世界水準の「伝える力」を身につけるには?
日本人のプレゼン下手は「自分の強み」を知らないから

世界水準の「伝える力」を身につけるには?

今回インタビューさせていただくのは、慶應義塾大学、聖心女子大学、ビジネス・ブレークスルー大学で講師を務める狩野みきさん。20年にわたって、世界基準の「考える力」「伝える力」と英語を指導されています。このたび『アメリカの大学生が学んでいる「伝え方」の教科書』 の監訳をされ、本書は7週連続大学生協のビジネス書部門で1位に。

華々しいTEDのプレゼンに憧れを抱くことはあっても、「プレゼンや会議で取り入れるにはちょっと敷居が高い」という方も多いのではないでしょうか。日本のビジネスパーソンでも、存在感あるプレゼンを行うには? 実践のコツをお聞きしました。

グローバル時代では「話し手責任スキル」がなければ生き残れない

── 狩野さんが監訳された『アメリカの大学生が学んでいる「伝え方」の教科書』 は、ハーバード大学など1300校以上の大学で使われてきたプレゼンの定番教科書です。今このタイミングで、日本でも大きく注目されるようになった背景は何ですか。

アメリカの大学生が学んでいる「伝え方」の教科書
アメリカの大学生が学んでいる「伝え方」の教科書
スティーブン・E・ルーカス,狩野みき(監訳)
SBクリエイティブ
アメリカの大学生が学んでいる「伝え方」の教科書
アメリカの大学生が学んでいる「伝え方」の教科書
著者
スティーブン・E・ルーカス 狩野みき(監訳)
出版社
SBクリエイティブ

グローバル化の影響により、ビジネスの現場で日本人特有の「聞き手責任文化」では立ちいかなくなったからではないでしょうか。日本では「沈黙は金」という格言にあるように、あうんの呼吸で伝え合うことが良しとされ、聞き手が話し手の意図を汲み取ることが重視されてきました。

一方、多文化の人が集まるグローバルな環境では、それぞれの前提や常識が異なるため、話し手が相手に理解してもらう責任をもつという「話し手責任文化」に必然的になります。アメリカ人が事細かに説明するのは、このためです。もちろん、どちらの文化も個性の違いにすぎないので、日本のスタイルを否定する必要はありません。

ただ、色々な国の人と渡り合っていくには、「話し手責任」の考えのもと、人前でプレゼンする力、パブリック・スピーキングの力を発揮することが求められます。会議や交渉はもちろん、企画を通すとか、商品の世界観に共感してもらって購入してもらうとか、何らかのゴールへと相手を動かすことはすべて「プレゼン」の範ちゅうになりますから。

『アメリカの大学生が学んでいる「伝え方」の教科書』 の原著にはeffective(効果的)という言葉が多用されていますが、この「目標達成のために、複数人の人に効果的に伝える」というのが、プレゼンにおいて中核となる概念なんです。

プレゼンの幅広さ、奥深さを丁寧に語る狩野さん。

── 海外の人と接する場合は、プレゼンだけでなく日常のあらゆるシーンで「効果的に伝える」ことが求められるということですね。

こうした効果的な伝え方を、アメリカの高校・大学では、「パブリック・スピーキング」という一つの科目として学びます。日本の学校教育だと、英語や社会の授業で発表形式の一部としてプレゼンという形態をとることはあっても、伝え方に特化して体系的に学ぶ機会は、ほぼ皆無といってよいでしょう。

そんな中、サンデル教授やスティーブ・ジョブズといった名プレゼンターが次々に表舞台に登場した。さらには、トランプとヒラリー・クリントンの熾烈な選挙戦によって、伝え方が選挙の結果にまで影響を及ぼすという現実をまざまざと見せつけられました。そこでグローバル化の波と相まって、日本でもようやくパブリック・スピーキングの重要性が認識され始めたといえます。

── 狩野さんが「伝える力」を指導する際に大事にしていることは何ですか。

日本人の多くは、TEDのプレゼンなどを見て、付け焼き刃でテクニックを身につけようとします。ですが、枝葉のテクニックに走る前に、そもそも「相手の心を動かす」という根幹の部分を学んで、実践できることが大前提となります。そこで、私が「伝える力」を指導する際は、「心を尽くして伝える」という一番大事な部分をおろそかにしないように、ということを強調しています。

