川書店
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── 長江さんならではの視点ですね。

放っておいても売れる本もいいですが、僕にとっては変換しがいのある本のほうが売りやすいし、おもしろいですね。

変換の手法としてよく使うのが、「文庫X」や『しないことリスト』のような、“引き算”です。モノを売る立場の人に今求められているのは、情報を減らして選択肢を絞ること、つまりキュレーションだと考えているので。

── キュレーションですか。

キュレーションといっても、自分がいいと思ったものを勧めることばかりではありません。読むことで一段先に進めるような本を選びたいですね。

いわば、読者に階段を見せること。僕の役割は、「そこに階段があるよ」「ロッククライミングをしなくても一歩一歩登れば頂上まで行けるよ」という道筋を示すことだと思っています。


読書が自分の輪郭を広げてくれる

── 長江さんはなぜ、書店員という職業を選ばれたのでしょうか。

大学生のとき、アルバイトは長くても3ヶ月しかもたず、すべて無断で辞めてしまいました。というのも、周りからの期待を高く見積もりすぎて疲れてしまうタイプだったからです。大学も中途退学しています。

それでも、生きていくためには働かなければならない。そんなとき、自宅の近くに本屋を見つけました。「きっとすぐに辞めるだろうけれど、とりあえず試してみるか」と応募して、今まで15年間続いています。

── やはり、本がお好きなんでしょうね。

本はずっと読んできましたし、本によって救われるかもしれない人のために何かできればという思いもあります。

僕を救ってくれたのは、『非属の才能』(山田 玲司、光文社)。この本を読んだとき、「ああ、変わった自分で大丈夫なんだな」と認めてもらったような感じがしたんです。

これが本のいいところですよね。悩んでいるときって、視野が狭くなっていて、他の価値観の存在に気づけていません。本は手軽に別の価値観を見せてくれて、コスパがいいんです。


非属の才能 (光文社新書)
非属の才能 (光文社新書)
山田 玲司
光文社
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非属の才能 (光文社新書)
非属の才能 (光文社新書)
著者
山田 玲司
出版社
光文社
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── ビジネスパーソンに向けた、長江さんのイチオシの本は何ですか。

『読書の価値』(森博嗣、NHK出版)です。本の選び方や読み方、文章の書き方が指南されているんですが、そのノウハウは決して一般的なものではありません。でも、僕のスタンスと驚くほど似ています。

たとえば本選びについては、「人から聞いたから読むとか、誰かがすすめていたから読むとかではなく、自分の判断で選ぶこと」(P82)といったふうに書かれています。あなたの読書観をガラリと変えてくれるのではないでしょうか。

著者の、好みに合わない本にあたったときの対処法にも共感しています。自分が理解できない本に出会ったとき、僕はすごくラッキーだと感じます。なぜならその本は、自分の「輪郭」の外側にある本だから。輪郭の内側にあるものだけと接していたら、輪郭を意識することはできませんよね。読書を通してさまざまな価値観に触れ、自分の世界を広げていかなければならない――そんなことを教えてくれる一冊です。

読書の価値 (NHK出版新書 547)
読書の価値 (NHK出版新書 547)
森 博嗣
NHK出版
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読書の価値 (NHK出版新書 547)
読書の価値 (NHK出版新書 547)
著者
森 博嗣
出版社
NHK出版
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── 7月13日に新刊『このままなんとなく、あとウン十年も生きるなんてマジ絶望』(秀和システム)を出版されました。

僕はずっとやりたいことがなくて悩んできました。本気で死ぬことを考えたこともあります。でも今も生きている。そんな経験を踏まえて、「やりたいことがなくても意外と生きていけるものだよ」ということを書いています。

書くときに頭にあったのは「適応力」というフレーズ。生きていくためには、一つの場所に依存しないことが重要です。いろいろあれば、一つがダメでもなんとかなりますから。そして、いろいろなものを取り入れて自分の価値観を広げていくこと。新刊では、その実践方法をまとめました。

この本は、生きていくのが面倒だと感じている人にはもちろん、いわゆる「リア充」の人にも読んでほしいと思います。そして、あなたが気づいていないだけで、すぐそばに「死にたい」と思っている人がいるかもしれない――そのことに気づいてもらえたらと思います。

このままなんとなく、あとウン十年も生きるなんて マジ絶望
このままなんとなく、あとウン十年も生きるなんて マジ絶望
長江 貴士
秀和システム
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このままなんとなく、あとウン十年も生きるなんて マジ絶望
このままなんとなく、あとウン十年も生きるなんて マジ絶望
著者
長江 貴士
出版社
秀和システム
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長江貴士さん

1983年、静岡県生まれ。書店員。慶應義塾大学理工学部中退。神奈川県の書店で10年近くフリーターとして働いた後、2015年に岩手県のさわや書店に入社。自ら就職活動も転職活動も一切しないまま現在に至る。2016年にさわや書店フェザン店で開始した「文庫X」の企画者として注目される。

マルノウチリーディングスタイル

所在地 東京都千代田区丸の内2丁目7-2 JPタワー4F

営業時間 月~土 11:00-21:00 日・祝11:00-20:00 (祝前日は~21:00)

公式サイト https://www.readingstyle.co.jp/marunouchi_store.html

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文責:庄子 結 (2019/07/26)

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