社内起業を成功させる秘訣とは
社内起業家3000名を育てたインキュベータに聞く

社内起業を成功させる秘訣とは

今回登場するのは、企業の中で働く新規事業担当者を支援する石川 明さん。

リクルートで「ゼクシィ」などの数多くの新事業を生み出してきた社内の起業提案制度「New RING」の事務局を7年務め、自身でもいくつかの新規事業を立ち上げました。

その後、2000年にインターネットの総合情報サイト「All About」を運営するオールアバウトを起業し、2010年に独立。

早稲田大学ビジネススクール研究センター研究員、SBI大学院の教員、企業研修講師、企業のアドバイザーを務め、これまで社内起業家3000名の育成・事業化支援に従事。

社内起業のスタートから事業化までの知見をまとめた『はじめての社内起業』を上梓された石川さんに、新規事業をうまく立ち上げるための心得を伺いました。

社内起業ならではの壁とは?

『はじめての社内起業』 を拝読して、社内起業ならではの壁をどう突破していくかが体系的に解説されていたのが印象的でした。独立起業との違いはどういうところにあるのでしょうか。

石川 明さん(以下、石川): 独立起業との違いは、社内起業には自社での「べき論」が入ってくることです。独立して起業する際には、投資家から「儲かりそう」と思ってもらえれば、出資してもらえます。ですが社内起業の場合は、単に「儲かりそう」ということだけでなく、「果たして自社がやるべき事業なのか」が問われるため、経営者が納得する理屈をつけないといけない。例えば、「こういう見方をすれば、自社のフィールドの事業ですよね」「自社らしさや、自社ならではの技術を活かせます」とか、「自社のお客様が喜んでくれる」といった根拠を用意するんです。事業起案者は、たとえその案がひらめきだったとしても「なぜこの案を自社がやるのか」を説明できるよう、検討してきた経緯に理屈をつけておく必要があります。

「なぜ自社がやる必要があるのか」を納得してもらうためのロジックが必要なのですね。

石川: リクルートではボトムアップで1年に100~200件の提案がなされますが、実際に事業化に至るのはほんの数件だけです。その中に入るには、単に「儲かりそう」というだけでなく「我が社でこそ行うべきだ」と論じられないと、選ばれません。そうやって事業化できても、ゼクシィのように市民権を得て長期にわたって継続できる新規事業というのは、ごくごく一部なんですけどね。

そこまで狭き門なのですね。そんな中でAll Aboutは世の中で確固たる地位を築いていると感じます。そもそも株式会社オールアバウトを起業しようと思った理由は何ですか。(※株式会社リクルートとアメリカ合衆国のAbout Inc社との合弁会社として運営をスタートさせている。)

趣味や暮らしなどのテーマについて、その道の専門家がアドバイス記事を掲載している。

石川: 創業したのは2000年ですが、当時リクルートの事業に携わっていて、「これからはユーザーが主導権を持つインターネットの時代がくる」と感じていたことが理由です。今までは新聞社や出版社などコンテンツをつくる側に力がありましたが、それがユーザーに移っていくパワーシフトが起こると予測していました。リクルートでは当時、広告収入の比率が大きかったため、どうしても出稿してくれる企業目線のメディアになりがちで、このままではユーザーの支持を得られなくなるという危機感がありました。広告収入をベースにしつつも、ユーザーに求められるメディアは何なのか。思案の末たどり着いたのが、各分野の専門家が読者目線で、ガイドとしてコンテンツを提供するというスタイルでした。

また別の文脈では、今後のメディアは、大手マスコミという一部の特権階級が牛耳るのではなく、専門性を持った個人が自ら発信する時代が来ると予見していたんですね。だから個人の専門家が読者に役立つ情報を発信できるプラットフォームがあればいいなと思っていました。他には、ネットの時代は口コミの力が強力になる一方で、専門家の言う意見のほうが信用も得られると考えており、今で言うネイティブ・アドのような編集型広告に挑戦したという経緯もあります。

