
「抵抗勢力」は実は「応援勢力」
みんなで一生懸命頑張っていれば成果が出る。 コストダウンすると利益が増える。 きちんと進捗管理すれば納期が守れる――。
こうした企業現場での通説が、むしろ組織の成長を妨げているとしたらどうでしょうか?
今回お話を伺ったのは、『なぜあなたはマネジメントを間違えるのか?』の著者である岸良裕司さん。岸良さんは、ゴールドラットジャパンCEOとして「全体最適のマネジメント理論(Theory Of Constraints: TOC)」つまり制約理論を、産業界や行政に導入してきました。TOCの創始者で、その著作『ザ・ゴール』が有名なエリヤフ・ゴールドラット博士がその手腕を絶賛したほどです。
経営層やマネジメント層が陥りがちな思い込みとは何か。そして、組織を本当に変える「ボトルネック」はどこにあるのか。TOCの伝道師でもある岸良さんに詳しく伺いました。
ライター・松尾美里
── 『ザ・ゴール』は40年以上にわたり読み継がれ、名経営者にも影響を与え続けています。アマゾン創業者ジェフ・ベゾス氏が経営幹部の必読書に挙げたともいわれますが、この本に書かれている「全体最適のマネジメント理論(以下、TOC)」が時代や業種を超えて有効であり続ける理由は何でしょうか。
最大の理由は、『ザ・ゴール』が単なる「手法」について書かれたものではないからだと考えています。
著者である故ゴールドラット博士は物理学者でした。「これから300年、他の人が取り組まない問いは何か」を考え、自然科学の考え方を人の関わる社会科学にも適用しようとしました。ニュートンの万有引力の法則や、アルキメデスの原理は、何百年経っても「古い」といわれませんよね。それは科学理論だからです。
TOCも同じです。「仕事の流れにはつながりとばらつきがある」という前提がある限り、必ずどこかに「ボトルネック(制約)」がある。すると、全体のアウトプットはその制約に律速される。ならば「ボトルネックを改善すれば全体が良くなる」という非常にシンプルで厳密な科学理論として生み出されたのです。こうした普遍的な科学理論だからこそ、古びることはないのです。
── 岸良さんの著書『なぜあなたはマネジメントを間違えるのか?』では、「コストダウンすると利益が増える」「進捗管理をすれば納期は守れる」といった69のマネジメントの通説が覆されていました。経営層が会社を立て直そうとする局面で陥りやすい罠は何でしょうか。
典型的なのは、「前提が変わったのに、過去の成功体験を引きずること」です。「つくれば売れる時代」では、設備稼働率を上げるなど、部分的な効率最大化でも問題はなかった。しかし今は「変化の激しい時代」で、商品をつくっても売れるとは限らない。そんな中で過去のやり方を続けても、うまくはいきません。
問題なのは、うまくいかないことがあると、人のせいにしてしまうことです。そして、つい他人を責めたり、あるいは自分を責めたりする。ですが、失敗しようと思って失敗する人はいませんよね。
責めるべきなのは人ではなく、誤った思い込み。とらわれていた既成概念をみんなで探していくことです。そうすれば誰も傷つくことなく、問題解決は進みます。
誤った思い込みにチャレンジして既成概念を覆すことは科学の進歩・発展の基本です。それを人が関わるマネジメントにも適用すればいいのです。本書の冒頭では69のマネジメントの間違いを指摘していますが、当てはまるものが多ければ多いほど、会社が良くなる可能性が高いことになります。


── 知的労働の工程は可視化が難しいと感じています。ワークフローの全体像を的確に掴めていないチームが、ボトルネックを特定し、全体最適を目指すためには、どんな一歩を踏み出すべきでしょうか。
「知的労働は全体像が描きにくい」と感じる背景には、実は「全体像は複雑なはずだ」という思い込みがあるんじゃないでしょうか。全体像を描く簡単な方法は、最終成果から逆算して工程を書き出すことです。
たとえばメディアを運営している企業なら、「読者が喜ぶ記事が公開されている状態」というゴールを起点に、「その前にやることは何か?」と考えてバックキャストで辿っていく。すると30分もかからず、仕事の流れが可視化されていきます。
