【対談】世界の見方が変わる名著、『FACTFULNESS』大ヒットの舞台裏に迫る
読者が選ぶビジネス書グランプリ2020 総合グランプリ1位!

【対談】世界の見方が変わる名著、『FACTFULNESS』大ヒットの舞台裏に迫る

世界で200万部、日本で60万部突破の大ベストセラーとなった『FACTFULNESS(ファクトフルネス)』(日経BP)。読者が選ぶビジネス書グランプリ2020の総合グランプリ1位、政治・経済部門賞受賞に選ばれました。

受賞記念として、『FACTFULNESS』の翻訳を手掛けた杏林大学外国語学部准教授の関美和さん、編集を手掛けた日経BPの中川ヒロミさん、フライヤー代表の大賀で、『FACTFULNESS』の魅力について語り合う会を開催。対談のダイジェストをお届けします!

「悪い」と「良くなっている」は両立する

大賀康史(以下、大賀):ビジネス書グランプリ2020の総合1位、政治経済部門賞のダブル受賞、おめでとうございます! 改めて『FACTFULNESS』がどのような本なのか、紹介していただけますか。

中川ヒロミさん(以下、中川):公衆衛生の研究者で、医師でもあった著者のハンス・ロスリングさんは、統計データを見ると世界は確実に良くなっているのに、それが人々に理解されていない現実を知りました。ご自身ががんで余命が短いとわかったとき、私たちの本能からくる「世界は悪くなっている」という思い込みから脱して、世界の正しい見方を伝える本の執筆に全力を注ぐと決意された。そうしたハンスの使命感のもとに書かれた一冊です。

FACTFULNESS
FACTFULNESS
ハンス・ロスリング,オーラ・ロスリング,アンナ・ロスリング・ロンランド,上杉周作(訳),関美和(訳)
日経BP
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FACTFULNESS
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著者
ハンス・ロスリング オーラ・ロスリング アンナ・ロスリング・ロンランド 上杉周作(訳) 関美和(訳)
出版社
日経BP
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大賀:特に印象的だったのは、「『悪い』と『良くなっている』は両立する」という言葉でした。ハンスさんは自身のことを、「楽観主義者」ではなく「可能主義者」だとおっしゃっています。「人類のこれまでの進歩を見れば、さらなる進歩は可能なはずだ」と。そこに未来への希望が表現されていると思いました。『FACTFULNESS』が日本で出版されて、お二人のもとには日本の読者からどのような声が集まっていますか。

関美和さん(以下、関):邦訳書が出た当初、Twitter上で印象に残ったのは、「死刑制度を適用する国が減り、廃止する国が増えているという事実は、果たして良いことなのか」というツイートが多かったこと。ハンスの属しているヨーロッパ圏では文化的に、「死刑制度は野蛮な制度」というイメージがあります。ですが、その見方がヨーロッパ中心主義なのではないかというのです。

ハンスの息子の妻であるアンナ・ロスリングが来日したとき、この日本の反響を伝えたら、驚いていらして。日本では死刑制度存続への賛成が8割以上という統計データをお見せしたところ、「たしかにヨーロッパ的な価値観に偏っていた面もあるかもしれない」とおっしゃっていました。


大賀:そうした議論が生まれるのは、この本ならではかもしれませんね。

:ほかにもよく見かけたのは、世界の「良くなっていること」にフォーカスされたがゆえに、「いやいや、そんな良いことばかりではない。統計を恣意的に使っているのではないか」という投稿です。また、ハンスは「あまり煽ってはいけない」と主張しているけれど、「本書もドラマティックに書いているのでは」という反響もありました。

大賀:それは意外な反響でした。本書には、元アメリカ副大統領のアル・ゴアが「CO2の排出量がこのまま増え続けるとどうなるのか、最悪のケースをハンスお得意のバブルチャートで見せてほしい」と依頼したエピソードが書かれています。ハンスは謙虚にも、「事実に沿った伝え方しかできない」と断っていました。これを読み解くと、読者の見方もまた変わっていくかもしれません。


中川:世の中のニュースに対して「ファクトフルネス(データを基に世界を正しく見る習慣)で見ると、どうなんだろう?」といった発言が増えたように思います。日本のなかでもハンスの遺志を継いで、世界を正しく見ようと考える人が増えたのかなと。 ありがたいと思ったのは、SNSで本書への疑問点があがると、共訳者の上杉周作さんがその回答とともに、どの出典や脚注にあたればいいかをまとめてくださったこと。それを読んで、本への理解が深まった方が増えたのではないでしょうか。

