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「意味を買う時代」から「信頼で選ばれる時代」へ
レイ・イナモトが語る、AI時代のブランド論

「意味を買う時代」から「信頼で選ばれる時代」へ

ブランドを差別化するカギとなるのは「信頼」である――。 世界的なクリエイティブディレクターとして活躍し、日米の企業のブランド構築を支援するレイ・イナモト氏は、2026年に著書『Brand Shift』(東洋経済新報社)を上梓しました。

本書で語られるのは、企業のブランド構築において、なぜいま「信頼による差別化」が重要なのか。そして、それを実現するために、企業はどのような戦略を持つべきなのかという問いです。

AIの普及によって、情報もストーリーも急速に増殖していく時代に、ブランド戦略で意識すべきこととは何か。知名度の高くない企業は、どこから信頼づくりを始めればよいのか。イナモトさんのブランド論の核心に迫ります。

日本企業は「良いものを作る」だけでは勝てない

── イナモトさんは、どのような課題意識から『Brand Shift』を執筆されたのでしょうか。

出発点には、3つの課題意識があります。1つ目は、15年以上前にソーシャルメディアで見かけた「Japan is finished」という言葉に衝撃を受けたことです。知人が何気なくつぶやいた言葉でしたが、ずっと頭から離れませんでした。

2つ目は、7、8年ほど前、当時の日銀総裁が海外の銀行関係者らに対し、「世界における日本企業の存在感が薄れている」と語っていたことです。長年海外でブランド戦略に関わってきた身として、胸が痛む言葉でした。

そして3つ目が、「日米の企業価値の差」です。とある日米の大企業を比較すると、その「ブランド価値」は2010年前後まではほぼ競り合えていた。ところが、その後アメリカ企業だけが5倍、10倍と成長していき、これほど差がついてしまうのかと愕然としました。

日本の未来は、日本企業のブランド力にかかっています。ただ良いものを作っているだけでは、世界では通用しなくなりつつあるのです。

── この数年、日本でもブランド構築を経営課題として捉える経営者は増えてきたのでしょうか。

徐々に増えてはいるものの、まだまだ「マーケティング部門の話」と捉えている経営者が大半ではないでしょうか。もちろん、グローバル企業の経営者の中には、「ブランドとは、企業そのもの、社員そのもの」と語るファーストリテイリングの柳井会長のように、その本質を理解している方もいます。ただ、まだ少数だと感じています。

これからのブランドには、「信頼による差別化」が不可欠です。そのための戦略を、日本企業に伝えたいという想いが強くあります。本書では、日本の企業やビジネスパーソンに貢献したいと書きましたが、その先にあるミッションは「Make Japan Matter(日本を、世界で必要不可欠な存在に)」です。

Brand Shift(ブランド・シフト): 「信頼」で選ばれる時代の成長戦略
Brand Shift(ブランド・シフト): 「信頼」で選ばれる時代の成長戦略
レイ・イナモト
東洋経済新報社
本の購入はこちら
Brand Shift(ブランド・シフト): 「信頼」で選ばれる時代の成長戦略
Brand Shift(ブランド・シフト): 「信頼」で選ばれる時代の成長戦略
著者
レイ・イナモト
出版社
東洋経済新報社
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ストーリーだけでは、選ばれ続けるブランドになれない

── 本書で印象的だったのが、「意味を買う時代から、信頼で選ばれる時代へ」という言葉でした。ストーリーテリングやパーパスが重視されてきた中で、「信頼による差別化」がより重要になっている背景は何でしょうか。

かつて「ブランドとはストーリーである」と言われていたように、ストーリーは今も大切です。人類の歴史の中で、何千年も機能してきた技術ですから。

ただ、インターネット、2008年のiPhone登場以降のモバイルの発達、そしてAIという産業革命によって、ストーリーの伝わり方は飛躍的に変わりました。その結果、何が真実なのかを見極めにくい時代になり、「情報の歪み」が生まれています。

ストーリーは、関係性を築くきっかけとしては有効です。しかし、それだけに頼っていては「選ばれ続ける存在」にはなれません。一時的に話題になっても、結果的にはブランドとしての信頼が積み上がらないんですよね。

その象徴的な事例が、OpenAIとAnthropicです。OpenAIのサム・アルトマン氏は、抜群のストーリーテリングの才能も活かしながら、あれだけの資金調達を実現してきました。

一方で、この数か月、その対極ともいえるAnthropicが強い支持を集めています。Anthropicは、もともと理念の違いからOpenAIと袂を分かったメンバーらが立ち上げた会社です。OpenAIがAGI(汎用人工知能)の開発をミッションとするのに対し、Anthropicは「安全なAIをつくる」というポジショニングを明確に示しました。

