〈対談〉『個人力』著者がおくる、ありたい自分に正直に生きる秘訣
「ニューノーマル」時代に考える「わたし」について

コロナショックの今だからこそ、新しい働き方のガイドラインが必要だ。そんな想いからスタートした澤円さんの最新刊『個人力』は、ありたい自分のまま人生を楽しんでいいのだと、働くすべての人を力強く後押ししてくれます。flierで公開された要約は、公開週の人気要約ランキング1位に。
そんな話題の1冊の著者である澤さんご本人に、ボイスメディア「Voicy」で配信中の「荒木博行のbook cafe」にお越しいただき、『個人力』に込めた想いについてお伺いしました。本記事では、その様子を再構成してお届けします。
ありたい自分を生きていく

荒木博行(以下、荒木): ありたい自分のまま人生を楽しんでいく力、「個人力」。澤さんにとって大切なキーワードである「Being(ありたい自分)」の意味やその実現方法が余すことなく語られている本だと思いました。この本はどのような背景で書かれたんですか?
澤円(以下、澤): 企画をいただいたのは2020年の5月頃のことでした。以前にも僕の書籍を担当してくれていたチームの人たちが、コロナショックのなかで働き方のガイドラインを提示しようと、僕に声をかけてくれたんです。今必要な情報だからすぐに出したいということで、3ヶ月のスピード出版になりました。
新型コロナウイルスの影響で生活が大きく変化して、そこで立ちすくんでしまっている人はたくさんいると思います。でも、だからこそ自分のやりたいことや、ありたい自分を明確に定義し、それに正直に生きることが重要です。
荒木: 新型コロナウイルスは様々な神話を解体しましたよね。今まであたりまえだと思っていたものを取り去った後に残るのが、「自分の人生で何をやりたいのか」という本質的な問いだったわけですね。澤: コロナショックによって、外に出られないし人と会うこともできなくなって、全世界の人が自分とは何かを考えざるを得ない状況になりました。そんな今だからこそ、改めて自分の内側から湧き出てくる「Being(ありたい自分)」の大切さを強調したい。そう思って、「個人力」の中心には「Being(ありたい自分)」をすえました。
そのうえで具体的な方法論として「Think(あたりまえを疑う)」、「Transform(常にアップデートする)」、「Collaborate(「個」として協働する)」の3つを挙げています。
「働く」にまつわる違和感をとらえる
荒木: 組織に属していると、自分に向き合うことの意味を見失ってしまうことがあると思います。会社にキャリアパスの主導権を握られて、それに違和感を感じつつも、諦めて身を委ねてしまう。そういう期間が長くなると、ありたい自分を考えることが辛くなってしまい、考えること自体を避けてしまいそうです。澤: 会社に人事権や、もっと言えば人生をすべて渡してしまうような働き方は、昭和の時代に多くありましたよね。でもそれは、それが許されるくらいに手厚かったからだと思うんです。
僕の父は89歳で亡くなったのですが、大きな病気をすることもなく、証券会社で60歳の定年退職まで勤め上げました。旅行の選択肢も限られていた時代に、父は「会社の金であちこちに住める」と転勤族であることすら楽しんでいました。退職してからは月に2回ゴルフに行ってもお釣りが来るぐらいに年金が出ていて、父が亡くなった後には母にも遺族年金が出ている。これだけの手厚さがあるなら、会社に忠誠を尽くす価値があるというのも理解できます。
でも、今はもう、このような過去の成功体験をもとに考えることには無理がありますよね。それなのに日本の会社にまだ昭和から続く仕組みがひしめいていて、容易には転換されない。だったら、個人のマインドセットの方を変えていくしかありません。
荒木: ニーチェが『ツァラトゥストラ』で「神は死んだ」と言ったのに近いですね。あの時代、人々が神の力が弱まっていることを薄々認識していたところに、ニーチェがそれを明言し、個人が自立して生きることの重要性を説いた。今も、「 会社支配は死んだ」と認識して、マインドセットを切り替えるべきタイミングなのかもしれないですね。
澤: そうですね。これだけ情報発信の場が無数にあって、個人の考えを発信していい時代になっているのに、なぜかみんな「働く」ことを考えるときには昭和から続く「伝統芸能」に身を委ねてしまう。僕はこれに「なぜ」と疑問を投げかけたい。荒木: みんな徐々に違和感に気づいていると思います。では、どのようなアクションをとるべきかという次の問いに向かうことができたら、意外に早く答えが見つかるかもしれません。
「わたし」を主語にして考える

