プレゼンの成功率を左右する「4つの壁」とは?
『気持ちよく人を動かす』著者・高橋浩一さん

承認や協力を依頼するときや、指導・交渉・提案をするとき、相手と合意に至るには「4つの壁」を乗り越える必要がある──。2021年9月に刊行された『気持ちよく人を動かす』(クロスメディア・パブリッシング)の著者、高橋浩一さんは、本書で「どうしたら気持ちのよい合意ができ、人が動いてくれるのか」を解き明かしました。
ベストセラーとなった『無敗営業』シリーズでは、ご自身の経験から得られた営業ノウハウを徹底的に言語化し、ロジックに落とし込んだ高橋さん。今回テーマに選んだ「気持ちよく人を動かす」とはどういうことなのか、「気持ちよく人を動かす」にはどうすればいいのか。インタビューで語っていただきました。
「KYマネジメント」に陥っていた高橋さんを変えた出来事
── 『無敗営業』シリーズは営業担当者向けでしたが、今回はさらに広げて「人を動かすこと」がテーマでした。執筆の背景をお聞かせください。
「人に動いてもらうにはどうすればいいか」。これは僕が人材育成や組織づくりの仕事をする中で、一番よくうかがう悩みです。僕自身、人との間に生じる摩擦や壁に苦しみ、悶絶した経験は数えきれないほどあります。
ただ、振り返ってみると、壁があったからこそ得られたものもあったと感じています。本書はこの気づきから生まれました。



── 『気持ちよく人を動かす』では、「関係性の壁」「情報整理の壁」「思い込みの壁」「損得勘定の壁」という4つの壁の存在が明示されています。
「関係性の壁」は警戒心から発生する壁です。提示している内容への賛否とは関係なく、相手と自分の関係性が原因となって生まれるもの。この壁を乗り越えるには、傾聴と自己開示を通して相互理解に努めましょう。
「情報整理の壁」は、相手の中で状況がクリアになっていないことによって生まれる壁です。検討に必要な情報を整理して「見える化」することで議論が前進します。
固定観念や先入観によって生まれる「思い込みの壁」は、思い込みの原因を特定し、思考や認識の「リフレーミング」を促すことが有効です。
「損得勘定の壁」は「損をしたくないから動きたくない」という心理によって生まれるもの。相手からメリットやデメリットを引き出し、選択肢や判断基準を変える手助けをすればよいでしょう。
── 4つの壁という形で言語化し、整理されているところが、高橋さんらしいと感じます。先ほど「壁があったから得られたものもある」とおっしゃいましたが、具体的にどんなことですか。
壁のおかげで得られる気づきがあると思うんです。誰かと衝突することで「こんな見方もあったのか」「そういうふうに感じる人もいるんだ」と気づけたり。
── わかる気がします。高橋さんもそんな経験をされてきたのでしょうか。
そうですね。ある会社の創業役員を務めていたときのこと。当時の僕は、オフィスの真ん中で誰かと言い争いをするようなこともしばしばあったのですが、売り上げを上げていたからか「ダメですよ」と言ってくれる人はいませんでした。
組織の人数は、毎年倍々のペースで増えていき、正直なところ自分のマネジメントスキルがまったく追いついていませんでした。そしてあるとき何もかもうまくいかなくなったんです。
途方に暮れていたら、あるメンバーが「高橋さん、自分のマネジメントがまわりにどう思われているか知りたいですか?」と声をかけてくれました。
藁にもすがる思いで「教えてください」と答えたら、そのメンバーから、僕を含めた数人に「KYマネジメントへの意見募集」というメールが届きまして……(笑)。
── ストレートですね(笑)。
はい(笑)。でもみんなから届いた意見は、ごくまっとうなものでした。
みんなの意見を読んで自分の愚かさに気づき、翌週の営業会議で「もしかしたら僕は間違っていたのかもしれません。みんなの話を聞きたいです」と言ってみたことをきっかけに、まわりとの関係性が少しずつ変わっていきました。異を唱えてくれた人がいたからこそ、「このままじゃいけない」という気づきを得られたんです。
── 壁を乗り越えて、ご自身だけでなく、周囲との関係性も変わったんですね。
仲が深まりましたね。このときの仲間だけでなく、いま一緒に仕事をしているパートナーの方たちの多くとも、「壁」を乗り越えて、いいお付き合いができています。
壁を乗り越えると、相手と一緒に爽快な景色を見ることができます。その景色は、壁がないと見えなかったもの。「壁は必ずしも悪いものじゃない」というのも、本書を通して伝えたいメッセージです。
上司にプレゼンする前に考えておくべき3つのポイント
── 「人を動かす力」はあらゆる場面で必要ですよね。
本書では、「上司や社内の承認を得る」「社内外に協力を依頼する」「メンバーを指導する」「社内外の相手と交渉する」「お客様に提案する」の5つの「人を動かす場面」を取り上げています。
こうした場面で、多くの人は、自分が欲しい結論ありきで考えるはずです。プレゼンもそうですよね。今回のゴールは上司の承認を得ることで、そのために必要な情報は……と。
これはこれで必要な作業でしょう。ただこれにプラスして「ここに相手が異を唱えるとしたら?」という視点での検討も必要だと思うのです。

