激変するバンガロールの最前線に迫る
世界のトップ企業がバンガロールに進出するワケ

激変するバンガロールの最前線に迫る

「インドのシリコンバレー」と呼ばれ、「バンガロールにいれば、次のITトレンドがいち早くわかる」といわれるバンガロール。世界のトップ企業が拠点を置く理由は何か。そしてユニコーン企業が次々に誕生するなど、スタートアップシーンが活況を呈している背景とは? 

バンガロールのソニー・インディア・ソフトウェア・センターに責任者として、約7年間駐在し、『インド・シフト 世界のトップ企業はなぜ、「バンガロール」に拠点を置くのか?』 (PHP研究所)を上梓された武鑓行雄さんにお聞きしました。

なぜシリコンバレーの最先端企業がバンガロールに集結するのか?

── まず、バンガロールの現状を教えていただけますか。

この10数年でインドIT業界は劇的に変わっています。中でもインドのイノベーションの前線基地といえるバンガロールは、世界のITトレンドの最先端をいく都市です。世界のオフショア市場全体の56%をインドが占めており、現在では、システム開発の下流工程を低価格で手がけるオフショア拠点というより、上流工程まで手掛ける一大拠点となっています。バンガロールには、インドIT業界全体の約3分の1のIT技術者がいます。2020年には200万人規模になり、IT技術者の数でシリコンバレーの規模を抜くと予測されているほどです。

日本の大企業の間では、AI研究などの研究・開発拠点をシリコンバレーに置く動きが盛んになる一方。しかし、当のシリコンバレーの企業は、最先端のテクノロジーに対応するため、既に設置しているバンガロールの拠点の規模拡大をしています。一例を挙げると、マイクロソフト、グーグル、アマゾン、オラクル、アドビシステムズ、インテル、シスコシステムズなど錚々たる顔ぶれです。

IT関連分野以外でも多くの業種の企業が進出しています。例えば、世界最大のスーパーマーケットチェーンであるウォルマートや、世界最大の決済ネットワークを提供するビザなど、まさに世界のトップ企業が開発拠点を設置しています。

── 世界のIT企業はもちろん、他の業種のトップ企業がバンガロールに拠点を置くのはなぜでしょうか。

技術革新が進むにつれ、すべての業種の企業戦略においてIT技術の重要性は増す一方です。ビックデータ解析、AI、ブロックチェーン、フィンテックなど、新しいテクノロジーに精通した人材は、世界的に引っ張りだこ。しかし、そんな人材はごく一部。そこで、IT人材の宝庫であるバンガロールに拠点を設置し、人材を育て技術開発をする企業が増えているのです。これがまさに最近のトレンドです。

インドは新興国として発展している途上にもかかわらず、すでに最先端レベルのIT技術を獲得しているという珍しい国。よくインドと中国の経済成長が比較されますが、この点が大きな違いです。

たしかに、中国はGDPが現在世界第2位で、第6位のインドと比べると、金額では約5倍の開きがあります。ただし中国の経済発展を支えたのは、低賃金の世界の工場としての地位、巨大な国内市場、外資が参入しにくい政策です。中国の大手IT企業であるテンセント、アリババ、バイドゥの躍進は、グーグルやフェイスブックが中国国内に存在しない中でのものです。よって、中国は最先端のIT技術を獲得して経済大国に発展したわけではないと考えています。

インドのIT業界の技術レベルは、IT先進国のアメリカに限りなく近づいています。規模でいえば、10万人以上の雇用をしているインドITサービス企業は5社あります。最大手のタタ・コンサルタンシー・サービシズで39万人、第2位のインフォシスで20万人、第3位のウィプロで17万人です。また、グローバル企業のIBMやアクセンチュアでも10万人以上をインドで雇用しています。それは全世界の雇用の3分の1以上になります。

これに対し、中国のITサービス企業で最大手は2万~3万人規模。つまり、インドITサービス企業のほうが、圧倒的に規模が大きい。この規模の差は技術レベルの差にもなっていると考えられます。こうしたことからも、今後インドの経済発展は中国の経済発展とは異なり、IT技術をベースに急成長を遂げていくと見ています。

しかも、人口は2024年には中国を抜いて世界首位になり、2028年にはGDPがドイツと日本を抜いて世界3位になるといわれています。世界の市場としても、インドはもはや無視できない状況になっているのです。

インド・シフト
インド・シフト
武鑓行雄
PHP研究所
インド・シフト
インド・シフト
著者
武鑓行雄
出版社
PHP研究所

── 2000年代には、バンガロールはアメリカ企業のシステム開発の下流工程を、低コストで手掛けるオフショア拠点という役割を担っていました。当時から注目を集めていた歴史的背景は何ですか。

