これが私の「読書観」
ノンフィクション作家、前東京都知事 猪瀬直樹

これが私の「読書観」

都知事を辞任してから初の著作となる『さようならと言ってなかった わが愛 わが罪』、そして東日本大震災の奇跡的な救出劇を描いた『救出 3.11気仙沼 公民館に取り残された446人』を発表した猪瀬直樹氏。

ノンフィクション作家として、膨大な資料を記憶しておくための秘訣とは何か。一度読んだ本を糧にするにはどうしたらよいのか。インタビューを通じて、猪瀬流の「読書観」が見えてきます。

猪瀬流「読書観」とは?

── ノンフィクション作家の方は多くの資料を読み込んでいらっしゃるのではないかと想像されますが、猪瀬さんは普段、どのように本を読んでいらっしゃるのでしょうか。

猪瀬直樹氏(以下、猪瀬):本を読むときは、その本を斜め読みするときと、じっくり読み込むときの両方があるよね。

ピンポイントで必要な箇所を探すという場合には、目次や索引から必要な部分だけチェックするか、パラパラと流し読みするなかで「これは」と思うところを見つけてくる。一つ一つじっくりと読んでいたら間に合わないから、こうした作業的な読み方はビジネスパーソンや研究者にとっても必要なんじゃないかな。

もう一つの読み方は、じっくりと読むこと。若い時には線引っ張ったりしながら、人生とは何かとか考えながら、本に対して正面からぶつかって読むよね。歳をとってくると、そういう正攻法の読み方はだんだんしなくなるけど、若い時はじっくりと読むべき本を見つけることが大事だよね。合わないものをじっと読んでいても駄目で、そういうときはすぐに乗り換えること。やっぱり自分に合うものと合わないものがあるのは確かだからね。

でも自分にピッタリと合うものなんて簡単に見つからないから、ある程度の量を読まないといけない。読んでみて、合わなかったら途中で止めて、別の本に乗り換えていくことをせざるを得ない。そういうことを厭わないということが大事なんじゃないかな。

── 若い時というのは学生くらいのことを指していらっしゃるのでしょうか。

猪瀬:そういうのはやっぱり20代までだね。30代だともう間に合わない(笑)

今になって考えてみると、誰もが言うように「あの頃、もっと読んでおけばよかった」っていうのは僕にもある。常識的な本ですら読んでなかったりするものもあるからね。だから若い人に伝えられるとすれば、「もっと本を読んでおいた方が良い」っていうこと。「本の虫」だから成功したという話はあまり聞かないから、本ばかり読んでいても良くないんだろうけど、全く読まない人は駄目。全然話にならない。

ただ、本を読む習慣がない人には「もっと本を読みなさい」と言っても全然響かない。そもそも関心がないんだよ。だから、人生のどこかでそういう習慣を身に付けていない人に読書を勧めても無理なんだろうな。

そう思うと、やっぱり家に本が置いてある環境って大事なんじゃないかな。僕は中学か高校1年のときに、与謝野晶子が現代語に訳した『源氏物語』を読んで「面白いなぁ」って思ったんだよね。高校の古典の授業でも『源氏物語』をやるけれど、あれは勉強だからか、ちっとも面白くなかった。だけど、僕はたまたま家に置いてあったから、「ああ、この世界も面白いんだ」って気づくことができた。

そういう意味では、何気なく「なんだこれは?」と手に取ってみる、っていうことが大切だね。電子書籍化すると本を置かなくなってしまうけれど、(物体としての)本が置いてある環境が必要なんじゃないかな。

同じようなことを言うようだけど、本屋に行ったら、目的の本の隣にある本を手に取って、その本も思わず買ってしまう、というのがあるよね。いまだとECサイトで検索して、その本だけを買ってしまう。その画面上で隣に並んでいることもあるけれど、本屋とはちょっと違うんだよね。

20年くらい前までは西麻布の交差点に「霞町書房」っていう書店があってね。立ち読みしているとハタキではたかれるような、普通の本屋だったんだけど、ちょっと覗くにはいいんだよね。いまはワンフロア全部占めているような大きな書店が増えて、それはそれで素晴らしいんだけど、普段着で気軽に立ち読みしにいける本屋が失われてしまったっていうのはちょっと残念だね。

── フライヤーをお使いいただいている法人のご担当者の中には、「業務に直接関係する知識はトレーニングできるけれど、自己啓発や一般教養のような部分はなかなか教育できない」という悩みを持っている方が多くいらっしゃいます。猪瀬さんは社会人の教育や継続学習についてどうお考えでしょうか。

猪瀬:本を読んで、その内容について人と会話しなきゃ駄目だね。読んだときに面白いと思っても、それってすぐに忘れてしまう。だけど、「こないだこんな本読んだんだよね」と誰かに本の内容を話すことによって、何を読んだのか、その本の内容はどんなだったかを思い出せる。

それに、人に話すっていうことは、その本を書評する、っていうことなんだよね。喋ることで「書評化」している。そうすると、どうやって説明すればいいんだろうって考える。そのとき、「装丁はハードカバーで・・・」とか「出版社はここで・・・」といった書籍の周辺情報を使って思い出したりする。電子書籍にはそういう周辺情報がないのも欠点かな。

