【これからの本屋さん】
荻窪の本屋Titleが選ぶのは「人間の幅を広げてくれる本」
「本の価値を『場』の力で引き立てる」とは?

荻窪の本屋Titleが選ぶのは「人間の幅を広げてくれる本」

ビジネスパーソンの「知の探索」を促し、既存の「本屋」の常識を超えていく。「これからの本屋さん」のコーナーでは、そんな本屋さんと、その場を生み出す「中の人」にスポットライトをあてていきます。

第8弾は、2016年1月に東京都荻窪の地にオープンした新刊書店Title。店主の辻山良雄さんは、大型書店「リブロ」に18年間勤務し、池袋本店で統括マネージャーを務めていました。その池袋本店の閉店を機に退職し、Titleをオープン。その約1年後に執筆された『本屋、はじめました』の文庫増補版が、2020年1月筑摩書房から出版されました。

オープンから約4年半。Titleが多くのファンに愛され続けている理由は何なのでしょうか? 辻山さんの選書の基準やお店のこだわりについてお聞きしました。

めざしたのは、作品の世界観に触れ、自分に帰れる場所

── 新刊書店Titleのコンセプトは何ですか。

一言でいうと「自分に帰る場所」でしょうか。いまや電子書籍も含めて、本を手に入れる方法はさまざまあります。そんななかお客様は、東京の荻窪駅から10分以上も歩いてこのお店に足を運んでくださっている。では何を求めているかというと、それは普段SNSで流れてくる情報とはまた違った「本物感」を味わうことではないかと。

店の1階には、お客様のニーズを踏まえながらも、時流にとらわれない古典や日々の仕事とはまた違った世界を体験できるような本を並べています。そして2階のギャラリースペースには、アーティスト、写真家などの生の作品、漫画家の原稿などを展示しています。大事にしているのは、その作品の表す世界観に触れてもらうこと。本を読むという体験と、その世界観に触れる体験というのはまた別なんですよね。後者は全身で受け止める感覚があって、それを通じて「もっと本を読みたい」という思いにつながっていくように思います。

めざすのは、「ここに来ると落ち着いて、良質な新しい知識や考え方にふれられ、それを持ち帰れる」という場所。Titleという店名にも、本の表紙のような、「新しい世界との出会いが生まれる場所」という思いを込めました。

入って左側が暮らしと子どもの本。右側が芸術書、文芸書、人文書などの専門書。それらをつなぐように中央に新刊をメインとした平台と文庫の棚がある。

── 辻山さんが独立してTitleを始めようと思ったきっかけは何でしたか。

もともと独立をめざしていたわけではなく、色んなタイミングが重なったというのが実際のところです。当時、母親が病気で亡くなったこともあり、自分の生き方について考える時間ができました。そのとき思い浮かんだのが、「生ききった」と実感して人生の最期を迎えたいということでした。そのためには会社組織にずっと勤めているよりは、自分の責任で完結できる仕事をしていたほうがいいだろう、と。

本と人が出会う場をつくることは、長年続けてきた得意なことなので、お客様にとっても説得力があるのではないか。そこから独立という選択肢が浮かび、リブロ池袋本店の閉店を区切りに、自分の本屋をつくるという道を歩み出しました。

古い民家を改装して作った2階建ての店。1階にはゆっくりくつろげるカフェもある。撮影:齋藤陽道氏
「フレンチトースト(アイスのせ)」650円。撮影:齋藤陽道氏
2階はギャラリーでは展示のほか読書会、ワークショップを開催することも。写真は「牧野伊三夫・窓辺の絵画展」のもの。
2階はギャラリーでは展示のほか読書会、ワークショップを開催することも。写真は「牧野伊三夫・窓辺の絵画展」のもの。

一から本屋をはじめようとする方の背中を押す

── 今回文庫で『本屋、はじめました 増補版』が出版されましたが、もともと2016年に本書を執筆しようと思った理由は何でしたか。

直接的なきっかけは、出版社の苦楽堂さんから、「本屋さんの仕事を棚卸しするような本を書いてほしい」と執筆の依頼をいただいたことです。ちょうど私の頭の中には、リブロでの約18年間を含めて、本屋の仕事について考えてきたこと、感じてきたことの蓄積がありました。また当時は、個人が新刊書店を開く事例はまだまだ少なかった。開業に向けて自分なりに積み重ねていった体験を綴ることが、一から本屋をはじめる方の役に立つのではないかと考えたのです。

