ベンチャーキャピタリストのプリンシプルとは?
3万人の経営者に会う中で培った「見極め力」

ベンチャーキャピタリストのプリンシプルとは?

フライヤー×サーキュレーションの「知見と経験の循環」企画第11弾。

経営者や有識者の方々がどのような「本」、どのような「人物」から影響を受けたのか「書籍」や「人」を介した知見・経験の循環についてのインタビューです。

今回登場するのは、安達俊久さん。伊藤忠商事株式会社にてエプソン株式会社のプリンター輸出業務に従事。伊藤忠テクノサイエンス株式会社のECビジネス立ち上げなどを行い、2002年より伊藤忠テクノロジーベンチャーズ株式会社代表取締役社長として3本のファンドを運営。また2011年から3年間、日本ベンチャーキャピタル協会会長を務め、現在は特別顧問の傍ら、複数社の顧問やアドバイザーをされています。

3万人ものベンチャー経営者と会われてきた安達さんは、どんな信念を持ってベンチャーキャピタリストとしての道を歩まれたのでしょう? そして、どのように投資眼を磨いてこられたのでしょうか?

次につながる関係性を築くには?

── 伊藤忠テクノロジーベンチャーズ代表取締役社長、日本ベンチャーキャピタル協会会長を歴任されていますが、ベンチャーを支援したいという思いの根っこには何があるのでしょうか?

安達俊久さん(以下、安達):人と人との関係性を大事にしたいというところでしょうね。もちろん、キャピタルゲイン(上場や会社売却によって得られる利益)を得ることは大事ですが、「安達さん、ありがとうございました。また相談にのってください」と言っていただけるような信頼が生まれると嬉しいですよね。だからベンチャーを支援したいんです。信頼を築くのに即効薬はないので、どの経営者にも誠実に対応することに尽きると思います。例えば、経営者の相談内容が自分たちの専門領域外のことだったとき、「協力できません」と答えるだけだと、そこで関係は終わってしまう。ですが、その分野を専門とする他の人を紹介すると、次につながる関係ができていきます。

── 次につながる関係を築いていく姿勢は、伊藤忠商事におられた頃に培われたのでしょうか?

安達:そうですね。電子機器輸出にしろ、海外の先端技術の輸入にしろ、世界中の人と商談をする中で、伊藤忠という会社の看板に頼らずに何らかの付加価値を提供しないと、相手の記憶に残らないという経験をしてきました。個人名で覚えてもらえるようになれば、その場で協業することにならなくても、また別の機会で声をかけてもらえます。実際に、フリーになってから顧問やアドバイザーをやってくれないかと、予想以上に仕事のお誘いをいただけるのも、常にプラスアルファの価値を出すことを意識していたからかもしれません。

── 付加価値を提供することが大事なのですね。伊藤忠テクノロジーベンチャーズという組織を束ねるうえで、心がけていたことはありますか?

安達:伊藤忠テクノロジーベンチャーズ自体は十数名の組織で、その半分が投資部門です。もちろん、同一組織なので「こういう業界に注力しよう」といった大方針はその時々で存在します。ですが、みんなが同じ方向を向いて、似た特徴を持つ会社にばかり投資していると、万一のときに総倒れになってしまう。そうならないよう、一人一人が独自の視点で、「この経営者は見どころがある」とか「この技術には他の追随を許さない優位性がある」などと、会社を掘り起こす必要があります。

だから部下たちには、命令するのではなく「なぜその会社なのか」、「課題はどこだと考えているのか」と、理由や背景を問いかけるようにしていました。資金も設備もそろっていないベンチャーに課題があるのは当たり前。投資家には、その解決策を考えるうえで、課題を認識できているかが大事になってきます。だから、常に人とは違うチャンスを発見し、その課題が見えているかを掘り下げるようにしていましたね。

投資先を見極めるには、この問いが効く

── 投資先企業を見極めるときのポイントは何でしたか?