とにかく、読んだ人同士が本について会話するっていうのが大事なんだよね。

── 会話以外に、社会人が心がけるべき本の読み方はありますか。

猪瀬:最先端の情報が書かれている本だけじゃなくて、その逆の「古典」も読むべきだね。「古典」っていうのは『源氏物語』のようないわゆる古典のことじゃなくて、僕の考える古典の概念っていうのは「自分が生まれる前に出た本はみな古典である」というもの。あなたが30歳だったら、30年前より昔に出版された本はみな古典。

なぜそれが大事かというと、生まれてから30歳までのことは実感として記憶しているわけ。記憶していると実感で先に分かっちゃうところがあって、想像力を鍛えることができない。実感だけで読んじゃうと、「どうだった?」「うん、まあまあ」っていう風に感覚で終わっちゃう。感覚で最先端の情報の本を読んでいても何も身に付かない。

でも、生まれる前の時代環境なんかは記憶していないし、実感が伴わないんだよね。そうすると文字だけの世界からイメージを構成することになる。想像力で補う、という脳の働きができてくるんだよね。だから、「古典」を読んで想像力を鍛えることと、最先端の情報が書かれた本を読むことの両方が必要なんだ。

それに「お父さんが読んでいた世代のベストセラーってなんだったのかな」って興味を持って読むことが教養を広げることに繋がるんだよね。その時代の風俗とか風景が見えてくるでしょ。ビジネスパーソンって同じ世代の人だけと話しているわけじゃないからね、20歳の人と話すときもあれば50歳の人と話すときもある。50、60歳の人と仕事をするのに、その人のバックグラウンドを知らなかったら、話が通じないよね。

自分が高校生くらいに自我に目覚めてから30歳くらいまで読んでいる本っていうのは、限られた土壌で読んでいるわけだから、そうじゃない過去の空間に自分を離れて飛んでいく必要がある。それは過去の空間のように見えて、実は現代を作っている空間なんだよ。50、60歳の人が現代をつくっているんだから。

── そうやって人間の幅を広げていくんですね。

猪瀬:そう、非常に大切なことだと思うね。それから、もう一つだけ助言すると、本屋さんにいって気になった本があれば、迷わず買うこと。立ち読みしてから棚に戻した本の内容は絶対に忘れる。気になったら買っとくしかない。1,000円でも2,000円でも払っていると、払っている痛みっていうのが記憶に影響するからね。

さらに、買った本は任意のページを5分か10分読んでおくこと。そうすれば、自宅の本棚にしまっておいたとしてもその本のことを忘れない。しばらく経ったときに、ふと「あの本、そういえばそういうこと書いてあったな」っていう検索機能が脳の深いところで働くんだよね。

だから、ワインのように本も熟成するんだよね。10分読んでいるからこそ熟成するんであって、全然読んでいなかったら熟成しない。10分でも読んでおくことが「あ、こういうこと書いてあったな」っていう検索のきっかけになる。

こうやって自分の中に本のストックを持っておくことが大事だね。いきなり「明日企画会議があるから出てください」って言われて、あわててその時に売っている本を買っても駄目。そんな本は誰でも読んでいるから。

── 私自身、この新古典にチャレンジさせていただきたいと思います。

作家として復帰、近著2冊に込めた想いとは?

── 『さよならと言ってなかった』と『救出』の2冊は、ともに猪瀬さんの想いが込められた本だと感じました。それぞれにどういう想いを込めて書かれたか教えていただけますでしょうか。

猪瀬:亡くなった妻の一周忌が去年(2014年)の7月21日だったんだけど、家を整理していると、妻の遺品のなかに、二人で築いた歴史の資料が見つかったんですよね。それを一冊の本に仕上げることによって、僕が作家として、妻の供養をしてあげられたことになるのかなと。

また、自分の歴史も振り返っている。僕が作家になった背景とか、妻が夜汽車に乗って僕を追いかけてきたエピソードとか、恋愛小説みたいなものだよね。

── 奥さんもおよろこびになったんじゃないでしょうか。

猪瀬:天国から見つめてくれるっていってくれる人もいるけども、死んでしまった人に思いが届くって本当にあるのかは分からない。でも、この本を通じて思いが僕の中に残れば、それが供養なんだろうね。あんまりにも辛くて読み返す気にもなれないんだけど、僕としては仕上げなきゃならない作業だった。僕が家内と生きてきた証、格好良く言えば、魂の軌跡みたいなものだよね。(作家として復帰して)そういったものをまずはやりたいと思った。

実は、この本を書いたきっかけは、マガジンハウスの担当編集者が「ぜひ書いてください」と手紙をくれたからなんだよ。一周忌が迫ってきて、納骨法要をやっていないとか、お墓作らなきゃ、とか、そういうことをしているなかでこの提案をもらったんだ。

