
東日本大震災から10年、被災地の人々の悲しみや苦悩、域外から訪れた支援者の葛藤など、震災直後から現場に訪れ取材してきた小説家、真山仁さん。
架空の小学校を舞台とした震災シリーズ『そして、星の輝く夜がくる』、『海は見えるか』(いずれも祥伝社文庫)に続く3部作の完結編『それでも、陽は昇る』(祥伝社)が2021年2月に発売されました。自身も阪神・淡路大震災で被災した真山さんならではの思いが込められた、集大成です。
またその前月には“超弩級”と銘打った600ページ近い『ロッキード』(文藝春秋)が刊行されました。故・田中角栄元首相に有罪判決を下した最高裁判事などによる新証言や検証を織り交ぜながら、謎とされている部分も多いロッキード事件に一石を投じる、野心作となっております。今に続く日米関係や歴史観を見つめ直す上で、若者にこそ読んでほしい一冊だと、真山さんは強調します。
どちらの新刊も、真山さんの代表作『ハゲタカ』と同様、粘り強く取材を重ねて一つの情報に偏頗せず、さまざまな角度から問題に光を当てた、渾身の作品となっています。
この2冊を中心に、株式会社フライヤーアドバイザー兼エバンジェリストである荒木博行さんが、Voicy「荒木博行のbook cafe」で真山さんと対談を行いました。小説を読む際の心得や傑作とは何かなど、多岐にわたった話題を再構成してお伝えします。
ただ、2作目を書いた後に、毎年となると相当細かい話をするか、フィクションの色を強くしないと、東北の現状を小説で書いていくのはかなり難しいと感じました。10年たった時に本当に次を書くべきか考えようと思って、2作目でやめていました。
荒木:なるほど。生き残った意味を考えると、小説家としていずれ震災について書かないといけないと思ってたんですね。なので、1作目と2作目では阪神・淡路と東日本の大震災をつなげようとしていました。
荒木:主人公の小野寺先生も同じように、「神戸でけりをつけなきゃいけない」と。私にとって、神戸は長い間生活してきた町。今さら何を書くのかと迷ってしまいました。前の2作は、実はそれほど取材の数は多くなく、現場で感じた自身の内面との対話で書けたのですが、阪神・淡路からは20年以上たっているため、同じようには書けません。この3作目は連載中にかなり取材しました。書くテーマがこんなに定まっていないのは初めてでした。ここまで苦労するとは思っていなかったので、何度も後悔しましたね。
荒木:私自身はこの本から多くのことを学びました。ある意味、オープンな終わり方というか、全てのストーリーが開かれたまま、決着がつかずに終わっていく形式を取られています。真山さんの小説はいつも手が止まらないのですが、この作品はその問いの答えを考えながら読んだので、それなりに時間がかかりました。読後に私なりに解釈すると、この本は「深い経験をした人が、経験をしていない人に、何をどう伝えるのか」が書かれていると理解しました。当時戦後最大の震災が阪神・淡路大震災で、たくさんの失敗と教訓を得て、「神戸モデル」と言われるようなものもできてきました。でも、被災地が求めているのは「今どうしたらよいか」という“答え”であり、経験者が伝えたいと考えていることと、必ずしも一致しない。伝える側と聞いている側のジレンマを感じました。
ただ、答えはすぐ得られなくても、人の話を聴く力さえあれば、きっと意味を見い出せるはず。大事なのは立ち止まらないこと。考え続け、行動し続けることでしか答えは出せない。
そう思い自問自答しながら書き続け、ようやく私の一つの“答え”に辿り着きました。