次に、「どこに一番時間がかかっているか」を確認してください。すると、3か月かかるプロジェクトでも、それぞれのタスクの実際のタッチタイム(作業時間)は長くても1、2時間、残りは正味時間数分もかからない決裁待ちだった、というケースがよくあります。
これが制約とわかれば、「この決裁を早く済ませる方法はないか?」というボトルネックに集中した議論ができ、プロジェクト期間は劇的に短くなります。
心に留めたい点は、「早く始めれば早く終わる」という通説は大きな誤解だということです。あれもこれも同時に着手すると、リードタイムが長くなり、途中で優先度の変更が起きるたびに現場が混乱してしまう。一つずつ終わらせることが、仕事の滞留を解消し、結果的に早く完了することができるのです。

── 制約を見つけて改善するプロセスは継続的な営みだと学びました。自律的で持続可能なカイゼンを組織に根づかせるために、組織は何を変えるとよいでしょうか。
「どのような尺度で私を評価するか教えてくれれば、どのように私が行動するのか教えてあげましょう。もし不合理な尺度で私を評価するなら、私が不合理な行動をとったとしても、文句を言わないでください。」
ゴールドラット博士の言葉です。ここからも明らかなように、まずはKPIを見直すことです。たとえば「稼働率を上げる」というKPIは、部分最適の典型です。コストが下がると思い込んで、売れない商品をつくり続け、過剰在庫に陥りコストダウンを大幅に上回るディスカウントをし大損してしまう。最悪の場合、資金繰りを圧迫し、経営危機に陥ることさえあります。
また、部門最適のKPIがあると、組織の壁が生まれ、悪しき風土が生まれることになります。だから、それを全体最適のKPIに変える必要があります。そのためには、この本で紹介している全体最適の意思決定のための「スループット会計」が活用できます。
読者の皆さんにすすめたいのは、総務、人事、経理などを「コストセンター」と呼ぶのをやめることです。我々は「HMO(Holistic Management Office)」(全体最適のマネジメント室)と呼んでいて、彼らこそが「ボトルネックを支援し、組織に利益をもたらすプロフィットセンター」だと位置づけています。
私たちの会社では、HMOが先回りして「今ここがボトルネックになりそうなので、他のメンバーに任せませんか?」とマネジメントしてくれる。だから希少なリソースが最大限に活かされるのです。
さらに問題なのは評価制度です。次の3つの問いを考えてみてください。
・過去は変えられますか?
・未来は変えられますか?
・みなさんの希少な時間をどちらに使えばいいのでしょうか?
こう考えれば、変えられる未来に集中した方が良いに決まってます。
私たちゴールドラット・ジャパンでは、変えられない過去を云々する「成果主義」ではなく、変えられる未来に集中する「成長主義」を掲げています。面談では「何ができていないか」ではなく、「この1か月で何ができるようになったか」を問いかけるのです。他者ではなく過去の自分と比較し、伸びている部分を自ら言葉にすることで、自分の成長に気づき、人は劇的に成長します。そのプロセスの詳細については、本書のChapter 9「評価にまつわる間違い」で紹介していますので参考にしてください。

── 岸良さんの著書では、TOC実践の成功事例として、トヨタやオムロンが紹介されていますが、海外企業での成功事例はありますか。
海外の事例は驚くほどたくさんあります。そもそもTOCは海外生まれですから……。アマゾン、インテル、ボーイング、P&G、米国国防総省までTOCを活用した目覚ましい事例が公開されています。インドのタタ・グループでは、ジュエリーから製鉄まで、ありとあらゆる部門で活用され、社内研修でTOCを学ぶのがマストになっています。また、経営破綻した米国のデルタ航空の再生にもTOCが活用されています。
── TOCを導入する際、現場での抵抗をどう乗り越えればよいのでしょうか。
