料理レシピ本大賞受賞『カレンの台所』で編集者が伝えたかったこと
前代未満のレシピ本がベストセラーになった理由

『多分そいつ、今ごろパフェとか食ってるよ。』『お金のこと何もわからないままフリーランスになっちゃいましたが税金で損しない方法を教えてください!』『私でもスパイスカレー作れました!』『カメラはじめます!』――。多くの読者に愛され、SNSなどでも話題になっているベストセラーたち。これらを手掛けているのが、サンクチュアリ出版の編集者、大川美帆さんです。
このたびご担当作『カレンの台所』が「料理レシピ本大賞 in Japan」の料理部門で大賞を受賞、『多分そいつ、今ごろパフェとか食ってるよ。』が「メンタル本大賞2021」の大賞を受賞し、さらなる話題を呼びました。
ベストセラーを生み出しつづける大川さんは、どんな想いで本をつくっているのでしょうか。レシピ本大賞の受賞を記念して、インタビューさせていただきました。
分量が書かれていない、前代未聞のレシピ本。その意図は……
── 『カレンの台所』の「料理レシピ本大賞 in Japan」 料理部門大賞受賞おめでとうございます! 滝沢カレンさんの世界観がぎゅっと詰まった一冊として、たくさんの読者を獲得したのはもちろん、SNSでも話題になっていましたね。
ありがとうございます! カレンさんの表現には独特の世界観がありますよね。はじめて読んだとき、「こんな文章、読んだことない!」と衝撃を受けました。



── 「にんにくと生姜はアクセサリーをつけるくらいの気持ちで」「さぁここからは無邪気に混ぜてください」……何度読み返しても新たな発見がある、楽しい文章の詰まった一冊だと思います。ただ、レシピ本としては少し変わっていますよね。
一般的なレシピ本のゴールは、本に掲載されている通りに、正確においしくつくれることですよね。
一方、『カレンの台所』のゴールは、過程を楽しむこと。カレンさんは「料理に正解はないから、失敗しながら自分の感覚で楽しんでほしい」とおっしゃっています。
『カレンの台所』を読んだ方は、カレンさんの目を通して、新しい景色を見ることができる。その過程が楽しい。そんな本になっていると思います。

── カレンさんの世界観を本にするために、いろいろと工夫をされたのだと想像します。
「既存のルールはあえて取り払おう」と決めて制作しました。「正確においしくつくれること」を追求するなら、当然、材料の分量は「大さじ1杯」などときっちり書いたほうがいいでしょう。
でもこの本では、あえてそうした情報は省きました。カレンさんの物語に集中してもらうために。
また本をつくるときは、プロの校正さんにお願いして、正しい日本語に整えるのが一般的です。でもそれも最低限にし、カレンさんの物語をできる限りそのまま残しました。

── 読者からは、どのような反響がありましたか?
この本のターゲットとして想定していたのは、料理をしたことがない人や、はじめて一人暮らしをする人。ですが結果的には、老若男女、幅広い層の方が手に取ってくださったようです。
料理のベテランであろう主婦の方からの「料理を作るのは本来楽しいのだということを思い出させてもらいました。」というコメントに、胸が熱くなりました。
「ターゲット:全員」という本は、狙ってつくれるものではありません。たくさんの方に手に取ってもらえて本当にうれしかったですし、カレンさんも驚いていらっしゃいました。
※滝沢カレンさんが大川さんとの出会いをつづったnoteはこちら長靴で会いにきた編集者の姿を見て、私はこのレシピ本の出版を決めた
とにかく「わからないこと」に自信があるんです
── 大川さんが編集者になった経緯をお聞かせいただけますか。
実は、はじめは編集者になりたかったというより、サンクチュアリ出版に入りたかったんです。私が所属しているサンクチュアリ出版は、「本を読まない人のための出版社」をスローガンに、発行点数を年間12冊に絞って、丁寧な本作りを徹底している個性的な会社です。そんなサンクチュアリ出版の本を読んだことが、編集者になるきっかけでした。
── 「編集者になりたい」ではなく「サンクチュアリ出版に入社したい」という志望動機だったんですね。きっかけになったのは、なんという本ですか?
『毎日が冒険』(高橋歩)です。この本が、北海道の田舎で暮らしていた高校生の私には、とにかく刺激的で……。当時、上京の背中を押してくれたのもサンクチュアリ出版の本でした。本の出会いひとつで人生は変わるというのをリアルに感じて、それが衝撃で。自分もサンクチュアリ出版の本作りに携わってみたいと思いました。あとは直感的に、「もしこの会社に入れたらおもしろい人生になる気がする」と思ったのもあります(笑)。
── 運命の出会いだったんですね! 編集者になる前、広報を担当されていた時期もあったとうかがいました。
編集アシスタントとして入社し、途中から広報を兼任させていただきました。
書籍編集者がどんな仕事かもわからないまま入社したんですが、サンクチュアリの本づくりを目の前で見ているうちに「書籍づくりってすごい」「自分もやってみたい」と考えるようになり、正式に編集部所属になりました。
── 大川さんのご担当作品はどれもユニークな企画で、読んでいて楽しく、「私のための本だ」と思えるものが多いですよね。本をつくるときのコンセプトのようなものがあるんでしょうか。
やってみたいことや困っていることがある人にとって、最初の入り口になる本をつくりたいと思っています。何かをはじめるときって、最初に教えてくれる人や手に取る本が重要ですよね。ナビゲートがいいと、うまくハマれますから。
ターゲットは、自分か、自分の半径5メートル以内の人。たとえば『お金のこと何もわからないままフリーランスになっちゃいましたが税金で損しない方法を教えてください!』は、フリーランスの知人が「確定申告って難しすぎる」と言っていて、「この人が確定申告ができるような本があったらいいな」と思って企画しました。