そこで、「本を実際に売って食べていく」ための技術的な部分をまとめた本を書きおろすことになりました。出版後は、本に限らず、他の職種の方も自分のやりたい仕事に置き換えて、『本屋、はじめました』を読んでくださったようです。たとえば、「この本に背中を押されて八百屋を開きました」といった報告をいただいたときは嬉しかったですね。

本屋、はじめました 増補版
本屋、はじめました 増補版
辻山良雄
筑摩書房
本の購入はこちら
本屋、はじめました 増補版
本屋、はじめました 増補版
著者
辻山良雄
出版社
筑摩書房
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── Titleの開業から約4年半を振り返って、何か変化はありましたか。

実はこれといった変化はないんです(笑)。書棚のレイアウトも本の分量も変わらないですし。唯一変化があるとしたら、より専門店化してきたことでしょうか。一般書でもリトルプレス(※)でも、1冊ずつ背後のストーリーをお客さんに説明できるものだけをお店に置きたいという思いがあります。そのほうがお客さんも信頼して本を買っていただけるでしょうから。

(※)個人や団体が自らの手で制作した少部数発行の出版物のこと


いま求められているのは、お客様と「意味」でつながる関係性

── Titleが多くのファンを生み、話題になってきた理由は何だとお考えですか。

自分でいうのは憚られますが、「この人は本に対して真面目にコツコツやっているな」というのが伝わっているのかなと思います。Titleのサイトには、オープン当初から「毎日のほん」というコーナーをもうけて、本の短い紹介文を掲載しています。毎日更新することにしたのは、「この人は本に人生を捧げている」ということが伝わらないと、人の心は動かせないし、お店に足を運んでもらえないと考えたためです。Twitterでも本の写真と紹介を日々ツイートしているので、そこからなんとなくTitleの雰囲気がお客さんにも伝わり、徐々に信頼が育ってきているのかなと。

現にTitleの発信を見たお客様が、「あの本ありませんか?」と質問してくださることが増え、お互いの関係がより双方向なものになってきています。新型コロナウイルス拡大の影響もあり、4月9日から当面は店頭での営業を休止しているのですが、WEBショップでは休止したその日から、普段の5倍もの注文が入っていたんです。

── 普段の5倍とは、すごいですね!

決してTitleでしか売られていない本というわけではありません。きっとお店を応援しようという気持ちで注文してくださったんでしょうね。便利さや安さだけでお客様とつながっていると、もっと便利で安く買える場ができると、そちらに移ってしまう。「この本屋で本を買いたい」という「意味」でつながる関係性なら、そうはなりません。

学生時代に浴びるように読んだ本が20年後のTitle開業に活きた

── 辻山さんが選書で大事にされている指針は何ですか。

ジャンルはさまざまですが、自分が共感できる本を置こうと決めています。それは、「その人そのものをつくっていく」ような本であること。料理の本が好きな人もいればビジネス書が好きな人もいるでしょう。ただ、本を選ぶときは共通して、何かしら「こんな自分になりたい」といった像をもっていると思います。その理想像に着実に近づいていくような、数年後に読んでも古びることのない本。そして、読んだ後に何かが残る本なら、自信をもっておすすめできる。

逆にいうと、「簡単に身につく」ことをウリにした扇情的なタイトルの本は置きません。仕事でも何でも、習熟には時間がかかると思うので。

本の内容が実際に役に立ったのは数年後ということってありませんか? 根本的にためになる本は、すぐに効果が出るとは限らないのです。私は学生時代、海外文学や歴史、哲学の本を浴びるように読み、映画もたくさん観てきました。そこからいつのまにか得ていたセンスやものの考え方が、20年経ってTitleを開業するときに活きていたんです。

最終的に残るのは、業務の知識やスキルではなく人間性。どの仕事でも、部下から慕われている人は人間の幅があるように感じます。それは、その人が読書をしたり美術館に行ったりするなかで、知らず知らず築かれていったもの。お店には、そうした蓄積につながる本をなるべく置きたいですね。

本がしかるべき場所に置かれていれば、その魅力は自然と伝わる

── ご著書のなかで「本の価値を『場』の力で引き立てれば、その本は買った店とともに記憶に残る一冊となる」という言葉が印象に残りました。この「場」の力とはどのようなものですか。

同じ本でも、どう置かれるかによって見え方が違ってくると思うんですよね。たとえば、あまり関連のないジャンルの本の合間に乱雑に置かれていたら、その本のよさはなかなか伝わりにくいでしょう。一冊一冊、そのまわりに並べられている本との関係性にも気を配りながら置かれているかどうかは、お客様にも自然と感じ取れるのです。そして、旅先で買った本のように、買ったときの体験も大事な記憶として残るのではないかと考えています。