翻訳で意識したのは「ハンスが話しかけているような訳」

大賀:関さんはこれまで数々の名著を翻訳されていますが、『FACTFULNESS』の原著を初めて読んだ際には、どのような感想をもちましたか。

:もともと中川さんから「この本はうまく翻訳すると売れそう」と聞いていたこともあって(笑)。期待いっぱいで原著を開きました。実際、文体が柔らかくて、実に読みやすい。内容も期待通り面白くて、普段よりはやく訳を完成させることができました。

大賀:翻訳の際に特に意識されたことは何でしたか。

:海外の書籍では、翻訳者のための指示書がついていることが多いのですが、『FACTFULNESS』で特徴的だったのは、「ハンスが話しかけているような訳にしてほしい」という要望が書かれていたこと。いつも以上にこの点を意識しましたね。
訳については、本書の最初から5章までは上杉さん、6章から謝辞までは私が担当しました。上杉さんが先に、ハンスのキャラクターが伝わるような訳の世界観を提示してくれて。「もしこの本が日本語で書かれていたらどうするか?」を考えよう、と互いにフィードバックしながら訳していったんです。

大賀:たしかに、最初から日本語で書かれた本といわれても違和感がありませんね。

:具体的なエピソードが数多く登場するので、その情景が読者の頭にぱっと浮かぶようにしようと意識していました。


私は『FACTFULNESS』をこう読んだ

大賀:ここからは、『FACTFULNESS』をどんなふうに読んだのかについて話していきたいと思います。

まず私の場合は、経営や組織の文脈でもこの本の内容が活かせるととらえました。1つは「分断本能」について。私たちは物事を二項対立でとらえがちですが、ハンスは、選択肢を4階層に分けて、グラデーションで考えようと提言しています。これは組織においても同じ。人材評価でも実際には「Aさんは優秀だ、優秀でない」などと二極でとらえられるものではありません。

2つめの「恐怖本能」は、ベンチャーでまさに避けるべきものだなと。起業をめざす方によくアドバイスするのは、「起業のリスクについては、ベストシナリオとワーストシナリオを考えたほうがいい」ということ。現実は両者の間にあるから、と。稲盛和夫さんの経営哲学には、「楽観的に構想し、悲観的に計画し、楽観的に実行する」という言葉があります。これは、「恐怖で判断を鈍らせないように」という本書のメッセージと符合するんじゃないでしょうか。

そして3つめの「犯人捜し本能」は、『学習する組織』の5つのディシプリンの1つである「システム思考」を想起させました。「問題が起きたとき、誰のせいなのかと原因を探して処罰するのではなく、なぜそうなったのかという背景を考えよう」と。だから本書の内容はストンと腹に落ちましたし、個人の生き方や経営、マネジメントのテーマと絡めても、多くの示唆が得られました。

中川:その読み方は面白いですね。私自身は、「『悪い』と『良くなっている』は両立する」という言葉にハッとさせられました。たとえば、自分の息子のことにあてはめると、受験勉強が進んでいなくて親としてはモヤモヤしてしまう。ですが、今までと比べると、自分で勉強するようになったのは成長だなという見方もできます(笑)。

会社でもそうです。本を売るために他部門の人たちに「もっとこうしてほしい」と思っても、組織として当然、自分の希望通りに進むわけではない。そんなときは「諦める」か「怒る」の二択になりがちですが、本書を読んでからそこまで悲観しなくてもいいと気づきました。将来を期待することと、「これまでと比べて良くなっている」と現状を客観視すること。その両立が大事だなと思いましたね。

大賀:関さんはいかがですか。

:「良くなっている」と解釈する期間を長めにとることが大事だと思いました。人は結果が出たかどうかを短期間で判断しがち。たとえば最近だと、「ジェンダー・ギャップ指数」が日本は過去最低の121位というニュースが話題になりました。たしかに男女格差は今後も取り組んでいくべき問題ですが、私が社会に出たときと比べたら、状況は確実に良くなっています。当時は育児休業制度もなかったですから。いまでは女性の育児休暇取得はかなり進んで、男性の取得を増やすには? という議論にまで発展している。『FACTFULNESS』にも「変わらない文化はない」とありましたが、日本社会も長期スパンで見ると着実に変わってきている。そう気づかされました。


TEDのプレゼンで伝わってきた、ハンスの「サービス精神旺盛な人柄」

大賀:中川さんがこの本を手掛けようと思ったきっかけは何でしたか。

中川:きっかけは、ハンスのTEDのプレゼンが非常に面白かったこと。『スティーブ・ジョブズ 驚異のプレゼン』『TED TALKS』の編集を手掛けたとき、おすすめされたプレゼンをいくつも見ていたら、ハンス・ロスリングのプレゼンがすごくよくて。ちょうどエージェントから2、3年先にハンスの著書が出る予定だと教わり、ぜひ邦訳書を出したいと企画をあたためていたんです。