最近では、政府から軍事利用目的におけるAI活用の拡大を求められた際、何百億という損失を覚悟でNOを突きつけたことも記憶に新しいでしょう。その結果、新規契約のシェアにも変化が現れました。2025年12月時点では、新規法人契約の6割以上がOpenAI、4割以下がAnthropicでした。ところが、その後わずか2か月で、Anthropicが73%、OpenAIが23%に逆転したのです。

マーケティングを仕掛けたからではありません。理念をプロダクトや行動で一貫して体現し続けることで、信頼されるブランドを築いてきたのです。

ブランド構築のフライホイールについて詳しくは本書に紹介されている。

BtoB企業こそ、まず社内に「共通言語」を持つ

── たとえば知名度の低いBtoB企業にとって、信頼獲得には難しさがあります。法人向けSaaSのような領域では、どのように信頼獲得を進めればよいでしょうか。

まず大切なのは、自社の信念や理念が明文化され、「何の会社か」という共通言語を社内で共有できているかどうかです。これは、スタートアップの立ち上げ時だけでなく、会社のフェーズに応じて何度も見つめ直さなければなりません。

誰もが知る企業でも同様です。たとえばトヨタでは、会社の存在意義を見つめ直したのは、ここ17〜18年の出来事です。豊田章男さんは社長就任直後、アメリカで起きた事故により、議会の聴聞会に呼ばれました。その経験を通じて、「トヨタは何を提供しているのか」をもう一度問い直したのです。

そこでミッションの再定義として出てきたのが「幸せの量産」でした。この言葉が打ち合わせでも自然と出てくるようになるほど、社内に根づいていったそうです。

私たちI&COが支援したアシックスも同様です。80年以上の歴史ある会社ですが、ここ5年ほどで「誰もが一生涯アスリート」という共通言語をともにつくってきました。ここでいうアスリートとは、職業としてのアスリートではありません。年齢や身体能力にかかわらず、すべての人が運動やスポーツを通じて心と体の健康を保ち続ける、という理念を指しています。

信頼獲得というと、対外的な認知度アップに走りがちです。しかし、まずは社内に浸透させることが大事な第一歩になります。

日本語はハイコンテキストな言語なので、「世界観」といったふわっとした言葉でも意味が通じます。ただ、それが裏目に出ることもあります。この4、5年でパーパスを策定する企業は増えましたが、「社会に貢献する」など、他社でも通じる言葉では共通理解が進みにくいのです。

その会社ならではの言葉であることも大切です。「幸せの量産」はトヨタだからこその説得力がありますし、アシックスの「心身の健康」という信念はプロダクトにも反映されています。だからこそ、NIKEの「勝利」を追求する文化とは明確に違うのです。

── ブランドの一貫性は、企画・開発、セールス、コーポレートなど、すべての部門の行動や意思決定によって培われていくものだと思います。経営層が重視すべきことはありますか。

組織のリーダーが率先して、自分たちはどんなブランドなのかを発信し続けることです。同じことを何度も繰り返さないと、組織には伝わりません。

また、ブランド構築やインターナルブランディングをマーケティング部や人事部に任せるスタイルもあります。ただ、それだけだと、DX推進部やAI推進部と似たような話で、形だけやったつもりになってしまう。経営層がブランド構築を経営課題として示し、その上で担当部署が推進していくことが大事だと思います。

強いブランドは「倫理的な敵」を明らかにしている

── 国や業界を超えて、強いブランドに共通する要素は何でしょうか。また、差別化につながる「対比軸」を見つける上で大切な考え方があれば教えてください。

「強いブランドの5つの条件」として、①象徴があるか、②代名詞があるか、③目に見えるか、④美意識があるか、⑤敵がいるか、を挙げています。

詳しい内容は本書に譲りますが、対比軸を見つけるうえで参考になるのが、「敵がいるか」という条件です。ここでの敵とは、競合他社というより「倫理的な敵」を意味します。

わかりやすい例として、1984年に初代Macintoshを発売したAppleがあります。同社は小説『1984年』の世界観をオマージュし、当時のコンピューター業界をリードする存在だったIBMをモチーフとして風刺的に描くCMを打ったことで、強烈な印象を残しました。このときAppleの本当の敵は、IBMという企業ではなく、「個性のなさ」だったんですよね。均質な組織で、画一的に働いている状況と倫理的に戦っていたのです。それが「Macを使えば個性を表現できる」というAppleのメッセージにつながっていきました。

また、先ほどのAnthropicとOpenAIの対比でいうと、「安全性を二の次にした完全なAI」こそが、Anthropicの倫理的な敵です。だからこそ、あらゆる判断で一貫して「Safety first」を優先しています。

