【インタビュー】
「名著は『現代を読む教科書』」
「100分de名著」のプロデューサーが語る「名著体験」とは?

古今東西の「名著」の魅力を、楽しく深く解説するNHK人気番組「100分de名著」。プロデューサーを務める秋満吉彦さんが、新著『行く先はいつも名著が教えてくれる』(日本実業出版社)を上梓されました。秋満さんが影響を受けてきた名著を通じて、いかに生きるかを問い直す一冊です。

フランクルの『夜と霧』、三木清の『人生論ノート』、神谷美恵子の『生きがいについて』、レヴィ=ストロースの『月の裏側』、児童文学の傑作『モモ』、中国古典の『荘子』など、珠玉の名著12作品が紹介されています。

これらの作品をどんな想いのもとに選ばれたのか。番組の制作を通じて名著とどう向き合ってこられたのか。私たち読者が名著からの学びをより大きく、豊かなものにするためのアドバイスをお聞きしました。

就活、人間関係の悩み。解決のヒントを名著に求める大学生の姿が執筆を駆り立てた

『行く先はいつも名著が教えてくれる』を書かれた動機は何でしたか。

批評家の若松英輔さんとともに、大学生協で名著について語るトークショーを開催したことがあります。質疑応答で印象的だったのが、真剣に質問する学生の様子でした。就職活動のさなか、どう自分の道を探したらいいのか。対人恐怖症を抱えながら、どんなふうに人間関係を築いていけばいいのか。こうした悩みを解決し、よりよい人生を生きるための手がかりを、名著から必死に得ようとしているのが伝わってきました。

「100分de名著」は、名著のエッセンスや読み方を伝える教養番組ですので、個々の悩みにダイレクトにこたえる機会はありません。一方、書店の「自己啓発」の棚に目を向けるとどうでしょう。具体的なスキル向上のノウハウについて書かれた本は多数あるものの、人生そのものを見つめ直そうと促す本はあまりない。

それならば、悩みに向き合うためのヒントを名著に求めるような書籍を世に出せば、悩んでいる方々のお役に立てるのではないか。そんな思いを結実させたのが、『行く先はいつも名著が教えてくれる』です。


行く先はいつも名著が教えてくれる
行く先はいつも名著が教えてくれる
秋満吉彦
日本実業出版社
行く先はいつも名著が教えてくれる
行く先はいつも名著が教えてくれる
著者
秋満吉彦
出版社
日本実業出版社

名著とは「人生に働きかけてくる本」

秋満さんにとって名著とはどのような存在でしょうか。

人によって名著のとらえ方はさまざまですが、私にとっての名著は、「人生に働きかけてくる本」です。「100分de名著」でも取り上げた松本清張の小説、『風と共に去りぬ』のようなエンターテインメント小説、そして手塚治虫さんの漫画。こうした作品も、人間や社会への深い洞察がなされているという意味で、名著に含まれるのではないかと私は考えています。

これまでの読書を振り返ると、自分の存在自体が大きく揺さぶられた本がいくつかあります。1つは、中学生のときに読んだ、スタニスワフ・レムのSF小説『ソラリス』。科学の限界、人間存在の意味、異なる知性との接触。こうした問題を鋭く問う作品で、これまで自分を縛ってきた常識の枠組みが大きく揺さぶられました。

もう1つは、高校の倫理社会で知ったサルトルの『嘔吐』という小説。主人公があるときを境に何を見ても吐き気をもよおすようになり、世の中のすべての存在は無意味であることに気づいていく。そんな、サルトルの思想を具現化したような作品です。もしもこれらの作品に出会い、それまで築いてきた自己が解体されるような体験をしていなかったら、大学の哲学科に進もうと思わなかったでしょう。

また、ユダヤ人収容所での絶望の状況を描き出したフランクルの『夜と霧』は、就職活動を前に、光を与えてくれた一冊です。「私が人生に何かを求めるのではなく、人生が私に何を求めているのか」。この言葉に心が震えました。フランクルに直接問いかけられているような気がして、「人の話を取材してまとめ、伝える仕事ならば、自分のかけがえない能力が活かせて、社会の役に立てるのではないか」と、マスコミで働くという全く新しい目標を見つけられたのです。



『夜と霧』も含めて、本書で紹介している12作品はどのような基準で選ばれましたか。

思い入れのある名著は100冊を優に越えますが、私と同じような困難に直面しているビジネスパーソンの悩みに寄り添い、何かしらのヒントを投げかける本という軸で作品を絞りました。

