コロナ疲れのいま、「幸福学」を学ぶ意義とは?
幸福学の第一人者、前野隆司氏に聞く

コロナ疲れのいま、「幸福学」を学ぶ意義とは?

「嫌われる勇気は不幸の始まり」「年収が2倍になっても、私たちの幸福度はたった9%しか上昇しない」。誰もが幸せになりたいはず。ですが、私たちは幸せになるための「正しい努力」をできているのでしょうか?

科学的に自分を幸せにするための新常識を一挙公開したのが『99.9%は幸せの素人』(KADOKAWA)です。『神メンタル』『神トーーク』で合計20万部を達成したビジネスコンサルタントの星渉さんと、「幸福学」の権威である慶應義塾大学大学院システムデザイン・マネジメント研究科教授の前野隆司さんという強力タッグによる執筆でたちまち話題に。

「幸せになるための正しい努力」とは何なのか? コロナ禍で不安定な現代に幸福学を学ぶことの意義について、前野さんにお聞きします。

誰にでも幸せになれる素質がある

── 本書『99.9%は幸せの素人』で読者に一番伝えたかったメッセージは何ですか。

どんな方でも幸せになれる素質があり、それを開花させてほしいというメッセージです。私が行ってきた幸福学の研究では、人間が幸せになるための心のメカニズムを科学的に明らかにしてきました。幸せの因子分析という手法によって判明したのは、幸せになるカギが4つの因子に集約できることでした。それは、「やってみよう! 」因子、「ありがとう! 」因子、「なんとかなる! 」因子、「ありのままに! 」因子です。4つそれぞれをバランスよく育てていくことで、幸福度が高まっていくのです。

こうしたことを過去の著書で伝えてきましたが、メインの読者層は40、50代以上。若い方にどう届けようかと模索していました。そこで強力なパートナーになってくれたのが、共著者の星渉さんです。一緒に本の構成を考えていきましたが、タイトルや語調はすべて星さんに任せました。星さんの文章は勢いがあって、実に刺激的。幸福学の知見が、20、30代の方にも、より身近なかたちで伝わるのではと思っています。

コロナ禍のもと日本人の幸福度はどう変わったか?

── 新型コロナウイルスが拡大するなかで、日本人の幸福度には変化がありましたか。

現在は「コロナ疲れ」がボディブローのようにきいていて、私たちの日常に影を落としているように感じています。西欧だと、ストレスは暴動のように「怒り」のエネルギーとして噴出することが多い。一方、日本だと真面目な国民性もあって、家の中でじっと我慢しがちで、不安や孤独が蓄積しているように見受けられます。先ほどの因子分析で明らかになったように、人間はまわりの人とのつながりのなかで幸せを感じます。そのため、孤独感が募ると幸福度を下げてしまうので心配ですね。

本来なら家にずっと閉じこもらなくてもよく、ちゃんと対策をしたうえで、人の少ない公園で散歩することも可能です。オンラインツールを使って人と話すのもリフレッシュになります。「さびしいよね」と一言言葉を交わしたり、「同じ境遇の人はほかにもいる」と思ったりするだけでも、全然違う。「みんなで力を合わせれば何とかなる」と思えれば、孤独感が解消され、日々の幸せを感じやすくなるはずです。

99.9%は幸せの素人
99.9%は幸せの素人
星渉,前野隆司
KADOKAWA
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99.9%は幸せの素人
99.9%は幸せの素人
著者
星渉 前野隆司
出版社
KADOKAWA
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SDGs、マルチステークホルダー資本主義……。幸福学が広まった背景

── 最近では、組織においてもウェルビーイングや健康経営など、「働く人の幸福度」にスポットライトがあたり始めています。前野さんが幸福学を提唱し始めたころから現在までの間に、幸福学の広がりにおいて変化はありますか。

2008年に幸福学の研究を始めたときは、「宗教めいている」「理想論にすぎない」といわれてきました。ところが1990年代にはすでに、経済成長の限界が見え、日本でも環境問題や少子化がクローズアップされていた。物質的な豊かさから精神的な豊かさへとシフトが始まっていたのに、幸せになるための科学的な知見は浸透していなかったのです。

ですがそれ以降、社会が大きく変わりました。アメリカも株主資本主義から、従業員や顧客、社会に貢献すべきとするマルチステークホルダー資本主義へと舵を切っていった。日本企業でもSDGsの必要性が浸透しつつあります。

また企業側も、「社員の幸福が成長のカギ」という科学的なエビデンスの存在に気づき始めています。米ペンシルベニア大学教育学大学院の研究では、「幸福度の高い社員の創造性は、幸福度の低い社員の3倍高く、生産性は31%、売上は37%高い」ことが明らかになっている。