澤: 違和感に気づいてアクションをとろうというのは、まさに「Think(あたりまえを疑う)」でやろうとしていることです。
相談や受けたり、メンタリングを提供したりしていると、相手から「あたりまえ」「普通」「常識」という言葉出てくることがあります。僕は、これらは思考停止を引き起こすワードだと思っているんです。こうした文脈での「あたりまえ」には、明確な根拠や合理的な理由はないことがほとんどです。
「みんながそう言っている気がする」という「何となくの空気感」を強要されるのはおかしなことです。「空気」に自分を寄せるのではなく、「自分はこう思う」と「自分」を主語にしてアウトプットしていこうというのが僕の提案です。
荒木: 僕は、「体が抱く違和感に正直になる」というメッセージになるほどと思いました。これはものすごく大事ですね。澤: これを大事にしないから、心身の健康に悪影響が出てしまうのだと思います。僕は最近、「我慢する」と「鍛える」は違うものだと思っていて。
たとえば、重たいダンベルを持って腕を上げ下ろしするのはしんどいけれど、この筋トレを通して望んでいる自分の姿に近づけるのだったら、「鍛える」ことになる。だけど、自分が求めていない重たいものを「とりあえずこれを持っておけ」と他人から押し付けられたとしたら、それは「我慢」を強要されているにすぎません。
自分はこれを望んでいない、わたしはこれが快適ではないと感じたら、そのダンベルは手放さなければいけない。そこで主語を「わたし」ではなく「会社」にしてしまったら、我慢してダンベルを持ち続けなければならないと思ってしまう。
荒木: 本当はやりたくないと思っていても、「みんな期待しているから」とふんわりした他人の期待を持ち出されると弱いという人は多いかもしれません。「みんなが」や「会社が」はよく聞くフレーズですが、結局はある一人の上司の意見だったりしますしね。澤: そうなんです。「主語の大きさ」は思考停止のバロメーターだと思っています。
マインドセットの変化でつくる、やわらかい世界
荒木: 今はコロナショックで、否応なしに変わらざるを得なくなった環境に置かれた人が多いですよね。この環境をどうご覧になっていますか?澤: 僕は会社員時代から一貫して、「働き方改革」というキーワードで情報提供しようとしてきました。3・11が起きて働きづらさを経験したとき、本当はもっと変わることができたはずなんです。しかし、あのときは「復興」をテーマに原状回復が優先されていて、結果的にあまり変わらなかった。
今度は元に戻せない世界がやってきました。僕はこれをインターネット元年以来の「25年ぶりのリセットボタン」と呼んでいます。もう「働き方改革」と悠長なことを言っている場合ではない。今すぐにIT対応をして振る舞いを変えなければ、ビジネスパーソンとして価値を発揮できない世界に突入しました。
荒木: ITリテラシーのアップデートはこれまで避けてきた人が多い部分かもしれないですね。価値観をアップデートしていくこともこれからますます重要になりそうです。澤: 今、世の中は確かに混乱しているし、止まっているものが多くありますが、それでも残っているものもたくさんあります。だから、マインドセットをアップデートしていけば、それぞれ一個一個のピースとして楽しめたり、今まで選択肢だと思ってもいなかったようなものが選べたりするかもしれない。一人ひとりがちょっとしたものを楽しんだり、何かにつけて周りに感謝する言葉を口にしたりすると、どんどんやわらかい世界ができあがっていくのではないかと思います。
きっちりとした仕組みは新型コロナウイルスの前に屈服して、機能しなくなってしまった。だから、もっとふわふわとやわらかい生き方をみんなでできるようにしていった方が、結果的には全体が前向きにハッピーに進んでいくのではないかと思います。
「個」が協働するからおもしろくなる