さらに、当時はポータルサイトといえばヤフーが席巻しており、リクルート内にはユーザーが検索して最初に目にするページがないことに危機感があり、リクルートの戦略上の課題となっていました。All Aboutは、社内に渦巻く「他社のポータルサイトに牛耳られちゃったらどうしよう?」という文脈にも沿った案だったのです。

全社的な戦略課題の解決も視野に入れておられたのですね。

石川: 本書でも述べていますが、社内起業家はいかに「自社でホットになっている文脈」に乗っかるかということが大事になってきます。

私はこれをよくサーフィンにたとえています。サーファーは「この波は大きくなりそう」などと、どの波に乗るかを判断します。同じように社内起業家も、中期経営計画や、役員会でよく議題に上がっている問題など旬のテーマをつかんで、うまくその波に乗ることが求められます。3Cや4P、5フォース分析といった経営学のセオリーももちろん大事ですが、その前段階で、会社に流れる文脈に則っているかどうかを見極めておかないと、経営層の納得を得るのに難航し、結局事業案が通らなくなってしまいます。この大事なポイントを説明した類書がないことが、社内起業家向けの本を執筆した動機でもあります。

はじめての社内起業
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石川明
ユーキャン
はじめての社内起業
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著者
石川明
出版社
ユーキャン

事業とは「不」の解消である——「汗のかきどころ」で思い切り汗をかけるか?——

新規事業を軌道に乗せていくために大事になるポイントは何ですか。

石川: 事業のプランニングにおいては、「ここは手を抜いちゃいけない」という勝負どころがいくつかあるんですよね。いわゆるKFS(Key Factor for Success)ですが、「汗のかきどころ」を見極めて、そこでは何が何でも勝たないといけない。技術や資本力で勝負する場合もありますが、手間をかけるという手段もあります。

All Aboutを例にとると、2000年当時は検索がイマイチだったので「うまく情報が探せない」というユーザーが多かった時代でした。そこで、専門家が編集するオリジナルリンク集のページをつくることにしました。ひとつのテーマサイトごとに、読者が探したいだろう情報ごとに分類して200くらいのサイトへのリンク集を作成しました。当時は、リンク先のサイトの運営者に一つずつ許諾を得るという慣習がありましたが、これを丁寧に進めていました。でも、ユーザーにとっての信頼性は徹底的に担保しないといけない。「なぜこのリンクを貼ったのか?」と外部からガイドに対して質問されたときに、根拠を持って答えられるようになることが、この事業の「汗のかきどころ」だったんです。おかげさまで、「オールアバウトが紹介しているサイトなら間違いない」と信頼していただけるようになりました。

事業とは、ユーザーの不満や不便、不安といった「不」の解消 だと考えていますが、その「不」を解決するのに手間や時間がかかるなら、逆に「よっしゃ」と思うんです。なぜなら簡単に解消できるなら、たとえ先行しても、競合にすぐ真似されてしまうし、そもそも「不」が残っているはずないですよね。今や大手の楽天も、創業の頃にはECサイトが整備されていない時代に優良な商品を扱っていた会社を一社ずつ見つけては出店をお願いしにまわるなど、並大抵ではできない手間をかけているはずです。

「汗のかきどころ」で手間暇を惜しまないことが重要なのですね。この「不」の解消をやり切れるかどうかの差は何でしょうか。

石川: 目線をどこに置いているかの違いですね。目先の利益ではなく、「こういう世の中にしたい」という思いがあるかどうか。その未来を現実にするために、各論まで具体的に詰められているかがカギを握ります。

新規事業案をいくつも見てきて思うのは、「いつ、どこで、誰が、何に、どう困っているのか?」という掘り下げが不十分なケースが多いということ。例えばAll Aboutを簡単に説明しろと言われたら、「専門家ならではの、より良い情報を届けるサイト」と答えます。ですが、「より良い情報って具体的に何?」とつっこまれたときに、答えられるかどうかが大事なんです。初心者でもわかりやすいという意味なのか、新しい情報が載っているという意味なのか、それともマニアックな情報なのかとか。本来なら、「何をキーワードにすれば正しい情報が得られるのかわからない」という不便を感じていた顧客に思いを馳せて、「詳しくない人でもザックリわかる、とりあえずハズサないサイト」と明確に答えられるようにならないといけません。そのためには、よほど「いつ誰が何にどう困っているか」を深く深く掘り下げておかなければなりません。