本の中に、妻が書いた「微笑子(えみこ)の物語」(※)を僕が病室で読み返すというエピソードがあるんだけど、この本を書くことで妻の再発見にもつながったんだよ。こちらが気づいていなかったことを発見することによって、もう一回妻との歴史を共有するというかね。

※言語障がいの児童に対して個別指導などを行う専任教師をやっていた妻・ゆり子さんが、ユング心理学者の講習会に通って学んで実践した内容をもとにした物語。

── 『救出』の方はいかがでしょうか。

猪瀬:『救出』は『さよならと言ってなかった』と同時進行で書いていたんだけど、本当はもっと前に書きあげる予定だったんだよ。(この本の舞台となった気仙沼の)保育園と障がい施設が高台に作り直されて、その落成式に招かれたときに、「ああ、こんなに色んな人たちが助かったのか」「保育園の園児は71人もいたんだ」と改めて思ってね。しかも、みんなが踊りながら「猪瀬さんありがとう」って手を振ってくれたものだから、思わず涙が出ちゃった。

それで、この救出劇を本に書こうと思って、いろんな人に取材し始めていたんだけど、書き始めたところで都知事になっちゃったんだよね。それで、ちょっと中断していたんだよ。

これは被災した446人がみんなで助け合って必死に生き残ろうとしていた、読んでいて勇気が湧いてくるような物語で、極力僕が出てこないように書いているんだよね。

── そうですね、最後の場面でようやく東京都との接点が出てきました。

猪瀬:僕が取材していくなかで次第に発見したのが、実は446人を救出することができたのは偶然ではなく必然だった、ということなんだ。

気仙沼に行くには、仙台から一ノ関まで新幹線で行ってから、さらに車やバスでひと山越えなきゃいけないから、東京から見ると僻地のように見えるんだよね。でもそれは日本列島をポジ、太平洋をネガと思っているからそう見えるだけであって、太平洋をポジ、日本列島をネガと置き換えてみると、気仙沼って成田空港や羽田空港のようなハブ空港みたいなものだったんだ、ということに気がつく。色んな国や場所から色んな人が来て、気仙沼を経由して、色んなところに旅立っていくんだ。

お昼のさんま定食を仮設店舗で食べたんだけど、もともとは「割烹 世界」っていう、昭和4年にできたお店だったんだ。最初は、僻地なのになんで「世界」なんだ、って思ったんだけど、気仙沼がハブ空港のようなものだと思えば、理解できてくる。そういう風にだんだん見えてくることが変わってくるっていうのが「物語」なんだよね。いままで思っていた世界とは違う世界が見えてきて、発見がある。

被災者の一人の子息がロンドンにいて、彼から僕宛にツイート(つぶやき)が送られてきた、という話が書かれているけれど、彼がロンドンにいるのも気仙沼が僻地ではなく、世界に開けている土地だったからなんだ。その彼はロンドンの宝石街の工房にいるんだけど、そこはユダヤ人が仕切っているから、ユダヤ人を相手に説得するためのロジックがないと通用しない。ロジックで説明する力があったからこそ、ツイッターの140文字という制限のなかで、起きている事態を緻密に分かりやすく説明する文章が送られてきたんだね。そうすると、ツイッターで被災地の情報を集めていた僕にも「これは本物だ」と見分けることができる。

単純に気仙沼で人が助かりました、というだけでは物語にはならないんだよ。偶然じゃなくて、偶然の中に必然が見えてくるときに物語が生まれる。これは興味深い話だということで、本にしようと思ったんだ。だから良い本になったと思うよ。僕がたまたま東京消防のヘリで彼らを助けた、という自慢話のように誤解されるんだけど。

── 実際読んでみると全然違いました。

猪瀬:全然違うでしょ。446人が主役であって、絶望感と恐怖感のなかで極限状況を一人ひとりが助け合って助かったという物語なんだよね。ヒーローがいるわけじゃないんだけど、一人ひとりが小さなヒーローのような形で頑張っていた。これは防災の教訓にもなるだろうね。

── 日本の良さみたいなものが凝縮されているかのような気がしました。

猪瀬:日本の人はみんな助け合う気質を持っているよね。こういう時代だからこそ、みんな頑張ればなんとかなるぞというのを見せたかったんだよ。

── 2冊ともとても良い本なので、多くの方に読んでいただきたいですね。本日は貴重なお話をありがとうございました。

さようならと言ってなかった
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プロフィール

猪瀬直樹

1946年長野県生まれ。87年『ミカドの肖像』で第18回大宅壮一ノンフィクション賞。2002年6月末、小泉純一郎首相より道路公団民営化委員に任命される。東京大学客員教授、東京工業大学特任教授などを歴任。2007年6月、東京都副知事に任命される。2012年に東京都知事に就任、2013年12月、辞任。主著に、『ペルソナ 三島由紀夫伝』『ピカレスク 太宰治伝』『道路の権力』『道路の決着』(文春文庫)、『昭和16年夏の敗戦』『天皇の影法師』(中公文庫)、『猪瀬直樹著作集 日本の近代』(全十二巻、小学館)がある。

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文責:苅田 明史 (2015/03/17)

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