世界で通用するグローバル人材は何が違うのか?
海外トレーニー制度を成功させる秘訣

今回お話をうかがうのは、早稲田大学政治経済学術院教授、同大学トランスナショナルHRM研究所所長の白木 三秀さん。

国士舘大学政経学部助教授、同教授を経て、99年から現職へ。社会政策、人的資源管理を専門とし、多国籍企業が複数の国籍かつ文化的背景の従業員を経営資源として活用する、「国際人的資源管理」を日本に広めた第一人者です。また、『グローバル・マネジャーの育成と評価』(早稲田大学出版部)、『新版 人的資源管理の基本』(文眞堂)など多くの著書を上梓されています。

内向き志向と言われがちな若手社員が、グローバル人材へと成長するためには、どんなスキルや経験が必要なのでしょうか。

※本インタビューは、フライヤー×サーキュレーションの「知見と経験の循環」企画第14弾です。経営者や有識者の方々がどのような「本」、どのような「人物」から影響を受けたのか「書籍」や「人」を介した知見・経験の循環について伺っていきます。

なぜ最近の若手社員は海外勤務を避けるのか?

グローバル人材は今後の日本にも不可欠な存在だと思いますが、白木先生の考える「グローバル人材」の定義を教えてください。

白木 三秀さん(以下、白木):グローバル人材とは、ダイバーシティ度合いの高いビジネス環境下で、自分の立ち位置を客観的に把握し、確実に成果が出せる人材のことです。多様な背景、専門性、価値観を持った人たちと対峙したときに、会社の肩書きに頼らずとも一人で互角に渡り合えるようになるには、海外経験が大事になってきます。

最近では、海外勤務を避ける若者が増えていると聞きますが、原因は何なのでしょうか。

白木:彼らがある種、「先進国病」に陥ってしまっているからでしょう。今の20代後半の若手社員は、バブル崩壊後の低迷した状況しか経験していないものの、便利で何の不自由もない生活に慣れ切っています。そんな時代背景で育ってきた彼らに、上の世代が「ハングリー精神を持て」と言っても響くはずがありません。これまで飢餓感や危機感を味わったことなどないのですから。若手社員は、自分と似た価値観の人たちとのSNS上のコミュニケーションで満足してしまい、世界に目を向けるどころか、自分と同じコミュニティという狭い世界にしか関心が向いていないのです。

しかし、東南アジアをはじめ他国がどんどん成長する中、日本の経済レベルは相対的には下がっていき、このまま現状に甘んじていれば、途上国になってしまうと言っても過言ではありません。つまり、じわじわと環境が変化していることに気づかず、最終的に致命的な状況に至る「ゆでガエル現象」が起きているんです。

ゆでガエル現象ですか……。

白木:そうならないためにも、若いときの海外経験が大事なのです。数年前、海外赴任者の課題をあぶり出すために現地スタッフが日本から派遣された日本人マネジャーをどう評価しているかについて調査を行いました。結果は『グローバル・マネジャーの育成と評価』(早稲田大学出版部)にまとめていますが、これまで述べたことを裏づける結果が明らかになりました。それは、現地の社員から明確に高い評価を得ている日本人については、「(トータルの)海外勤務年数が長く、若い時期に海外赴任を経験している社員ほどパフォーマンスが高い」という点です。

日本企業の場合、一度の海外勤務で3~5年滞在するケースが一般的であり、平均して4年くらいの赴任が多い。ハイパフォーマーは、入社2~8年くらいの時期に海外赴任を経験し、現地で揉まれることで、世界で働くことのレベル、自分の弱点などについての気づきを得ることができ、その後の自己革新、良い目標設定に結びつけられると考えています。

若い時期に海外経験を積んだ社員はココが違う!

