『ぼくはイエロー』執筆の裏側
ノンフィクション本大賞ほか四冠受賞!!

『ぼくはイエロー』執筆の裏側

flierでも要約記事を紹介しております、ブレイディみかこさん著『ぼくはイエローでホワイトで、ちょっとブルー』が、八重洲本大賞、毎日出版文化賞特別賞、本屋大賞 ノンフィクション本大賞、ブクログ大賞(エッセイ・ノンフィクション部門)を受賞されました! イギリスの元底辺中学校に入学した「息子」の日々をつづった同作には、貧困や差別などの社会課題にたくましく立ち向かう子どもたちの姿が描かれ、たくさんの感動を呼びました。

受賞を記念して、作品について、また、執筆の背景について、ブレイディさんご本人にお話をうかがいました。



ノンフィクションにしては衝撃度が低い!?

── 受賞おめでとうございます! まずは率直なお気持ちをうかがえますか。

もうわたし死ぬのかなっていうかんじですね(笑)。

── この作品はブレイディさんの中で、どのような位置づけですか。

あまりにも自分に近いところの物事を書いているので、書いていて、一体これはおもしろいのかなというのがありました(笑)。これはなんか普通の……おそらく海外に住んでいる日本人女性で子育てをしている人ならみんな経験をしていることだと思うので、ノンフィクションにしては衝撃度が低いというか。



── それは意外でした。『ぼくはイエローでホワイトで、ちょっとブルー』は新潮社の雑誌「波」で現在も連載しているということですが、本になる前からとても反響が大きかったそうですね。

そうですね、まず新潮社内で、読んで感想を言ってくださっている方がいるというのがうれしかったです。そういうのをいただいて、「おもしろいかなあ」と思いながら、「あ、わかってくださっている方もいるんだなあ」と励まされながら書いていました。

ぼくはイエローでホワイトで、ちょっとブルー
ぼくはイエローでホワイトで、ちょっとブルー
ブレイディみかこ
新潮社
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ぼくはイエローでホワイトで、ちょっとブルー
ぼくはイエローでホワイトで、ちょっとブルー
著者
ブレイディみかこ
出版社
新潮社
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「誰かの靴を履いてみる」ひとがんばりをさせるものは、何だろう

── 本書の中で、とくに反響が大きかった章はありますか。

反響というよりは、自分で、というところなのですが。この本は何を書きたいんだろうと思いながら毎月連載していまして。でも、第5章で、「大雪の日の課外授業」というエピソードとエンパシーのことを書いたときに、自分で、これだなというのがありました。



この章ではエンパシーとシンパシーについて説明しています(編注・以下本文より。エンパシー:自分と違う理念や信念を持つ人や、別の立場の人々が何を考えているのだろうと想像する力のこと。シンパシー:かわいそうな立場の人や問題を抱えた人、自分と似たような意見を持っている人々に対して人間が抱く感情のこと)。自分が共鳴できない人のことでも、その人の「靴を履いてみる」のがエンパシー(編注・「自分で誰かの靴を履いてみる」とは、他人の立場に立ってみるという英語の定型表現)。それは知的能力であって、能力だから高めることができるんだ、というのを書いています。

続けて、雪の日の路上生活者支援のボランティアに参加した息子が、最後にホームレスの方にあめ玉をもらうエピソードがあります。このあめ玉って、何のことだろう、と。このあめ玉は、きっとエンパシーとつながっていると思いました。

そうしてエンパシーのことを考えたときに、なんでじゃあ人は、他人の靴をあえて履こうとするんだろうと思って。それって、ひとがんばりいるじゃないですか。

今、共感って日本でもよく聞く言葉ですし、共感がありすぎて感情的になりすぎているというふうに言われたりもしているようですね。最近話題になったあいちトリエンナーレのテーマが、「情の時代 Taming Y/Our Passion」というらしいんです。Passionをtameしよう、ちょっと抑える、と。みんなが感情的になりすぎていて、ポピュリズムなんかもその結果なんだから、行き過ぎないように、というような。でも、それを読んだときに、理性や知性を働かせて、入りすぎないで客観的に人のことを想像してみることはすごく大事だと思う一方で、感情的なものを否定するのもどうなのかと思ったんです。