もともと航空、軍事の重要な研究拠点が置かれていたことが影響しています。バンガロールはインド南部の内陸にあり、北部や湾岸部と比べて、他国から攻められる可能性が少ないからでしょう。インドというと一様に暑いと思うかもしれませんが、バンガロールの気候は1年中過ごしやすく、インドの軽井沢ともいえます。

また、技術系大学などの教育機関が多いため、優秀な技術系人材を輩出してきた地域です。こうしたことも、バンガロールにIT企業が進出した理由だといえます。

バンガロールの中心部。高級ブランドショップなどが軒を連ねる大型複合施設UBシティがあり、高級ホテルなども進出している。(『インド・シフト』p47より)
インフォシスの社内研修施設。敷地面積は東京ドーム26個分。(『インド・シフト』p79より)

アマゾンとしのぎを削る、インド最大Eコマース企業「フリップカート」

── 『インド・シフト』では、バンガロールでユニコーン企業が続々と登場していると書かれていました。武鑓さんがバンガロールに駐在される中で、その勢いを感じた経験はありますか。

スタートアップの勢いを感じたのは、2008年10月、私がバンガロールに駐在して間もない頃のこと。当時の自宅の斜め前にあったオフィスビルの一室で、あるスタートアップが数名で起業していたのです。それが実は、インド最大のEコマース企業へと成長を遂げたフリップカートでした。昨年、ソフトバンク・グループがフリップカートの筆頭株主になりましたが、今年の5月にはウォルマートに160億ドル(約1兆7千億円)で買収され、結果、時価総額は2兆円規模にもなります。

インドではフリップカートVSアマゾンというように、Eコマースサイトの企業同士が熾烈な競争を繰り広げています。アマゾンが猛追していますが、フリップカートはインドシェアNo.1の座を譲ろうとしない。こうしたインド最大のユニコーン企業が、わずか10年程度で生まれているのがバンガロールという地なのです。

フリップカートのほか、バンガロールの有望なスタートアップを、グーグルやヤフー、フェイスブックといった世界的IT企業が買収しており、活発にM&Aが行われています。

── バンガロールをはじめインド発のユニコーン企業は現在10社、その予備軍が50社あります。急成長するスタートアップが多いのはなぜでしょうか。

1つは、スマートフォンやクラウド技術の普及により、急増するインドの中間層に必要とされる様々なサービスの開発が容易となり、スタートアップの参入コストが劇的に下がったことがあります。

2つ目は豊富な高度IT人材です。インドIT業界で経験を積み、かつ起業家精神に富んだトップ人材が、スタートアップにチャレンジしています。特にユニコーン企業の創業者には、インドのトップ大学であるIIT(インド工科大学)や米国の大学院を卒業していたり、グローバルIT企業のインド拠点で働いていたりした人材が多く見受けられます。

3つ目は、スタートアップを支援するエコシステムが充実していることです。
シリコンバレーで経験を積んだ米国のベンチャーキャピタルなどが積極的に投資活動をしています。また、大学、企業、政府関係のインキュベーターやアクセレーター・プログラムなどが多く設置されており、2016年時点で、140カ所以上にのぼります。具体的には、マイクロソフト、ターゲット、インテル、オラクル、ボッシュ、アップルなどが、独自のアクセラレーター・プログラムを設置しています。

バンガロールにあるボッシュのメインの開発拠点。2017年時点、同社はインド全体で約2万人を雇用。(『インド・シフト』p97より)

目的は様々ですが、自社プラットフォームを広めるためや、自社製品やビジネスのイノベーションにスタートアップを活用するためです。スタートアップの囲い込みではなく、よりオープンイノベーションを志向しています。また、インド政府は「スタートアップ・インディア」という政策を発表しており、スタートアップが成長しやすい環境を作りだしているのも、スタートアップの急成長に寄与しているといえるでしょう。

「インドに進出しない理由がない」

── バンガロールが世界的イノベーションを生み出す都市としても注目されている理由は何ですか。

インドにはインフラの未整備、貧困、環境汚染といった問題が山積み。身分を問わず、交通事故や犯罪に巻き込まれるリスクがあります。文化も価値観も多様で、合意形成も簡単ではない。まさに「カオス」そのもの。

その一方で、スマートフォンが急速に普及していたり、手の指紋や目の虹彩で個人認証できる、インド版マイナンバー「アーダール」システムが導入され、登録者はすでに12億人を超えていたりします。このシステムは公的プラットフォームとして、APIが全て公開されており、政府、企業、スタートアップが先進的なアプリケーションが開発できるのです。その結果、最近ではスマートフォンによるキャッシュレス決済が一気に広まっています。まさにフィンテック革命が起きつつあるのです。