── 本書でも「上司への承認依頼」がケーススタディ形式で紹介されていました。
はい。どんなケースかというのをちょっとご紹介しますね。
あなたの役職は法人営業部の課長。自社の業績を伸ばすために、部を挙げて新規開拓に注力せよと言われています。
あなたは、新規開拓が進まない原因を「営業担当がお客様の情報をろくに調べず、どんな会社にも同じトークをしているから」だと分析しています。「企業情報の詳細なリサーチが可能なサービス」(費用は年間60万円)を会社で導入すれば売上アップにつながるので、部長に社内稟議を上げてほしい──。そう考え、部長と30分打ち合わせすることになりました。
部長は、あなたとの関係は悪くありませんが、細かいところに気がつき突っ込んでくる性格。「営業は本人のマインドや取り組み姿勢がすべて」という持論の持ち主です。
── ありそうな場面です。高橋さんのメソッドなら、どのように部長とコミュニケーションをとりますか。
上司に提案を持っていく前に、まずは3つのポイントについて考えてみることをお勧めします。
(1)ゴール(どんな台詞がもらえたら、この場は成功なのか)
(2)壁(どんな疑問や反論が出てくることが予想されるのか)
(3)対応策(壁をどうやって乗り越えるか)

ここでは、考えられる限りの壁を洗い出しておくことが重要です。いざ上司に話を持っていったときに、想定していなかった突っ込みがあると、話が止まってしまいますから。
冒頭でご紹介した通り、「壁」には4種類あります。部長との関係は悪くないということですから、「関係性の壁」をのぞいた3つ、「情報整理の壁」「思い込みの壁」「損得勘定の壁」について考えておくといいでしょう。
── 4つの壁をフレームワークとして使って、入念に準備しておくんですね。
準備しておくと、安心してその場にのぞめます。
「壁」のことを考えておかないと「絶対にOKをもらうぞ」「自分がどんなに入念に検討したかアピールしよう」というふうになってしまうかもしれない。
でも上司が知りたいポイントはそこじゃないですよね。上司の立場に立って「こういうところが気になるのではないか」という目線で考えると、また違った準備ができるはずです。
オンライン時代だからこそ、同僚のことをもっと理解できる
── コロナ禍において、「関係性の壁」に悩む方も多いのではと思います。同僚の中には、まだ直接顔を合わせたことがない人がいたり……。
「在宅勤務になって、同僚のことを理解しづらくなった」という声も、たしかによく聞きます。しかしオフィスに出社していたときも、相手のことを完全に理解できていたとは言えないのではないでしょうか。

── そうかもしれません。出社していても、全員と会話するわけではありませんし。
オフィスで仕事をしていたときも、雑談の機会って意外となかったはずです。「もとから相手のことを理解できているわけではない」と認識さえしていれば、オンラインであれオフラインであれ、やるべきことはさほど変わらないと思います。
むしろオンラインのほうが、相手のことを理解するきっかけが多いとさえ言えるかもしれません。
── オンラインのほうが、ですか。
オンラインの雑談では、住環境や家族など、プライベートな話題が増えませんか? 打ち合わせ中にお子さんの声が聞こえたり、家族が作ってくれたランチを食べたという話題になったり。
オフィスにいると、仕事以外のことをわざわざ話す機会は少ないもの。オンラインだからこそ、逆に今まで知らなかった一面を知れるチャンスだととらえてみてはいかがでしょうか。
関係性の壁を乗り越えるために、相手について知るべきことは山ほどあります。これは「相手のことをとことん知りましょう」という意味ではありません。「相手のことを知らない」と気づくことのほうがもっと重要です。
── 本書には「無知の知」というフレーズも使われていました。
「もしかしたら自分はわかっていないのかもしれない」という自覚が必要ですね。
以前、日本の名だたる企業のリーダーが集まる研修に参加したとき、講師を務めていた大御所の先生が、ある印象的なことをおっしゃったんです。
それは「あなたたちはすごく権力を持っていて、人に指示を出す立場にいるはずです。でも、自分が出す指示やメッセージの他にも正しい道があるかもしれない、と疑うことを忘れてはいけません」ということ。
衝撃でした。「もしかすると自分はわかっていないかもしれない」と思うことは、相手に動いてもらううえですごく大切なことです。
── 相手とのやり取りも大切ですが、その前に自分と向き合い、内省することが大事だと感じました。高橋さん、ありがとうございました!
写真提供:高橋さん



高橋浩一(タカハシ コウイチ)
TORiX株式会社 代表取締役
東京大学経済学部卒業。外資系戦略コンサルティング会社を経て25歳で起業、企業研修のアルー株式会社に創業参画(取締役副社長)。事業と組織を統括する立場として、創業から6年で70名までの成長を牽引。同社の上場に向けた事業基盤と組織体制を作る。2011年にTORiX株式会社を設立し、代表取締役に就任。これまで4万人以上の営業強化支援に携わる。
コンペ8年間無敗の経験を基に、2019年『無敗営業「3つの質問」と「4つの力」』、2020年に続編となる『無敗営業 チーム戦略』(ともに日経BP)を出版 、シリーズ累計7万部突破。2021年『なぜか声がかかる人の習慣』(日本経済新聞出版)、『気持ちよく人を動かす 〜共感とロジックで合意を生み出すコミュニケーションの技術〜』(クロスメディア・パブリッシング)、2022年『質問しだいで仕事がうまくいくって本当ですか? 無敗営業マンの「瞬間」問題解決法』(KADOKAWA)を出版。年間200回以上の講演や研修に登壇する傍ら、「無敗営業オンラインサロン」を主宰し、運営している。