この世に「個」として生まれてきた以上、何をもって貢献するかを考えた上で、行動できる人を増やしたい、と考えています。一人一人がそれぞれの強みを活かして社会に貢献していくには、「心を尽くして人に伝える」という力が大事な武器になる。この一番基本的な部分が、世界で通用する「伝える力」なんです。

日本人は、謙遜を美徳とすることもあり、「人と違うこと」を必要以上に恐れる傾向にあります。自分自身の強みをはっきりと理解できている人も少ないですね。ですが、心を尽くして人に伝えるためには、そもそも自分という「個」を理解して、それを活かすことが大前提となります。

自分らしさを発揮したいなら「原稿を読んではいけない」

── 自分という「個」を理解して、持ち味を活かすコツは何ですか。

強みというのは、自分が弱みだと思っていることの裏返しです。例えば些細なことでイライラしがちな人は、きっちりしているとか、流されやすい人は集団の和を大切にできるとか。

プレゼンというとTEDのイメージが強くて、はきはきと、派手なジェスチャーで聴衆に印象づけなくては、と思うかもしれません。そのため、「話しベタ」の人は、一見不利に思えます。ですが、小さな声で訥々(とつとつ)と話しながらも、聞き手の興味を引くようなエピソードを一つ挿し込んでみる。すると、それだけで「おとなしそうなのにイメージと違う」とギャップも生まれ、聞き手をグッと引きこむことができます。

── たしかに、良い意味でギャップがあると印象に残りますもんね。

ただし、こうした効果が期待できるのは、話し手が原稿に頼らずにプレゼンをしたときだけです。原稿がなければ、話し手は自分の言葉で語るので、ちょっとした言葉選びやしぐさから、その人の「人となり」がにじみ出るんです。だから、自分らしさを活かすという意味でも、伝えたいことを頭の中に刻み込んで、自分の言葉で語るほうがいいんですよ。

── 日本のビジネスの現場では「TED風なプレゼンは倦厭(けんえん)される」といわれますが、実際はどうなんでしょうか。

ビジネス・ブレークスルー大学で講師をしていて、その悩みを持つビジネスパーソンは少なくないと実感しています。『アメリカの大学生が学んでいる「伝え方」の教科書』 では、「ストーリー(ちょっとしたエピソード)を語ること」が人を引きつけるのに効果的だと指摘されています。ですが、日本のビジネスでは私事が忌み嫌われる文化がある。

そこで、エピソードが私的なテーマにならないようにするという点だけ意識しておき、イントロ・本論・結びという構成は使い、聞き手にどんな状態になってほしいのかという最終着地点に向けて、イントロに何をもってくればいいのかを考えることをおすすめします。例えば、AIが今後社会をどう変えていくのか、というテーマについてプレゼンであれば、「今日この場に向かう電車の中でふと見回すと、車内で紙の新聞や本を読んでいる乗客はほとんどいなくて、皆スマホ・タブレットにじっと見入っている。皆さんはどうでしょうか。『機械』はますます私たちの『一部』になってきています」というように、聴衆や第三者に関連するストーリーを語るのもよいでしょう。

「知的コスプレ」で、聞き手の脳内を入り込む

── 本書では「聞き手の分析」が重視されている印象を受けました。聞き手が多様になればなるほど、聞き手は誰で、聞き手にとってどんな内容・伝え方が効果的なのかといったことを考えるのが、ますます難しくなると思います。このハードルを越えるには何が有効ですか。

ダイバーシティというと、異なる国籍や文化の人をいかに理解するかという話になりがち。ですが、そもそも一番身近であるはずの血縁関係においても、親戚の人たちの顔を思い浮かべたら、世代も価値観も様々で、ダイバーシティの縮図であることに気づくはずです。ダイバーシティは意外に身近にあるという前提のもと、相手のことを「わかったつもりにならない」のが重要です。相手のことを知りたい、理解したいという前向きな気持ちを持ち続けることが、多様性を受容していく一歩になります。

── 同じ会社や学校の人だと、つい相手のことをわかっていると思い込みがちですよね。

人によって見方や価値観がいかに違うのかを理解するのに効果的なのは、良質な小説を読むことです。おすすめは、湊かなえさんの『告白』という小説。とある中学校で起こった事件の断片が、様々な登場人物の視点で描かれており、徐々に事件の全体像が見え、衝撃のラストが待っています。『告白』を読めば、同一性が高いであろう日本の学校内ですら、驚くほどの多様性が渦巻いていることや、同じ現象に対して人それぞれの見方があることが実感できるでしょう。

