自分軸はブレていい。理想のキャリアを手にする「転職2.0」とは?
LinkedIn(リンクトイン)日本代表が語る「キャリアの新常識」

いま、終身雇用を前提とした「日本型雇用」が崩壊を迎えつつある一方で、欧米型の「ジョブ型雇用」が注目を集めています。そんな中で、主体的にキャリアを築くには、自分にタグをつけて発信することが重要になるといわれています。自分の市場価値を高めて、我慢しない働き方を実現するための新ルールとは何なのか?
働き方の最前線企業・LinkedIn(リンクトイン)の日本代表を務め、『転職2.0』(SBクリエイティブ)を上梓された村上臣さんに、理想のキャリアを実現するための新常識をお聞きします。
20年経っても変わらぬ「就社意識」。キャリアの根本的な考え方を紹介したい
── 村上さんが本書を執筆されようと思った動機は何でしたか。
もともと就活をしている学生のメンタリングで「(コロナ禍で)就活フェアがなくなってしまい、どうしようか」といった声を聞いていました。自分自身が就活をしていた頃から20年ほど経つのに、学生の就社の意識が変わっていない。この状況に問題意識をもっていました。
そんなときLinkedInを通じていただいたのが、面識のない編集者の方からの一通のメッセージ。新しい時代のキャリアに関する本を書かないかと、企画の提案をいただいたんです。これまでキャリア本というと、個が立った方の成功談や面接を突破するためのノウハウ本が多かったように思います。ですが、キャリアに対する根本的な考え方や、望むキャリアに向けてすぐに行動に移せる点を体系立てて紹介した本はあまり目にしない。そうしたテーマに関する本なら、世の中に出す意義があると考えました。
また、コロナ禍で2020年2月からフルで在宅ワークになり、通勤にかかっていた時間を本の執筆に充てることができた。このように、ニューノーマルの働き方とゆるいネットワークのおかげで体現したのが『転職2.0』でした。


── LinkedIn共同創業者リード・ホフマン氏の『ALLIANCE』が翻訳された2015年から、日本のキャリア観に変化があったと思います。個人、企業それぞれにとって一番大きな変化は何だとお考えですか。また、コロナ禍の影響でその変化は加速したのでしょうか。
当時は「働き方改革」のニュースが盛んに報じられる前のタイミング。人事界隈では「採用ブランディング」が重視され始めた頃でした。それは当時急拡大していたメルカリの影響が大きいと考えています。スタートアップが自社のミッションやバリュー、カルチャーを明示し、それに共感した人を集めるようになっていった。こうした手法が採用に効果的であるとわかった大手企業も、それをまねるようになりました。人材不足が加速するなか、社員の成長をサポートする体制や働きやすい環境づくりを重視し始めたんです。

また個人側にとっても、コロナ禍でリモートワークが主流になってきているのに、書類のハンコを押すために出社を強いる会社に対しては、「命のリスクを冒してまでハンコなのか」「いまの会社でいいのだろうか」と思った人もいたようです。 さらには、自宅で過ごす時間が増えたことで、自分のキャリアについて振り返る機会もまた増えています。その影響もあって、この1年で求人数、転職希望者数ともに増加傾向にあります(doda転職求人倍率レポート2021年4月より)。 こうした変化が個人と企業との関係性を見直す機会を生み出し、『ALLIANCE』で描かれている個人と企業との関係が育ち始めています。
自分軸はブレてもいい。自らの希少性をつくり出す方法
── 『転職2.0』では自分にタグをつけて、掛け合わせて、発信することの重要性が書かれていました。自分の希少性を高めるタグの掛け合わせ方のポイントは何でしょうか。
希少性を高めるためのポイントは、「希少性は自らつくれる」という発想に立つことです。タグは「ポジション(役割)」「スキル」「業種」「経験」「コンピテンシー」の5つに分類できます。こうしたタグを明確にし、掛け合わせることで、自分独自の強みが見えてくる。そこで意識するといいのは、「いそうでいない人材だけど、多くの企業がほしいと思う人材」。こうした人材に近づくには、いまの自分と市場を知り、市場に合わせていくことが必要です。
よく「ブレない自分軸が大事」といわれますが、自分軸って根っこは変わらないけれど振り子のように揺れるもの。大事なのは、振り子の振れ幅をどうマネジメントするか。
── なるほど。そうなると自分軸のマネジメントにおいて、マーケット感覚が求められそうです。市場について知るにはどうしたらいいのでしょうか。
まずは自分がめざすポジションで必要なタグを求人票から読み取ります。そのうえで自分のもっているタグと比較する。次のポジションで必須なのに足りない経験があるなら、現職でそれを得られそうなプロジェクトに手を挙げてみることをおすすめします。学校やオンライン講義で学んでみるのもいい。現職で圧倒的な成果を出し、その実績をもって次にいくことが大事になります。
希少性を高めるための2つめのポイントは、「タグづけ」と「発信」をセットにすることです。まずは社内で、自分がどんな経験を積みたいのかを知ってもらう必要があります。私自身もヤフーにいたとき、「モバイルをやりたい」と発信し続けていました。すると徐々に「あの人はモバイル領域の人」と想起してもらえるようになり、関連プロジェクトで声をかけてもらえるようになった。そのためには、現職で成果を出し、「あの人に任せたら大丈夫」と思われるような信頼を積み上げておく必要があります。
日本人の多くは謙遜を美徳ととらえていて、自己アピールがあまり得意でないといわれます。だからか「自分にそんな目立ったタグはない」と思いがち。ですが、いまもらっている給与の分はプロとしてバリューを出しているわけです。正しい自己認識と正しい自信をもつようにしたいですね。
── 業務内容の固有性が高くてタグを複数見つけられないという方には、どんなアドバイスをしますか。
実は自社にしかない業務は少なくて、一段上のレベルで認識すると、他の業界でも通用するものがほとんど。普段「どんな能力を発揮し、どんな課題を解決しているのか」を掘り下げるといいでしょう。
たとえば調整業務に従事している営業職なら、「他部署の人とも信頼を築き、ウィンウィンの状況を見つけ出す力」を発揮している、というように解像度を上げていく。すると、多様なステークホルダーの強みや弱みを補完してコンフリクトを解消する、コンサルタントという選択肢も出てくるでしょう。
一人で解像度を上げるのが難しい場合は、キャリアコンサルタントなど外部の力を使うのも手です。ほかに役立つのは「他己紹介」。仲のよい人が自分自身のことを他の人にどう紹介してくれるのかを見ます。他者の目線は市場に近いので、自分の何がバリューになるのかがわかります。
「自律的な人材」に選ばれる企業は、成長の未来図を見せるべき
── 転職2.0の世界では、自律的に学び続ける人材が求められるはずです。企業側がそうした人材に選ばれるために、採用や育成でどんな点を意識するとよいでしょうか。
この10年で、『ALLIANCE』の世界は日本でも当たり前になっていきます。日本企業の多くはこれまで、新卒から定年まで40年ほど働くことを前提としていました。各事業に詳しいゼネラリストが役員まで上がっていき、社内ネットワークがものをいった。ところがグローバルな競争が激化し、自社の技術やリソースだけで解決できる課題が減っている。要は企業の戦い方が変わってきているわけです。そんななか、社内外の適切なパートナーとウィンウィンの状況をつくり出せる人材の採用・育成が重要です。
また求職者側は、「この5年でこういった経験を積んで、こんなスキルを身につけたい」などと考えて、会社を選びます。企業側に問われるのは、彼らの成長をどうサポートするか。「本業でこの目標を達成したらこんな力を培うことができる」といった未来図を見せ、研修や書籍費の補助など、能力開発の機会も提供していく必要があります。

