〈対談〉自分らしさをつくる「読書法」の決定版
想像力を育てる『戦略読書』の真髄

読書習慣をつけたいと思っても、何からどう読めばいいかわからない。
読書は好きだけれど、読む本が結構偏っている気がする。
本への向き合い方は人それぞれですが、ちょっとしたコツをつかむことで、「読書を通じた自分らしさの実現」に近づけます。
読書家としても有名な三谷宏治さんのベストセラー『戦略読書』(2015、ダイヤモンド社)は、2020年6月に大幅増補されて文庫『戦略読書〔増補版〕』(日経ビジネス人文庫)となりました。この本は、「どんな本をいつ読むべきなのか」に答えるガイドブックというだけでなく、個々の本をどう読み、そこから何を引き出すかという「読め方」の指南書でもあります。
「今日を彩るボイスメディアVoicy」で公開されている番組「荒木博行のbook cafe」に、三谷さんをゲストとしてお招きし、『戦略読書〔増補版〕』の真髄をお伺いしました。その様子を再構成してお伝えします。
インプットが同じではアウトプットも同じになってしまう
荒木博行(以下、荒木):三谷さんの『戦略読書』、私は2015年版も拝読していましたけれど、改めてこの文庫版で読み直してみて、さらにいい本になっていると感じました。序章のつかみとして、「社会人になってみんなと同じ本を読んでいたらみんなと同じようなことを言うようになってしまった」と書いてありますよね。こういう状況には誰しもが陥りがちだと思います。
三谷宏治(以下、三谷): 私は大学を卒業してすぐ、外資系経営コンサルティング企業のボストン コンサルティング グループ(BCG)に入りました。とはいえ、親が企業経営者だったわけでもなく、大学の専攻も理学部物理学科。実家の八百屋を死ぬほど手伝ってたんで自営業者の世界はわかるけれど、サラリーマンの世界はよくわからない。そのことを先輩のベテランコンサルタントに相談したら、「だったらサラリーマン小説を100冊読めばいいじゃねえか」と言われました(笑)。それだけでなく、先輩もクライアントも海外MBAホルダーだらけ。当然そういう知識も当然つけなければなりません。社会人最初の1年はサラリーマン小説と経営学系の本をひたすら読んでいました。そんなある日、同僚何人かで話していたら、ある中途採用コンサルタントと私がまったく同じことを言っちゃった。私にはそれが二重にショックでした。意見が被っただけでなくて、その内容がとても凡庸なものだったから。本当にガッカリしました。
そもそもなぜBCGに私が採用されたのかといえば、人とちょっと違う意見を言う面白いやつだと評価されたから。なのに、いつの間にかみんなと同じになろうとしていたのです。ああ、人と同じインプットをし続けたからだと直感しました。読んでいる本、入ってくるものが同じなのだから、出るものも当然同じになっちゃいます。もっとビジネス書「以外」も読まなきゃダメだと思いました。
荒木: そこから三谷さんの戦略的な読書が始まったんですね。その第一歩が『戦略読書〔増補版〕』で三谷さんが紹介している「読書ポートフォリオ」な訳ですね。三谷: はい。この本の第1章では、「読書には資源配分があって、それをキャリアとともにシフトしていきましょう」という話を書いています。「ポートフォリオ」とは、書類を分類して整理するための入れもののことで、そこから転じて、いろいろなものを分類して配分することを指します。人が読める本の数や時間は有限なので、そのなかで自分がどういう本を選ぶかきちんと意識しよう、というのが「読書ポートフォリオ」です。
これには2×2のマトリクスを使います。

横軸は、ビジネス系か非ビジネス系か。ここでいう「ビジネス」は、仕事に限らずいま中心的に取り組んでいることです。そして縦軸は、基礎的なものか応用的なものか。「応用」「新奇」と呼んでいます。つまり4つのマトリクスは、ビジネス基礎かビジネス応用か、非ビジネス基礎か非ビジネス新奇かで分かれます。自分の読書時間や冊数を、この4つに分類して配分するのが「読書ポートフォリオ」を組むことです。
そして、それをキャリアに応じて考えて、変えていくのが「読書ポートフォリオ・シフト」。キャリアをスタートさせるときにどういったものを読むか。それを2、3年経ったところでどう変えるか。キャリアステップごとに資源配分を見直していくわけです。
![戦略読書[増補版]](https://fl5cdn2.azureedge.net/summary/2373_cover_300.jpg)
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基礎があるから新しい知識の位置付けがわかる
荒木: 逆に、これを意識しないとかなり偏りが出てきますよね。ビジネスと非ビジネスで、すぐ9対1くらいになってしまいそうです。三谷: そうですね。先ほどの私の事例だと社会人1年目は10対0でビジネスでした(笑)。今やっていることだけになってしまっていた。
私がこのテーマで講演や研修を担当するとき、参加者に「過去半年で4象限のそれぞれに何冊くらい当てはまるか」を数えてもらうと、大体2つの偏りが見られます。「すごくビジネス系に偏っていた」というのが1つ。もう1つは、「基礎の本を全然読んでいなかった」というものです。「実はビジネス基礎の本をちゃんと読んだことがないと気付いた」と。MBA(経営学修士課程)に通っている人ですら、そうかもしれません。
荒木: 『戦略読書〔増補版〕』でビジネス基礎の本として紹介されているものは、古典的名著が多いですよね。コトラーの『マーケティング・マネジメント』、ポーターの『競争の戦略』など。逆に、そうした基礎がわかっていないと、ビジネス応用の部分の本当の意味が読み解けない。三谷: 仮に読み解くこと自体はできても、自分の中での位置付けができないでしょうね。「今流行りの『〇〇マーケティング』は、マーケティングと言うけれどセグメンテーションとプロモーションのことしか言ってないんだな」とか(註:マーケティングはSTPと4Pで表現される。セグメンテーション、ターゲティング、ポジショニングとプロダクト、プライス、プロモーション、プレイス〔チャネル〕のこと)。人間は、新しい知識に対して位置付けを与えてあげないと、本当には納得できない、抽象化できません。バラバラの情報や知識では本当の価値は出ないのです。