さらには、Z世代に選ばれる企業になるには、持続可能で人々の幸福にも配慮する事業が求められています。こうした背景から、私が研究を始めた当初と比べて、幸福学が企業を中心にいっそう広がってきたと考えています。

とはいえ、一人一人の仕事や人間関係において、幸福学の知見を活かす余地はまだまだあります。たとえば、「孤独でいるより人といるほうが幸せになれる」「利他的な人は幸せである」という科学的なエビデンスが出ています。こうした幸せになるための基礎知識が、小学校の道徳の教科書で紹介され、日常で実践されるようになればと思っています。

「人の変化や成長に立ち会えるのが、生きがい」

── 前野さんは、積水ハウスさんとの幸福に関する共同研究、「幸福学×子育て」「幸福学×経営学」のように、研究成果を社会に広げています。こうした活動の原動力は何でしょうか。

大企業や医者、お坊さんなど、さまざまな方とのコラボレーションを始めているのは、幸福学の研究成果をあらゆる方面に広めるためです。私はシステムデザイン・マネジメント研究科で教員をしていますが、人が育っていく姿や一歩を踏み出す姿を見るのが好きなんです。「前野さんの講演を聞いて新しい挑戦を始めました」といってくださる方もいる。こんなふうに人の変化や成長に立ち会えるのが、私の生きがいであり、活動の原動力になっています。

── 今後注力していきたいことはありますか。

1つは、幸せになるためのリテラシーの教育のすそ野を広げていくことです。医療やソーシャルデザインなどでウェルビーイングを学んだ人材が活躍できるよう、ウェルビーイング大学院の設立も進められたらと思っています。

また、使えば使うほど幸せになる製品・サービスの開発、住めば住むほど幸せになる街づくりにも力を入れたいですね。街づくりにおいては、それぞれの街が住民にとって、「つながり」と「やりがい」を感じられるセーフティーネットになるべきだと考えています。たとえば住民が縁側にすわって、心穏やかに交流できるようなスペースをつくるとか。そのために産官学との連携を進めたいですね。

大乗仏教に「幸福学」との共通項を見出す

── 前野さんの人生観に影響を与えた本を教えていただけますか。

禅研究の第一人者である鈴木大拙さんの『禅学入門』です。禅の本質、目的、公案、修行が書かれた入門書です。もともと大乗仏教は世界の人々の幸せを願っている思想であり、それを禅として海外にも精力的に広めていたのが大拙さんです。ここ最近日本でも広がっているマインドフルネスの本でも、心を整えることの大切さが書かれていますよね。心を整えた「悟りの境地」とはまるでエデンの園にいるような幸福な状態だということが、この本でも書かれています。日本人の源流といえる仏教思想は、幸福学に近いように思いますし、幸福学とは仏教の科学バージョンだととらえられました。私と同じ思いをもっていた偉大な先人として、大拙さんを尊敬しています。

── フライヤーでは「ビジネスワークアウト」というコンセプトを提案しています。これは、筋トレのように「知的筋力」を鍛える時間をとり、学びを習慣化しようという提案です。そこで著者さまに「私のビジネスワークアウト」を尋ねております。前野さんが新しい学びを得るために習慣にされていることを教えていただけますか。

人への興味のアンテナを常にたてておくことです。「すごいな」と思った方にはできるだけお会いしていますし、私の講座での対談をお誘いすることも多いです。同様に、私の本を読んで「もっと幸福学を学びたい」と連絡をくれる高校生や大学生もいます。意欲的に学ぼうとコンタクトをとってくださる方には、できるだけお話する時間をとるようにしています。こうして人とのつながりが生まれることは、幸福度を高めます。何より、人や本から学ぶことは、長年蓄積されてきた人類の英知にふれられる貴重な機会です。私自身も学び続けていきたいと考えています。

99.9%は幸せの素人
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前野隆司(まえの たかし)

山口生まれ、広島育ち。1984年東京工業大学卒業、1986年同大学大学院修士課程修了。キヤノン株式会社、カリフォルニア大学バークレー校訪問研究員、ハーバード大学訪問教授等を経て、慶應義塾大学大学院システムデザイン・マネジメント研究科教授。慶應義塾大学ウェルビーイングリサーチセンター長兼任。博士(工学)。ダンサー、フォトグラファー、作家としても活動している。大学での専門は、幸福学、幸福経営学、システムデザインなど。人々を幸せにするための生活づくり、もの作り、こと作り、組織づくり、地域づくり、教育などの研究を行っている。著書多数。日本機械学会賞(論文)、日本ロボット学会論文賞、日本AEM学会著作賞、日本創造学会論文賞、グッドデザイン賞、地域活性学会10周年記念学会賞などを受賞。

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文責:松尾美里 (2021/02/11)
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