
齋藤孝さん、堀江貴文さん、落合陽一さん、伊藤羊一さん。大物著者のベストセラーを生み出す秘訣とは?
『1分で話せ』『大人の語彙力ノート』『10年後の仕事図鑑』『日本進化論』――。読者のみなさまもすでに何冊か読まれていたり、書店でよく見かけていたりするベストセラーたち。これらを手掛けているのが、SBクリエイティブの編集者、多根由希絵さんです。
齋藤孝さん、堀江貴文さん、落合陽一さん、伊藤羊一さん。大物著者のヒット作を次々に生み出し続けている、まさに名編集者のお一人です。2018年の年間ベストセラー上位5冊のうち3冊を手掛けられ、ビジネス実務部門賞の1位に輝いた『1分で話せ』は22刷、28万部突破という快挙を成し遂げておられます。
多根さんは編集者の手腕をどう磨かれていったのでしょう? どんな想いで一冊、一冊の本をつくっておられるのか、インタビューさせていただきました。
ライター・松尾美里
── まずは多根さんが編集者をめざされた理由をお聞かせいただけますか。
子どもの頃から文章で何かを伝えることが好きで、新聞をつくったり漫画を描いたりしていました。大学時代はコミュニケーションの学科でしたが、社会学を研究していました。経済学者や社会学者の難解な思想を、読み手がもっと簡単に理解できるような本をつくりたいなと、そのときは漠然と思っていたんです。


新卒で就職したのは、大手損保の子会社のシステム開発会社でした。プログラマーだったのですが、あわなくて。せっかく仕事をするなら出版業界に携わりたいと思い、2年目で、前職にあたる日本実業出版社に転職しました。保険やパソコンなどに関するムックをつくるということで、編集未経験者でもチャンスが得られたんです。
そこから、「企業実務」という中小企業の経理・人事・総務担当者向け月刊誌の編集に携わるようになりました。途中、セミナーやホームページ、ブログの運営などを行う新規事業の部署に異動になって。月刊誌の編集と並行していました。
── なんてパワフルな……!
何でも屋みたいな感じでしたね。けれども「書籍の編集に関わりたい」という思いは強まる一方でした。そこで、雑誌に寄稿してくださっていた、コンサルタントや社会保険労務士の方の書籍の企画書を書いては、上司に提案していたんです。その上司が、本当に心が広い人で。書籍の担当でもないのに「やってみなよ」とサポートしてくれました。
昔は怖いもの知らずだったのでしょうね。とにかくやってみようという感じでした。その後、新規事業の部署がなくなるタイミングで書籍編集部に異動できることになりました。
── 書籍の編集者になられてから、壁を感じたり、大変だったりした時期はありましたか。
SBクリエイティブの書籍編集部に転職したばかりのときですね。転職前に10万部売れた実績もあったのに、転職直後に担当した本が、もう全然ダメで……。担当書籍が売れないと、「振り返り会議」という名の反省会に呼ばれるのですが、4回連続で呼ばれたくらい。「もういいや」って思ってしまいそうなほど、一時はメンタルが弱っていました。
そこで、「メンタルが強くなる方法を学びたい」と、メンタルが強そうな堀江さんに本のオファーをしたんです。以前、堀江さんのご講演を聞いたときに、窮地の際にもご自身の信条を曲げなかったお話をおうかがいして、感動したので。