人に「靴を履いてみる」ひとがんばりをさせるものは、何だろうと考えたときに、そこに情が少しも入ってないのかというと、わたしはそうではない気がするんです。ひとがんばりをさせる力を、もし「愛」といってしまったら何か違うのかもしれないけど。もしくは、「愛」って何なのかというテーマにつながっていくのかもしれない。わたしもわからないんです。

第5章を書いたときに、この連載でというだけでなく、これから書いていかなきゃいけない、探っていかなきゃいけないものはこれかもしれないな、という手ごたえがありました。

── いったん、本書では「善意に近い何か」、と書かれていますが、それは何なのかということですね。これからどういうふうに書かれていくのか、とても楽しみです。

ブレイディ節の背景①――渡英後、一度は「ひどい」日本語に

── どの本をお読みしてもブレイディさんの文体はブレイディさんの文体で、独自のものが感じられるように思います。こういう文章力はどうやって培われたのか、どんな文章を読んでこられたのか、そのあたりをお聞かせいただけるでしょうか。

子どものときは、本好きでした。母親がすごく本を読む人で、うちにたくさん本があったんです。母親は推理小説や歴史小説がすごく好きで、おいてあったのでそれを。それから、わたしはキリスト教徒でカトリックだったから、キリスト教関係の本も読んでいました。

高校のときに、すごくぐれてたら、現代国語の先生が目をかけてくださって、「君はたくさん本を読んでものを書きなさい」と言ってくれたんですが、大学に行かずに、音楽のほうにばーっといっちゃいました。そして、イギリスに行ったり、日本に帰ってお金を貯めてまた行ったりしていて、その間はあまり本は読んでいませんでした。でも、英語の詩や作品をすごく読んだ時期がありました。わたしは映画も好きなので、映画と本は、その時代にすごく、英語のものに、向こうに行ったときにふれていたというのはあります。

96年からイギリスに続けて住んでいて、日系の新聞社の駐在事務所で勤めていたときは、向こうのニュース記事をたくさん読んでいました。アシスタントだったから、朝は山のように届いた英国の新聞各紙の整理から始まり、記者さんのためにスクラップブックを作ったりしていて、そのときはもう新聞記事ばっかり読んでいました。新聞記事か、あと政治雑誌も。

その仕事がこうじて、新聞社や日系の製造会社向けに、フリーの翻訳をやっていた時期があるんです。そのとき、翻訳の資格のためのコースをとっていたんですが、もう、英語から日本語に訳すときの日本語のひどさ!(笑)。何年も住んでいると、日本語を書けなくなっちゃうんですよ。英語を日本語に訳す授業の先生にも、わたしの日本語はひどいと言われて。本田勝一さんという、朝日新聞の方が書かれている『日本語の作文技術』(朝日新聞出版)という本を渡されて、イチからもう一回日本語を勉強しなおすかんじでした。その時点でもう向こうに5年くらいいたんですかね。もう一回日本語を、かたい文章でやり出して、で、そこから始まったかんじですね。

ブレイディ節の背景②――ジョン・ライドンのファンサイトがルーツ

── かたい文章を一回練習されたその地点から、その後ブログを書かれていたんですよね、そこには、どういうジャンプがあったのでしょう。思ったことを書きだしたら書けたのですか?