荒木: そのあたりの議論は、『戦略読書〔増補版〕』の第3章にある「発見型読書法」、「読め方革命」という話につながりそうですね。
三谷: 同じものを読んでいてもそこから何を読み取れるかには、人によって大きな差がありますよね。文章の中でどこが面白いポイントなのか、本当はどういうことを言っているのか、それを読み取る力を「読め方」と呼んでいます。これはセンスもありますが訓練次第で身につくことです。
第3章の副題として「5つの視点で5倍読み取る」と書きました。5つの視点とは、「反常識」「数字」「対比」「一段深く」「抽象化」のことです。数字が出てきたら必ず確認する。わからないことに出合ったらいつもより一段深く調べてみる。Aと書いてある情報をそのままではなく、一段抽象化して覚えておく。そういったことです。
その中でも一番大切なのは、「対比」だと思っています。私は講演などで「発想法とは知識ではなくて考え方だ」と言っていますが、実際の私自身の発想は、知識に裏付けられているところもあります。「この戦い方Aで成功する」という主張(新しい情報)があったとしても、鵜呑みにはしません。「戦い方Aで負けた」という事例も知っているからです。でもそれで単純に「Aはダメ」とするわけではありません。成功する場合も失敗する場合も出てくる裏には何があるのかを考えます。いろいろな幅広い知識があるからこそ、対比することで正しく疑い、その裏にある法則を見いだせるのです。
非ビジネス系の選び方
荒木: 「読書ポートフォリオマトリクス」の話に戻ります。先ほどビジネス系のほうのお話を伺いましたが、非ビジネス系の領域についてはどうでしょうか。こちらはいろいろなものが含まれていて、どんな本を選んだらいいか困ってしまう人も多いでしょう。ここの考え方について教えていただきたいです。三谷: 私が非ビジネス系と分類しているのは「今やっていること以外」なので、たしかにめちゃくちゃ広いです。SF、科学、歴史、プロフェッショナルなど、なんでもありますよね。だから「本をどうやって選べばいいのか」という質問への第一の答えは、「興味のあるもので構わない」ということです。
その中でも「基礎」の枠では、その領域において「古典的なもの」を選ぶのが基本です。古典は読みづらいものも多いですが、それでも読むべき価値があります。
荒木: 古典とは、歴史の風雪に耐えてきた存在だからですよね。過去の読者が、その価値を証明してくれている。三谷: でも古典だけではなく、Amazonでレビューが1000ついているようなものからまず読んでみる、とかでもいいと思います。そうした本は読みやすさにもきちんと配慮されていますし、たくさんの人が素晴らしいというものには何か本質的な意味があるものです。
実は一番難しいのは、「新奇」の枠です。古典的な素晴らしいもの以外がすべて入ってしまいます。今までの自分の殻を破るかもしれない一冊、と決めて片っ端から読んでみるのもいいでしょう。それでは当たりの本に行き着く確率が悪すぎるということであれば、flierも使えますよね。そうしたサービスでサッと読んでみて、これはいいなと思ったら実際に本を手に取ってじっくり読む。あるいは、お気に入りの書店があるなら、書店員さんたちががんばって書いているPOPを見て、いいなと思ったものを買ってみるのもいいでしょう。でも私がよくやるのはジャケ買いです(笑)
まあ新しい本は、自分の読むスタイルに合うものを、自由に手に取ればいいですよ。