また、誰かにカチンとくることを言われたときに、「相手はなぜそういったのだろう?」と考えてみるのも、価値観の多様性を知る格好のトレーニングになります。

同様に、聴衆のある一人を具体的にイメージして、まるでその人の脳内に入り込んだかのようにシミュレーションするのもおすすめです。普段、この人はどんなことに関心があって、どんなことに困っているのか、最近知人とどんな話で盛り上がっているんだろう、と。こんなふうにその人になりきって考えることを、私は「知的コスプレ」と呼んでいます(笑)

細部までシミュレーションしていく中で、「こういう課題を抱えているなら、こうしたトピックをプレゼンに盛り込めば、興味を持ってもらえるし、課題解決につながるのではないか」というアイデアが自然と浮かんできます。

── 私も「知的コスプレ」、やってみたいと思います! プレゼンの内容を聞き手に忘れられないようにするために、話し手が意識すべきことは何でしょうか。

プレゼンを聞いている最中は「すごい」と思っていたのに、会場の外に一歩出たら忘却の彼方に……というのはなるべく避けたいですよね。これを防ぐために、「今日の話で聞き手に持ち帰ってもらいたいおみやげ」を必ず1つ残すようにしています。おみやげというのは、驚くようなデータや、思わず人に言ったりSNSに書き込みたくなったりするようなネタのこと。「あれって実はこういうカラクリでできている」というのを知ったら、つい周囲に言いたくなりますよね。しかも、聴衆がまさに課題に感じているものを解決してくれるネタなら、なおさら強烈に記憶に残ります。

例えば以前、小さなお子さんをお持ちで、英語教育に関心のある親御さん向けに講演をする機会がありました。そこで親御さんたちの脳内をシミュレーションした結果、こんなデータを講演に盛り込むことにしたんです。「外国の英語の教科書を日本人の子どもたち相手にそそのまま使って教えてもうまくいかない」というデータです。なぜうまくいかないかというと、日本人は先に公式やルールを覚えて個々の事例にあてはめていく演繹法スタイルに慣れているから。それなのに、いきなり個別の事例から共通ルールを導き出す帰納法スタイルの教科書にふれても、ついていけないんです。このネタは親御さんの関心とマッチしたようで、講演後SNSでかなりシェアされていました。もちろん、驚かせて終わりではなく、生まれた疑問の穴埋めをするように、解決策も伝えてあげることももちろん大切です。

 

── それは記憶に強く残りそうですね! 最後に、フライヤー読者がプレゼンを学ぶうえでのロールモデルを教えてください。

一番はやはりスティーブ・ジョブズですね。抜きん出たプレゼン力の持ち主でありながら、決して練習を怠らない。彼はどの所作、セリフをとっても、練習を重ねた人だけがたどりつける境地に達しています。自分たちの手掛ける商品への強い思い入れがあるからこそ、どうしたら聴衆にその商品をほしいと思ってもらえるかと、伝え方を練り上げ、自信にあふれた表情で語れるのだと思います。一つ一つの言葉や動きが完璧になっても、練習を積み重ねていく。こうした姿勢がいかに大事かという、プレゼン原点に立ち戻らせてくれます。

── プレゼンのたびに思い出したい学びばかりでした。貴重なお話をありがとうございました! 

アメリカの大学生が学んでいる「伝え方」の教科書
アメリカの大学生が学んでいる「伝え方」の教科書
スティーブン・E・ルーカス,狩野みき(監訳)
SBクリエイティブ
アメリカの大学生が学んでいる「伝え方」の教科書
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著者
スティーブン・E・ルーカス 狩野みき(監訳)
出版社
SBクリエイティブ

狩野みき

THINK-AID 主宰 講師・著者

慶應義塾大学、聖心女子大学、ビジネス・ブレークスルー大学講師。考える力イニシアティブ、THINK-AID 主宰。20年にわたって大学等で「考える力」「伝える力」と英語を教える。『世界のエリートが学んできた「自分で考える力」の授業』(日本実業出版社)『プログレッシブ英和中辞典』(共同執筆、小学館) など著書多数。2012年、TEDxTokyo TeachersにてTEDトーク "It's Thinking Time"(英文)を披露し、好評を博した。

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文責:松尾 美里 (2017/04/27)

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