最初は、英語の新聞記事や雑誌記事の翻訳サイトを始めました。勉強のために。1カ月2カ月経ったころに、わたしセックス・ピストルズが好きなんですが、ジョン・ライドン(ジョニー・ロットン)が、ジャングルにB級セレブを閉じ込めてその様子をテレビカメラで追うという番組に出始めたんです。そのときに、みんなおちぶれたとか言ってましたけど、でも、ジョン・ライドンってやっぱり、エンタテイナーなんです。すごくサービス精神旺盛だから、おもしろいんですよ! これがパンクだ、既成概念を壊すことだ、どうして日本の人たちにそれがわからないんだって思って、その番組が毎日やっていたので、毎日そのレポートをしだして……サイトで。

そうしたら、日本の音楽関係の人たちが、わたしのサイトを見に来てくださっていたみたいです。その番組が終わってしまってからも、ジョン・ライドンのファンサイトを立ち上げました(笑)。だからジョン・ライドンのファンサイトがルーツなんです(笑)。



ブレイディ節の背景③――「書いてないとやってられない」

ジョン・ライドンのサイトが一部で知られるようになった頃でもあったので、日記みたいなものをついでにブログで書き始めました。そうこうしているうちに、息子が生まれて、翌年に保育士の最初の段階の資格をとって、底辺託児所とわたしが呼んでいるところに勤めることになりました。そうしたら、そこがちょっともう、衝撃だったという。ああいうところに勤めていると、つらいんですよね。精神的に。

育児放棄とか虐待されている子たち……そういう子たちって、自分の感情をうまくおもてに出せないんです。そこの回路が閉ざされているというか。赤ちゃんが泣くのは、おなかがすいたとかおむつが汚れてるとか、何かしてほしいからなんですよね。でも、何もされないと泣かなくなるんです。育児放棄とかされている子たちも、大人にギャンギャン言ったり反抗したりするのは、何かしてほしいからなんですけど、何もされないと何も言わない子になるんです。底辺託児所に勤めていて一番つらかったのが……声を出さないで泣く子がいるんですよ。ギャーンとかワーンとか言わないんですよ。ポロポロって。もうね、あれはほんとに……。

1ポンドでおなかいっぱい食べられる食堂もやっていて、無職の人や低所得の人たちを支援する施設だったから、いろんな人たちがくるんです。みんながみんな、罪のないかわいそうな人たちというわけでなく、なんかいろいろな人がいるんですよ。むかつくこととか、傷つけられることとか、怒りを感じることとかもあって、書いてないとやってられない。それで、ブログに書き始めました。その時のブログは、自分自身に対しても何かあるんですよね。こう、意気揚々と、かっこいいことをイギリスでしてやろうと思っていたら、最果ての地に行き着いたというような。早くここ抜け出さなきゃいけないとか本気で思ったりして。そういう気持ちもありつつそれを整理するために書いていたというか。

あの時はほんとに怒涛の経験で、肉体的にもですけど、精神的にボロボロになっていました。でも子どもたちにはボロボロのところは見せられないですし。どこにそれをぶつけていたかというと、それがブログじゃないですかね。でもブログも、今読んでみると最終的には希望が残るような書き方をしているから、きっとそれは自分のために書いたんですね(笑)。それでも明日も働こうみたいな。

── そのブログがもとになって出版された『子どもたちの階級闘争』(みすず書房)には、この子たちはこれから生きていく存在なんだと感じさせられる場面がたくさん出てきて、読者としてはそこに感動していたのですが、それは自分のために書いたことでもあったんですね。

『ぼくはイエローでホワイトで、ちょっとブルー』もそうですよ。いろいろぐちゃぐちゃあるけど、光があるような書き方をしていると、毎日出版文化賞をいただいたときの書評で角田光代さんが書いてくださいました。だけど、結局そういうのもよく考えてみたら、わたしや息子や、息子の友だちのために、明日も学校に行こうという気持ちがやっぱりどこかにありました。いろいろあるけど、みんな仕事行って、学校行って生きていこうよ、と。人様を元気づけるというより、自分たちを、という部分があるんじゃないかな、という気がします。