本書では、ライフステージに沿うように6つのテーマを掲げています。最初の「夢・希望」は就活生に向けて。社会人になって遭遇するであろう「困難や挫折に向き合う」「働くことの意味」「人間関係の悩み」という悩みが続きます。次に、家族ができたり仕事への責任が大きくなっていったりするときに立ち上がってくるのが、「幸福になるには」という課題。そして最後に向き合うのが「老いと死」というテーマです。それぞれの悩みの渦中にある人一人ひとりを思い浮かべながら、心をこめて手紙を書くような思いで執筆しました。

自分に語りかけてくる言葉が真実

12作品は斬新な切り口で選ばれていると感じました。たとえばレヴィ=ストロースの『月の裏側』は、日本の文化論としての印象が強いですが、秋満さんのご著書では、「働くこと」という文脈で紹介されています。

読者から「このような読み方は見たことがない」とよくいわれますね。たとえば宮沢賢治の「なめとこ山の熊」なら、自然とのふれあいや格闘というテーマで語られることが多い。けれども私が焦点を当てたのは、「働くことは自らをいたわり、ねぎらうこと」というメッセージでした。

また『歎異抄』なら、悪人こそが救われるという「悪人正機説」が主題となることが多いでしょう。けれども私の場合は、「この慈悲始終なし」という言葉のほうが響きました。「この世に生きている間は、思いのままに救うことはできない」という意味が込められた言葉です。東日本大震災取材の際、無力感に打ちのめされていた自分に対して、「驕りへの戒め」と「一歩踏み出す勇気」を与えてくれた、かけがえのない一節です。

こんなふうに「実存的な読み方」があってもいいと考え、私自身の体験に根差した名著体験を綴っています。名著というのは普遍的なテーマを扱いながらも、人によって解釈は実にさまざま。同じ人が同じ本を読んでも、読んだときに置かれている状況に応じて、響くポイントも変わっていくことでしょう。
一律に正しい読み方があるわけではなく、その人が感じたままに読めばいい。自分に語りかけてくる言葉が真実なのですから。

現代版『苦海浄土』に挑戦。「100分de名著」の選書秘話

「100分de名著」で取り上げる名著は、どのようにして決めていますか。

「100分de名著」のプロデューサーになって5年がたちますが、有名な古典などの定番の本を取り上げるべきなのかと迷ったこともありました。けれども、選書を重ねるなかで、もっと自由に幅広く名著をとらえてもいいのではないかと思いはじめたのです。

そのきっかけとなったのは、2016年9月に放映された『苦海浄土』の回。『苦海浄土』とは、石牟礼道子さんが、世界でも類を見ない公害を引き起こした水俣病の被害者の方々の姿を描いた作品です。

選書の意図は何かというと、東日本大震災の後に被災地をまわるなかで、原発の問題も含めて現状を知る手掛かりになると思ったためです。もちろん被害の状況は違います。ですが、人間は豊かさを享受するために、その犠牲をある土地に押しつけてしまうという構図は似ています。同時に、過酷な状況にある人々が、ふるさとを愛し、希望を見出そうとしている。その姿が『苦海浄土』に重なると感じましたし、ちょうど2016年は、水俣病が確認されて60年という節目にあたりました。

『苦海浄土』は単に過去の問題を知るための本ではなく、近代社会の問題をあぶり出した一冊でもあります。そんな力を持ちえたのは、著者の石牟礼さん自身も、最初の公害事件である足尾鉱毒事件の田中正造から学ぶことで現実と立ち向かう叡知を得たという事実があるからです。石牟礼さんが過去から学び取ったのと全く同じように、いまのタイミングでこの本から学び直す意味があると確信しました。

放映後は大きな反響がありました。放映時点で存命されている方の著書を名著としていいのか迷いがありましたが、やはり取り上げてよかったなと思っています。



時代を越えて私たちが向き合うべきテーマを提示した本、そしていまこそ読むべき本だということが伝わってきます。

他の意外な選書の例としては、イタリア文学の『薔薇の名前』があります。シェイクスピアの諸作品やゲーテの『ファウスト』ほど知名度はない。しかも現代の作品です。けれども、人間の知性や理性がいかに脆いものなのかを見事なまでに克明に描いた名著といってよいと思います。

現代こそ読まれるべき本だと考えた背景には、フェイクニュースなど、言葉が軽くなってきた現状への懸念があります。言葉を軽く扱うと、人間もないがしろにされてしまいます。「人間が言語や記号といったものを離れては生きられない」という真実を描いた著者、ウンベルト・エーコの思想にぜひふれてほしいと思いました。

目の前で起きている問題を直接テーマとして扱うのは生々しくて、難しい。けれども過去に起きた、類似した事象に少し引いた視点でふれることなら、取り組みやすいのではないか。哲学者や文学者がその事象にどう向き合い、どう解決策を見出していったのかを知ることで、現代の問題がよりはっきりと照らし出されていくのではないかと思うのです。その意味で、名著は「現代を読む教科書」だといえます。

