

過去の成功体験や現在うまくいっている事業、固定化された常識――。それらをいったん忘れ、新たな視点で捉え直したり、改善を試みたりすることは容易ではありません。 「うまく行っているのに、どうしてやり方をあえて変える必要があるんだ」と、程度の差こそあれ、きっと誰しもそのように思った経験があるでしょう。 「そうした考えや発想を変え、思い込みを手放そう」。 そう促されたら、あなたはどう感じますか。反発を覚えるようなら、ぜひ本書『THINK AGAIN 発想を変える、思い込みを手放す』を読むことをおすすめします。 「発想を変える、思い込みを手放す」ことができるかどうか、それによって事業の明暗、時に生死を分けるようなことさえあると、本書は豊富な実例と心理学の理論を用いて切々と説きます。
「既存の考えを新たな観点から見つめ直すことがいかに大事か」(本書「プロローグ」p.24より。以下、ページ数は引用箇所) を伝える本書は、いずれもベストセラーとなった『GIVE &TAKE 「与える人」こそ成功する時代』『ORIGINALS 誰もが「人と違うこと」ができる時代』の著者、組織心理学者アダム・グラント氏の近著。ペンシルベニア大学ウォートン校教授で、史上最年少の終身教授です。 本書の監訳を担った一橋大学ビジネススクール教授の楠木建氏は、「広範な研究成果に基づく頑健な議論、同時にさまざまなエピソードで論理をわかりやすく例示」、「知っているつもりで見過ごしていた本質が明らかになる」と太鼓判を押します。
「なんのために、そんなばかげたことを!」 エンジニアらを罵倒するスティーブ・ジョブズでしたが、後の翻意があってこそ今のiPhoneがあると、本書はその顛末を「再考」の文脈で辿っていきます。一方、当時好敵手と目され、一時は市場をリードさえしていた「ブラックベリー」はどうだったでしょうか。 両者の成否を分けた「THINK AGAIN=考え直す」重要性について紹介していきます。
新型コロナウイルスの感染拡大を背景に、それまで当然視されてきたことを疑問に感じたり、見直したりせざるを得ない状況になっている今、
「私たち一人ひとりのメンタル・フレキシビリティが試されている」(27p)
と著者は指摘します。
「メンタル・フレキシビリティ」とは、既存の考えを新たな観点から見つめ直す「思考柔軟性」のこと。
変化の激しい時代を生きるため、考えることや学ぶこと以上に「考え直す、学びほぐす」能力が重んじられると強調しています。従来の慣習にとらわれず、常識を疑うことでブレイクスルーにつながった事例は数知れません。
そうした能力は、どうしたら身につくでしょうか。「働き方、導き方、そして生き方をいろいろな観点から見つめ直すこと」を専門とする著者が、豊富な実例とともに手ほどきしてくれます。

本書は3つのパートから成ります。パート1は「新たな考えを受け入れること」に焦点を当て、パート2では「周りの人に再考を促す方法」を説き、パート3では「生涯を通じて学び続ける社会や共同体を創造する方法」について考察します。
携帯電話の歴史を語る上で欠かせない2人のエピソードを交えて紹介される「再考」について、少しのぞいてみましょう。
「幼少の頃から、エレクトロニクスにかけては天才肌だった。四歳になるかならないかのうちに、レゴと輪ゴムでレコードプレイヤーをつくった」(34p)
「地元の図書館にあったすべての科学書を読破し、表彰されたこともあった」(45p)
マイク・ラザリディス。「神童」と呼ばれたその人は、かつて一世を風靡したモバイルデバイス「ブラックベリー」の開発者です。運営会社の共同創業者で且つ共同経営者でもあり、製品・技術開発の全責任を負っていました。
バラク・オバマがかつて大統領就任直後、このデバイスの使用を認めるようシークレットサービスを説得したとの逸話も残るブラックベリーは、2009年夏には米国スマホ市場のほぼ半分を占めていたとされます。
ところが5年後の2014年、ブラックベリーの市場規模は1パーセント以下に凋落。何があったのでしょうか。
「ブラックベリーは変化についていけなかった」。企業を擬人化したそのような総評も聞かれますが、著者アダム・グラントは、企業はつまるところ人だと説きます。固定観念にとらわれて考え直すことができなかったラザリディスこそ、業績悪化を招いた張本人だと分析しています。
優秀なエンジニアからの軌道修正の提案に耳を貸さず、ラザリディスはEメールの開発に執着。その後、iPhoneの登場で市場が沸いても、「ラザリディスは自分の信念を崩さず、過去に一世を風靡したブラックベリーの機能にこだわり続け」(46p)、ブラックベリーは衰退の一途を辿りました。
こうした「信念」やそれに基づいた「成功体験」が、仇となった典型と言えるかもしれません。一途な信念を貫こうとするあまり、退くに退けなくなって失敗してしまうケース、きっと身近なところでも起きています。心当たりはありませんか。

