シリコンバレーの常識、「逆説のスタートアップ思考」を身につけるには?
東大発スタートアップの動向に迫る

スタートアップの成功確率を著しく上げる思考法、その名も「スタートアップ思考」。この思考をアイデア、戦略、プロダクトの観点から体系的に学べるのが『逆説のスタートアップ思考』です。この本によると、スタートアップ思考のカギとなるのは「直観的には成功からほど遠そうな戦略やアイデアのほうが成功しやすい」ことだといいます。

今回は、著者で東京大学産学協創推進本部の本郷テックガレージにてディレクターを務めている馬田隆明さんに、日本のスタートアップの注目すべき動向や、スタートアップ思考を身につけるための方法についてお聞きしました。

シリコンバレーでの常識を日本にも浸透させたい

『逆説のスタートアップ思考』を執筆しようと思った理由は何ですか。

逆説のスタートアップ思考
逆説のスタートアップ思考
著者
馬田隆明
出版社
中央公論新社

これまで「逆説のスタートアップ思考」をSlideShare(SlideShareリンク)で公開していましたが、主な読者はスタートアップ界隈の方でした。大企業に勤めていて新規事業に携わっている方や、スタートアップとのオープンイノベーションに関わる方には、なかなか届かない。そこで書籍という新しいチャネルで彼らにリーチして、大企業とスタートアップとのコラボレーションを増やすことにつなげたいと考えました。

スタートアップ界隈から大注目の、40種類以上に及ぶ長編スライド

これまでシリコンバレーの起業家のアドバイスを一部紹介した情報はありましたが、これだけ体系的にナレッジを公開されていたのがすごいです!

公開のきっかけは、前職の日本マイクロソフト時代に Microsoft Ventures の取り組みを通して起業家を支援していた頃に遡ります。シリコンバレーやロンドン、パリ、イスラエルといった欧米のスタートアップを比べると、スタートアップの飛躍的成長につながるナレッジやノウハウが日本ではあまり浸透していない、という危機感をもっていました。そのナレッジとは例えば、一般的なスタートアップの経営ノウハウだけではなく、「一見、不合理なアイデアを選ぶ」、「競争したら負け犬」、「多数の好きより少数の愛」といった反直観的な内容についてもです。「多数の好きより少数の愛」を例にとると、一般的には、多くの人から好かれる製品をつくったほうがよいと思われていますよね。ですが、スタートアップ初期においては、多数の人からほどほどに愛される製品ではなく、少数の熱狂的ファンから深く愛される製品をつくったほうが成功しやすいと言われています。少数のファンは長期的な顧客になってくれますし、プロダクトの改良に役立つフィードバックをくれるからです。

一方、日本では、こうした反直観的なスタートアップの考え方だけではなく、「プロダクト・マーケット・フィット」(※1)や「カスタマーサクセス」(※2)、「ユニットエコノミクス」(※3)といった単語もあまり知られていませんでした。もちろん単語がすべてではないですが、知っていると、スタートアップが急成長をめざすうえで考えるべきことが明確になり、コミュニケーションがスムーズになるというメリットがあります。日本が海外のスタートアップと勝負するためには、まず基礎を固める必要があるので、スタートアップのノウハウを輸入することが第一だと思ったんです。
(※1)プロダクト・マーケット・フィット:ユーザーを満足させる最適なプロダクトを最適な市場に提供している状態。マーケットがプロダクトをプルしている(強く要望している)状態とも言われる。
(※2)カスタマーサクセス:顧客の潜在的な悩みに対し、アクティブに働きかけて解決し、顧客を成功に導くこと。
(※3)ユニットエコノミクス:顧客あたりの経済性。顧客獲得に要した費用と顧客から得られる収益のバランスについての概念。

『逆説のスタートアップ思考』著者の馬田隆明さん。

「バカバカしいアイデアをバカにすると後で損をする」

本書では、FacebookやAirbnbのように、スタートアップ思考を実践して急成長を遂げたスタートアップの事例が紹介されています。一方、日本ではシリコンバレーと比べてスタートアップ思考がそれほど浸透していないように感じますが、この違いはどこからくるのでしょうか。

単純比較はできませんが、「短期間で何かを成し遂げる」ことや「社会を良くする」という意識の強さは関係している気がします。先日、シリコンバレー在住歴17年になる方がこうおっしゃっていました。「シリコンバレーでは大学生も含めて、社会を変えるという意識が非常に強い」と。そしてその手段として起業が当たり前の選択肢としてある。
おそらく、社会課題に挑戦し、短期間で成功している起業家が身近にいることが大きいのでしょう。また、成功した起業家が寄付に大金を投じるという面も含めて、スターとして認識されていることも、日本との違いにつながっていると考えています。

