35歳医師は、なぜ、カンボジアの僻地で病院建設に挑んだのか?
挫折、悔しさ、迷い、無力感――。全てを吐露しても伝えたかったこと

35歳医師は、なぜ、カンボジアの僻地で病院建設に挑んだのか?

大学在学中にカンボジアに学校を建設した葉田甲太さん。その軌跡を描いた小説『僕たちは世界を変えることができない。』は、累計10万部を突破。2011年に向井理さん初主演で映画化され、大きな話題となりました。

それから8年後、カンボジアの僻地で、生後22日の赤ちゃんを亡くしたお母さんと出会った葉田さん。お母さんの涙をなくしたい。そんな思いに突き動かされ、協力の輪を広げ、カンボジアの僻地での病院建設に成功しました。

その挑戦を綴った新著『僕たちはヒーローになれなかった。』(あさ出版)には、どんなメッセージを込めたのでしょうか。自分の信念を行動に変え、応援者が集まっている理由とは? 現在進めているタンザニアでの病院の開院の活動とともに、お聞きしました。

テーマは国際協力でも医療でもなく、「僕たちはなぜ働いているのか」

── 『僕たちはヒーローになれなかった。』は、葉田さんの葛藤や迷い、喜びなどがつまっていて、まるで映画を見ているかのような臨場感を味わいました。どんな方に向けて本書を書いたのでしょうか。

この本を一番読んでほしいのは、30代前半で、仕事も恋愛もうまくいっていなくて、自信を喪失している――そんな読者です。時折「このまま生きてていいんかな」という思いがよぎってしまうような人。そういう人が一人でベンチに腰かけているとしたら、横に座って、話しかけるようなイメージで、本書を書きました。

とはいえ「人生はこんな風に生きたらいい」なんていえる立場ではないので、本にもそうしたことは一切書いていません。医療でも国際協力でも著者という立場でも、上には上がいます。新生児医療の先生たちを見ていると、患者さんの命を救うために、自身の命を削って働いていらっしゃる。

先日、エイズなどの3大感染症対策を世界で主導するグローバルファンドの國井修さんと対談の機会をいただきました。もう覚悟がすさまじいんですよ。僕は先輩方に比べると、まだまだそんな境地には達せていないと痛感しました。それでも、自分が必死でやっていることを、失敗も含めてありのままに伝えたい。そんな思いを編集者と二人三脚で結実させたのが本書です。

「編集者である、あさ出版の吉盛さんは、学生時代に自分の講演会を企画してくれた方。何度も議論しながら納得のいく本をつくることができた」と語る葉田さん。
僕たちはヒーローになれなかった。
僕たちはヒーローになれなかった。
葉田甲太
あさ出版
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僕たちはヒーローになれなかった。
僕たちはヒーローになれなかった。
著者
葉田甲太
出版社
あさ出版
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── 葉田さんが一番伝えたかったメッセージは何でしたか。

一番のテーマは、僻地での医療や国際協力ではなく、何のために働くのか。当初は本のタイトルも、「僕たちはなぜ働いているのか(What are you working for?)」にしようかと思っていました。日々忙殺されていると、働く理由が見えなくなって、やる気をなくしてしまいがち。そんなとき、僕の場合なら「患者さんの笑顔を見たい」という働く意味に立ち戻ることができれば、目の前の大変なことも乗り越えられる。そんなメッセージを込めました。

おそらくこの本は、ずっと勝ち組できた人には響かないでしょう。ですが、壁にぶつかって絶望寸前にまで追いやられた経験がある方、今まさに自分の生き方に悩んでいるという方なら、その方自身を投影して読み、何かしら元気を得てもらえるんじゃないかなと思います。

負け続けた4年間。転機になったスーダンの訪問

── 著書を読むと、NPO法人ロシナンテスの川原尚行さんとの出会い、スーダン訪問を契機に、世界の僻地での医療に携わる決心をしたとありました。どういう経緯だったのでしょう?

2014年当時は、僕がまさに「何のために働くのか」を見失いかけていた時期でした。2011年の映画化のあと、ちやほやされて調子に乗っていたんです。その一方で、ずっと負け続けていると感じてきた。医師としての自分と周囲から見られている自分があまりに違いすぎて。アイデンティティが漂流しているような状態だった。臨床医の仕事に追われ、「このままでいいのか」と葛藤する日々。何か変わるチャンスを求めていたときに出会ったのが、川原先生でした。

先生は外務省の医務官としてスーダンに赴任したものの、現地の人たちのために働きたいとNPO法人ロシナンテスを設立。母子保健事業や教育事業を手がけていらっしゃいます。僕はあえて突っ込んだ質問を投げかけてみたんです。

「年収1000万円以上の仕事を捨てて、10年も活動してこられて、成功している友人などへの羨ましい気持ちとか、後悔とかないですか」と。

するとこんな答えが返ってきた。「俺はね、ドキドキしていたいんよ。不謹慎かもしれんけど、こうやって活動することで、笑ってくれる人がいて、それがとても楽しいんよ」。

そうか、こんなにシンプルに、自分のやりたいことをやればいいんだと気づいた瞬間でした。そこから「世界や日本の医療の届きづらい地域に、医療を届ける」という夢を追いかけようと、試行錯誤の日々が始まりました。

── 本書には、社会起業家やNPOの代表ならあまり公にしないであろう本音の部分まで吐露されていました。さらけ出すことに抵抗はありませんでしたか。こうして本音を綴ることで、読者に届けたいものがあったのでしょうか。

