【これからの本屋さん】
共感を呼ぶことばはいかにして生まれるのか
「本といえばさわや書店」への戦略

共感を呼ぶことばはいかにして生まれるのか

ビジネスパーソンの「知の探索」を促し、既存の「本屋」の常識を超えていく。「これからの本屋さん」のコーナーでは、そんな本屋さんと、その場を生み出す「中の人」にスポットライトをあてていきます。

岩手県で1947年に創業したさわや書店は、地域密着型の本屋として地元の人たちに愛されてきました。文字をびっしり書き込んだ特徴的なPOPなどが全国的な話題になったこともあります。しかし、大型書店の参入や生活スタイルの変化等の影響で、多くの地方小売店と同じように、厳しい風にさらされていることも否めません。そのなかで、「まちの本屋」がどうあるべきかを発信し続けてもいます。

さわや書店は、地域の書店としてどうたたかっているのか。「まちの本屋」であり続けるために、どのような戦略を取ろうとしているのか。

さわや書店外商部兼商品管理部部長の栗澤順一さんにお話を伺いました。

楽だと思って書店に来た

── まず栗澤さんについて少し教えてください。栗澤さんはさわや書店の中でいろいろなお仕事をされてきましたが、最初に就職したのは広告代理店だったそうですね。

栗澤順一さん(以下、栗澤):もう20年ほど前の話ですが、広告代理店といっても小さな印刷会社みたいなところで、チラシの営業のようなことをしていました。パソコンもいまほど普及しておらず、ほとんど飛び込み営業。徹夜も常態化していて、いまでいえばブラック企業でしたね。

そこを辞めたあと、さわや書店が外商部の社員を募集していたので行ってみました。営業経験もあるし、車の運転もできる。その時の求人内容はルートセールスだったので、本を届けるだけの仕事なら楽そうだなと思ったのが動機です(笑)。もちろん、本が好きという下地はありましたけどね。

それでいざ社長と話をしてみたら、外商ではなくて専門書担当の方が合うなと言われて。若いころから落ち着いた風貌で、ちょっと構えたところがあったせいか、お前はもっと溌溂としろなんてよく言われていたので、それで専門書担当のイメージになったのかなと思います。結局10年ほどその仕事をしました。

そのあと、盛岡にジュンク堂書店さんが出店して、その裏手にあったさわや書店本店、そのなかでも専門書売り場が打撃を受けました。それで駅ナカのフェザン店に異動することになり、違うジャンルの売り方も経験しました。



── 本店とフェザン店ではやはり売り方のアプローチも違っているのでしょうか?

栗澤:本店はしっかり棚を作ってお客さん一人ひとりと向き合う営業スタイルでした。一方フェザン店は客数が桁違いだったこともあって、いかに売れるものを切らさず回転させていくかが求められます。お祭り騒ぎな感じで、どんどんチャレンジしていく空気がありましたね。

── そうした経験も踏まえながら、いまの外商部へと異動されたわけですね。

栗澤:専門書担当として教科書も扱っていたので、欠員補充をする形で教科書案件を主に担当する外商部に移りました。

でも、教科書はオールシーズン仕事があるわけではないので、外商部として売り上げを立てるためには新しいことに挑戦していかなくてはいけません。かなり追い込まれて売り上げをつくっているのですが、割とフリーで動ける職場なのでいろいろと楽しく手をつけています。

いかに効果的に「フォークボール」を投げるか

── そのご経歴のなかで、さわや書店さんの多様な売り方を見てきたり、あるいは自分で企画したりされてきたと思います。さわや書店さんといえば、一番目立つのはやはり特徴的なPOP(本につける店頭プロモーション用の広告物)ですよね。

栗澤:私たちのなかで、POPはあくまで「決め球」なんですね。野球でたとえるならフォークボール(打者の近くで急激に落下する変化球)みたいなものです。その一球で打者を仕留められるけれど、そればかりやるとバッターも慣れてしまう。だから、ほかの球種を選んだり、攻める角度を変えたりと工夫する。