マーク・ザッカーバーグは、学内SNSをつくるという思い先行でFacebookを立ち上げ、「世界中の人々をつなげる」というミッションを後から思いついたそうです。ですが、彼は学生時代から世界の行く末について仲間と活発に議論していたと聞きます。こういう環境が用意されているかどうかは大事ですよね。

日常的に世界の課題について話し合う空気もできているのですね。

シリコンバレーの人たちは、「バカバカしいアイデアをバカにすると後で損をする」ということを身をもってわかっていると、Y Combinator の社長であるサム・アルトマンは言っていました。たとえばイーロン・マスクが、電気自動車を走らせるというミッションを掲げ、テスラモーターズを立ち上げたのは2003年のこと。電気自動車は資金力のある自動車メーカーが何年も研究・開発をしてきた分野であるにもかかわらず、自動車製造に携わったこともないスタートアップが、そこに打って出るというのは、大多数の人にとっては「ありえない」アイデアに映ったはず。ですが、ふたを開けると、テスラモーターズは大成功を収めていますよね。そんなアイデアをバカにせずに、初期から働いたり協力したり投資したりしていれば、今ごろ大きな経済的豊かさを得ているはずです。こうした事例から、バカバカしいアイデアを受容しないでいると損をするということを彼らは学んでいるんです。

本書では「まだ名状しがたい課題」を「考え出す」のではなく「気づく」ことが大事と書かれていました。「気づく」ことができる人はどんな特性の持ち主なのでしょうか。

流行や社会規範の変化に敏感な人でしょうか。例えば、Airbnbが流行っていると聞いて、「便利なサービスだな」で終わるのではなく、「他人の家に泊まるのもアリ」という選択肢が広まりつつあるということに気づけるかどうか。それを受けて、「こういうサービスも流行りそう」という発想ができる人ならなおいいですね。

また、Y Combinatorの創業者であるポール・グレアムは「若い人のほうが有利」と言っています。若者は流行や変化に敏感ですから。例えば、チャットアプリのSnapchatが若者の間で流行り始めているとか、アンテナの感度のよい人が取り入れている最先端のツールは何か。あるいはもうクールでなくなってしまったものは何か。こうしたことを気付ける機会は、若い人のほうが断然多いです。情報のソースが多様かつ多量であればあるほど、そしてネタ帳が新しいほど、「気づき」を得やすく、アイデアの組み合わせも数多く生まれていく。
また、気づくだけでなく、その後気づきを「信じ通せるかどうか」も大事になってきます。スタートアップ的な考え方を実践に移すには、周囲からバカバカしいと言われても、批判を真に受けないこと。周りからのアドバイスは取捨選択しながら聞きつつも、過度な自己批判に陥ったりせずに行動できるかどうかが問われます。

成功した起業家・投資家は「哲学」を学んでいる

馬田さんは、東京大学の学生が技術的なプロジェクトを進められる、本郷テックガレージで指導にあたっておられます。「気づく」力を磨くために、テックガレージの学生たちにどんな学びや経験を薦めていますか。

2005年スティーブ・ジョブズのスピーチが有名になりましたが、時を同じくしてアメリカポストモダン文学を主導したデイヴィッド・フォスター・ウォーレスがケニヨン大学で行った卒業式スピーチがあります。“This is Water”というタイトルです。素晴らしいスピーチなので、学生にも聞くことをお勧めしています。
このスピーチから学べるのは、注意を何に向けて、世界をどのように解釈するかは個人で選べるのだということ。同時に、その解釈に必要となる「ものの見方」にたくさん触れるために、哲学や社会学といったリベラルアーツを学ぶことが強みになると再認識させられました。

リベラルアーツの中でも特に哲学を学ぶことは非常におすすめです。Y Combinator の創設者であるポール・グレアムだけではなく、起業家でもあり投資家でもあるピーター・ティールやクリス・ディクソン、LinkedInの共同創業者リード・ホフマン、Slack と Flickr の共同創業者スチュワート・バターフィールド。名起業家や投資家で学生時代に哲学を学んだ人は少なくありません。

もちろん問題解決のためのエンジニアリング能力も必要ですが、そもそも良い問題を発見することが大事で、その力を養ううえでも哲学は役に立つように思います。

東大発スタートアップで注目すべき動向とは?