── 今後は、広く浅い「ゆるいネットワーク」がますます重要になります。ゆるいネットワークを育てるために、村上さんが実践していることは何ですか。
オンライン・オフライン問わず、自分とは異なる業界にいる面白い人の話を積極的に聞きにいくことです。面白い人は面白い人を知っているもの。誰かにお会いしたら、その人が面白いと思う人を紹介してもらうタモリのテレフォンショッキング方式をとるんです(笑)。
面白がり力がある人は強いですね。自分にとっては何気ない一言も、相手にとっては考えるヒントになる可能性が高い。その意味でも、異なる背景にある人との対話には大きな価値があります。
マネージャーの仕事とは何かを教えてくれたアンディ・グローブ氏の傑作
── 村上さんがキャリアやマネジメントの観点で特に影響を受けた本はありますか。
古典を読むことが多いですが、なかでも毎年読み返すのはデール・カーネギー氏の『人を動かす』です。人間は太古の昔から変わっていないのだと気づかされました。人の心に響くリーダーになるにはどうしたらいいのか、リーダーシップやマネジメントの要諦が書かれた名著です。
マネージャーになる方におすすめする本といえば『HIGH OUTPUT MANAGEMENT』。インテルが最強だった80年代に、元CEOのアンディ・グローブ氏がいかにしてチームを築いてきたのかを丁寧に書き下ろした傑作です。この本から、マネージャーの仕事とは究極的に、「メンバー一人ひとりが活躍できる舞台を整えること」だと学びました。
本は、著者の知恵が集約され、編集者などその道のプロたちが関わってできるもの。だから何かを学ぶうえで、本はとてもコストパフォーマンスがいい。新しい分野を学ぶときは、ゆるいネットワークを通じて、その分野の専門家におすすめの本を3冊尋ねるようにしています。第一線のプロがすすめてくれた本を読むのは、まるで「知の高速道路」に乗るようなものですから。



── 最後に、村上さんの今後のビジョンを教えてください。
この20年弱はモバイルの領域に力を注いできましたが、この10年は日本の労働市場をよくすることに寄与していきたいですね。それがLinkedInの日本代表になった理由でもあります。いまの日本の労働市場は個人と企業とのマッチングがうまくいっていないので、その精度を上げていきたい。働く人が自分のスキルや経験にレバレッジをきかせて、社会に還元できている実感をもつこと。これが働きがいにつながります。そうした働きがいのある社会づくりに寄与していきたいですね。


村上臣(むらかみ しん)
青山学院大学理工学部物理学科卒業。大学在学中に仲間とともに有限会社「電脳隊」を設立。2000年8月、株式会社ピー・アイ・エムとヤフー株式会社の合併に伴いヤフー株式会社入社。2011年に一度退職した後、再び2012年4月からヤフーの執行役員兼CMOとして、モバイル事業の企画戦略を担当。2017年11月に7 億5600万人が利用するビジネス特化型ネットワークのリンクトイン(LinkedIn)日本代表に就任。複数のスタートアップの戦略・技術顧問も務める。主な著書に『転職2.0』(SBクリエイティブ)がある。