── 自分のために言い聞かせていることでもあるけれども、結局それがすごく人に伝わるというところは、おもしろいなあと思ってしまいます。

その感想を聞いて思うのは、日本の人もみんないろいろつらいんだろうな、元気がほしいのかなということです。日本よりイギリスのほうが、表にいろいろな問題が出ているじゃないですか。あからさまに出しちゃう人たちだし、隠さないんですよね。EU離脱のごたごたにしても、ずっともめていますが、イギリスの人たちはダイナミックに何かを変えようとしている。ぶつかりあいながら、ほんとにみんな見つけようとしているし探そうとしているし……そこに、元気というか活力があるんじゃないですかね。そういうものがたぶん、日本にはあんまりないような気がするんです。

だから、この本を読んで勇気をもらったとか光が見えたとおっしゃるのは、こういう、表だってぶつかりあうところにそうしたものを感じてくださったのかなと思います。本当は日本にも、まだ表に出てないものがあるというのを、みんな深層心理では知っているのかもしれません。

家族の姿

── 本書の中では、すごく親子の対話をされている印象があります。息子さんはお母さんをすごく頼りにしているし、ブレイディさんもすごく真摯に向き合っています。そこにも胸打たれました。

イギリスの親は、けっこう会話しているんだと思います。ママ友たちも、学校で起きていることをよく知っていますよ。よく言うことなんですが、夕食をみんなでいっしょに食べているんですね。日本だとけっこう、お父さんが帰ってくるのが遅いから、なかなか家族で座って夕食を食べる機会がないと聞きます。でも向こうでは、ちゃんとみんなで夕食を食べて、今日何があった? とか、それぞれに何かしゃべる文化があるんです。わたしは逆に日本人だからうっとうしいところもあるんですけどね。息子くらいならいいけど連れ合いまで言いだすともう聞きたくないよ、と(笑)。 でもみんなちゃんと言うから。一日あったことを。

── 家族で、一日一回は振り返りと報告の時間があるんですね。

両輪でいきたい

── 先ほど、エンパシーとあめ玉のテーマについてうかがいましたが、これからこういうものを書いていきたいというところを、最後に改めて聞かせていただけますか。

エンパシーとあめ玉のところはやっていきたいですね。

それと、わたしは昔から社会時評や政治時評も書いているのですが、新聞にコラムを書くようなときは、「社会は右と左じゃなくて上と下になってくる」とか、個人というよりは何か大きな言葉で書くんです。わたし自身もすごく反省しているのは、「上と下だ」だの「右と左だ」だのそういうことをメインに書くようになると、マクロにかたよるといいますか。個人というか、人間とは、みたいな、そういう視線がちょっと抜け落ちてくるんじゃないかと思っているんです。

でも、「わたしとは」とか「人間とは」というのは、政治時評や社会時評を書くときの主語ではなくて、どちらかというと文学の主語じゃないですか。だからそういうのはきっと、政治時評や社会時評とは違うジャンルなんでしょうけどね。でもわたしは、そちらもやっていかないといけないというか、そちらにもすごく興味があるので、両輪でいきたいですね。

── ああ、ほんとにそれがブレイディさんらしさなのではないでしょうか。それが、みんなが魅力を感じているすばらしいところなのだと感じます。これからも、ご著書を楽しみに読ませていただきます!

ぼくはイエローでホワイトで、ちょっとブルー
ぼくはイエローでホワイトで、ちょっとブルー
ブレイディみかこ
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ぼくはイエローでホワイトで、ちょっとブルー
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著者
ブレイディみかこ
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ブレイディみかこ

保育士・ライター・コラムニスト。1965年福岡市生まれ。県立修猷館高校卒。音楽好きが高じてアルバイトと渡英を繰り返し、1996年から英国ブライトン在住。ロンドンの日系企業で数年間勤務したのち英国で保育士資格を取得、「最底辺保育所」で働きながらライター活動を開始。2017年に新潮ドキュメント賞を受賞し、大宅壮一メモリアル日本ノンフィクション大賞候補となった『子どもたちの階級闘争――ブロークン・ブリテンの無料託児所から』(みすず書房)をはじめ、著書多数。

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文責:熊倉 沙希子 (2019/11/25)

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