本書は、ラザリディスが陥った事態を「過信サイクル」にはまった状況だと分析しています。
ラザリディスは、iPhoneが世界の市場を席巻した2011年になってもなお、「ブラックベリーは他にはないユニークな製品」と言って譲らず、他社製品のタッチスクリーンを指さし、「これの何がいいんだ」と言い放ったとされます。
当時のラザリディスに求められていたのは、本書『THINK AGAIN』のタイトル通り、「再考」だったのでしょう。過信とは対極的に、まず「謙虚」な態度で無知を自覚することから始まり、その自覚により「懐疑」への道が開かれ、欠けている情報への「好奇心」が生まれ、探し求めるうちに新たな「発見」をする――。この「再考サイクル」により「学ぶべきこと、発見すべきことは数限りない」と自覚し、謙虚さを保てるというものです。
ラザリディスが過信ではなく、再考のサイクルを心得ていたなら、スマートフォンを取り巻く市場環境は、今と少し違ったものになっていたかもしれません。

一方のiPhoneも、最初から順風満帆だったかと言えば決してそうではありません。
2004年、アップルのエンジニアやデザイナー、マーケターから成る小規模チームがヒット製品iPodを携帯電話に変える旨、ジョブズに提案しました。すると、
「なんのために、そんなばかげたことをするんだ? 冗談もほどほどにしろ」(56p)
ジョブズは一蹴、罵倒したのです。
通話の不調やソフトウエアのクラッシュで、いら立ちのあまり自分の携帯電話を叩きつけて粉砕したとも囁かれるジョブズ。当時、携帯電話会社に対する不信感は相当強かったようです。
そんなジョブズが、文明の利器として後世に語り継がれるであろうiPhoneの開発、製品化にゴーサインを出した背景には何があったのでしょうか。
そこには、罵倒にもめげずに水面下でリサーチを続けたエンジニアたちの熱意と、それにほだされて「考え直した」ジョブズの「メンタル・フレキシビリティ」がありました。
気になる方は是非本書をお読みください。
三笠書房:『THINK AGAIN 発想を変える、思い込みを手放す』(著者:アダム・グラント 楠木建(監訳))
巻末には「再考スキルを磨くための30の秘訣」として、3つのパートそれぞれの押さえるべきポイントが列記されています。
例えば、パート1「自分の考えを再考する方法」として「科学者のように考える」「自分の間違いを喜ぶ」、パート2「相手に再考を促す方法」としては「よい質問を投げかける」「選択の自由を強調する」、パート3「学び、再考し続ける社会・組織を創造する方法」としては「あなたの感情の枠を広げる」「ベスト・プラクティスを払拭する」といった具合です。
巻末の30の秘訣を読み、興味が湧いた箇所から読んでみてもよいでしょう。ぜひ本書を手に取り、「再考」することについて再考してみませんか。
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アダム・グラント(Adam Grant)
ペンシルベニア大学ウォートン校教授。組織心理学者。1981年生まれ。同大学史上最年少の終身教授。『フォーチュン』誌の「世界でもっとも優秀な40歳以下の教授40人」、世界でもっとも重要なビジネス思想家50人(「THINKERS 50」)のうち一人に選ばれるなど、受賞歴多数。「グーグル」「ディズニー・ピクサー」「ゴールドマンサックス」「国際連合」などの一流企業や組織で、コンサルティングおよび講演活動も精力的に行なう。デビュー作『GIVE & TAKE「与える人」こそ成功する時代』は31カ国語で翻訳され、全世界で大ベストセラーに。続く『ORIGINALS 誰もが「人と違うこと」ができる時代』(以上、三笠書房)も『ニューヨーク・タイムズ』紙でビジネス書の売上第1位、アマゾンUSでも第1位(企業文化)を獲得している。