安達:テクノロジーやマーケットも大事ですが、重要度としては、経営者のビジョンやミッション、パッション、つまり思いの部分が90%ですね。社会の課題を解決しよう、世界を変えようという志を持っているかどうか。技術は実はそこまで大事じゃないんです。技術の動向はすぐに変わってしまうから。もちろん投資先を評価するときにSWOT分析をしますが、それはあくまで今日時点のこと。明日には強みも機会もガラッと変わる可能性があるので、いくら革新的な技術があっても、それだけで投資先を高く評価することはないですね。

投資先を見極めるときに大事なのは、事業計画書に書かれていない経営者の「思い」の部分です。例えば「1年で売上を2倍に」と書いてあったとして、その数字が正しいかどうかは究極的には誰も予測できません。それより、「なぜその数字を書いたのか」「経営者のめざすものに対する思い入れがどれだけ強いものなのか」を重視していました。

── 経営者を見極める際の、キラークエスチョンはあるのですか?

安達:ベンチャーキャピタリストはベンチャー経営者とブレストに近いような議論をかなりやるのですが、そこで「どんなパートナー企業と提携していきますか?」という質問をよく投げかけていました。ベンチャーは何か一つ突出したアイデアや技術で勝負しようとする一点突破型の気質を持った経営者が多いのですが、成長していくには、自社の弱点を補ってくれるパートナーの存在が不可欠。足りないところを自社で一から作っていくよりも、協力してくれる会社と一緒に組んだ方が早く事業を拡大させることができ、自分たちは本業に集中することができます。

そして、どの会社と組んでいくのかという構想には、その経営者の考え方が色濃く現れます。もちろん大きなビジョンを描けていることが前提ですが、それを実現するための提携先の候補を現実的に検討しているならば、信頼度が増します。あとは、伊藤忠のネットワークとマッチする人や企業を紹介できるかどうかも考慮しますね。

── 安達さんは、ベンチャーキャピタリストとしての投資眼をどのように磨かれてきたのでしょうか?

安達:これまで3万人の経営者とお会いして、サシで話をするという場数を踏んできたことですね。野球でいう千本ノックみたいなものでしょうか。ゴルフの世界では、2トントラック1台分のボールを打つ練習を積まないと、プロになるステージに立てないという逸話があります。

ベンチャーキャピタリストも同様です。いかに多くの経営者に会い、多種多様なビジネスモデルやマネタイズの方法を見てきたかどうかが肝となります。そうしないと、経営者の語る事業構想が、リスクを負って投資する価値があるものかどうかを判断することができませんから。ネットやビジネス誌では、例えば「広告収入モデル」などと表面的な情報は得られますが、直接話を聞いて得られる情報とは深さが違います。また、相手の提案するビジネスモデルに対し、あえて否定することで、そのビジネスモデルの特徴や他との差別化のポイントなどを深く学べるという面もあります。私はこうした経験を積む中で、自分なりの判断軸というかモノサシを磨くことができました。

── 多様なビジネスモデルを知っておくことは、ベンチャーキャピタリストだけでなく、どの業種・職種の人にも必要だと感じました。

安達:そうそう、そうなんですよ。普段からビジネスモデルのストックを豊富に持っていれば、営業でも提携でも、企業を見定めるときに非常に役立ちます。

世の中には、3万種類もの職業があると言われています。ベンチャーキャピタルの仕事に足を踏み入れたのは20年も前ですが、その当時に、3万分の1の確率でこの職業に出合えたのは幸運でしたね。常に先端の技術や企業にふれられるし、伊藤忠を退職した後もずっと続けたいと思えるライフワークに出合えたのですから。

白州次郎の生き様から見える、「プリンシプル」を貫く重要性

── 安達さんは普段、どのような本を読むことが多いですか?

安達:よく読むのは歴史書ですね。一番好きなのは、塩野七生さんの『ローマ人の物語 —ローマは一日にして成らず』。ローマ人の2000年も前の栄枯盛衰から、ジュリアス・シーザーのリーダーシップや、次の皇帝を選ぶプロセスでは、個人の思惑が交錯し、足の引っ張り合いが起きる場面など、現在にも通じる人間の本質が描かれている本だと思います。『三国志』もそうですね。そんなに多読家ではないのですが、新聞の書評欄は本選びの参考にしていますね。人から薦められた本を読むことも多いです。

── 安達さんの価値観や人生に大きな影響を与えた本は何ですか?

