なぜ、いま企業に「ナラティブ」が必要なのか?
戦略PR第一人者が解説、「パーパスの時代に知っておきたいこと」

なぜ、いま企業に「ナラティブ」が必要なのか?

いま日本企業でも注目を浴びている「ナラティブ」。物語的な共創構造を意味し、企業視点のストーリーとは似て非なるものだといいます。企業のコミュニケーションで重要となる「ナラティブ」の本質とは何なのか。企業がナラティブカンパニーをめざすことでどのような効果が期待できるのか? こうした点をビジネス視点で解説する初の教科書が『ナラティブカンパニー』(東洋経済新報社)です。

その著者であり、戦略PRを日本で浸透させ、「世界でもっとも影響力のあるPRプロフェッショナル300人」に選ばれたPRストラテジストの本田哲也さんにお聞きします。

世の中は「ストーリー」から「ナラティブ」へ

── 本田さんが『ナラティブカンパニー』を執筆された動機は何ですか。

ナラティブという概念が今後企業の変革において非常に重要な概念であることを、ビジネス視点で体系的に整理しておきたいと考えたためです。ナラティブとは「物語的な共創構造」のこと。ストーリーとどう違うのかを、「演者」「時間」「舞台」の3つの観点からざっと解説しましょう。

まずストーリーは企業やブランドが主役であるのに対し、ナラティブは生活者が主人公となります。次にストーリーには起承転結という言葉のように「終わり」があるのに対し、ナラティブは常に現在進行形で未来を含む。ストーリーはその企業が属する業界を舞台にすることが多いのに対し、ナラティブは社会全体を舞台とします。こうした違いを明示しながら、ナラティブがいま企業で求められる理由を、豊富な事例とともに体系的に整理したのが本書です。

── ナラティブへの注目が集まってきたのはコロナ禍が始まってからでしょうか。

実はコロナ禍になる前から、世界的にPRやマーケティング、ブランドコミュニケーションの領域で、「ナラティブ」という言葉の出現率が上がってきていました。またノーベル賞を受賞した経済学の大家ロバート・シラー教授も自著『ナラティブ経済学』において、経済事象を引き起こす「ナラティブの力」に着目していました。「ストーリー」から「ナラティブ」へ、これがグローバルな潮流なのです。

そんななか2020年春、新型コロナウイルスの流行で初の緊急事態宣言が出され、企業の多くがユーザーとの接点をこれまで通りもつことが難しくなった。PRや情報発信のあり方を変える必要性に迫られたのです。そこで日本でも「ナラティブ」に注目が集まりました。その意味では、コロナが後押しになったといえます。ですが、消費者やユーザーに受け入れられた事例と受け入れられなかった事例の違いを見ていくと、生活者や社会に寄り添う「ナラティブ」があるかどうかは以前からカギになっていたことがわかります。

ナラティブカンパニー
ナラティブカンパニー
本田哲也
東洋経済新報社
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ナラティブカンパニー
ナラティブカンパニー
著者
本田哲也
出版社
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分断が進むなか、高まりつつある「共体験」の価値

── ナラティブがビジネスの世界でこれほど重視されるようになった背景は何ですか。

背景としては、ニューノーマルの3つの変化が影響しています。それは、「共体験」の価値の高まり、「社会的距離」の見極め、「自分らしさ」が問われる状況です。

SNSの浸透により、誰もが気軽に発信できるようになり、似た価値観をもつ人たち同士の共体験が深まっています。一方で私たちは、ネットのアルゴリズムの影響やウイルスへの恐怖などによって、実際よりも自分と近い価値観の人たちに囲まれているように錯覚しやすくなっている。自分とは異なる価値観の存在に気づきにくくなり、排他的になりやすい環境に置かれているのです。これが「分断化」を加速させているのです。

そんな状況下でも社会全体を巻き込めるもの、それが一つ一つのストーリーの上位概念にあたるナラティブです。企業やブランド側に必要なのは、一方的に共体験を味わえる場を提供するのではなく、自分たちも共体験の輪のなかに入っていくこと。ナラティブを理解し実践することで、人々との深くて持続的な結びつきが生まれ、業績や企業価値の向上につながっていく。それがナラティブカンパニーの要諦です。

冷凍餃子の「手間抜き論争」がバズった理由

── 本書ではナラティブを企業価値向上につなげているナラティブカンパニーの事例が、パタゴニアやアマゾン、ネットフリックス、メルカリなど豊富に紹介されています。

いずれも示唆に富む事例ですが、マーケティングの観点でナラティブの実践をイメージしやすいのは、味の素冷凍食品の餃子の事例です。

発端は2020年8月にツイッターに投稿されたある女性のつぶやきでした。疲れて夕食に出した冷凍餃子に、夫が「手抜きだよ」と。それに対し、同社の公式ツイッターは次のような投稿をしました。「冷凍餃子を使うことは、手抜きではなく“手間抜き”です」「冷凍食品を使うことで生まれた時間を、子どもに向き合うなど有意義なことに使ってほしい」。もともと冷凍食品に対して「手軽だがあまりおいしくない」というネガティブなパーセプション(認識)があり、味の素冷凍食品もそれを変えることが大事な業界の課題だととらえていました。

また公式ツイッターの「中の人」は、企業やブランドの「存在意義」、つまりパーパスを理解している社員でした。同時に、ご自身も二児の母親で、「自分ごと」として本音を語る部分があったのでしょう。この投稿には約44万いいね!がつき、大反響を呼んだ。メディアでも大きく取材され、「手間抜き論争」は加速していきました。

