【本からのぞくグローバル・トレンド】
アメリカの変貌を読みとる
『1984年』/“People Get Ready”/『綻びゆくアメリカ』

熊倉沙希子

「本からのぞくグローバル・トレンド」では、邦訳・未邦訳にとらわれずに海外書籍を紹介しながら、政治や経済、文化などの世界的トレンドを考察していきます。

読書のきっかけとして、また、ビジネスにおける情報収集として、お役立ていただければ幸いです! また、取り扱うテーマについてリクエストがございましたら、ぜひお問い合わせ窓口よりご連絡ください。

“1984”ブーム

一九八四年
一九八四年
ジョージ・オーウェル,高橋和久(訳)
早川書房
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一九八四年
一九八四年
著者
ジョージ・オーウェル 高橋和久(訳)
出版社
早川書房
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今年の1月末、アメリカのAmazon.comにて、ジョージ・オーウェルによる小説“1984”(邦訳『一九八四年』、早川書房より刊行)が、売れ行きランキング第1位に躍り出た。“1984”は、1949年に刊行され、世界文学の傑作の1つとして知られている。全体主義に支配された世界を寒気がするほど生々しく描いており、作者の名をとってつくられた “Orwellism”(政治的宣伝のための事実歪曲を意味する)という言葉があるほどだ。

“1984”ブームの発端となったのが、コンウェイ大統領顧問による“alternative facts” という発言である。トランプ大統領の就任式における聴衆の数が、オバマ前大統領の時と比べて圧倒的に少なかったという報道を、スパイサー大統領報道官は「聴衆の数は過去最大だった」と否定した。事実と異なるという批判が殺到すると、コンウェイ氏は、スパイサー氏の発言を、「“alternative facts”(もう1つの事実)を提供しただけだ」と擁護したのだ。

『一九八四年』の主人公、ウィンストン・スミスは、〈真理省〉に勤めている。彼の仕事は、過去の報道記事や論説を、党の指令に従って書き換えることである。党が予言したことは必ず当たっていなければならず、党によって消された人物は、初めからいなかったことにせねばならない。スミスは、事実を操作したことは認識しても、党員として、歪曲された事実も真実なのだとどこまでも認めねばならない。嘘を告げながら、それが真実だと信じることを、党の用語で〈二重思考〉と呼ぶ。

この小説世界がまさに、トランプ政権の情報の扱い方と重なる、と、アメリカ国民は敏感に反応した。そして現在も、ニュースメディアには、 “alternative facts”や”Orwellism”という言葉が、政権批判のキーワードとしてたびたび登場する。『一九八四年』は、今のアメリカのムードを知るためにはずせない1冊だといえそうである。

アメリカが混迷を深めた40年間

People Get Ready
People Get Ready
RobertW.McChesney,JohnNichols
Nation Books (Perseus Books Group)
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People Get Ready
People Get Ready
著者
RobertW.McChesney JohnNichols
出版社
Nation Books (Perseus Books Group)
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トランプ大統領が誕生したことは、多くの人々にとって「予想外」だった。しかし、今回のアメリカ大統領選では、もっと前の段階から「予想外」なことは起こっていた。民主党予備選で、格差是正を訴えるサンダース氏が、知名度で圧倒的に勝るクリントン氏に思いがけない接戦を繰り広げたことも、「予想外」であった。

一連の「予想外」の出来事を推進したのは、旧来からある支配者層の政治を拒否する、若者や低・中所得者層の人々だった。彼らの力は、アメリカ社会でいつの間に、それほどまでにふくれあがっていたのか。

大統領選の前、2016年3月に刊行された“People Get Ready”を読むと、そうした気運を感じとることができる。著者らは、アメリカの政治は“citizenless democracy”であり、少数の富裕層が彼ら自身のために政治を動かしていると語る。だからこそ、政治からはじき出された一般市民が、真の民主主義を実現すべく立ち上がらねばならないと呼びかける。

学者とジャーナリストという組み合わせの著者らは、アメリカ社会を次のように分析している。ここ40年ほどのアメリカで起きたデジタル革命は、資本家や能力の高い人々に繁栄をもたらした。が、それは一般市民の労働力を多く必要とする事業を生んだとはいいがたく、所得格差を拡大させた。そして政治と経済のシステムは新しい社会に対応しそこねたまま、混迷を深めてきたのだ、と。

ひとりひとりの歴史は語る

綻びゆくアメリカ 歴史の転換点に生きる人々の物語
綻びゆくアメリカ 歴史の転換点に生きる人々の物語
ジョージ・パッカー 著 須川綾子 翻訳
NHK出版
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綻びゆくアメリカ 歴史の転換点に生きる人々の物語
綻びゆくアメリカ 歴史の転換点に生きる人々の物語
著者
ジョージ・パッカー 著 須川綾子 翻訳
出版社
NHK出版
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“The Unwinding”(邦訳『綻びゆくアメリカ』、NHK出版)は、2013年に発表された。2013年全米図書賞(ノンフィクション部門)を受賞した力作でもある。先ごろニューヨーク・タイムズ誌に、「トランプ勝利を理解するため」の一冊に挙げられて再び注目を浴びた。

さて、こちらも、経済大国アメリカの変容を追った本だが、その性格は“People Get Ready”とは大きく異なる。『綻びゆくアメリカ』は、個人史で織りなされるドキュメンタリー映画のような味わいをもった作品だ。ロビイストや、工場で働くシングル・マザーなど、さまざまなプロフィールを持つ人たちの人生をたどることで、アメリカの旧来の価値観や政治、コミュニティがくずれていくようすを浮かび上がらせる。

本書の主要な登場人物の一人に、シリコンバレーのベンチャーキャピタリスト、ピーター・ティールがいる。日本でも高く評価された著作『ゼロ・トゥ・ワン』(NHK出版)をお読みになった方も多いだろう。1990年代、2000年代の情報技術革新を背景に、彼はPayPalを創業し、Facebookに投資をして大金持ちになったわけだが、インターネットやソーシャルメディアに対する彼の評価は、意外にも限定的だ。2010年代に、アメリカでは、ネットバブルがはじけて、金融危機も起こり、政治経済が機能しなくなってきた。それを受けて彼は、既存の政治基盤や苦労知らずのエリート層には期待していない、と『綻びゆくアメリカ』の中で語る。科学技術の停滞や、社会の階層を横断する問題は、もともと富裕層として生まれ育ち、楽観的な思考をもった人々では対応できないと考えるからだ。

ピーター・ティールは、シリコンバレーの著名人では唯一、大統領選の最中からトランプ氏を支持していた。同氏の当選後には、政権移行チームのメンバーに選ばれている。「逆張りの天才投資家」とも呼ばれ、一般には理解しがたいと受け取られがちな彼の論理に、本書を読むうちに肉迫できるだろう。

公開日:2017/05/10
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