世の中の見え方が変わる歴史の話
第12回 flier book labo オープントークセッション 【イベントレポート】

フライヤーが主催するオンラインコミュニティflier book laboでは、さまざまな会員限定コンテンツを提供しています。その魅力をちょっとだけ体験していただける、無料のランチタイムセッションが2021年9月14日に開催されました。今回のゲストスピーカーは、flier book laboでパーソナリティを務めてくださった、株式会社COTENの深井龍之介さんです。大人気Podcast、『歴史を面白く学ぶコテンラジオ(COTEN RADIO)』のパーソナリティとしてもお馴染みの深井さんに、今回は歴史とビジネスの関係についてお伺いしました。
株式会社フライヤー アドバイザー兼エバンジェリストの荒木博行さんのファシリテーションにより、話題は深井さんの考える「時代のOS」、そして「すべてを学び」ととらえる歴史観へと発展していきます。本記事では、当日の様子を再構成してお届けします。
歴史を学ぶと、現在の社会が見えてくる
荒木博行(以下、荒木):本日はビジネスパーソンにたくさんご参加いただいているので、歴史とビジネスの関係から話を始めましょうか。歴史が好きな方でも、ビジネスとのつながりはなかなか感じにくいですよね。深井さんは、そんな疑問を持っている方にどんな回答をしますか?
深井龍之介(以下、深井):結論から言うと、歴史とビジネスは深い関わりがあると思います。歴史を勉強するということは、異なる社会について知ることであり、自分が所属する社会について理解を深めることだと思うんです。古代マヤ文明でも、室町時代末期でも、古代ローマ帝国でも、それらが今の社会とどう違うのかを勉強していくと、逆説的に自分たちの社会のことがよくわかるようになります。
たとえば、日本という国の特徴も、他の国と比べることではじめて見えてきますよね。外国ってこんなに違うんだと実感することで、じゃあ自分の国にはこんな特徴があるんだ、こんなことを重視していて、これは重視していないんだと初めてわかる。特に、「重視していない」ということは、他の社会を知らない限りなかなかわからないんですよ。
自分の生きる環境に対する理解が深まると、様々な決断がしやすなります。これが、現代人にとって歴史を勉強する価値ではないでしょうか。
荒木:たしかに、個人単位で見ても、比較対象がなければ自分の特徴はわからないですよね。相対化することで、初めて自己を認識できるようになる。自分の所属する社会の特徴なんて、比べなければもっとわからないですよね。
深井:哲学でも、自分は自分でないものに規定されるという考え方がありますね。現代社会も、現代社会以外のものからしか定義されない。他の社会のことを知れば知るほど、自分の所属する社会のことがよくわかるはずです。
古代ローマ、古代ギリシア、第一次世界大戦の時代の日本は、どれも「民主制」ではありますが、それぞれの「違い」を見なければ、民主制としてどういう特徴を持っているかを語ることはできません。歴史を学ぶ第一の意義は、「自分の社会を知ることができる」ということです。
荒木:ビジネスの話に引きつけて考えると、「外から学ぶことの意味」に気づくということにつながりそうですね。多くの人は「自社は特別」という感覚を抱きがちです。そうすると他から学ぼうとしなくなってしまう。でも、時代が変わっても、人間の営みは同じなんだという前提に立てば、すべてのことは学びになります。
そういう意味で、深井さんのCOTEN RADIOでは、歴史的な偉人を特別視、神格化しないようにしているからこそ学びがあると思います。
深井:そうですね。すごい人間が出てきて、その人が歴史を変えたという言い方はしないように気をつけています。
荒木:その考え方はビジネスでもとても大事ですね。歴史上の人物も人間で、すべての出来事は人の営み、人と人とのインタラクションによって起きたことだと捉えると、単に特性や環境が違うだけだと思えます。
以前、深井さんは大仏が防疫のために建てられたという話をしていましたよね。あれも、今の時代感覚からすると、非合理的なことをしているように見えるけど、当時としては合理的だった。
深井:その時代によって、社会が納得する理屈が違うんですよね。科学をベースに考えている僕たちの世界では、疫病を防ぐためにワクチンの接種を進めている。でも、科学をベースにしていない世界から見ると、科学ベースで生きているわれわれの方が非合理的なことをしているように見えるはずです。僕たちが、疫病を治すために大仏を建てるのを非合理的だと感じるのとまったく同じ構造ですね。当時としては、大仏が疫病に効くのだというロジックがあって、それでみんなを納得させることができたわけです。
