【書店員のイチオシ】
資料に残されなかった歴史を知る『ハーメルンの笛吹き男』
【ブックスタマのイチオシ】


明けましておめでとうございます。 今年最初の投稿は、ネズミ年にちなんで、「ハーメルンの笛吹き男」です。
ネズミを退治した笛吹き男が、報酬を払ってもらえなかった仕返しに、町中の子供たちを笛であやつって連れ出してしまう、というハーメルンの伝説は有名です。実はこれはただの作り話ではなく、1284年6月26日、ドイツのハーメルンで、約130人の子供が集団失踪した歴史的事件がもとになっています。
果たして、子供たちを連れ出したのは誰なのか、 いったいどこに行ってしまったのか。欧州中世史の大家の阿部謹也が40年前に著した本が、今、朝日新聞のじんぶん堂など、さまざまなところで取り上げられSNSでも話題になっています。


この本が歴史研究として優れているのは、まず失踪事件が起こったことを記す一次資料をしっかり探し、原文から読み解いている点です。事件が起こった時期に近い、1300年ごろに書かれたハーメルンのマルクト教会のガラス絵や、1430年ごろに書かれたリューネブルクの手書本など、中世に書かれた資料を原文から検証しています。
また、資料に残されていない背景を考察し、失踪が起こりうる原因を探るために、ドイツ全域にわたって当時の下層民の暮らしを調査しています。当時の下層の人々は土地に縛り付けられて生活していて、生まれた町を離れて遠くに行くことはほとんどありません。そういう時代であっても一般の子供たちが大規模に失踪しうる原因として、著者はドイツ人の東欧への植民や、少年十字軍に着目します。
また、遍歴芸人の当時の社会的地位にも触れ、子供たちの集団失踪事件を起こした笛吹き男と、ネズミを退治するネズミ捕り男が、いかにして伝説の中で結びついていったかを紐解いていきます。
歴史は勝者によって作られるといいますが、社会の大部分を構成する庶民の歴史は無視され、時には改竄されてきました。資料に残されなかった歴史の姿を知るには、断片的に残った資料の行間を読み、当時の時代背景を考え、推定していかなくてはなりません。最近日本の中世史でも、教科書で習ったような絶対的な事実が実は違っていたとされることが多く話題となっていますが、これも歴史研究が進んだ結果と言えるでしょう。
よく、「歴史の真実をあばく」とか「教科書で習わない本当の歴史がここにある」と謳った本がありますが、この本のように一次資料を丹念に調べている本でなければ、信じてはならないと思います。
資料を調べ、少しづつ証拠を積み重ねていく様子は推理小説のようなワクワク感があります。すでに書かれてから40年たっていますが、本当の歴史学に触れられるこの本を、今年の読書の1冊目に選んでみてはいかがでしょうか。
ブックスタマでは年に一度、ビジネス書の選手権「タマダービー」を開催しています。12回目となる今回は、2019年末~2020年初めにかけて、店頭の本の売れ行きを競い合い、近日結果発表をいたします。 フライヤーでも結果発表を特集しますので、発表をお楽しみに!