デザイン思考は組織変革の救世主になりうるか? 【前編】
グローバル企業がデザイン思考に注目するワケ

デザイン思考は組織変革の救世主になりうるか? 【前編】

今回登場するのは『21世紀のビジネスにデザイン思考が必要な理由』(クロスメディア・パブリッシング)の著者である佐宗 邦威さん。

P&Gマーケティング部でファブリーズや柔軟剤のレノアを担当後、ジレットのブランドマネージャーを務められました。2008年にソニーに入社し、商品開発プロセス変革プロジェクトやグローバルカスタマーインサイト部門を立ち上げ、グローバルエスノグラフィープロジェクトを全社に導入。

2012年8月より、デザインスクールの殿堂、イリノイ工科大学Institute of design, master of design methodsコースに留学。帰国後、人間中心デザインの方法論を活用した新規事業のインキュベーションに携わったあと、イノベーションファーム、株式会社biotopeを設立。

ゼロからイチをつくる創造の源泉、デザイン思考を身につけ、イノベーションが起こりやすい組織・チームをつくるにはどうしたらいいかを聞いてみました。

IBMが世界最大級のデザインファームに?

── 『21世紀のビジネスにデザイン思考が必要な理由』では、デザインスクールとビジネススクールがコラボし、マッキンゼーとデザイン・コンサルティング会社IDEOが競合になることもあると書かれていました。デザインとビジネスの融合が進展している事例は何ですか。

佐宗 邦威さん(以下、佐宗): デザインとビジネスの融合の象徴たる例は、デザイナーの数で言えばすでに世界最大のデザインファームになったとも言える米IBMです。もともとIBMはデザイン性に優れたThinkpadに代表される人間中心デザインの文化があった社風でした。その社風を取り戻すべく、数年前にデザイナー1000人を採用するという目標を掲げました。性能や技術では差別化できず、ユーザー体験がますます大事になる時代において、プロダクトやサービスの価値を高める手段としてデザイン思考が脚光を浴びるようになったのです。

また、閉じられた環境でアプリを開発するのではなく、クラウド上で様々なスキルを持った人がアプリをつくり、多様なアプリを享受できるプラットフォームを築くことが、クラウド自体の価値を高めていくというビジネスモデルに変わってきています。社外の人と価値を共創したほうが、スピーディーに価値を創造できる。人が引き寄せられるような魅力的なビジョンと文脈を備えたプラットフォームをつくり、新たな価値の創造ができる場を作って人を呼び込むことが、ユーザー体験の価値を高める上でますます重要になっています。

21世紀のビジネスにデザイン思考が必要な理由
21世紀のビジネスにデザイン思考が必要な理由
佐宗邦威
クロスメディア・パブリッシング(インプレス)
21世紀のビジネスにデザイン思考が必要な理由
21世紀のビジネスにデザイン思考が必要な理由
著者
佐宗邦威
出版社
クロスメディア・パブリッシング(インプレス)

── IBMがデザインファームをめざしているなんて驚きました! ビジネスとデザインの融合が最近になって進展している理由は何なのでしょうか。

佐宗: IBMのような大企業がデザイン思考を取り入れるのは、それにより、仮説・試作・検証のスピードが速くなるという効果を経営陣が認識したからです。デザイン思考は、異分野の人たちが価値を共創するために、「まったく新たなものをつくる」ための、ある種の共通言語になっています。

そもそもロジカルシンキングだけではワクワクする新しいものは生まれないのはもちろんのこと、「色んな業種、職種、価値観の人たちと一緒につくっていかないと、これまでにない価値ってつくれない」「ということを、多くの人は感覚的に気づいている。それが、デザイン思考が一気に注目されるようになってきた理由だと考えています。もちろん日本でも、枠にとらわれずに共創する流れは、この数年で確実に加速しています。

デザイン思考の起爆剤、Facebookの恐るべき効果

── 共創の流れを加速させた要因は何なのでしょうか。

佐宗:その主な要因の一つは、もともと共創的な文化のあったソフトウェア開発が、様々な分野に広がっていったことに加え、Facebookを中心にしたSNSの普及が加速し、大企業の人たちがFacebookでコミュニケーションをするのが当たり前になったことが大きいのではないかと思っています。今では、大企業との仕事であってもFacebookメッセージで完結することも出てきており、社内外の共通の目的を持った人たちと、即座にグループをつくってやり取りし、コラボレーションできます。Facebook上のやりとりに慣れた人たちが30代中盤に差し掛かり、企業の中核的なプロジェクトを担い始めたという時代背景が、業種や会社、部署といった枠組みを取っ払って一緒に何かをつくり上げるという動きが加速させているのだと思います。

── Facebook上のコミュニケーションに慣れていたことが、共創を当たり前にすることにつながっていたのですね!