── そんな状況から誕生したのが、いまや堀江さんの代表作の1つといえる『本音で生きる』なのですね! 何か転機というかターニングポイントがあったのでしょうか。
営業部のビジネス書担当と、本の売り方について話していたとき、配本先が想像と違っていたことに気づいたんです。前の会社では当時、都市部のビジネス街にある書店さんで売れるような、硬めのビジネス書をつくっていました。けれども、今の会社では、ショッピングセンター内の書店のような、より幅広い層が来られる書店で手に取ってもらえる本でないと売れないのだなと。
同時期に、『「おもしろい人」の会話の公式』の編集を担当させていただいた著者、吉田照幸さんの言葉にハッとさせられたことがありました。「大事なのは、見てくれる人とのパイプをどうつくっていくかだよね」と。
企画のつくり方が変わったのは、こうした気づきを得たときからですね。それ以来、本を出すというより、著者と読者の誰をつなげるかを考えるという意識になりました。
── 著者と読者をつなげる、ですか。
もちろん編集者によって、企画の立て方はさまざまだと思います。ただ私の場合は、「この人のこんな悩みを解決するには、どの著者とつなげようか?」と、読者の悩みやニーズを起点にしたほうが、うまくいくことが多かった気がします。
たとえば齋藤孝さんの『大人の語彙力ノート』の場合、届けたい読者は、「こういう状況ではどんな表現を使えばいい?」というのを知りたい方でした。実は、私自身が編集者なのに語彙力が乏しくて、そういう本をまさに求めていた一人だったんです(笑)。
じゃあ、場面ごとに適した言い換え例を一覧にしたらどうか。これなら辞書のようにパラパラめくって見られるし、読んだそばから表現を使っていただける。語彙力を豊かにしたいという読者のニーズを満たせるんじゃないかと考えました。
── 読者の悩みと、著者の解決策をどう橋渡しするか、一冊、一冊丁寧に設計されているのですね。普段、読者の悩みやニーズはどのようにキャッチされているのでしょうか。
毎週、ビジネス書と新書の売り上げベスト100を紙に出力し、なぜ売れているのかという仮説を立てて、書名の横に書き出すようにしています。これを習慣にしていると、普遍的なニーズとこれから新たに求められそうなニーズが見えてくるんです。
たとえば少し前なら『ライフ・シフト』のように未来予測の本が多かった。けれども今は、『ビジネスフレームワーク図鑑』などと、具体的に動くための方法論に関する本が増えてきたかなとか。最近はバタバタしてできていないときもありますが、継続しないとニーズが見えなくなるので、今後も続けていきたいなと思います。

── 編集の仕事で、どんなところにやりがいを感じますか。
編集させていただいた本を通じて、その著者のことを知る方が増えたときですね。たとえば、昨年、ビジネス書グランプリ2018でビジネス実務部門賞をいただいた、『世界一速く結果を出す人は、なぜ、メールを使わないのか』。著者ピョートル・フェリークス・グジバチさんの2冊目の本でしたが、この本を通じてピョートルさんがより多くの方に知られるようになったときは嬉しかったですね。
あと、「本を出してよかった」と思ったのは、前職の日本実業出版社から『「事業計画書」のつくり方』という本を出したとき。ちょうど東日本大震災が起きて半年ほどでした。読者の方がこんなメールを送ってくださったんです。「これを読んで実際に事業を立ち上げた。地元の復興に寄与できるようになりたい」。あぁ、こんなふうに出した本が世の中の役に立っているんだなぁと実感した瞬間でしたね。
── 齋藤孝さん、堀江貴文さん、落合陽一さん、伊藤羊一さんといった大物著者の心をつかんでいる多根さん。他社で多数本を出されていても、多根さんが手掛けるとベストセラーになる。この秘訣が知りたいです。
もちろんダメなときもあるんですけど、根底に「この著者さんのファンを増やしたい」という思いがあります。たとえば堀江さんなら、すでに多くのファンがいらっしゃいますよね。せっかく本を書いていただくのなら、堀江さんの新しいファンを増やしたい。「テーマ買いした本の著者が堀江さんだった。堀江さんってこんないいこというんだ!」となればいいなと。こういう思いで、一冊、一冊の書籍の編集に向き合っています。

