
『ビジョナリー・カンパニーZERO』
世界で累計1000万部を誇る大ベストセラーシリーズの最新作、『ビジョナリー・カンパニーZERO』(以下、本書)。『ビジョナリー・カンパニー』とは、サブタイトルにある通り「偉大で永続的な企業」を指します。 タイトルにZEROと冠してあるのは、経営戦略や組織論を深く考察した『ビジョナリー・カンパニー』シリーズの原点の書であるためです。四半世紀以上にわたってさまざまな企業を研究、分析してきた著者ジム・コリンズが、この道を歩み出したきっかけやその後の奮闘記が綴られています。 「ビルが導いてくれなければ今の私はなかった」。冒頭でコリンズがそう恩を着る共著者の故ビル・ラジアーとの出会いの場面から始まる本書。全シリーズを包括する書と位置付けられ、経営戦略や組織論の決定版と言える一冊です。
ライター・南龍太
“本書のテーマは、既存の事業を永続する偉大な企業に育てる方法だ”
(『ビジョナリー・カンパニーZERO』、496ページ)
これは、本書の原作となっている1992年刊行の“Beyond Entrepreneurship”(『ビヨンド・アントレプレナーシップ』、日本語未訳)の序文の一節です。著者が学び、また教鞭を執ったスタンフォード大学大学院での講義をまとめた同書は、「偉大な企業とは何か」をテーマとし、「どうすれば偉大な企業をつくれるのか」が全5章で綴られています。すなわち、第1章から順に「リーダーシップ・スタイル」、「ビジョン」、「戦略」、「イノベーション」、「卓越した戦術の遂行」という構成でした。
その第1~5章が、同書のアップデート版である本書『ビジョナリー・カンパニーZERO』では、それぞれ第3章、第4章、第7章、第8章、第9章に該当します。加えて、「最高の人材がいなければ最高のビジョンに意味はない」(第2章)など4章分が大幅に増補されています。
特に第1章「ビルと私の物語」は著者ジム・コリンズの思い入れが深いようで、共著者で恩師のビル・ラジアーと出会ってからの軌跡が、情緒あふれる筆致で描かれています。
スタンフォード大学大学院2年生だったコリンズは、
“ビルが生まれて初めて受け持つ講義に割り当てられてしまった”
(『ビジョナリー・カンパニーZERO』、8ページ)
と半ば不満げに、ラジアーとの出会いを回顧します。というのも、周囲の友人もみな一様に「ラジアー教授ってだれ?」と知らない様子で、手腕が不明だったためです。
ただ、今やコリンズはラジアーとの出会いを「幸運」、「人生を変えるような偶然」と呼び、
“ビルの講義を履修しなかったら、私がこのようなキャリアを歩むことはまずなかっただろう。本書も存在していなかったはずだ。もちろん『ビジョナリー・カンパニー』シリーズを含めた他の著作も。”
(『ビジョナリー・カンパニーZERO』、9ページ)
と振り返ります。
そう言わせしめるほど、コリンズにとってラジアーは恩人でした。ラジアーは、コリンズの卒業後も彼を自宅に招いて夕食をふるまうなどして支えながら、指導をつづけてくれたと言います。
そしてコリンズが30歳になった頃、大学院のスター教授のポストが空いたことから「代役」としてコリンズを推挙、学内の異論を跳ね除け、押し通してくれたそうです。コリンズは当時の心境として、
“ラジアーが僕を信用してくれた。可能性を信じてくれたんだ”
(ビジョナリー・カンパニーZERO、10ページ)
という感慨をあらわにしています。これは、本書第3章「リーダーシップ・スタイル」の最後を締めくくる「リーダーが伝えるべきメッセージ」として、
“私はあなたたちを信じている”
(『ビジョナリー・カンパニーZERO』、154ページ)
がふさわしいという、今の境地に至る原体験だったと言えるかもしれません。
そんなかけがえのないラジアーは2004年に死去。コリンズは本書刊行の最も大切な理由として、ラジアーに敬意を表し、彼のレガシーをしっかり残すことだと強調しています。
ラジアーに見いだされたことが転機となり、コリンズの研究、分析は世界的に評価されていきます。その成果は書籍として次々に発表、著作の数々は日本でも翻訳されました。いずれも幅広い層に親しまれています。

上表の通り、『ビジョナリー・カンパニー』シリーズは、最初の『時代を超える生存の原則』や『衰退の五段階』、そして特別編『弾み車の法則』などがあります。
そうしたシリーズの総括版として、今回の『ビジョナリー・カンパニーZERO』は位置付けられると言えます。シリーズ全体の重要なエッセンスを網羅するとともに、企業経営をめぐる最新情勢を踏まえた示唆が増補されています。
大幅に加筆されている一方、本書の半分程度は「リーダーシップ」や「戦略」、「イノベーション」の要諦など『ビヨンド・アントレプレナーシップ』のオリジナルの文言がほぼそのまま再録されています。1990年代初頭にしたためられた文章でありながら、企業活動に対する地道で実直な観察と鋭い分析に裏打ちされた論考は、今も色褪せることはありません。
真に的を射た至言にあふれ、ネットフリックス共同創業者のリード・ヘイスティングが若手起業家らに対し、
“『ビヨンド・アントレプレナーシップ』の最初の86ページを丸暗記せよ”
(『ビジョナリー・カンパニーZERO』、1ページ)
と助言したほどです。
その86ページは本書『ビジョナリー・カンパニーZERO』の第3章と第4章に当たり、第3章は「リーダーシップ・スタイル」について書かれています。有能なリーダーに共通する7要素として、