さらにAirbnbの場合は、「一時的に宿泊するホテル」ではなく、「世界中どこでも自分の居場所になるサービス」という対比軸を設けています。これも、倫理的な観点から同社が何を大切にするかを明確にしたことで生まれたものです。社員も投資家もステークホルダーも、「それなら応援したい」と思える言葉の力があります。

AI時代に問われるのは、「本質的な課題解決」

── AIの普及で、ブランドの重要性はどう変化していくとお考えですか。AIにも選ばれる時代において、ブランド戦略はどのように変わっていくでしょうか。

AI最適化(AEO)の重要性は高まっていて、日々のブランド構築の中でも意識していく必要があります。ただし、それだけに頼っていては、目先の売上は上がっても、中長期的な信頼の積み上げにはつながりません。

象徴的な事例が、近年世界的にヒットしたぬいぐるみのLabubu(ラブブ)です。ブラインドボックスという仕掛けや、開封動画のSNS投稿で一気に話題をさらった。ただ、話題を作ることと、信頼を積み上げることは別物です。

むしろ大切なのは、真の課題がどこにあるかを見極めることです。

パンデミック初期のAirbnbは、米国内の全予約の80%を失い、売上がほぼゼロになりました。マーケティング予算を大幅に削り、リストラも行い、英語圏のメディアでは「Airbnb終焉のはじまり」と騒がれたほどです。

しかし、Airbnbはワーケーションや多拠点生活など、「28日以上の長期滞在」の需要が高まっていることに気づきました。そこで焦点を当てたのが、信頼できるホスト(大家)の供給不足という課題です。ホストの登録にかかっていた時間を、2週間から数分に短縮する大改革を行いました。供給が満たされたことで同社は一気に回復し、約9か月でナスダック上場を果たしました。

認知度が低いからといって、話題作りのプロモーションやマーケティング施策に走るのではなく、「本当の課題はどこにあるのか」を問う。これが信頼の土台になり、AI時代にこそ不可欠な姿勢ではないかと思います。

レイ・イナモトを形づくった2冊の本

── 最後に、イナモトさんのキャリアや価値観に影響を与えた本を教えてください。

1冊目は、14歳の頃、家具職人の父から渡された『精神と物質』(利根川進・立花隆 著)です。ノーベル賞受賞者の利根川進さんが、脳科学の進歩によって、人間の感情もいずれ解明される時代がくると語っていたことに、深く共感しました。そのとき直感したのが、「科学的に感情のメカニズムがわかれば、人を感動させるプロセスを、より明確に設計できるのではないか」ということです。

その頃から、サイエンスとアートを融合させたいという思いが芽生えていました。今振り返ると、自分のテーマの原点だったといえます。

2冊目は、厳密にはアートかもしれませんが、ジョン・マエダさんが手がけた『The Reactive Square』です。僕が高校生か大学生の頃、書店でフロッピーディスク付きの書籍として売られていて、Mac上でデザインを味わうインタラクティブな作品でした。

当時としてはかなり斬新な「デザインとテクノロジーの融合」を目にし、「いつかこういうものをつくりたい」と思うほど強く影響を受けました。

子どもの頃から、父親の工房が近所にあり、母親も音楽をやっていたので、ものづくりや人を感動させるアートが身近な存在でした。こうした背景も相まって、この2冊が「テクノロジーとアートで人に感動を与えたい」という思いの原点にあると感じています。

Brand Shift(ブランド・シフト): 「信頼」で選ばれる時代の成長戦略
Brand Shift(ブランド・シフト): 「信頼」で選ばれる時代の成長戦略
レイ・イナモト
東洋経済新報社
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Brand Shift(ブランド・シフト): 「信頼」で選ばれる時代の成長戦略
Brand Shift(ブランド・シフト): 「信頼」で選ばれる時代の成長戦略
著者
レイ・イナモト
出版社
東洋経済新報社
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レイ・イナモト

I&CO創業パートナー / クリエイティブ・ディレクター

米Creativity誌「世界で最も影響力のある50人」、米Forbes誌「世界の広告業界で最もクリエイティブな25人」に選出され、ニューヨークを拠点に世界で活躍するクリエイティブ・ディレクター。

米大手デジタルエージェンシーR/GAを経て、欧米大手デジタルエージェンシーAKQAに所属し、ナイキ、アウディ、Xbox、グーグル等、世界を代表するブランドのデジタル戦略とクリエイティブを数多く手がける。2013年と2019年には日本人として初めて、カンヌ国際広告祭モバイル部門、デジタルクラフトの複数部門の審査委員長に抜擢。2016年にI&COを立ち上げ、2019年7月に東京オフィスを開設。

文責:松尾美里(2026/07/13)