「痛本(いたほん)」から時代を読む!
産業医・NewsPicks プロピッカー 大室正志氏

「痛本(いたほん)」から時代を読む!

フライヤー×サーキュレーションの「知見と経験の循環」企画第4弾。

経営者や有識者の方々がどのような「本」、どのような「人物」から影響を受けたのか、「書籍」や「人」を介した知見・経験の循環についてのインタビューです。

今回登場するのは、大室正志氏。ジョンソン・エンド・ジョンソン株式会社統括産業医を経て、現在は同友会春日クリニック産業保健部門に在籍し、約28社の企業の産業医を務めておられます。

ほとんどが臨床医の傍ら兼業で行っていることが多い産業医ですが、数少ない産業医を専門にしている医師です。

また最近では、ソーシャル経済ニュースサービスNewsPicksが選んだ「プロピッカー」としても活躍されています。

読書の仕方も一風変わっている大室氏は、これまで、どんな本に親しんできたのでしょうか。

あえて誰も手に取らない本から、時代を分析

「同じ一冊の本であっても、漢方薬のような読み方もできれば、西洋薬のような読み方もできる」と別の記事で拝見しましたが、大室さんは、これまでどんな本を読まれてきたのでしょうか。

大室正志氏(以下、大室):ビジネス書を「サプリ」として使っている人が多いなと思うんです。「今、鉄分が足りてないから服用」みたいな。

僕の場合読書はただ単に「読みたいから読む」という感じです。「娯楽」と言い換えてもいいかもしれない。もちろん、自分に足りない成分を得るために、参考書的に本を読むことも必要なこともあると思います。けれど、栄養も本来は野菜から摂った方がいいように、あまりに精製し過ぎたサプリ的な本は趣味ではありません。本から「役に立つもの」を得ようとしすぎなくてもいい。自分のような「心情サブカル出身」としては、役に立つかどうかばかり意識するのはちょっと無粋だなぁと。「好きだから読む」くらいでいいんじゃないでしょうか。

読む前から本に「効用」を求めてばかりだと粋じゃないんですね。大室さんの本選びの軸はどんなものなのでしょうか。

大室:もちろん「この分野を知りたい」というときは、古典や、その分野を語る上ではずせない本を読みます。「長年の風雪に耐え抜いた古典が良い」ということについては100%同意ですが、いま読み返すとちょっと痛いなぁという「痛本(いたほん)」を読むのも結構好きです。悪趣味ですが(笑)。ビジネス書に顕著ですが、痛本を読むことで、その本が出版された頃の時代背景がよくわかります。ちょっと痛い本っていうのは、たまたま時流に乗って成功した人が出したような本ですね。「あぁ、こんな本を出せたなんて、景気よかったんだろうなぁ」とか(笑)

重層的に歴史(特に現代ビジネス史)を感じるためには「正史」だけでなく、「俺が読まなかったら今や誰も読まないだろ」みたいな、古本屋で50円くらいで売られている本も読む必要があると思っているんです。

僕は趣味でDJみたいなことをやっていた時期があるんですが、DJってスティービーワンダーのような誰でも知っているクラシック、逆に誰も知らないようなレア盤をかけるセンスのほか、今ではすっかり陳腐になった100円レコードの山から良い曲を発掘するセンスもいるんです。そういうひねくれた感性が読書でも、どうしてももたげてしまう。

本に知恵を授けてもらうという考え方なら、ドラッカーや司馬遼太郎さんのようないわゆる「クラシック本」を読むのはもちろん良い。ですが、いわゆる「痛本(いたほん)」を能動的に読み、自分なりにその会社、その人の「失敗の本質」を考えるのも面白いと思うんです(笑)

「痛本」から時代背景を分析するって斬新な読み方ですね! 小さい頃から本が好きだったんですか。

大室:そうですね。小学生のときは、森毅さんという数学者のエッセイをかなり読んでいました。ポストモダンの思想に影響を受けた方なんですが、考え方がひねくれていて、これがもう面白い。

あと、自分の人生に影響を与えた本は、芸能評論で有名なナンシー関さんの著作でしょうか。コラムは芸能界、芸能人に関しての軽めのタッチですが、その批評眼は今、流行りのヤンキー文化論のネタ元として、様々な批評家達に大きな影響を与えています。

中学生になると、浅田彰さんの『構造と力』に代表されるような現代思想の本にも手を出し始めました。他の章は非常に難しいんですが、この本の序文は中学生の自分にとっても面白かった。「シラケつつノリ、ノリつつシラケる」。つまり、客観的に見られないのも困るけど、かといってツッコミばかり入れていると、ただの評論家になってしまう。

80年代は「難解であるほどカッコいい」という時代でしたが、現在はその反動のように、難しいテーマをわかりやすく解説できる人材の市場価値が高い時代です。それはそれで素晴らしいことなんですが、私は「自分ではわからない知の体系」に対しても、リスペクトが必要だと思っているんです。哲学や物理学など、難しい概念を考えている人たちに対し、「自分が理解力がないのかも」と思える程度の謙虚さは持ち合わせていたいと思っています。

本を「安易な自己肯定ツール」にしてはダメ!