若い時期に海外赴任をしていることがハイパフォーマーに重要な要素なのは、なぜでしょうか。

白木:グローバル人材のコンピテンシーには、「コアとなる基本特性」というのがあります。この特性は、自分を客観的に把握する「自己認識力」、自分を常に成長させようとする「自己変革力」、そして、「好奇心の強さ」の3項目から成ります。若い時期に海外赴任をしていると、とりわけ自己認識力と自己変革力が大いに磨かれていくのです。なぜなら、東南アジアをはじめ、経済成長率の高い国々の優秀な若者は、視野が広く問題意識も違う。そんな人たちに囲まれると、おのずと自分の置かれた状況がわかり「このままではいけない」「自分を成長させなくては」とスイッチが入るからです。ハイパフォーマーは、柔軟性の高い若い時期に、こうした「気づき」を得ているのです。気づきさえあれば自分を変革する力は高まっていきます。

若いうちに「このままではダメ」という気づきを得ることが大事なのですね。

白木:最近、20代後半~30代の時期に海外勤務をしている若手社員が、現地の上司からどのように評価されているかについても調査を行いました。調査内容は、現地に派遣された若手社員と、現地の直属の上司の双方に、同じ質問に答えてもらい、若手の自己評価と上司からの評価のギャップを探るというものです。評価項目については、「仕事の成果」、「スキル・能力(の向上)」、現地の職場にうまく溶け込んでいるかという「仕事・生活環境への適応」、そして「仕事の満足とモチベーション」という4つの観点を設けました。

すると驚くべきことに、自己評価よりも、上司からの評価のほうが高かったのです。また、海外赴任年数が1年、2年と長くなればなるほど、先ほど述べた4つの観点においても、評価得点が上昇していく傾向にありました。一般的に、自己評価は甘くなりがち。自己評価のほうが上司評価より高くなりそうなので、意外な結果でした。

これらの評価を押し上げた要因は、「前向き行動力」いわばチャレンジ精神です。調査に協力してくれた若手社員は、自らの意志で海外勤務を希望しており、もともとチャレンジ精神が高い。だからこそ、新しいことに臆することなく挑戦し、それが仕事のスキル向上につながり、「ハロー効果」も相まって上司からの高い評価につながっている面も大きいと解釈できます。

海外に打って出たいという若者と、海外に関心が薄い内向きな若者と、二極化が起きているのかもしれませんね。

海外トレーニー制度の効果を高めるには?

海外経験を積ませて人材育成に成功している会社では、どんな教育や環境整備をしているのでしょうか。

白木:日立は、若い時期の海外経験の重要性を認識し、入社した文系総合職全員を海外の子会社や工場に短期派遣する「海外トレーニー制度」を導入しています。期間は半年~1年が一般的ですが、導入して5年のうちに派遣者は数千人規模に及びます。渡航や事前の研修、受け入れ体制の整備などを考えると、かなりのコストがかかります。ですが、日立のような会社の経営陣は、「教育=投資」という考えを強く持っているようです。本格的な効果が出るのは先ですが、中長期的に自社でどんな人材を育成する必要があるのかを考え、それを実行に移せるかどうかは、トップの本気度にかかっていると言えるでしょう。

今や海外トレーニー制度は珍しいものではありません。現業種を問わず大企業の6、7割が何らかの形でこの制度を導入しています。ただし、「競合がやっているから」という理由で、育成のゴールやプロセスが明確でないまま、流行に乗って導入している企業も少なくない。目的意識もなく導入した企業では、海外経験を積んだ社員を活かすことが難しい。よって、いずれはコストがかかるからという理由で制度を廃止してしまうでしょう。

海外文献が並ぶ白木先生の研究室でインタビューを行いました。

海外トレーニー制度の効果を高めるには、企業側には何が必要でしょうか。

白木:トレーニー制度の効果を上げるには、送り手側の人事部門が、トレーニーにどうなってもらいたいのか、どんな力を赴任中に身につけてほしいのかをきちんと定義することが必要です。そのうえで、こうした内容を受け入れ側の上司・評価者にきちんと説明しなければなりません。中には、日本から若手社員を派遣しても、現地の上司が忙しいからといってトレーニーをほったらかしにしたり、逆に雑用をあてがったりするという残念なケースも散見されます。

こうしたケースを防ぐには、派遣期間中にどんなプログラムで育成すればいいのかを現地の上司に認識してもらい、それが実施されているかをチェックする体制が必要です。現地の上司と派遣された社員にそれぞれ週報を提出してもらうのも手です。また、トレーニーの海外での状況を、定期的にチェックしてくれるアウトソーサーと組むことも、有効な選択肢になります。人事側も「制度が導入されたからやる」という受け身の姿勢ではいけません。「プロを育成するプロ」としての意識とスキルが求められるといえますね。