佐宗:そうなんです。すると今度は、集まった人たちと「どんな価値を生み出すか」という座組よりも、コンテンツの部分が大事になってきます。これは個人的な感覚ですが、SNS普及の初期は、新たな知の組み合わせを活性化するツールとしてワークショップのような方法論にスポットライトがあたり、サイロ(※1)の間の接合点をつくるためのやり取りの作法として、重視されるようになってきました。ワークショップが一般的になると、今度はアイデアの中身を磨くことが重視され始めます。その次は、ワークショップなどの場で生まれたアイデアを形にするところ、つまり「どう実現に結び付けるか」が問われる中で、よりデザイン思考のような共創の質を高める方法論が広がってきています。

(※1)組織の業務プロセスやシステムが、他部門との連携を持たずに自己完結して孤立してしまうこと。

── 佐宗さんがこれまでの事業開発や、企業の共創を支援される中で、デザイン思考を活かしてきた事例について詳しく聞かせてください。

佐宗:私がソニーにいた頃に携わっていた、社内ベンチャーや、企業の枠を越えて新規ビジネスアイデアを事業化につなげるためのプログラム「Sony Seed Acceleration Program」(SAP)や、ポータブル短焦点プロジェクターなどのスタイル性の高い商品を出しているLife space UXなどの新規事業の取り組みです。いずれも、社長直轄の環境で、早めにユーザーに検証して学びを得る、という失敗を許容する環境のもと、社内から様々な新規事業の種が生まれる環境を整備しました。SAPはボトムアップで生まれた100を超える新規事業のアイデアを集め、ユーザー検証を行いながら事業化していく活動で、創造的な環境を全社的につくれたというのは画期的だったと思います。

ソニーでは基本的に新しいことに「No」という人は少ないのですが、新規事業への取り組みが会社のKPI(重要業績評価指標)に入っていないため、優先順位が下がってしまっていたことが問題でした。それを防ぐために立ち上げ当初、SAPのプログラムをデザインする上で考慮したのは、経営の中にある種の「あそび」をつくることが、将来のリスクヘッジになるということでした。今収益が出ているコア事業に注力するだけでは、市場環境が一変したときに、その事業が見向きもされなくおそれがある。そのため、本業で成果が出ている間に、ポートフォリオに新規事業を組み込んでおくことが変化への対応策となります。本業では目の前の利益や効率性を求めて「管理」を行う。一方、新規事業では、中長期的な視点で、「コントロールできないもの」を前提に、創造的なエコシステムを育てることを重視する。

よく、新規事業が社内で理解を得られず孤立して失敗するケースがありますが、それは新規事業を本業と同じロジックで考え、評価を下してしまうから。新規事業を成功させるには、新規事業に取り組むチームを、自社とは別組織かのようにとらえなければなりません。

このように、本業と新規事業を切り離して、バランスをとることが新規事業を軌道に乗せる上で大事なことだと思っています。

── 佐宗さんはこうした組織戦略をどこで学ばれたのでしょうか。

佐宗:実は、ソニーに転職する前に組織変革を支援する会社にいたことがあり、ボトムアップの組織変革の方法論については学んでいました。その上で、その知見を経営者視点のイノベーションの位置付けに翻訳できるようになったのは留学時代IDで学んだ「イノベーション戦略」でした。イノベーションファームDOBLINの創業者から直接P&GやGEに代表されるアメリカの大企業がイノベーションを起こしやすくする組織やチームづくりについて体系的に学ぶことができました。

あとは、『世界の経営学者はいま何を考えているのか』(英治出版)を当時ちょうど上梓されたばかりの入山章栄先生からも影響を受けました。先生はバッファローに住んでいらして、私のいたシカゴから近かったので、ご自宅にお邪魔したのです。そしたら意気投合し、日本企業のイノベーション戦略について色々な知恵をいただいた中で、「両利きの経営」と説明されていた「知の探索」と「知の深化」の概念が印象に残りました。

「知の探索」とは、一見、専門とは関係がなく、価値がはっきりしていない分野にも手を伸ばすことである一方、「知の深化」とは専門をつきつめることを指します。新規事業を「知の探索」に、本業を「知の深化」にたとえることで、両方の役割や意義を社内の人たちに理解してもらいやすくなります。

この両者のバランスを保つ重要性は、組織だけでなく、個人にもあてはまります。自分の業務に直結するスキルを磨くなど、知の深化に取り組む人は多いですが、専門外の分野に興味を持って習慣的に情報収集を行っている人は少ないのが現状です。知の探索により、カバーする範囲を広げておくと、環境の変化に強くなるし、自分の就いている職業がある日突然コモディティー化してしまうという危機に対処しやすくなります。

これを『21世紀のビジネスにデザイン思考が必要な理由』の中では、越境型のイノベーション人材「H字型人材」と表現しました。ただやみくもに様々な領域に手を広げればいいというわけではなく、専門の土壌を2つか3つ耕して、柱をしっかりと立てていくことで、ときに軸足を変えながら、複数領域のシナジーを生み出すことができます。

後編につづく
世界の経営学者はいま何を考えているのか
世界の経営学者はいま何を考えているのか
入山章栄
英治出版
世界の経営学者はいま何を考えているのか
世界の経営学者はいま何を考えているのか
著者
入山章栄
出版社
英治出版
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佐宗邦威
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21世紀のビジネスにデザイン思考が必要な理由
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著者
佐宗邦威
出版社
クロスメディア・パブリッシング(インプレス)
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文責:松尾 美里 (2016/04/21)

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