本書でも、事業のプランニングにおいては、教科になぞらえて「国語・算数・理科・社会」が大事と書きました。スタート地点にあたる「国語」では、文章の登場人物の心情を想像するかのように、「ユーザーの気持ちを慮る、汲み取る」ことが肝となります。ですが、ここの詰めが甘いまま具体的な案を練り、後になって軸がぶれてしまう企業が多いように思います。この掘り下げ度合いが「不」の解消の成否を分けると言ってもいいでしょう。

ユーザーの気持ちを汲み取る力は、一朝一夕では身につかないと思うのですが、この力を養うにはどうしたらよいのでしょうか。

石川: キレイごとに聞こえるかもしれないですが、相手に愛情を持つことが大事だと思います。愛情までいかなくても、好奇心やシンパシーを持つこと。相手になり切るくらい、その人の置かれた状況を想像するんです。例えば、自分のことを可愛がってくれたおばあちゃんが目の前で躓きそうだったら、自然と手を差し伸べたくなるでしょう? おばあちゃんの生活を想像すると、「段差があると困るよな。買い物に出かけるのも一苦労だろうなぁ。食材を1週間に1度届けるサービスがあったら便利になるかな」などと思い浮かべていくと、ビジネスチャンスも見つかりやすい。例えば、ある法律が改正すると知ったら、それによって人々の生活がどう変わるだろう、どんな問題が発生するだろうか、というところまで考えるんです。マスのデータだけ見ていてもダメで、個々のお客様の表情をありありと想像できるところまでいかないと、真のニーズや困りごとに気づけないでしょう。

事業の起案者には、こうした「察する力・気づく力」が問われます。まずは自分の興味関心がある領域なら、好奇心を持ちやすいので、自然と困っている人の不満や不便に気づきやすいのではないでしょうか。

気づきを得る方法も様々です。私の場合はリクルートの頃、社内の色々な専門分野の人に会うようにしていました。人と毎晩話しても苦じゃないんです。例えば小説を読むのが好きな人なら、物語の行間を読む練習を積む中で、ユーザーの気持ちを汲み取る力を養うなど、自分が得意な方法で試していけばいいのだと思います。

事業化を後押ししたくなるシンプルすぎる3つの基準

新規事業のアドバイスをされる中で、「この新規事業ならいける!」と判断する基準は具体的にどのようなものでしょうか。

石川: 本来、事業案の評価をするのは経営者の仕事ですし、本当にそれが魅力的な事業かは最終的に市場で評価されるべきものですが、私はインキュベータとして「どうやって経営層に評価してもらえるレベルまで事業案をブラッシュアップできるか」という視点で取り組んでいます。その時に大事にしているポイントは大きく3つです。

まず「そのサービスを必要とする顧客が本当に存在するのか」ということ。次に「競合に勝てそうか」といった事業案に必ず盛り込むべき要素が入っているかどうか、そして「会社が今重視している文脈に沿っているかどうか」です。

あとは、「不」の解消のストーリーが明確になっていることを前提に、そのサービスの先に魅力的な未来が広がっていきそうかという視点も重視します。New RINGでは事業化するかどうかの審査基準は毎年変化していました。こういった審査基準は往々にして複雑になりがちなのですが、ある年に思い切ってシンプルに3項目に絞ったことがありました。それは「①やれそうか、②儲かりそうか、③そそられるか」。非常にシンプルですが、①と②だけではダメで、「このサービス、面白そうじゃん」と思わせないといけない。この三つが揃って初めて、人を動かす事業案になると思っています。