安達:直近で読んで一番感銘を受けたのは、白州次郎の人生を描いた『占領を背負った男』です。彼はGHQ占領直後に、吉田茂の側近として、いわば軍部のアドバイザー的な役割を果たし、その後は日本の経済復興を陰で支えた人物です。彼は占領下でありながらも、GHQにおもねることなく、言うべきことは堂々と主張するというプリンシプルを貫いていた。彼の生き様から、原理原則を守ることの重要性を学びました。

私自身もベンチャーキャピタリストとして、想いのある起業家を支援するという原則を貫こうという決意を新たにしました。成功する起業家は、環境の変化に柔軟に対応しつつも、軸をブラさない人が多いのですが、そこにも通じるところがあるでしょうね。

あとは読んで目から鱗だったのが『希望のつくり方』という本。著者の玄田有史さんは、個人の心理の問題として片づけられてきた希望を、社会と関連づけて探求する「希望学」という新たな学問を打ち立てた人です。著者によると、夢はただ思っているだけで儚いものですが、希望とは実現するまで意志を曲げないという、何としても叶えるという自己責任を伴ったもの。「なかなか思い通りにいかないと悩んでグルグルするくらいなら、外に出て色んな経験を積んでいったほうがいい。努力を続けていればそれを見ている人がいる。」「ムダな行動はない。」この本の教えが心に響きましたね。若い起業家にもこの本をお薦めしています。

また、経営の基本を教わったのは、ドラッカーの本でした。どんな業種であれ、経営者は『経営者の条件』だけでも読んでおくべきだと思います。

白洲次郎 占領を背負った男 上 (講談社文庫)
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北 康利 著
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起業家とベンチャーキャピタリストを育てるための必須条件とは?

── 今は、第四次起業ブームと言われていますが、一過性の動きではなく、ベンチャーが育つエコシステムをつくり上げるには、どうしたらいいのでしょうか?

安達:よく人材も資金も不足しているという議論がありますが、実はどちらも潤沢にあるのに、日本経済で循環していないのが問題なんです。人材については、大企業にいる優秀な人材がもっと起業に挑戦、協力すれば、起業の成功確率が増えるはずです。また資金面の課題については、大企業がリスク回避のために積み上げた内部留保、そして個人の場合は預貯金などの個人資産を活用すればクリアできます。国内投資の比率を上げ、眠った資金を循環させるだけで、変わってくると思います。

また、起業という選択肢をもっと身近にし、人々の意識を変えていくには、起業家の成功事例やロールモデルをつくることが重要になります。起業家は人生を賭けて新しいビジネスに挑戦している人たち。彼らの背中を押す人や企業が、少しでも増えてくれればと思いますね。

── 最後に、今後のビジョン、挑戦したいことをお聞かせください。

安達:2025年までに日本から世界に名を馳せる起業家とベンチャーキャピタリストの両方を生み出せるよう、その一端を担いたいと思っています。もちろん日本にも素晴らしい起業家はいますが、よりビジョナリーな、いわば日本のイーロン・マスクが誕生してほしいですね。同時に、『ゼロ・トゥ・ワン—君はゼロから何を生み出せるか』の著者で、シリコンバレーを代表する起業家兼投資家であるピーター・ティールのように、リスクをとってでも人と違う投資をする人も増やしていきたいですね。

── 安達さんの、ベンチャーキャピタリストとして起業家を支えたいという強い信念が伝わってきました。貴重なお話をありがとうございました!

ゼロ・トゥ・ワン―君はゼロから何を生み出せるか
ゼロ・トゥ・ワン―君はゼロから何を生み出せるか
ピーター・ティール, ブレイク・マスターズ 著 瀧本 哲史 その他 関 美和 翻訳
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著者
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ビジネスノマドジャーナルのインタビューはこちらから Netscape(ネットスケープ)のジム・クラークとマーク・アンドリーセンとの出会い、伊藤忠がベンチャー投資事業を開始する経緯や 当時珍しかったIT特化のベンチャーキャピタル設立時の苦労話を伺いました。
business_nomad_journal
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文責:松尾 美里 (2016/02/16)

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