大事なのは、どこを自立のターニングポイントとするかです。ボランティア団体も行政も社会福祉も、「そろそろ(支援を)やめた方がいい」と3、4年目で言ってるんですよ。ところがどこも撤退しない。するとどんどん依存体質が強くなってしまい、結果的に撤退すると、「あ、捨てるんだ」、「風化した」って言われるんです。
私自身は早い内から「そろそろ自立しなければいけない」、「厳しいことを言い始めた方がいい」と言っていた珍しいタイプです。それで小説の中であんちゃんのような地元出身でボランティアをしている人に言わせなきゃいけないな、と思ってそのセリフが出てきました。
荒木:あんちゃんが、町の風景は元に戻りつつあるけど大切な部分にぽっかりと穴があいちゃったとも語っていますが、その意味合いは何でしょう?特にこの10年は町の中心に東京でも珍しいようなおしゃれな建物がいっぱいできました。
荒木:その延長線上で、ショッピングモールガイアが東北にやってきたストーリーがありました。これも難しい問題ですね。真山さんも小説の中で明確にイエス、ノーで書かれてないですが、弊害はある一方で、地元への貢献も大きいです。小説の役割は、選択肢を増やすことにあると思っています。「世間にある先入観や常識を疑ってみませんか」と。
先ほど荒木さんもおっしゃったように、私の小説はほとんどがオープンエンドです。だから手抜きしているだろうと、時々言われるんですよ。
荒木:ははは(笑)。一応ここで結末だけど、「これから一体どうなるんだろう」とか、もし自分が主人公の立場なら、「どうやってこの状況を切り抜けるだろうか」などと考えるのが楽しいんですよね。私にとっては、それがいい小説の条件なんです。めでたし、めでたしという終わり方も選べますが、私の小説観にはそれがないんです。
本を閉じて、「この続きはどうなるだろうか」と想像力を働かせる楽しみこそ、小説の魅力だともっともっと知ってもらいたいです。なので、深刻な問題であるほど答えを出さない。
荒木:イタリアの劇作家のカリエールが「傑作は最初から傑作ではない。傑作になっていくのだ」という言葉を遺しています。余韻を通じてみんなが思いを載せていく、そしてその思いと組み合わされ、作品がやがて多くの人の間で傑作と呼ばれるようになる、と。ところが、『ハゲタカ』では鷲津を主人公だと思って書いていましたが、読者の中には「芝野が大好き」と言う人もいっぱいいるんです。
荒木:いますよね(笑)。本がたくさん売れるかどうかではなく、著者が亡くなっても残る本が傑作だと感じています。読者と「コミュニケーションしなきゃ」という思いを忘れずに書いていると、その階段を一段ずつ昇らせてもらえるのかなと思っています。
荒木:そのコミュニケーションというのはどのようなものでしょうか。小説をいろいろ考えるきっかけにしてもらって、作者とのコミュニケーションや、登場人物を疑似体験することによって直面する「じゃああなたはどうするの?」という問いに対して真剣に考える経験を得る。これが小説の役割の一つだと思っています。

以前、「『ハゲタカ』は平成の作品であり、昭和を総括していない」といった発言をされていました。あらためて今回ノンフィクションで書かれた背景をお聞かせください。
真山:親しい編集者から「今までと違うものやりませんか」と言われ、人物伝はどうかと話をしていました。いろいろな候補が挙がり、最終的に田中角栄に行き着きました。とはいえ「ロッキードは時間がないから無理だと思う」と言われたのですが、私は角栄を書くなら「ロッキード」は外せないと即答しました。今回は私としては小説の選択肢はなかったですね。これだけたくさん参考図書や資料が出ている中で、小説にするのは逃げだから、やるなら「ノンフィクションしかない」と思いました。
ただ、『ロッキード』は連載開始までの準備期間が8カ月しかなかったんですよ。
荒木:8カ月ですか。これぐらいの大作になるという予感は?へとへとになりましたけど、他にはない物ができたかなという手応えはありました。
荒木:この本はどんな人に読んでほしいでしょうか。一番重要な、戦後日本がどう成長し、何を取りこぼして、何を封印してきたか、という昭和時代の検証を、実はあんまりやっていないんです。
私は、現在目の前にある事実を理解するためには、過去を知らなくてはダメだと思っています。過去の構造が今に連綿と続いている、その流れを理解することが重要です。たとえば、日米関係の問題を考えるには、今の状況を理解するだけでは無理なんです。ロッキード事件の頃くらいまで遡らなくては分からないことがたくさんある。そんな視点でこの本を読んでもらうと、「今の問題はここから始まっているんだ」と分かってもらえるはずです。

真山 仁(まやま じん)
1962年大阪府生まれ。同志社大学法学部政治学科卒業。新聞記者、フリーライターを経て、2004年、企業買収の壮絶な舞台裏を描いた『ハゲタカ』でデビュー。ドラマや映画化された「ハゲタカ」シリーズをはじめ、『売国』『雨に泣いてる』『コラプティオ』『当確師』『標的』『オペレーションZ』『シンドローム』『トリガー』『神域』など話題作を発表し続けている。
https://mayamajin.jp/
荒木博行(あらき ひろゆき)
株式会社学びデザイン 代表取締役社長、株式会社フライヤーアドバイザー兼エバンジェリスト、株式会社ニューズピックス NewsPicksエバンジェリスト、武蔵野大学アントレプレナーシップ研究所客員研究員、株式会社絵本ナビ社外監査役。
著書に『藁を手に旅に出よう』(文藝春秋)『見るだけでわかる! ビジネス書図鑑』『見るだけでわかる!ビジネス書図鑑 これからの教養編』(ディスカヴァー・トゥエンティワン)、『世界「倒産」図鑑』(日経BP)など。Voicy「荒木博行のbook cafe」毎朝放送中。