荒木:どんな社会であっても、人知の及ばない、ブラックボックスはありますよね。社会生活を営むうえでは、それを超えて意思決定をしなければならない瞬間がある。何をもってそこを穴埋めするかは、時代や場所によって変わるけれど、その構図自体は変わらないということですね。
タブーから見つける、「時代の思考OS」
荒木:深井さんはよく、「時代の思考OS(オペレーション・システム)」という話をしていますよね。パソコンで言えば、OSというのはアプリケーションが機能するための前提なのですが、OSは当たり前すぎてその存在を認識することが難しい。たとえば、もしWindowsしか触ったことがない人がいるとすれば、パソコン=Windowsになってしまっているため、Windows以外のパソコンの動き方を想像することができなくなってしまいます。その状態で、もしWindowsを否定されると、自己否定をされたような感覚になってしまうかもしれません。Windowsがない世界を想像できないから、Windowsを否定する人に嫌悪感を抱いてしまったり、他のOSを提案されても、「そんなものありえない」と反発してしまったり。
深井:Windowsが変わったら生きていけないからこそ、そういう反応になってしまうんですよね。
他のOSを知ると、一歩引いて見られるようになって、良くも悪くも感情が入らなくなります。その時代のOSを見極めるには、「何がタブーか」を考えるとわかりやすいです。たとえば、中世ヨーロッパだと、神様について語るのは最大のタブーで、それだけでほぼ死刑だったわけです。でも、当時は人権を否定するようなことを言っても、何の批判も起こらなかったはずです。
現代だったら大問題ですよね。人権や民主主義、命の尊さについて疑義を挟んだら、大きな批判が巻き起こります。これが現代のOSだからです。何を否定したら大批判が起こるか考える。これが時代のOSの見つけ方です。
荒木:なるほど。僕も中世のキリスト教の話に触れているところなのですが、全然考え方が違うから、理解できないところがたくさんあります。
深井:今の感覚からすると、何でそうするのかわからないことがたくさんありますよね。だけど、当時には当時なりのロジックがあるわけですよ。
荒木:時代のOSですら変化するということですね。
ビジネスの現場では、同じ会社に勤め続けていると、いつの間にかその会社のOSが植え付けられていて、それを疑うこと自体がタブーだということがあります。その渦中で、そのOSを俯瞰的に捉えて見ることも大事なスキルかもしれない。
一方で、自らそのOSにとらわれにいくという場合もあると思うんです。特にスタートアップだと、「この世界観が絶対だ」「価値がある」と信じることが必要になることもある。深井さんの言ったような批判的に見ることなく、そのOSを疑わずに思いっきり投影することも、キャリアの中で大事な時期がありますよね。
疑うことと信じること、そのバランス感覚は、どうやって持てば良いのでしょう?
深井:難しい質問ですね。基本的には、作為的に自分を疑う状態か信じる状態にもっていくのは、すごく難しいと思うんですよね。その人の人生の時期において、疑いたいときもあれば、信じたい時期もあるので、その人のその時期にあった振る舞いをすればよいのではないかと考えています。「疑え」と言われても、疑う気持ちが起きない時期もあれば、疑う気持ちになるときもある。それは、その人の人生のステージや、環境によるところが大きいと思います。
これは、僕が歴史を勉強していて感じたことなのですが、「疑いやすくなる」には3つ条件が必要なんじゃないかと思うんです。まず、「暇」でないといけない。生きていくのに精一杯のときは疑う余裕がないですからね。次に、近くに「自分とまったく異なる考え」の人がいなければならない。そうやって、相対化しやすい条件が整ったうえで、現状のままではダメだという「危機感」がある。この3つがそろうと、人は「そもそも生きるとは」ということを考え始めるんです。
たとえば、1960年代に、共産主義が勢いを増してきて、資本主義か共産主義かという議論がされた時期に、多くの有名な研究者が出てきています。今も、まさにそういう時代ではないでしょうか。
荒木:たしかに、現代は歴史的に考えたら平和な時代で、「暇」がありますね。