大室さんは「著者にとって当たり前すぎることは、言語化されていない」とインタビューでおっしゃっていましたね。本の読み方に対しても鋭い視点をお持ちだと感じましたが、その分析力はどうやって磨かれたのでしょうか。

大室:人の「言っていること」だけでなく、「やっていること」にも目を向けないと本当の姿は見えてこない。例えば、寺山修二は「書を捨てよ、町へ出よう」と言っていますが、実際には、彼の部屋は本だらけだったわけで(笑)つまり、自戒を込めて言っているんです。

例えば、優秀な戦略コンサルタント出身の経営者が本の中で「ロジカルシンキングは不要」と語っていても、それは単なるプライオリティの問題で、当の本人にはとっくの昔にロジカルシンキングは身体化されてしまっている。すでにその能力は前提なんですね。なのに、読者は都合よく、「じゃあ、ロジカルシンキングを学ばなくてもいいんだ」と早合点しがち。著者のメッセージの表層だけをとらえて、安易な自己肯定ツールに使ってしまうのは一番まずい読み方ですね。

誰しも「自分が欲している論調の本」を選びがちです。しかし僕は自分の思想に合わない本をあえて手に取るようにしています。固く言えば批判的に、平たく言うとツッコミを入れながら読んでいるんで、結構疲れますが(笑)

DJには音楽のある部分を選んでつなぎ合わせる、ある意味レコードを「素材として扱う」ようなクールな側面もあります。音楽へのリスペクトが足りない行為と見られることもある一方で、本当に音楽を偏愛している熱い側面もあります。その「アンビバレンスな感じ」を僕は大事にしたい。ゲーマーが「これクソゲーだよ!」と言いながらも嬉しそうなのと同じで、駄本まで愛すというか。

雑誌だと月に10冊、本は20~30冊程度、最近は移動時間にキンドルで読むことが多いですが、古本屋に50円くらいで売られている絶版本を買うのは相変わらず続けています。生き残ってきた本はもちろん、「死んでいった本」にも真実がある。時間のないビジネスパーソンにはお勧めしない「古本屋の店主的感性」ですが…。

まずは、「人間の心理」と「人間関係の力学」を学べ

もはや誰も見向きもしていない本から学ぶという「逆転の発想」は面白いですね。 では、産業医の立場から、職場の人間関係がうまくいかず心が疲れ気味の20,30代に向けたおすすめの本を教えていただけますか。

大室:人間関係がうまくいかない人って、どこか頑固なところがある場合が多いんです。ですので、右利きを左利きに変えるのがすぐには難しいように、数冊本を読んでもなかなか変わらないと思うんですよね。それでも「人間関係を改善する本」みたいな本は、毎年たくさん出ていますし、参考になるものも多いと思います。ただ、即効性はあるかもしれませんが、あまりに近視眼的になりやすいという懸念もあります。中長期的には、人間関係の「相場」を知った方がいいんじゃないでしょうか。

まずはビジネスマンだとしたら、人間がどう動くか、人間関係の力学とはどんなものなのかを、伝記や実録もので知るのもいいと思います。どの時代でも人間が考えることは似ていますので、自分の考えを相対化する作業は重要です。司馬遼太郎さんや塩野七生さんのような「古典」はもちろん、もうちょっと下世話なところでは、昭和の自民党の政治家の内幕を書いた本なんて、人間臭い世界を生き抜いた人なのでおすすめです。あと、組織の力学を学ぶには、ヤ○ザの抗争を描いた作品を読むとよいですよ。

人間社会の縮図が描かれていそうですね。では、組織のメンタルヘルスの問題を予防、解決していきたいと考える経営者、マネージャー層に向けたおすすめの本はありますか。

大室:メンタル不調者を減らすということは、「組織を考える」ことですから、会社ごとに処方箋は様々だとは思いますが、最近の若手社員が何を考えているのかを知るのはよいかもしれません。比較的新しい会社や、社風が先進的とされている会社の「ノリ」が分かる本を読むと、会社や社風に対しての若手の不満やストレスを先回りして感じられるかもしれません。旧来型の会社に対するアンチテーゼであったり、現代の若者の欲望の投影だったりしますので。こういうものを面白がる姿勢が大切だと思います。

ありがとうございました。大室さんの本への愛情がひしひしと伝わってきました! 私も古本屋に行ってこようと思います。

ビジネスノマドジャーナルは こちら から! 臨床医とは全く異なる、知られざる産業医の世界。 産業医に求められる「利害の調整役」「組織対応スキル」とは? 28社で働く産業医、大室正志氏のキャリアに迫ります。
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文責:松尾 美里 (2015/08/27)

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