── 基本的にPOPを置かないという方針にも、何かこだわりがあるのでしょうか。

そうですね。本屋にできることは、お客様と本との出会いがスムーズにいくよう、できるだけ邪魔をしないことです。一冊の本には、文章もデザインも文字組も、手掛けてきた方々の思いが込もっているし、細部まで考え抜かれている。そうした本は「顔」がいいので、目立たせようと「化粧」や「装飾」をしなくてもいいと考えているんです。それぞれの本がしかるべき場所に置かれていれば、奇をてらったことをしなくても、その本の魅力が手に取った人に伝わるのだと思います。

── 「毎日のほん」で紹介した本のなかで、その魅力がお客様にうまく届いたという例を教えてください。

昨年紹介した例で、『庭とエスキース』という、みすず書房から出された本があります。この本は、盛岡の写真家である著者が、北海道の丸太小屋で自給自足の生活を営む「弁造さん」の姿を14年にわたり撮影し続け、そこから紡ぎ出された人物ドキュメンタリーを写真とともにまとめた作品です。3000円以上の本ですが、Titleだけで200冊ほど売れていて、そして最近になってこの本をお求めになる方が再び増えています。

おそらく、新型コロナウイルスに関する情報にばかり触れていて心が疲れてしまうのでしょう。この本は、長い年月をかけて追っていった一人の人間の人生から、「人間とはどういうものか」が浮かび上がってくる作品です。私自身、この作品に流れるゆったりとしたリズムが伝わるように、という思いで紹介文を書きました。それが心の琴線にふれた方が多くいらして、この本を手に取ってくださったのではないでしょうか。

こうした落ち着かない時期だからこそ、ゆっくりと自分の原点に立ち戻れるような本を、積極的に紹介していきたいですね。

本の「積読」からでも、何かしらのメッセージを受け取っている

── ビジネスパーソンは「知の探索」を進めるうえで、本や書店という場とどのようにつき合っていくといいとお考えですか。

必要な本の棚にピンポイントで探しにいく方法もありますが、探している本の「まわり」にも目を向けるといいと思います。普段あまりなじみのないコーナーに行ってみるとか。世の中に多様な考え方があることに気づき、興味の広がりが出てくるはずです。

業務に関係ないものに触れてきたことが、人間としての深みにつながりますし、その積み重ねを大事にしている人は、仕事上でも魅力的なパートナーに映るのではないでしょうか。

なかには「本を買っても積読(つんどく)しているだけ」という方もいるかと思いますが、それでもいいんです。本は何かしらのメッセージを発しているので、表紙や背表紙を目にするだけで、メッセージを受け取っている。だから、書店で気になる本を見つけたら、まずは買って手元に置いておくのがいいのではないかと思います。

── 最後に、これから辻山さんが挑戦してみたいことを教えていただけますか。

新たに「これをしよう」というのはないんですよね(笑)。日々置いている本が変わるので、それに応じてお越しになる人も少しずつ変化します。また、トークイベントを開催すると、人との新たな出会いがある。

人には人格がありますが、本屋も同じく人格のようなものがある気がしています。長く続けていると、関わる本や人が増えていき、それにより、お店の人格のグラデーションが深みを増すのだと思います。そのスタイルを守りながら、店としての成熟をめざしていきたい。何よりお客様や取引先など、Titleに関わる方々が幸せそうでいるかどうかを大事にしたいですね。

本屋、はじめました 増補版
本屋、はじめました 増補版
辻山良雄
筑摩書房
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本屋、はじめました 増補版
本屋、はじめました 増補版
著者
辻山良雄
出版社
筑摩書房
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プロフィール:

辻山良雄(つじやま よしお)

Title店主。1972年、兵庫県生まれ。

早稲田大学政治経済学部卒業後、大手書店チェーンリブロに入社。広島店と名古屋店で店長を歴任後、2009年より池袋本店マネージャー。15年7月の同店閉店後退社し、16年1月、東京・荻窪に新刊書店「Title」を開業。著書に『365日のほん』(河出書房新社)、画家のnakabanとの共著に『ことばの生まれる景色』(ナナロク社)がある。

新刊書店Title

〒167-0034 東京都杉並区桃井1-5-2

TEL:03‐6884‐2894

WEBサイト:https://www.title-books.com

twitter:https://twitter.com/Title_books

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文責:松尾美里 (2020/05/05)

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