荒木: 「個人力」という言葉は、一般的には「組織力」という言葉の対として受け止められていますよね。組織が強いと個を殺さなければならなくて、その中で個人を高めることの難しさを感じたり、その関係性に縛られたりしている人は多いのではないかと感じます。
澤: 「個人力」という考えは組織で働くことを否定するものではなく、「個」として協働することによって大きなパワーを生むと言う図式を提案しようとしているものです。「個」を押し殺し、概念的な仕組みの中でパーツのように働くという時代はもう終わりました。今の時代、与えられた環境の中で快適に人生を送るのであれば、自分を中心に考えて、そのうえで協働を考える方が合理的です。
わかりやすい例は漫画『ONE PIECE』のルフィです。ルフィは船長でリーダーだけど、周囲の人がルフィのように振る舞ったり、同じ価値観で考えたりしているわけではないですよね。それぞれまったく違う価値観を持った仲間たちが同じ船に乗って冒険をしている。あんなふうに「個」が立っている状態の仲間たちが集まっておもしろいことをする方が、ワクワクが持続するし、大きなパワーになるし、結果的にストーリーもおもしろくなる。
荒木: 『ビジョナリー・カンパニー 2 飛躍の法則(原題:Good to Great)』という名著では「誰バス」という象徴的なキーワードがあります。つまり、会社をバスにたとえて、誰をバスに乗せるかを先に考えて、目的地を後から決める、ということ。普通は、目的地が先にあって、それに合うピースとしての人材をはめ込んでいきますよね。しかし、その考え方ではGoodにしかなれない。原題にある通り、Greatに至るにはみんなとの予期しない創発的なかけ算が必要だという考え方です。澤: 僕もその考え方には賛同します。僕や荒木さんが入っている武蔵野大学アントレプレナーシップ学部のプロジェクトもそうですよね。学部長就任予定の伊藤羊一さんが中心となって人を集めたわけですが、全員詳細を聞きもしないで、自分が何をやるかも知らないまま乗ってから考えています。
荒木: 伊藤さんがワークショップ初日に「俺が声をかけたからみんな集まったかもしれないけど、『伊藤が』ではなく『自分が』この学校をどうしたいか語ってほしい」と言ったのが印象的でした。まさに主人公の転換ですね。
集められた人たちは、みんなそれぞれのストーリーが明確で、だからこそピースとして呼ばれたのではなく、世界観が合うから呼ばれたのだとわかる。こういったコラボレーションが企業の中でも生まれるのが理想的な状態ですよね。
澤: 本当はできるはずだと思うのですが、なぜか「個」よりも肩書きや会社の都合が前面に出てしまいがちですよね。澤さんの発揮する「個人力」

荒木: 澤さんは2020年8月末で23年勤めた日本マイクロソフト株式会社を退職して独立されましたね。『個人力』の刊行のタイミングとキャリアの転換期が重なったのは意図したことだったのですか?
澤: 7月の頭がマイクロソフトの会計年度のスタートなので、4〜5月あたりで来期何するかをディスカッションするんです。そのとき、そろそろ一回別のところに身を置いてみたいと漠然と考えていました。そんなときに、『個人力』の企画が来て、話をしているうちに自分の考えが言語化されていき、生き方を変える転換期に来たと感じました。『個人力』という本を出すことだし、僕も「個人力」を発揮してみようかなという思いがどこかしらにはありましたね。
荒木: 独立された澤さんは、これからどのような「個人力」を発揮して世の中に貢献していきたいと考えていますか。
澤: テクノロジーの力で世の中を良くしたり、人生を豊かにしたりするための方法論を、わかりやすく伝えていく役割を担っていきたいと思います。
マイクロソフトに在籍していたときは、「競合」を意識しなければならなくて、僕はGoogle やAmazon の技術を語るってことはできませんでした。今はそういった制約を全部取り払って、テクノロジーについて語ることができる。この世に存在するすばらしいテクノロジーと、今の世の中をメッシュ状につなげることができるなとすごくワクワクしています。
荒木: これからの時代に重要な役割ですね。澤さんがこれからますます「個人力」を発揮されていくこと、そして本書を読んだ方が自分の「個人力」を発揮してくれることを楽しみにしたいと思います。

プロフィール:
澤円(さわ まどか)
株式会社圓窓代表取締役。1969年生まれ、千葉県出身。立教大学経済学部卒業後、生命保険会社のIT子会社を経て、1997年にマイクロソフト(現・日本マイクロソフト)に入社。情報共有系コンサルタント、プリセールスSE、競合対策専門営業チームマネージャー、クラウドプラットフォーム営業本部長などを歴任し、2011年、マイクロソフトテクノロジーセンター・センター長に就任。2006年には、世界中のマイクロソフト社員のなかで卓越した社員にのみ授与される、ビル・ゲイツの名を冠した賞を受賞した。2020年8月に退社。現在は、年間300回近くのプレゼンをこなすスペシャリストとしても知られる。ボイスメディア「Voicy」で配信する「澤円の深夜の福音ラジオ」も人気。著書には、『外資系エリートのシンプルな伝え方』(KADOKAWA)、『マイクロソフト伝説マネジャーの世界No.1 プレゼン術』(ダイヤモンド社)、伊藤羊一氏との共著『未来を創るプレゼン 最高の「表現力」と「伝え方」』(プレジデント社)などがある。