本屋も同じで、店にどのような導線をつくってお客様に足を止めてもらうか、奥まで足を踏み入れてもらうか戦略を練るわけです。店全体の流れを組み立ててから、そのなかの決め球としてPOPを使うイメージです。

もともとは、伊藤さんという伝説的な人が本店の店長だったときに、このPOPの動きがはじまりました。その効果は絶大で、基本的には子どもとお年寄りが来るお店だった本店の雰囲気が変わっていきました。来店されるお客様の層が厚くなった。

その精神を引き継いだのが、田口さんや長江さんといったスタープレイヤーでした。かれらは独自の「フォークボール」を投げるようになり、多くの話題を呼びました。それで、ありがたいことに「POP=さわや書店」というイメージができたんです。

でも、そうした名物書店員さんがいなくなったいまは、むしろそれにしばられるようになっていると感じます。いつも「フォークボール」を投げなければというプレッシャーですね。

── それに打ち勝つのはなかなかに大変そうです。どういった工夫をしているのでしょうか?

栗澤:POPは基本的に独りよがりにならないことが必要である一方で、ちょっと矛盾しているようですが、独りよがりにならなくてはいけないと思っています。

また野球のたとえで恐縮ですが、フォークボールには2種類あると思うんですね。一つは、放たれたボールの落差自体が大きくて打てないもの。もう一つは、かつて横浜ベイスターズで大魔神とおそれられた佐々木主浩選手のフォークボールのように、登場するだけで負けたという雰囲気がつくられるもの。

POPも同じで、名物書店員だった田口さんが書くPOPは後者のパターンです。その人の名刺代わりになるくらい、その人のPOPだというだけで説得力がある。

そういう人がいない場合は、前者の戦略になるわけです。つまり、スタープレイヤーの名前を背負っていなくても、文面だけで人を惹きつける何かを持っているPOPです。

特定の人の名前で注目されるならば、いくら独りよがりになっても大丈夫。そうでないなら伝わるように書かなくてはなりませんが、それだと埋もれてしまう。だから、「独りよがりな部分」、尖った部分を見せる必要があるんです。

── 具体的にはどのように尖った部分をつくっていくのでしょうか?

栗澤:仕事だからと本を一回なぞって読んだだけでPOPをいきなり書いても、心に響くものは出てきません。POPを書く人がそれまでに何をしてきたか、何を食べたか、何を見てきたかという蓄積から、その人の個性がにじみ出てくるんです。

広告代理店で働いていた時に、そこの社長から印象的なことを言われました。新商品のパッケージデザインを考えるときに、それが食品なら吐くまでその商品を食べ続けろ、シャンプーなら嫌になるまで使い切れ、と。そこまでして初めて商品と付き合えるようになる、そこに本当の自分の言葉が出てくるというメッセージだったんですね。一回食べただけでも感想は言えるけれど、それは自分の言葉とはいえないかもしれないんです。

嫌なところまでしっかり知ってから良いところを抽出すると、その言葉は共感につながります。

これは人間関係でも一緒ですよね。その人の嫌な部分も知っていて、でもなお良いと思えるところがあるからより深く付き合える。そうやって、あの人だからしょうがないねと言ってもらえたら、そこで「勝ち」だと思っているんです。こういう考え方は、外商部で人間関係をつくっていくときも意識しています。

── 深いところまで潜っていくからこそ、きらりと光るものが見つけられる。それが共感を呼ぶということなんですね。最近のさわや書店さんのPOPでは、そういう事例はありましたか?

栗澤:フェザン店の事例ですが、『「空腹」こそ最強のクスリ』(アスコム)につけたPOPは素晴らしかったです。実用書の女性担当者がその本を使って自らダイエットにチャレンジして、「実際〇〇キロ痩せました!」といった簡潔なメッセージのPOPをつくりました。その影響で本がかなり売れたんです。「POP=さわや書店」と言う場合、文芸書に対するイメージがどうしても強いですが、手書きの一文を書いただけのPOPで実用書も売れるんだと驚かされましたね。この本の読者は女性が多いでしょうから、チャレンジした女性のメッセージが素直な共感を生んだのだと思います。