大賀:『FACTFULNESS』の影響もあって、ビジネス書全体の売上が堅調に推移しています。本書が2019年を代表する一冊といえるほど大ヒットした理由は何だとお考えですか。

中川:1つは、Twitterでずっと話題になってきたこと。世の中にあふれる情報に対し「本当なのか?」と懸念している人に響いたのではないかと思っています。自分もバイアスがかかっていることに気づかせてくれる良い本だった、とツイートする人が多かったですね。

2つ目は、ハンスのサービス精神旺盛な人柄が、本書ににじみ出ていること。冒頭に、世界の基本的な事実にまつわる13問の「チンパンジークイズ(※)」を用意しているのですが、この見せ方が非常に面白いと評判になりました。TEDのプレゼンでもそうですが、彼は難しいテーマをいかに身近に感じさせるかを考え抜いている人なんです。
※13問とも大半の人は正解率が3分の1以下で、ランダムに答えるチンパンジーよりも正解できないことから、「チンパンジークイズ」と呼ばれている。

そして3つ目は、翻訳がとても柔らかくて読みやすかったこと。いくら素材が良くても、硬い訳だとなかなか読み切れない。関さんと上杉さんが、著者の肉声が聞こえてくるような、わかりやすい訳に仕上げてくださったことが、ヒットにつながったのではないかなと。

もちろん、日本人が自分事としてとらえにくいテーマなのに、ここまで売れたのは、正直不思議でもあります。世界では200万部突破していて、日本では電子書籍を入れると60万部突破。ヨーロッパ以外だと日本の売れ行きは突出しているんじゃないでしょうか。


ミッションは、「翻訳本は読みにくい」という不便を解消すること

大賀:お二人はこれからどんな本を手掛けていきたいですか。

中川:起業家やエンジニアなど、リスクをとって新たな挑戦をしている人が幸せになれるよう後押しする本を手掛けたいと考えています。彼らが起業や開発をするにあたって、困っていることを解消し、さらに上のステージに進むのに役立つ本をつくりたいと思っていて。

スタートアップに関する本を手掛けているのは、勢いのあるスタートアップが出てこないと日本は元気がなくなってしまうという思いから。また、プレゼンの本も、良いプロダクトやサービスがあるのに、それを上手く表現できずに資金調達に苦しむ人に届けたいという思いがあります。これが私自身の好きなテーマでもあるんです。

大賀:では私はまさに読者ターゲットだったわけですね。関さんはいかがですか。

:ジャンルを問わず、「売れる本」の翻訳を手掛けたいです。つまり、編集者が「これは長く読み継がれるだろう」と思った本です。編集者が面白いと思った本の翻訳を誰に任せようかと考えたときに、自分のことを思い浮かべてもらえるようになりたいです。

かつて、お気に入りの英書の邦訳書を読んだら、ちょっと期待と違っていたという原体験があります。その経験もあって、「翻訳本は読みにくい」という不便を解消することが、私のミッションだと思うようになりました。
『ファスト&スロー』『LEAN IN』などの翻訳を手掛けている村井章子さんは、こうおっしゃっていました。「だめな本を翻訳で良い本にすることはできないけれど、良い本は翻訳で簡単にだめにできる」。原著を読んで浮かんでくる五感を通じたイメージや著者のトーン。こうしたものを、日本語の読者にもできるだけ同じように味わっていただけるよう、再現していきたいですね。

大賀:最後に、これから『FACTFULNESS』を読まれる方へのメッセージをお願いします。

中川:読者から「励みになった」「癒された」という声を数多くいただきましたが、その通りだと思っています。ものの見方をほんの少し変えるだけでポジティブになれ、自分の幸せになることにつながる。そうしたことを実感できる一冊でもあるので、ぜひより多くの方に読んでいただきたいですね。


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プロフィール:

関美和さん

翻訳家。杏林大学外国語学部准教授。慶応義塾大学文学部・法学部卒業。電通、スミス・バーニー勤務の後、ハーバード・ビジネス・スクールでMBA取得。モルガン・スタンレー投資銀行を経てクレイ・フィンレイ投資顧問東京支店長を務める。また、アジア女子大学(バングラデシュ)支援財団の理事も務めている。

中川ヒロミさん

日経BP 書籍編集1部 部長 『FACTFULNESS(ファクトフルネス)』『HARD THINGS』『HIGH OUTPUT MANAGEMENT』『TED TALKS』『ジェフ・ベゾス 果てなき野望』『スティーブ・ジョブズ 驚異のプレゼン』などの編集を手掛ける。

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文責:松尾美里 (2020/02/25)

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