内向き志向の若手社員の意識を変えるにはどうしたらいいのでしょうか。

白木:そもそも会社で意識改革を行うには限界があります。私はシステマティックに教育の体制を変える必要があると考えています。例えば大学在学中に短期でいいから途上国を含めて留学経験を必須にしてはどうでしょう。年間の授業料を10万円上げれば可能です。

もともと、日本には「良い教育にお金がかかる」という発想がほとんど根づいていません。ハーバード大学では年間授業料が500万円程度もかかるのに比べて、日本では私立大学でも年間100万円程度。つまり、海外では教育は将来の重要な投資であり、そのためにはお金がかかるという考えがあるわけです。

社員の意識改革に向けて、企業ができることはあるのでしょうか。

白木:もちろん、海外に行く機会整備や学生の意識改革を、大学に丸投げするわけにはいきません。そこで企業が率先して、海外トレーニーやインターンシップなどの機会をつくることが重要です。1、2カ月の短期間の海外派遣なら、人材育成の余力がある大企業以外でも、実施できる可能性が高まります。また、極端な話、渡航費の捻出が難しくても、国内でも異文化一色の体験をさせることもできます。日本にはあらゆる国や地域の留学生がいますから、そこで集中して過ごす機会を設ければいいのです。

海外の学生たちと議論し、深くコミュニケーションをとることが避けられない状況に置かれれば、彼らの学びに貪欲な姿勢や、教養の幅広さ、専門知識の高さを目の当たりにする。自分の実力を客観視し、殻を割ろうとしていく人が増えるはずです。

現地の定番・流行本は、グローバルな教養を身につける最高の教科書

最後に、グローバル人材をめざすうえで、お薦めの本を教えてください。

白木:フランスのエリート中のエリートが通うグランゼコール出身者でも、本物の「尊敬されるエリート」になるには、次の2点を備えないといけないそうです。それは、「mathematics(数学)とart(芸術)がわかる人」だそうです。つまり、ロジカルに考えて説明できるだけでなく、古今東西の幅広い教養を持っている人のこと。この教養というのは、赴任する国や地域で、みんなに馴染みのあるものや人気のあるものを知っておくことも含まれます。

例えばアジア圏で仕事をするなら、東南アジアに関する短編を数多く残したサマセット・モームを、英文のペーパーバックで読んではどうでしょうか。モームの作品のなかでは『月と六ペンス』などは誰もが知る名著ですのでおすすめです。

赴任先の定番や流行の本から、教養を深めていくのですね。

白木:もし中国に赴任するなら、『三国志』は読んでおいたほうがいい。中国人の大多数に馴染みのあるストーリーですから。『三国志』を知っているというだけで、中国に興味を持っていることが相手に伝わり、胸襟を開いてもらうきっかけになります。

またアメリカなら、弁護士経験を活かして法廷ものを数多く執筆しているジョン・グリシャムの小説や映画にふれておくとよいでしょう。逆の立場で考えてみれば明白です。もし日本にやってきた外国人が村上春樹の話にノッてくれたら、親近感がわきますよね。本のジャンルは歴史でもSFでも、自分の好きなところからでいい。またスポーツや音楽でもよいでしょう。自分が接する国や地域のローカルな文化にふれようという飽くなき好奇心が、グローバル人材に不可欠な教養の土台となってくれます。

それなら今日からでも始められそうです。こうした本や歴史などにふれることに加え、会社主導ではなく、個人自らがグローバル人材になるべく鍛えておくべきことは何でしょうか。

白木:世の中の動きにアンテナを立て、自分の頭で考えながら、日々地道にプロフェッショナルとして進んでいくことではないでしょうか。その場合、国内外の友人ネットワークを持ち、語学力を高めておくことが前提となりますね。

貴重なお話をありがとうございました!

ビジネスノマドジャーナルのインタビューはこちらから! 学生時代に、当時の主流だった「欧米の知見から学ぶ」ことを選ばず、 あえて東南アジアを研究対象に選んだ白木教授。 大規模な調査を行うことで明らかになった海外における日本人のマネジメントの課題や、 グローバルな働き方、キャリアについての考え方などを、お話いただきました。
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文責:松尾 美里 (2016/09/08)
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