この事例で思い出すのは私の失敗例ですね。専門書売り場でビジネス書を担当していた時、東北地方ではビジネス書がそもそも売れないので、POPで販売数を伸ばせたら自分も有名人になれるのではと思ったんです。それで、当時よく読まれていた『ロジカル・シンキング』(東洋経済新報社)で一本POPを書きました。地味に売れていって、出版社から感謝の連絡が来る、というサクセスストーリーを思い描いていましたが、実際には売れませんでした(笑)。いま思うと、POP自体がロジカルになっていなかったんでしょうね。ただの欲望が動機ですから。無心にその本の良さを伝える方が、圧倒的に強いです。

「本といえばさわや書店」になるために

── そうしたPOP以外にも、駅ビルの地域宣伝企画に参画したりと、本から少し離れたところにも手を広げていらっしゃいますよね。そこにもやはり本は関わっているのでしょうか。

栗澤:私自身が地域のハブ、ラジオ局だと、長江さんによく言われていました。本を介在させながら、人と人、人とモノ、人と地域、地域と地域をつないでいるかららしいのですが。

本は商売の入り口に立ちやすい商材と言えます。基本的には本というものを知らない人はいませんから。買うかどうかはわからないけれど、話を聞いてもらいやすい。だから、いろんな可能性を模索できるんです。商売につながる選択肢が多いと言いますか。

フェザン店の担当だった時、ビジネス書の出版社から著者の講演会への協力をお願いされたことがありました。盛岡では基本的にビジネス書が売れないのでどう集客すればよいか。そこで私は、銀行系列の団体に声をかけて、そこで企画されていたイベントに著者の講演会をブッキングさせたんです。団体の会員のみなさんに本を一冊ずつ買っていただく形で。

このような感じで、どのような企画でも、最終的には本の売上につながるように企画しています。

── 地元の醤油業者とコラボして「減塩新書 いわて健民」という醤油をつくって、実用書と一緒に並べた企画もおもしろいですよね。

栗澤:あれ、肝心の本の売上にはなっていないんです(笑)。でも、醤油だけを買いに本屋に来る人がいて、そういうお客様はいままで書店に足を運ばなかったような方なんですね。きっと、何か本がほしいなと思ったときは、さわや書店を思い浮かべると思うんです。そういう宣伝効果はありましたね。


── さわや書店さんはこれから先どのような書店を目指していきたいとお考えですか?

栗澤:地域経済のなかのひとつに入れるといいなと思っています。地元の魚屋さんで魚を買って、その魚屋さんが髪を切るときは地元の床屋さんに行って、床屋さんがお酒買うなら地元の酒屋さん、その酒屋さんが本を買うならさわや書店に行くといったような。盛岡30万人のなかで、そうした経済圏があれば私どもも生活していけると思っています。

「本といえばさわや書店」と思ってもらえるようにがんばっています。普段はAmazonなどで買っていても、この日までにこの本がどうしても欲しいとなったら、私に話を持ちかけてくれる。そのためには、普段から出版社さんとのパイプをしっかりつないでおかなくてはいけませんし、きちんと売上を立てて信用をつくらなくてはなりません。そうした基本があって、地域経済のなかで生きていけると思っています。

さわや書店には、いろいろ自由にやらせてもらえる社風があります。いまいるスタッフは1000坪クラスの広いお店ではなくて、100坪くらい、自分の目が届く範囲のお店でやってきた人たち。だからこそ、地元で地道に自分たちの良さを活かしていく、というやり方が一番合っていると思います。

プロフィール:

栗澤順一(くりさわ じゅんいち)

「東北にさわや書店あり」と全国の読書マニア、出版業界人、書店業界人にその名を知られる岩手県・盛岡の老舗書店チェーン「さわや書店」の書店員。

本店専門書フロア、フェザン店次長、仙北店店長を経て、現在、外商部兼商品管理部部長。教科書販売から各種イベントの企画、出張販売や各店巡回など、忙しく駆け回る日々を送る。

趣味は深酒。

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文責:石田翼 (2020/12/21)

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