深井:第二次世界大戦中のように、生きるだけで精一杯の時代には、「わたしとは」と考える余裕ではないですよね。
バブル時代には、今ほどの多様性がありません。みんながお金を稼ぐことをよしとしていて、まったく違う人があまりそばにいないから、2つ目の条件を満たしていなかった。今はインターネットの登場で、全世界的に考え方が違う人たちが近くにいるという状態が実現していますよね。
荒木:子ども生まれて、住宅ローンを組んで家を買って、新しい役職について、と未来が予測できる状態のときも、「疑う」という思考にはなりにくそうですね。
深井:このまま出世できると確信していたら、危機感を感じないから、そもそも論を考える必要がないですよね。でも、将来の見通しが立たない危機感があれば、人生について考え始めるはずです。今はこの3条件が全部そろっている。だから、僕は全世界的に人々が哲学的なことを考える時代がやってくるのではないかと予想しています。これまで知識人だけが考えてきたことを、全人類が考える、史上初の時代がやってくるかもしれないですね。
過去の人間社会が歴史、だからすべてが学びになる
荒木:チャットで質問をいただきました。「OSが全然違う人とどう付き合ますか?」
深井:実際のところすごく難しいですよね。一番大切なのは、そのOSはどのように形成されたかを知ることだと思います。まさに歴史の勉強の中で僕がやろうとしていることなのですが、形成の系譜や過程を知ると、多くのことを許容できるようになるんです。「なるほど、そういう挙動するだろうな」と思えるようになる。そこを知らなければ、やっぱりすごくイライラしますよね。
荒木:深井さんと話していて、僕も意識している部分ですね。僕はいろんな企業を研究して、倒産や失敗した製品の事例を見ているんですが、やっぱり一瞬理解できない気持ちになるんですよ。「バカじゃないの」と思うようなこともある。でも、自分だって同じ状態になり得ることに思い至れると、それは最大の学びになり得ます。
深井:そこまで学んで、初めて意味が生まれると言ってもいいくらいですよね。
歴史は、もう終わったことを振り返って見ているから、成功例も「当然」のように見えるんです。それを渦中で経験しているときに、実際に決断した人間たちのすごさに思いを馳せられると、歴史はめちゃくちゃ面白くなるんですよ。もし自分が同じ場所にいたら、こんな結論は出せないだろうなと思うことがたくさんあります。
荒木:失敗したときのパターンも面白いですよね。桶狭間の戦いで、今川義元が織田信長に負けたのは、油断していたからだ、今川義元は愚かだという描かれ方をすることがあります。でも、じつはそこには必然性があって、構造的に仕方のない部分があった。そういう理解ができると、すべてのことが学びになりますね。
深井:歴史というと、教科としての勉強を思い浮かべてしまうけれど、要するに時間軸の異なる人間社会を「歴史」と呼んでいるわけです。そう考えると、学びにならないほうが難しいくらいです。過去の社会のデータに意味がないなんてことはあり得ないですから。
深井龍之介(ふかい りゅうのすけ)
株式会社COTEN 代表取締役CEO
大手メーカーの経営企画を経て、福岡のスタートアップ企業に取締役として参画。その後、様々な企業に経営メンバーとして参画しながら、2016年に歴史領域をドメインとした株式会社COTENを設立。「人類が、人類をより深く理解することに貢献する」という理念の下、世界史データベースの研究開発、事業化を推進しながら、「Japan Podcast Awards2019」で大賞とSpotify賞をダブル受賞した「歴史を面白く学ぶコテンラジオ(COTEN RADIO)」を配信。Apple Podcastランキング1位を獲得。
荒木博行(あらき ひろゆき)
株式会社学びデザイン 代表取締役社長、株式会社フライヤーアドバイザー兼エバンジェリスト、株式会社ニューズピックス NewsPicksエバンジェリスト、武蔵野大学アントレプレナーシップ学部 客員教員、武蔵野大学アントレプレナーシップ研究所客員研究員、株式会社絵本ナビ社外監査役、株式会社NOKIOO スクラ事業アドバイザー。
著書に『藁を手に旅に出よう』(文藝春秋)『見るだけでわかる! ビジネス書図鑑』『見るだけでわかる!ビジネス書図鑑 これからの教養編』(ディスカヴァー・トゥエンティワン)、『世界「倒産」図鑑』(日経BP)など。Voicy「荒木博行のbook cafe」毎朝放送中。