── とりわけ印象的だった著者さんはおられますか。
『10年後の仕事図鑑』をつくるときに、落合さんと堀江さんの対談を聞いて、本当に二人とも先を見ている方だなぁと、ただただ圧倒されました。
仕事のやり方へのインパクトという意味では、『リッツ・カールトン一瞬で心が通う「言葉がけ」の習慣』(日本実業出版社)『リッツ・カールトンで学んだ マンガでわかる一流のおもてなし』(SBクリエイティブ)の著者、高野登さん。もうホスピタリティや気遣いがすごいんです。高野さんは常に「相手の時間価値をいかに高めるか」を意識されている方。彼の影響で、私も「関わる方々の時間を大事にしよう」と心がけるようになりました。
リッツ・カールトンは「チームで働く」という意識が強く、「業者という表現は使わない」「どの方からもアイディアをいただく」といったことを徹底されているんです。この発想は私も仕事に活かさせてもらっていて、本を出す際も、営業部や書店の方、ライター、装丁に関わる方など、どんな方からもアイディアをいただくという発想になりましたね。
── 多根さんの人生観や仕事観に影響を与えた本を教えていただけますか。
まずは、クリエイター箭内道彦さんの合気道論。『クリエイティブ合気道』『サラリーマン合気道』と2種類あります。箭内さんは広告を手掛けるなかで、クライアントや周囲の人たちの力を借りたほうが、自分だけでは出てこない発想にたどり着けて、良いものができるのだと学んだそうです。自己主張するのではなくて、まわりのすごい人の流れに乗るほうが仕事も面白くなるんだなと。
あとは、キングコング西野亮廣さんの『魔法のコンパス』。どうしたら本が売れるかと試行錯誤していたときに編集長がすすめてくれました。「向かい風も追い風」というフレーズがあるのですが、どんなときでも与えられた環境を活かそうという気付きをもらった本です。
ありたい姿を明確にしてくれたのは、『風と共に去りぬ』。ラストシーンでは主人公のスカーレットが、絶望の淵にありながらも、「tomorrow is another day(今がどんなに辛くても、明日という日は必ず訪れる)」と前を向くんです。私もこんなふうに強くありたい。どんな困難にあっても自立して道をひらける人でいたいと思うようになりましたね。


最後は大学時代に読んだマルクスの『経済学・哲学草稿』です。「労働の疎外」(生産的活動の阻害)について書かれた部分があって、働くことの意味について考えさせられました。「働くからにはやりがいをもてる仕事をしたい」という、仕事観の土台になっていると思います。
── 多根さんがこれから取り組んでみたいことは何ですか。
この1年は、ありがたいことですが、偶然が重なって売れたという面があるので、いったんリセットしないといけないなと思っているんです。同じことをくり返すだけでは、目減りしてしまうので。なので、過去にとらわれず、「初めて編集に携わるとしたらどうしたいか」と自問しながら、新しいものを生み出していきたいですね。
本を買うときって「衝動買い」と「指名買い」の2種類があると思うんです。これまで意識してきたのは、書店で「衝動買い」してもらえるような、「紙の書籍」ありきのつくり方。けれども今後は、Amazonのようなプラットフォームの利用が広がるにつれて、書籍名や著者名で検索する「指名買い」も増えるはず。
「指名買い」で選ばれる本をつくるとしたら、前例にとらわれず、他業界から出版のヒントを得ることがますます大事になるなと。変化の時代だからこそできることも多い。たとえば、フライヤーの読書コミュニティ「flier book labo」のような試みは、新しい読書体験につながるし、読者にとっても本を生み出す側にとってもいいなと思うんです。

── 最後に、これから編集者をめざす方へのメッセージをいただけますか。
編集って大変なこともあるけれど、自分の個性を活かせる仕事だと思うんです。作品を見ると、編集者のオリジナリティが自然とにじみ出るような気がします。大胆な感じとか、優しい感じとか、キリっとした感じとか。
もちろん著者さんや会社のあり方も考慮する必要はありますが、そのなかで自分を色々な形で表現していける。それを楽しめる方には編集って面白い仕事ですよとお伝えしたいですね。
── 多根さんの手掛けられた本には、優しいお人柄が表れているなぁと感じます。貴重なお話をありがとうございました。
多根さんが手掛けられた本の一部を紹介します!









多根由希絵さん
SBクリエイティブ 出版事業本部 学芸書籍編集部
日本実業出版社で月刊「企業実務」、書籍など担当の後、2015年よりSBクリエイティブ学芸書籍編集部にて、新書、ビジネス書、実用書を担当。代表作は『本音で生きる』(堀江貴文著 SBクリエイティブ)が33万部、『世界のエリートが学んできた 自分で考える力の授業』が10万部(狩野みき著 日本実業出版社)など。2018年日販のビジネス書年間ベストセラーにて、1位(『大人の語彙力ノート』齋藤孝著 32万部)、2位(『10年後の仕事図鑑』落合陽一・堀江貴文共著 25万部)、5位(『1分で話せ』伊藤羊一著 28万部)と3点がランク入り。