“1誠実さ
2決断力
3集中力
4人間味
5対人スキル
6コミュニケーション能力
7常に前進する姿勢 ”
(『ビジョナリー・カンパニーZERO』、81ページ)
が挙げられているほか、本書刊行に当たってアップデートした内容において、
“真のリーダーシップとは、従わない自由があるにもかかわらず、人々が付いてくることだ”
“リーダーシップとは、部下にやらなければならないことをやりたいと思わせる技術である”
(『ビジョナリー・カンパニーZERO』、78ページ)
と定義しています。そのうえで、
“この定義には重要な点が3つある。第1に、やらなければならないことを見きわめるのはリーダーの役目だ。(中略)第2に、重要なのはやらなければいけないことをやらせることではなく、やりたいと思わせることだ。第3に、リーダーシップとは「サイエンス(理屈)」ではなく「アート(技能)」だ。”
(『ビジョナリー・カンパニーZERO』、78-79ページ)
と説明しています。
「私たちがリーダーシップの核心をかなり的確にとらえていたことに改めて驚かされる」とコリンズが自賛的に振り返るように、約30年も前の『ビヨンド・アントレプレナーシップ』における考察の秀逸さは、自他共に認めるところでしょう。
本書では、こうした「リーダーシップ」について定義し、分析を深めた後、続く第4章「ビジョン」では次のように書き出し、リーダーの役割を説いていきます。
“リーダーシップの機能、すなわちリーダーの責任とは、会社の明確なビジョンを生み出し、社員と共有し、そのビジョンへのコミットメントと精力的な取り組みを促すことだ”
(『ビジョナリー・カンパニーZERO』、156ページ)
コリンズは「ビジョン」が大切である理由や「ビジョン」のフレームワーク、構成要素について、順を追って解き明かしていきます。そして構成要素として「パーパス」や「ミッション」の位置付けを詳説し、さらには「目標」、「共通の敵」といった「ミッションの基本類型」の階層へとブレークダウンしていきます。
後半の第7章は冒頭、
“『ビヨンド・アントレプレナーシップ』のオリジナル版を書いて以来、私はずっと戦略というテーマを考えつづけてきた。”
(『ビジョナリー・カンパニーZERO』、302ページ)
とコリンズが強調する通り、極めて重要なテーマである「戦略」について記されています。
続く第8章「イノベーション」では、イノベーティブな企業になるための6つの基本要素として、
“1 どこで生まれたアイデアでも受け入れる力
2 自ら顧客になる
3 実験と失敗
4 社員がクリエイティブになる
5 自律性と分権化
6 報酬”
(『ビジョナリー・カンパニーZERO』、350-351ページ)
を挙げています。
そうした『ビヨンド・アントレプレナーシップ』の原文に準拠した章を、第5章と第6章がつないでいます。第5章は「幸運は諦めない者に訪れる」、第6章は「偉大な企業をつくるための「地図」」と題し、成功・成長・失敗の関係性や、偉大な企業のためのロードマップについてそれぞれ紹介しています。
『ビジョナリー・カンパニーZERO』は、『ビジョナリー・カンパニー』シリーズをあまり読まれたことのない方にとっては、シリーズの全容やコリンズが抱く理想の企業像を捉えるのに適しています。また、既にシリーズを読破、精読されている方にはその復習用として、あるいは増補された部分によって知のアップデートができる書として、ぜひ一読をおすすめいたします。
ジム・コリンズ(Jim Collins)
『ビジョナリー・カンパニー 時代を超える生存の原則』(Built to Last、ジェリー・ポラスとの共著)をはじめとする世界で1000万部超のロングセラー『ビジョナリー・カンパニー』シリーズの著者。米コロラド州ボールダーの研究ラボを拠点に四半世紀以上にわたって偉大な企業を研究、経営者から絶大な支持を集める。2017年にはフォーブス誌の『現代の経営学者100人』にも選出された。著書に『ビジョナリー・カンパニー2 飛躍の法則』(Good to Great)、『ビジョナリー・カンパニー3 衰退の五段階』(How the Mighty Fall)、『ビジョナリー・カンパニー4 自分の意思で偉大になる』(Great by Choice、モートン・ハンセンとの共著)。
ビル・ラジアー(Bill Lazier)
ブリストル・インベストメント・カンパニー創業者兼会長。スタンフォード大学経営大学院で中小企業経営や不動産マネジメントを教え、のちに同法科大学院で初代ナンシー&チャールズ・マンガー記念経営学教授に就任。母校グリンネル大学理事長をはじめ、数多くの社会事業の運営に参画した。2004年死去。
土方奈美
翻訳家。日本経済新聞記者を経て独立。米国公認会計士資格(CPA)所有。訳書に『ビジョナリー・カンパニーZERO 』『BOLD 突き抜ける力』(以上、日経BP)、『NO RULES:世界一「自由」な会社、NETFLIX』『HOW GOOGLE WORKS:私たちの働き方とマネジメント』(以上、日本経済新聞出版)、『財政赤字の神話:MMTと国民のための経済の誕生』(早川書房)、『フューチャー・ネーション:国家をアップデートせよ』(NewsPicksパブリッシング)ほか多数。Voicy「翻訳家の縁側ブルース」配信中。