新しいことを始める際、「納期に遅れるんじゃないか」「稼働率を下げたら利益が上がらないのでは」などと言う人がいますよね。これを「抵抗勢力」だと捉えるのは間違いです。
彼らは決して邪魔をしたいわけではありません。むしろ、真剣に実行を考えているからこそ、懸念が出てくるのです。真剣に実行を考えている人は明らかに「抵抗勢力」ではありません。懸念を口にしてくれる人は、改革の「抵抗勢力」ではなく、「応援勢力」なんです。なぜならば、その懸念を解消すれば成功する確率が高まるからです。
「なるほど、それは良い視点ですね。では、その懸念を解消する方法を一緒に考えましょう」とその人たちを協力者にしていけば、改革は加速していきます。
── AIやAIエージェント、フィジカルAIの進展により、さまざまな業種の生産性は飛躍的に高まっています。そんな中で、TOCはこれからどのように進化するとお考えでしょうか。
進化の一例として、アパレルや小売業で活躍するAI在庫管理ツールOnebeatを紹介させてください。
実は、ゴールドラット博士のキャリアのスタートはソフトウェアエンジニアで、生産工程を最適化するソフトの開発からキャリアをスタートさせています。そのソフトは、onebeatというAIエキスパートに進化し、現在、24か国、5万5千拠点、2億SKU、1兆4000億円の在庫の最適化をしています。人手では到底できない緻密さで、24時間365日、不眠不休で経営トップの思い通りに最適化し続け、過剰在庫と欠品が解消し、売上げが伸び、利益が大幅に増える事例が続出しています。
「人はどうすればいいの?」と不安になる人もいるかもしれません。実際に導入した企業はいずれも同じ不安を持ちますが、それはすべて杞憂に終わります。「人はどうすればいいの?」という「問い」をもった現場の方々は、人にしかできない接客やディスプレーの工夫に集中できると気づくからです。つまり、人とAIエキスパートとのコラボレーションが実現するのです。国内アパレルメーカーの事例を公開していますのでご覧ください。
── 最後に、岸良さんがTOCを広め続ける原動力は何でしょうか。
一言でいえば「怒り」です。会社を良くしようとみんな頑張っているのに成果がでない。それは、科学に基づく全体最適のマネジメント理論TOCがまだまだ世の中に知られていないからです。みんなが頑張るのではなく、みんな「で」頑張る方が、成果が出ることを、私自身がまだまだ広めきれていないことに、日々もどかしさを感じています。
ジャパネットたかたの創業者高田明氏は、『ザ・ゴール』の愛読者の一人ですが、「人生はボトルネックを探す旅だ」とおっしゃっています。ここさえ良くすれば会社が変わるというポイントを日々見つけて改善する。そうすれば人は成長し続けられるのだと。この考え方に私は感銘を受けました。
TOCは経営だけでなく、個人の人生や家庭にも応用できるものです。論理的で科学的なアプローチを使えば、精神論で疲弊することなく、みんなが協力してハッピーになれます。だからこそTOCを一人でも多くの人に伝え、ワクワクしながらイキイキと働く人を増やすことで日本を良くすることに貢献したい。これが私の願いです。



岸良裕司(きしら ゆうじ)
株式会社 Goldratt Japan CEO。全体最適のマネジメント理論TOC(Theory Of Constraints:制約理論)をあらゆる産業界、行政改革で実践。活動成果の1つとして発表された「三方良しの公共事業」は、ゴールドラット博士の絶賛を浴び、2007年4月に国策として正式に採用された。成果の数々は国際的に高い評価を得て、活動の舞台を日本のみならず世界中に広げている。08年4月、ゴールドラット博士に請われてゴールドラット・コンサルティング・グローバルパートナーに就任し、日本代表となる。国土交通大学校非常勤講師。主な著書に『全体最適の問題解決入門』『考える力をつける3つの道具』(ダイヤモンド社)、『最短で達成する全体最適のプロジェクトマネジメント』(KADOKAWA)、『【新版】子どもの考える力をつける3つの秘密道具』(ナツメ社)、監修書に『ザ・ゴール コミック版』(ダイヤモンド社)などがある。