東京大学産学協創推進本部 (http://www.ducr.u-tokyo.ac.jp/) のスタートアップ支援においては、大学の研究成果をもとにしたハードテックスタートアップが増えているとお聞きしました。

今後、日本の市場が縮小する中で、世界に打って出る必要性が増してきます。そこで日本の強みとなるのは技術力だと思っています。こうした状況を受けて、大学では、技術を社会に還元しようという動きが強まってきました。東大でも、若い先生を中心に社会課題を解決することが価値になるという思いから、民間企業とのコラボレーションが増えています。

企業と東京大学、東大発ベンチャーの連携を促すハブ、産学協創推進本部。

馬田さんが注目している動向やスタートアップは何ですか。

東大発のスタートアップで注目しているのは、持ち運べるコンパクトシャワーによって、使った水のリサイクルを個人単位で可能にしようとするHOTARU(http://hotaruco.com/jp/)です。世界的な課題となる水問題の解決だけでなく、人間の生活環境の大きな変化をめざすところが、孫泰蔵さんをはじめ、多くの投資家の注目を集めています。 このほか、物流ピッキング用ロボットのソフトウェアを開発するMUJIN(http://mujin.co.jp/)にも注目しています。CTOのロセン博士は OpenRAVE (http://openrave.org/) の開発者で、世界でも有名な技術者。彼と働きたいという優秀な技術者が殺到しています。
超小型人工衛星の設計開発を行うアクセルスペース(https://www.axelspace.com/)も、宇宙開発という難しい課題にアプローチしようとしているところに、世界中の技術者が引きつけられているようです。

『逆説のスタートアップ思考』で紹介されていた「難しい課題ほど優秀な人材や応援者を集めやすく簡単」という真実を裏づけるようですね。

そうですね。スタートアップではこれまでIT系が多く占めていましたが、今後は製薬や医療、ヘルスケアの分野も活発になると見ています。規制の問題はありますが、医療費の問題などはまったなしの課題。この領域に参入する20、30代で思いの強い起業家が増えていく流れができているので、後押しできる環境を作りたいと思っています。

「サイドプロジェクト」がスタートアップ思考を学ぶ近道

日本ではこの数年、VCやCVCなど資金的な支援者は増えている印象です。一方で、起業に必要なスタートアップ思考のような思考法を学べる環境はまだ整っていないように感じます。こうした思考法を学ぶには何から始めればいいのでしょうか。

推奨しているのは、まずサイドプロジェクトを始めることです。AppleもYahoo!もGoogleもFacebookも、いきなり会社を始めたのではなく、創業者たちが研究や仕事の傍らで自分の興味に取り組む中で始まっています。最初は「つくりたいものをつくる」でよいんだと思います。ただその中で、作ったらすぐにリリースしてユーザーに使ってもらってフィードバックを得ることはとても重要です。だからまずは自分の作りたいものを起点に、「誰もやっていなくて、少数の人から深く愛されるプロダクトやサービス」を小さく始めてみるのが大事だと思います。

まずは、やりたいことを起点に小さく始めればいいのですね。

「やりたいこと」と言うと「自分が本当にやりたいことは何だろう」と構えてしまうので、「つくりたいもの」ぐらいがちょうどいいのではないかと思います。学生たちには「最初からやりたいことやビジョンはなくてもいい」と伝えています。やっていく中で、やりたいことやビジョンが見つかっていくからと。Facebookですら、Mark Zuckerbergが何個もプロジェクトをやって、何度も失敗したあとに出てきたプロダクトです。もちろん失敗を恐れる学生もいますが、そんなときは「影響の少ない範囲で失敗してみたら」とアドバイスしています。大学生なら失敗しても新卒で就職できますし、そもそも挑戦的なプロジェクトの多くは失敗します。だから「失敗していいよ」と伝えて支援できる大人の存在は大きいですよね。

私が注力しているのは、こうしたことが失敗を通して学べる環境づくりです。本郷テックガレージという取り組みを始めてから1年弱で、エンジェル投資家や篤志家、協力企業から集めた資金をもとに、東大生たちが50以上の失敗前提のリスキーなサイドプロジェクトを立ち上げています。この中から次世代のGoogleやFacebookが誕生してほしい。私個人としては、数多くのサイドプロジェクトを支援して、その傍で数多くの失敗や成功を見ながら、スタートアップを成功させるためのメタレベルでの思考法をまとめて、広く共有していきたいですね。それが私にできる社会への貢献の一つだと思っています。

馬田さんの言葉に背中を押された未来の起業家が、今後ますます増えていくのだと思います。貴重なお話をありがとうございました!

逆説のスタートアップ思考
逆説のスタートアップ思考
著者
馬田隆明
出版社
中央公論新社

馬田 隆明

1984年生まれ。東京大学産学協創推進本部、東京大学本郷テックガレージ・ディレクター。University of Toronto卒業後、日本マイクロソフト株式会社にてVisual Studioのプロダクトマネージャ、テクニカルエバンジェリストとして数多くのスタートアップを対象に、技術面とビジネス面での支援を行う。現在は東京大学にて学生や研究者のスタートアップ支援活動に従事。

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文責:松尾 美里 (2017/06/07)
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