正直にいうと、ここまでさらけ出したくないなという気持ちはありましたよ(笑)。ですが、一作目の『僕たちは世界を変えることができない。』を出版する前に、「丸裸になるくらいの気持ちで、一番隠しておきたいことを書け」とアドバイスされました。だから、これまで感じてきた悔しさや無力感、挫折、迷い、反省、すべてを綴ろうと思ったんです。

カンボジアの次に挑むのはタンザニアでの病院開院

── 2019年5月より、5万人の命を守るタンザニア新病院プロジェクトを開始されています。クラウドファンディングでも1,000万円のファーストゴールを達成とのこと、おめでとうございます! カンボジアの次にタンザニアの地を選んだ理由は何でしたか。

単純に自分の夢だったというのはあります。アフリカで人々に聴診器をあてている医師という絵に、ただただ憧れていました。とはいえ、その活動だけでは持続性がない。カンボジアの病院建設のときから協働しているワールド・ビジョン、現地政府・住民との話し合いを重ね、タンザニアのクウェディボマが候補にあがりました。この地域は、保健センターの整備状況が5%以下で、病院へのアクセスが困難。しかも、伝統的産婆による出産を選択する人が多いことなどから、妊産婦死亡率が非常に高く、日本の約100倍というのが現状です。

現時点でやるべきことは山積みです。カンボジアの病院建設では8000人規模だったのに対し、タンザニアの場合は5万人規模、つまり市民病院レベルに挑んでいます。病院を建てるだけでなく、患者さんが通えるような保険の体制整備、水道の整備、医療器材の導入やスタッフへの医療技術の指導なども必要になってくる。1つずつ乗り越えていきたいと思っています。

自ら全力でやり切った後にしか救世主は現れない

── 葉田さんは夢と現実に大きなギャップを感じた場合でも、他者から認められやすいほうに流れることなく、ご自身の信念を行動に変えているように感じます。それが可能なのはなぜなのでしょうか。

原動力になっているのは、これまで出会ってきた方、お世話になった方たちのストーリーを世に伝えたいという気持ちです。カンボジアでの新生児医療の講師を務め、NPO法人あおぞらのアドバイザリースタッフでもある嶋岡鋼先生も、生き方が本当に素晴らしい。現地の医療スタッフの方々に敬意を示しながら、赤ちゃんやお母さんの命を救うことがいかに尊く、未来に直結した仕事であるか。そんな祈りにも似た思いを、講習で届けてくれたのです。これをストーリーにして、世に伝えなくてはという思いに駆られました。

そのためには自分が頑張らないといけない。今まで人生のピンチでは必ず救世主が現れている。ただし、救世主というのは、自分が力を出し切ってはじめて現れるのだと思っています。

── 葉田さんのもとにさまざまな仲間や協力者が集まってきています。その秘訣は何でしょうか。

大事にしているのは、活動に関わってくださっている人がみんな幸せになること。その人にとってプラスがあるかどうか。これは、プロジェクトを一緒に進める仲間に対しても、クラウドファンディングで協力してくださる方々に対しても、常に意識しています。

あとは、本当にやりたいこと、ワクワクすることをやっているからかなと。僕がアフリカで働く医者に憧れをもつようになったのは、幼稚園生くらいから。本当にやりたいことは、この数年で気になり始めたことよりも、小さい頃から取り組んだり、考え続けたりしていることである可能性が高い。それは周囲の影響を受けたものではなく、自分の心の底から湧いてきたものだと思うからです。

── 葉田さんの今後のビジョンを教えてください。

自分という人間の最大値で働き続けたいですね。今は医師として活動、NPOを通じた国際協力、著者としての活動の3つをかけあわせて、少しでも人が笑顔になるためにできることが増えればいいと考えているんです。特に国際協力は、99%がつらいことで、1%の大きな喜びが待っているという世界。ですが、この1%がつらいことの99%を上回るから、ずっと継続していきたいと心底思うんです。

自分一人の行動が与えるインパクトは、どうしても限られてしまう。けれども、それが他の人が行動を起こすきっかけになればいい。与那国島の診療所で働いていたときも、最初の著書『僕たちは世界を変えることができない。』の映画を見て、医者になろうと決めた中学生の女子生徒がいました。

ヒーローになれなくたっていい。たとえ自分の力は微力でも、自分の活動に希望を見出してくれる人がいるんじゃないか。行動を起こす人が増えていけば、世界がよくなるかもしれない。そう信じて、まずはタンザニアでの病院の開院に向けて、全力を尽くしたいと思います。

僕たちはヒーローになれなかった。
僕たちはヒーローになれなかった。
葉田甲太
あさ出版
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僕たちはヒーローになれなかった。
僕たちはヒーローになれなかった。
著者
葉田甲太
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プロフィール:

葉田 甲太(はだ こおた)

医師、NPO法人あおぞら代表。1984年兵庫県生まれ。 国境なき医師団に憧れ、日本医科大学へ進学。 大学在学中に150万円でカンボジアに小学校を建てられることを知り、仲間と実現した経緯をつづった著書『僕たちは世界を変えることができない。』を2011年に出版し、同年に向井理初主演で東映より映画化される。 2014年にカンボジアで新生児を亡くしたお母さんと出会い、2018年2月にカンボジア僻地に保健センターを建設。 2019年3月よりタンザニア新病院プロジェクト開始。『僕たちは世界を変えることができない。』(小学館)は累計10万部。新著は『僕たちはヒーローになれなかった。』(あさ出版)。

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文責:松尾美里 (2019/12/23)

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