もちろんバズって終わりではありません。その後、同社は「従業員が家庭のかわりに手間と愛情をこめてつくっている」ことを可視化する動画をわずか1か月で制作し、公開へ。こうして「手間抜き」ナラティブが浸透していった。これはネットフリックスでいうところの「社員が指示ではなくコンテキスト(文脈)で動く」を体現した事例だといえます。

ナラティブづくりは経営者の仕事である

── ナラティブの成功を左右するものは何でしょうか。

もちろんSNSや動画制作などを通じてPR担当者がナラティブの実践者であることは大事です。ただ、もっと根本的な要因は、経営層がしっかりナラティブづくりに関わっているかどうか。ナラティブの起点は、企業やブランドの「存在意義」、つまりパーパスです。このパーパス策定は社長をはじめとする経営者の仕事です。

ナラティブは、消費者、従業員、取引先などと多様なステークホルダーを巻き込む力をもちます。冷凍餃子の例だと、たとえば普段は味の素冷凍食品が売り込む先であるスーパー側から、「一緒に『手間抜きコーナー』をつくりませんか?」と声がかかります。こうしてお客様が喜び、商品が売れて従業員も喜ぶことにくわえ、取引先にも感謝されるのです。経営者の立場に立つと、主語が自分や自社である「自分語りのストーリー」よりも、多様な人々が関与し、拠りどころにしたくなるようなナラティブを描く必要があるといえます。

── たしかにそれは魅力的な人材獲得においても重要ですね。

そうですね。個人も会社選びでは、会社のブランドや年収ではなく、「この会社で働くことで私はどうなるのか?」を気にするようになっています。「私が入りたい物語があるか」が就職や転職の基準になってきている。その意味で、採用広報でナラティブによる共体験を謳えているかは重要です。その意味で、ナラティブは従業員の結束を高めるだけでなく、優秀な人材を引きつけてくれます。

同様に、個人のキャリアに対してもナラティブの発想を応用できます。本書には、企業だけでなくメルケルなどの世界の政治家や「こんまり」こと近藤麻理恵さんの事例を紹介しました。有名人に限らず、「この人と一緒に物語を紡ぎたい」と思ってもらえるかどうか、と考えてみるとよいですね。「自分自身が何をしたいか」をデザインすることももちろん大事ですが、周囲の仲間やステークホルダーを主語にして、5年後やその先をイメージすることをおすすめします。

PRの原点に立ち返らせてくれたマーケティングの古典的名著

── 本田さんは小さい頃から読書好きだったそうですが、PRのプロとしての道を極めていくなかで影響を受けた本は何でしょうか。

一冊挙げるとしたら、世界的ベストセラーを連発するコラムニスト、マルコム・グラッドウェルの『ティッピング・ポイント』(文庫版は『急に売れ始めるにはワケがある』)です。マーケティングの古典的名著といえます。ティッピング・ポイントとは、あるムーブメントが一気に広がる劇的瞬間のこと。たとえばニューヨーク市の犯罪率が急低下したメカニズムを、複雑系、ネットワーク理論によって鮮やかに解き明かしていくのです。

本書を手に取ったのは、この本の邦訳書が出たのは2000年頃で、ちょうど私がPR会社に転職して1年ほど経った頃。PRの可能性を感じていたものの、目の前のタスクに追われてモチベーションが下がりかけていた時期でした。ところが、この本を読んで、ある人物や現象が流行する原因がいかに体系化されているのかと驚き、「ワクワクするとはこういうことなのか」と目を見開かされました。本来PRは人をワクワクさせるものだという原点に立ち返らせてくれた本だといえます。

本書の影響は2009年に初の自著『戦略PR――空気をつくる。世論で売る。』(以下、『戦略PR』)にも及んでいます。『戦略PR』ではワクワクするムーブメントを生み出すことで、広告業界の人たちをPRの世界に巻き込むことができました。

「PRの時代」といわれ続けていますが、それがコロナ禍でより具体化してきました。今後ナラティブの理解と実践を促進していくことで、PRの力がもっと世の中に広がっていってほしいですし、その取り組みに挑戦し続けていきたいですね。

ナラティブカンパニー
ナラティブカンパニー
本田哲也
東洋経済新報社
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ナラティブカンパニー
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著者
本田哲也
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本田哲也(ほんだ てつや)

本田事務所代表取締役、PRストラテジスト

「世界でもっとも影響力のあるPRプロフェッショナル300人」に『PRWEEK』誌によって選出されたPR専門家。1999年に世界最大規模のPR会社フライシュマン・ヒラードに入社。2006年にブルーカレント・ジャパンを設立し代表に就任。2009年に『戦略PR』(アスキー新書)を上梓。P&G、花王、ユニリーバ、サントリー、トヨタ、資生堂、ロッテ、味の素など国内外の企業との実績多数。2019年より株式会社本田事務所としての活動を開始。著書に『戦略PR 世の中を動かす新しい6つの法則』(ディスカヴァー・トゥエンティワン)、『ナラティブカンパニー 企業を変革する「物語」の力』(東洋経済新報社)、共著に『広告やメディアで人を動かそうとするのは、もうあきらめなさい。』(ディスカヴァー・トゥエンティワン)などがある。国連機関や外務省のアドバイザー、Jリーグのマーケティング委員などを歴任。海外での活動も多岐にわたり、世界最大の広告祭カンヌライオンズでは、公式スピーカーや審査員を務めている。公益社団法人日本パブリックリレーションズ協会(PRSJ)理事。

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文責:松尾美里 (2021/10/12)

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