こうした場に身を置けば、新興国発となるリバース・イノベーションの種を拾いやすく、世界の課題を根本から解決するような商品やサービスの発想が浮かびやすい。そして、それを実現する人的リソースが豊富にあります。私が日本企業に、インドへの戦略的な開発拠点の設置をすすめる最大の理由も、「イノベーションが起こしやすいから」というのに尽きます。

グローバル展開を見据えたシステムやソフトウェアの開発、AIやブロックチェーンなど最先端テクノロジーの研究開発、大量のIT人材の獲得。バンガロールはこうした目的を達成できる世界でも例がない地域で、進出しない理由がないといってよいでしょう。

こうした状況に、欧米や中国・韓国のトップ企業はいち早く気づき、インドにトップ人材や資金を注ぎ込んでいます。本国以外では最大規模の拠点をバンガロールに置く企業も珍しくありません。ところが、バンガロールの急成長ぶりや戦略拠点としての重要性に気づいている日本企業は、まだまだ少ないのが現状です。

サムスンにとって海外最大規模のR&Dセンター。設置は1996年。(『インド・シフト』p95より)

── これだけの好条件がそろっているのに、日本企業がIT分野でインドを活用しないのはなぜでしょうか。

日本企業の経営層、幹部クラスがインドをほとんど知らないからというのが大きな理由です。欧米、中国の経験はあっても、インドとなると一度も訪問したことはないという方が圧倒的に多いです。そもそもインドに在留届を出している日本人は、2016年でたった9147人。これは、ほぼ同じ人口を擁する中国に在留届を出している日本人の12万8111人と比べて、非常に小さい割合です。

現に、私がインド赴任時に出会った日本人のほとんどが、販売、マーケティング、工場関係者の方々。理系出身でインドIT業界に接している日本人はほとんどいなかった。シリコンバレーに拠点をつくる、シリコンバレーのスタートアップと連携しようという動きはあっても、インドは見逃されたまま。「ベトナムやインドネシアに拠点を置いてもいいのでは?」という声も聞きますが、それは人件費削減だけを目的としているから。それだけ、戦略的な拠点としてのインドのすごさが過小評価されているといっていいでしょう。

しかも、2000年代初頭にインドのIT企業をオフショア先にしていた日本企業の中には、「コミュニケーションがうまくとれず望む成果が得られなかった」という印象を引きずっている人も少なくありません。実際には、こうした失敗は、発注した日本側のインドへの理解不足に起因することが多いにもかかわらずです。

こうした過去の先入観を捨てて、インドの人たちの考え方や仕事の進め方に歩み寄っていく必要があるでしょう。そのためにも、インドIT業界の現状を正しく理解しなくてはいけません。もちろん、インドとのIT分野での連携の重要性は、日本政府も気づき始めています。今年4月には、世耕経済産業大臣がインドを訪れ、日印連携拠点をバンガロールにつくると、政府間での合意に至りました。あとは日本の民間企業がどうしていくか。企業の日印連携の具体的な戦略については本書にも書いていますし、できることなら一度インドを訪れて、「インド・シフト」を肌で感じていただきたいです。

インド・シフト
インド・シフト
武鑓行雄
PHP研究所
インド・シフト
インド・シフト
著者
武鑓行雄
出版社
PHP研究所

武鑓 行雄 (たけやり ゆきお)

元ソニー・インディア・ソフトウェア・センター社長。ソニー株式会社入社後、NEWSワークステーション、VAIO、ネットワークサービス、コンシューマーエレクトロニクス機器などのソフトウェア開発、設計、マネジメントに従事。途中、マサチューセッツ工科大学に「ソフトウェア・アーキテクチャ」をテーマに1年間の企業留学。2008年10月、インド・バンガロールのソニー・インディア・ソフトウェア・センターに責任者として着任。約7年にわたる駐在後、2015年末に帰国し、ソニーを退社。帰国後も、インドIT業界団体であるNASSCOM(National Association of Software and Services Companies)の日本委員会(Japan Council)の委員長(Chair)として、インドIT業界と日本企業の連携を推進する活動を継続している。

慶應義塾大学工学部電気工学科卒業、および大学院工学研究科修士課程修了。2011年6月から2013年5月までバンガロール日本人会会長を務める。

2014年1月、電子書籍『激変するインドIT業界 バンガロールにいれば世界の動きがよく見える』 (カドカワ・ミニッツブック)を出版。

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文責:松尾 美里 (2018/07/09)

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