── 困りごとからスタートするというのは、編集者以外の職業の方にもヒントになりそうです。書籍として形にするうえでは、どのようなことを意識しているんですか。
内容をあえて絞ることです。「あの話もおもしろかったし、この知識も入れたい」と詰め込みたくなるんですが、初心者に大量の武器を渡しても困ってしまうはず。
だから「最低限、この武器の使い方がわかれば楽しめるよ」という内容だけに絞ります。最初から全部を与えるのではなく、読んだ後にアクションを起こして、もっと学びたくなるのが理想ですね。そのために、初心者にふさわしいラインを慎重に探っています。
── 編集といっても、著者の選定、企画立案、取材、デザイン依頼、プロモーション戦略の検討など、さまざまな工程があります。大川さんにとって、一番テンションが上がる瞬間はいつでしょうか。
取材をしながら本の構成を考えるのがとにかく大好きなんです!
私がカメラをはじめるとき、とにかくたくさんの本を読んでみました。でも物分かりの悪い自分は全くカメラが使えるようにならなくて(笑)。「どうしてこういう言い回しなんだろう」「ここを教えてくれたらわかるのに」と、疑問や要望がたくさん出てきて、それを本に落とし込むのが楽しくて。
そのときのように「ここがわからない」「これはどういうことですか?」とたくさん“文句”を集めて、著者さんにぶつけている感じです(笑)。

── 楽しそうですね! 大川さんご自身が、初心者目線で「わからないこと」をていねいに翻訳して、他の人に武器を配っている。だから大川さんが担当した本は売れるんだろうと感じました。
ありがとうございます! とにかく私、「わからないこと」に自信があるんです(笑)。自分の「知りたい」という欲望を満たすときに、制作のエネルギーが湧く気がします。
著者さんはその道のプロフェッショナル。そんな方を独り占めできて、「もっとわかりやすく教えてください!」なんてわがままにも応えてもらえる。「どうしたらもっとわかりやすくなる?」「ここがわかったら絶対楽しいはず!」と考えながら二人三脚でいい本をつくっていく過程が、とても楽しいですね。
── 大川さんのご担当作品のなかでも、『多分そいつ、今ごろパフェとか食ってるよ。』がとにかく大好きなんです! 「メンタル本大賞2021」を受賞したこちらのご本も、きっと大川さんの想いがたくさん詰まっているのだろうと想像しています。
うれしいです。この本を企画するとき、友人が会社を辞めたいと悩んでいて。普段あまり本を読まないその友人も手に取りたくなるような、ちょっとライトな一冊をつくりたいと思っていたんです。
タイトルにもなっている「多分そいつ、今ごろパフェとか食ってるよ。」という言葉は、誰かの発言にモヤモヤしたとき、自分の中でそのことをぐるぐる考えつづけるのはやめて「多分そいつ、今ごろパフェとか食ってる」と思えば気持ちが楽になるかも、ということです。
相手を変えることはできないけど、自分の考え方を変えれば、同じ現象でも違ったふうにとらえられたり、心を守れたりします。つらいことがあったら、気持ちを切り替えて少しでも楽になってほしい――そんな気持ちで編集しました。


── そんな想いが詰まった一冊だからこそ、多くの読者に届いたのでしょうね。最後に、大川さんの編集者としての夢やこれから挑戦したいことを教えてください。
この仕事をしていて一番楽しいのは、ちょっとクレイジーだったり、熱いパッションをもっていたりと、素敵な世界を教えてくれる著者さんとご一緒できることです。そういう方たちと一緒に、爪痕を残せるような、おもしろい本をつくりつづけたいです。何においても「つづけること」が一番難しいので、継続をめざしたいですね。
それと、類書のない本をつくること。まだこの世にない、でも「私はこういうことが知りたかったんだ!」と思ってもらえるような本をつくれたら楽しいだろうなと思います。
── 次のご担当作品が待ちきれないです!貴重なお話をありがとうございました。
大川さんが手掛けられた本の一部を紹介します!


大川美帆(おおかわ みほ)
編集者。1991年生まれ。北海道出身。早稲田大学政治経済学部卒業。2014年サンクチュアリ出版入社。
主な編集担当に『カメラはじめます!』(25万部)、『多分そいつ、今ごろパフェとか食ってるよ。』(シリーズ累計30万部)、『お金のこと何もわからないままフリーランスになっちゃいましたが税金で損しない方法を教えて下さい!』(20万部)。『カレンの台所』(20万部)など。