例えばAll Aboutでは、この三つの項目になぞらえると、①インターネットが普及すれば世の中に散在している色々な分野の専門家の知見を一つに集められるかもしれない。②数多くの専門家の知見が一つの場所に集まれば、そこは高付加価値な場所となり、広告ビジネスで収益を上げられるかもしれない。③そこに広告主としての企業も自社の持つ知見を持って集まれば、それを知りたい読者との接点が生まれ、新たな広告主と読者の新しい関係性を作れるかもしれない、と考えて創業時の企画を考えました。

現在、企業の中で新規事業に積極的に取り組もうという機運は高まっているのでしょうか。

石川: そうですね。市場が縮小し、売上のトップラインが落ちる中、今のうちに今後の収益の柱となる事業の種を蒔いておこうという考えを持つ企業は増えていると思います。1000人規模の社員を抱える大企業であっても、これまで長い間既存の事業のコスト削減や効率化、M&Aを中心に注力してきた結果、社員は大勢いても、新規事業の立ち上げ経験者が、社内にたった数名しかいないという会社もあります。このままではダメだということで、新たな事業を創造できる人材を育てようという意識が、この数年で非常に強くなっているのです。

私はボトムアップによる大企業の新規事業開発というニッチの中のニッチと呼べる分野で一貫してキャリアを積んできましたが、その中で全社的な経営課題が見えてくるんですよね。例えばトップ自ら「創造が大事だ」と声高に謳っているのに、実際の人事考課基準があっていないケースも多々あります。極端に言うと、失敗したら降格するような人事制度なのに、いくら「新たな提案をしろ」とトップが言い出しても、リスクをとって挑戦しようという人はなかなか現れないでしょう。だから、企業が本当に新規事業でイノベーションをめざしたいなら、こういう社内制度自体を抜本的に改革しないといけない。

例えば、新規事業提案制度を設けて、たとえ失敗しても、新たな挑戦をした人が評価される仕組みを設ければ、それは会社として新規事業に本気で取り組むというメッセージになります。トップが朝礼で呼びかけるよりも、新規事業の立ち上げにまい進する社員たちが表彰制度でトップ3位を占めているほうが、社員にとってもわかりやすいですよね。

お話を伺っていて、石川さんからインキュベータとしての情熱をひしひしと感じます。社内起業家たちを支えるモチベーションはどこから湧いてくるのでしょうか。

石川: インキュベータの道に進もうと思ったきっかっけは、40歳を過ぎた頃、他社に勤めている同年代の友人・知人たちが仕事に疲れ切っていたのを目の当たりにしたことです。みんなそれなりのポジションに就いて重要な仕事を任されているのに、楽しそうに働いているようには見えなかった。新入社員の頃にはあんなに熱く夢を語っていたのに……。変わり果てた仲間の姿を見て、「彼らが会社での仕事を通して、自分のやりたいことに取り組めるようにすることで、彼らも会社も元気したい」と思ったのです。それに、私一人で起業するよりも、様々な企業にいる人材に刺激を与えて、彼らがどんどん新規事業を生み出していくほうが影響力もはるかに大きいし、楽しいだろうなと。現に、前向きなエネルギーを持つ人たちに普段から囲まれていて、そういう人たちを支えることにやりがいを感じています。

今は、起案者たちと案を掘り下げていく日々ですが、彼らの案に対して頭ごなしに「ここがダメ」と指摘することはほとんどありません。「なぜそうしたいの?」と彼らに問いかけていく中で、彼らがどんな「不」を解消したいのか、どんな未来をめざしたいのかという、案の根っこを一緒に築いていくんです。

新規事業を立ち上げるまでに、必ずと言っていいほど横やりを入れられる場面が出てきます。そこで動じない事業案をつくるには、周囲から指摘されて案を修正するだけではなく、起案者が心から納得した案を固めていくことが、一番大事だと思っています。

新規事業を立ち上げる方はもちろん、何か新しいことに挑戦するすべての人に届けたいメッセージをありがとうございました。

はじめての社内起業
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石川明
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文責:松尾 美里 (2016/03/10)

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