荒木: 三谷さんは「1対1のルール」を決めているということも本に書いていましたよね。「ビジネス書を買うときは、一緒に非ビジネス系も買う」。非常にシンプルなルールです。
さきほどSFも非ビジネス系に含まれるという話が少し出ましたが、三谷さんはかなり読まれていますよね。子どもの頃はSFと科学書漬けだったとも。三谷さんにとってSFの魅力は何ですか?
三谷: 一言で言えば、「常識を覆される快感」なんでしょう。SFは、「最も純粋な問いを立てられる」領域だと思っています。たとえば、「ファーストコンタクト」といわれるジャンルでは、コミュニケーションの本質が問われます。SFだからコミュニケーションのすべての前提を覆せます。なかには、話し相手を食べちゃうコミュニケーション方法をとるやつもいるかもしれないし、一言発するのに100年掛かる相手もいるかもしれない。そうしてあらゆる前提を覆したうえで、コミュニケーションとは何かを純粋に問える。人間同士のコミュニケーションをいくら突き詰めても、生き物としての連続性がありますし、やりとりする記号も共有している。そういうものが全部ない状態で話をスタートできるんです。SFの名著では、コミュニケーション、知性、神、心といった最も本質的な問いやそれへの答えが描かれていると思いますね。
読書の効果と文字の力
荒木: 今のお話を聴いていると、三谷さんは読書でどんな脳の使い方をしているんだろうということに興味が向かいます。三谷さんは本のなかで「読書の効果」としてそのことをまとめていますよね。「視覚、記憶、意味、想像など脳のあらゆる機能が総動員され、組み合わされるのが読書のいいところである。それこそが人との脳の特徴である巨大な連合野の強化につながる。マンガでも絵本でもなく本だけが、言葉から情景を思い浮かべ、主人公たちの心を想像する力を育む」。ここのくだりは本当にそうだなと思うのですが、三谷さんはどういった経験からそう考えるようになったのでしょうか。三谷: 私は子どもの頃、自然に本を読み始めたようです。母に尋ねても、なぜ私が小学校に入る前から本をすらすら読んでいたのか、まったく記憶にないそうです(笑)。小学校の入学式直後に40日間入院したときも、先生たちが差し入れしてくれた100冊以上の本を読み切った。ものすごい勢いで本を読んでいたせいか、読解力が自然と鍛えられて、国語のテストでは苦労したことがないんです。現代文の問題は小学校でも大学入試でも大体同じです。この部分の意味は何かとか、これはどこにつながるのかとか、そういうことですから。
私は小説を読み終えた後って、細かいところはあまり覚えていないんです。でも映画を一本観たような感覚になる。そういうものが読解力というのかもしれないし、想像力というのかもしれない。文字から風景をありありと思い浮かべたり、登場人物の気持ちが自然とわかったり。そういう能力がどうして身についたのか考えてみると、文字、つまり記号を見て音にして単語を認識して意味をつかまえ、そこから頭のなかで想像を膨らませていく、そういう訓練をとてつもなく積んだからなんですね。字を読むこと(読字)の価値って大きいんです。

荒木: 最近だと、YouTubeなどで代わりに読書をしてインスタントに教えてくれるコンテンツがいっぱいありますが、自分で読書をする経験には本当の意味では代えられないですよね。たとえばVRの映像を見せられると、それがすべてであるかのように感じてしまうけれど、文字メディアである本だからこそ、そこに脳を働かせる余地、あそびが結構ある。だから、記憶や意味などいろんなものを組み合わせることができるんですね。
三谷: 文字を読むことによってそういう力が特に鍛えられます。映像に対しては、人間はどうしも受動的になってしまう。自ら本を読む体験は、能動的な頭の訓練になりますよね。
『サピエンス全史』でユヴァル・ノア・ハラリは「人間の最大の力は想像力、妄想力、虚構をつくる力だ」と言いました。そういう力は本当に大切だと思います。「人と同じアウトプットしか出せない」状態から抜け出し、想像力を存分に発揮するためにも、とにかくいろいろたくさん読むことです。
そのときもしガイドが必要なら、『戦略読書〔増補版〕』を使ってください。きっと読むべきもの、読みたいものに、もっと出合えるようになるでしょう。
※本内容は、Voicyでも放送されています。対談の音声のリンクはこちらから。
![戦略読書[増補版]](https://fl5cdn2.azureedge.net/summary/2373_cover_300.jpg)
![戦略読書[増補版]](https://fl5cdn2.azureedge.net/summary/2373_cover_300.jpg)








プロフィール:
三谷宏治(みたに こうじ)
KIT(金沢工業大学)虎ノ門大学院 教授
1964年大阪生まれ、福井育ち。東京大学理学部物理学科卒業後、BCG、アクセンチュアで19年半、経営戦略コンサルタントとして活躍。1992年 INSEAD(インシアード)でMBA修了。2006年から教育分野に活動の舞台を移し、年間1万人以上に授業・講演。無類の本好きとして知られる。著書多数。『経営戦略全史』はビジネス書賞2冠。『ビジネスモデル全史』『新しい経営学』の他に、『お手伝い至上主義!』『戦略子育て』など戦略視点での家庭教育書も。
早稲田大学ビジネススクール・女子栄養大学で客員教授、放課後NPOアフタースクール・認定NPO 3keysで理事を務める。永平寺ふるさと大使、3人娘の父。