自分に引きつけて名著と向き合えば、名著が自分のものになる

名著からの学びをより豊かなものにするためには、私たちはどのように本と向き合うとよいのでしょうか。

古今東西の本を、自分とは別世界のことと思わずに、自分に引きつけて読むことです。『モモ』などのドイツ文学を研究されていた子安美知子さんから、こんな示唆に富むお話をうかがったことがあります。『モモ』を「自分の内面の物語」として捉えると、より豊かに味わえるというのです。

たとえば、「時間泥棒」を自分の外にある話だと思うと、「あの上司は時間泥棒だ」といった一面的なとらえ方をして終わりかもしれません。しかし、時間を節約しようとするあまり、時間を「量」としてのみとらえてしまう「自分の内面の働き」だと受け取ることができればどうでしょう。「自分も時間の質について考えているだろうか?」「大事な人たちのために時間を使えているだろうか?」という風に、読み方が一気に変わっていく。そして、名著が自分のものになるのではないでしょうか。


めざすのは、大勢に流されず、批判的思考力が育つ番組

秋満さんは今後、どんな番組をつくっていきたいとお考えですか。

名著がいかに大きな影響を人に与えるのかをあらためて感じたのは、2018年5月に『生きがいについて』が放映されたときです。番組の司会を務めていた島津有理子さんがこの本に後押しされ、NHKを退職し、幼い頃の夢だった医師の勉強をはじめたのです。名著には、一人の人間の人生を変えてしまうほどのインパクトがあるのだから、その重みをかみしめて、一冊一冊と真摯に取り組まなければならないと、思いを新たにしました。

もう1つの希望は、「100分de名著」を通じて、熟慮して丁寧に議論を重ねるという姿勢がいかに大事なのかを人々に伝えることです。
強力なリーダーに左右され、数の論理で近視眼的に物事が決まっていく。あるいは、SNS上などで簡単にあおられて炎上が起きる。現在は、そんな傾向が顕著になっています。日本全体で民主主義への信頼が揺らぎかけていると同時に、「自分はどうなのか」と問い返す力が弱まりつつあるなと。これでは少数者の声がおざなりになってしまう。

大事なのは、少数者の声を切り捨てずに、丁寧にすくい上げること。そのうえで、よりよい方法がないかと考えをめぐらし、議論していくことです。『大衆の反逆』を著したオルテガも、民主主義の劣化を食い止めるべく、「多数派が少数派を認め、その声に注意深く耳を傾ける寛容性」を唱えていました。

2019年2月の『大衆の反逆』の回には、そんなメッセージが込められていたのですね。

本来、こうした機会を促すことは、メディアの使命でもあります。たとえ100%理想的な政治体制であっても、「これでいいのか」と良い意味で批判的な目を向け、チェックする。これがメディアの役割です。そうしなければ、どんなに優れた政府であっても、都合の悪い情報を隠し、自分たちに有利な情報だけを人々に提供するようになる可能性があります。だからこそいつの時代も、メディアは人々の「知る権利」を守る必要があると考えています。

こうした背景から、「100分de名著」の制作では、「深く考える力や批判的に考える力を育てること」を意識してきました。人口の1%でもいいから、こうした力を培っていれば、たとえ全体の趨勢が危うい方向に向かっていってもブレーキをかけられる。そうしたことに寄与できる番組を、今後もつくり続けたいと思います。

行く先はいつも名著が教えてくれる
行く先はいつも名著が教えてくれる
秋満吉彦
日本実業出版社
行く先はいつも名著が教えてくれる
行く先はいつも名著が教えてくれる
著者
秋満吉彦
出版社
日本実業出版社

秋満 吉彦

1965年生まれ。大分県中津市出身。

熊本大学大学院文学研究科修了後、1990年にNHK入局。ディレクター時代に「BSマンガ夜話」「土曜スタジオパーク」「日曜美術館」「小さな旅」等を制作。

その後、千葉発地域ドラマ「菜の花ラインに乗りかえて」、「100分de日本人論」、「100分de手塚治虫」、「100分de石ノ森章太郎」、

「100分de平和論」(放送文化基金賞優秀賞)、「100分deメディア論」(ギャラクシー賞優秀賞)等をプロデュースした。

現在、NHKエデュケーショナルで教養番組「100分de名著」のプロデューサーを担当。

著書:『仕事と人生に活かす「名著力」』(生産性出版)、『「100分de名著」名作セレクション』(共著・文藝春秋)、

小説「狩野永徳の罠」(『立川文学Ⅲ』に収録・けやき出版)がある。

「100分de名著」

毎週月曜日/午後10時25分~10時50分 <再>水曜日/午前5時30分~5時55分、午後0時00分~0時25分(Eテレ)

番組ホームページはこちら

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文責:松尾 美里 (2019/04/03)

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